作品タイトル不明
【30】悲しんでなんかやらねぇよ
お得意のポッポーダンスを踊りながら、三流詐欺師〈煙狐〉は密かに焦っていた。
全く盛り上がっていないわけではないのだ。じわじわ場が温まっているし、観客も増えている。騒ぎを聞いた人間が集まってきているのだ。
おかげで観客は二倍近くになったが、観客をまだまだ巻き込めていない。
観客達の「この盛り上がりに便乗して良いのか」という空気を感じるのだ。
(くそ、あと一押し……何か、何かないか……っ)
持てる手札の中から次の一手を探している間に、ポッポーダンスが終わる。
その時、聴衆の外側から大きな声が響いた。
「ナイスポッポ──!! ナイスポッポー!!」
叫んでいるのは、褐色の肌の青年。討伐室のリカルド・アクスだ。
最終決戦前に、貴重な戦力が間に合ったことに対する安堵が半分。
リカルド君、なんでそのかけ声知ってんの? の気持ちが半分。
(あ〜〜〜〜〜〜〜、思い出した! あの子か! ポッポーダンスにハマってくれた、褐色の肌の男の子! ……やっべ。これ、俺の正体バレたか? いけるか? どうだ?)
センキュー、ポッポー! をウィンク付きで返しておいたら、ポッポー! ポッポー! と喜びの声が返ってきた。
ひとまず、この場でヒュッターの正体に気づかれることはなさそうだ。
何より、リカルドの「ナイスポッポー!」のおかげで、場の空気が変わった。
あの討伐室のリカルド・アクスが声をあげているのなら、自分達も便乗して大丈夫なのではないか、という空気だ。
(きたきたきた、空気が変わった……!)
その観客の熱が演者に、演者の熱が観客に伝わる瞬間というのは、どうしてこうも血が騒ぐのか。
続く曲は、「鳩胸に抱かれて眠れ」。激しい曲続きだと体力がもたないので挟んだ、しっとりした曲だ。
ここでしっとりした曲を挟んで、空気が冷めないか不安だったが、いける。という確信があった。
* * *
ポッポーズの中でもとりわけ内気で大人しいポッポー四号ちゃんは、パタパタと羽を動かし、帝国東部の空を彷徨っていた。
(ピェ〜ン……ごめんなさい、ご主人たまぁ〜。四号は迷子になっちゃいまちたぁ〜。ピェン、ピェン。こんなことじゃ、三号さんに怒られるちゃいましゅ〜)
四号は心細くて、疲れ果てて、もうこのまま地面に落ちて楽になってしまいたかった。
(でもでもぉ、最後にもう一度だけ、ご主人たまの顔が……見たかった……)
フラフラと下降を始めたその時、ポッポー四号は賑やかな人間達の声を聞いた。
みんなが集まって楽しそうにしている。ポッポー、ポッポーと叫んでいる。
心細くなると、ポッポー四号はそういう賑やかな集まりに引き寄せられる習性があった。
(楽しそう……)
少しずつ近づいていく内に、ポッポー四号は気づいた。
賑やかなポッポーコールの合間に聞こえる、凛々しくて渋くて格好良い素敵な声は……大好きなご主人たまの声ではないか!
(ご主人たま〜〜〜〜〜〜)
ポッポー四号は、パタパタと主人の元に飛んでいく。
* * *
「鳩胸に抱かれぇ〜、ね〜むれぇ〜」
情感たっぷりに歌うヒュッターの視界の端に、一羽の鳩が映った。
流石に鳩の群れの中から、ポッポーズだけを見抜ける視力はないが、その鳩は足環をつけていたのだ。
(ポッポー四号ぉぉぉ!!)
ヒュッターは歌を終えたところで、舞台をドドンと強く踏み締める。これは協力者であるゾンバルトとアルムスターへの合図だ。
ヒュッターはローブの裾を翻し、叫んだ。
「ポッポ──!」
叫びと同時に、ローブから四羽の鳩が飛び出す。
無詠唱幻術だ! と誰かが叫んだ。
ヒュッターはダンスをしつつ、舞い降りたポッポー四号を指に乗せた。観客はヒュッターのローブから飛び出した鳩ばかり注目していて、逆に舞い降りたポッポー四号には注目していない。
ヒュッターはクルリと観客達に背を向け、素早く足環の中から手紙を取り出し、中身を確認。
その手紙を舞台下に潜んでいる、アルムスターの人形にポイと放り投げる。
アルムスターの人形が、それをゾンバルトに届け、ゾンバルトが動き出した。
(その時間を、俺のダンスで稼ぐ!)
音楽が最高潮に盛り上がる瞬間、ゾンバルトが狼煙に火をつけた。
ヒュッターは高らかに叫ぶ。
「ポッポーファイヤー!!」
赤い煙が二本、黄色い煙が一本。
観客はその狼煙も演出の一部だと思っているのだろう。
だがこれは、ポッポー四号が必死で届けた、黒獅子皇からの返事なのだ。
「俺に惚れたら火傷するぜ! ポッポォ──!」
リカルド君をはじめ、乗ってきた観客が「ポッポー!」と返す。
会場は大いに盛り上がっていた。その盛り上がりを維持しながら、ヒュッターは歌い、踊り、どれぐらいの時間が経っただろう。
アンコールの叫びが響く会場に、調査室の魔術師が駆けつけ、叫んだ。
「報告! 報告! 援軍です! 黒獅子皇が送った援軍が、およそ三百! こちらに向かっています!」
歌と踊りの熱とは違う、別の熱が膨れ上がり、広がる。
援軍は望めないと言われていたこの状況下の援軍に、誰もが驚き、耳を疑っていた。
舞台の上に立つヒュッターに、〈白煙〉塔主のエーベルが問う。
「その援軍も……幻術ですか?」
ヒュッターは汗に濡れた前髪をかきあげ、ニヤリと笑った。
「〈夢幻の魔術師〉の無詠唱幻術は……本物になるんですよ」
ヒュッターの肩に、頭に、鳩達が乗り、ポッポーと鳴く。
わぁっ! と歓声が上がった。
* * *
響き渡る大歓声の中、エラは感動のあまり涙ぐんでいた。
「すごい、すごいです、援軍なんて……絶対、間に合わないはずだったのに……!」
声を上げるエラの横で、ゾフィーがローズを見上げて訊ねる。
「ねぇねぇ、結局、どこからどこまでが、ヒュッター先生の幻術なのぉ〜?」
「オレ、思ったんだけど、ヒュッター先生とティアの歌は歌詠魔術なんじゃないかな?」
「人間召喚する魔術なんて、聞いたことないよぅ〜」
「うーん、精霊王召喚なら、友達ができるんだけどなぁ……」
呑気なことを言っているゾフィーとローズの後ろから、ユリウスが出てきた。
彼はポッポーするのが嫌で、ずっと大柄なローズの後ろに隠れて、小声でポッポーしていたのである。
「クク……これで状況は一変したな。〈楔の塔〉を包囲するだけの戦力が増えた。セビルの懸念が一つ解消されたというわけだ」
ユリウスの言う通り、セビルの懸念は二つ。
一つは人間側の戦力の薄さ。もう一つはローズ、ゾフィーにかけられた封印の解除。
その内の片方が解決したのだ。
黒獅子皇の干渉を拒んでいた塔主達も、この状況下では協力を求めざるを得ないだろう。これは、帝国全土に関わる問題なのだから。
エラは眼鏡の奥で目を凝らし、伝令が駆けつけた方角に目をやる。
丘の上に、騎兵で構成された軍と旗が微かに見えた。あの旗は、どこの物だろう。
エラは目の良いゲラルトに訊ねた。
「ゲラルトさん、どこの軍の旗か見えますか?」
返事はない。ゲラルトは長い前髪の下で大きく目を見開き、硬直している。
その時、伝令の人間が叫ぶのをエラは聞いた。
「先発隊を率いるは、ヴァルムベルク辺境伯ヘンリック・ブランケ殿です!」
ゲラルトが白目を剥いてひっくり返った。
* * *
援軍到着の歓声は、建物の中にも届いていた。
ミリアムが横たわるベッドの横にしゃがみ込み、オットーは長いため息をつく。
「そりゃ、ずるいですぜ、ヒュッター先生……」
一度抜いた剣は、足下に置いたままだ。
「騒がしい、歌、ですね……」
そう呟いて、ベッドの上で上半身を起こしたミリアムがペンを置いた。
彼女は書き上げたそれを小さく折りたたみ、ポケットから取り出した小瓶に詰める。
オットーはとうとうミリアムを殺せなかった。
剣を突きつけた瞬間に、ポッポーはずるすぎる。あんな気の抜ける馬鹿騒ぎをされてしまっては……まして、その馬鹿騒ぎの最後に、援軍到着の奇跡を見せつけられては、殺意なんて維持できるはずもない。
(……あぁ、違うな。本当は、俺ぁ誰かに止めて欲しかったんだ)
ヒュッターの声が響いた時、あの人が止めてくれたんだ、と思った。
ベッドの上でミリアムが咳き込む。咳の合間に聞こえる声は弱々しく、迫り来る死を感じた。ミリアムが呼吸を整えて、言う。
「……わたくしの行いは、わたくしの意思によるものです」
今更何を、とオットーは眉根を寄せる。
この女は昔から鋼のように意思が固かった。それを貫くだけの強さがあった。
「言い訳を並べ、貴方に許しを乞う気などないことを、先に伝えておきます。その上で……」
ミリアムは一度目を閉じ、そして言う。
「……精神干渉魔術の可能性に、言及します」
「は?」
「……フィーネこそ神の子なのだと、わたくしに囁く声がある……それは神託ではなかった」
オットーの全身から血の気が引く。
ミリアムが、「全ては精神干渉魔術のせいだ。自分は操られていたのだ」などと言い逃れをしたのなら、オットーは彼女を殺していたかもしれない。
だが、そうではないのだ。
ミリアムが皺の浮いた手を己の額に押し当てる。
「神が必要だと、囁いた者がいる……」
「待てよ、お前に精神干渉魔術をかけられる人間なんて、そうそういるはずが……!」
「〈夢幻の魔術師〉カスパー・ヒュッターに伝えなさい。貴方は正しかった、と」
オットーはミリアムとヒュッターの間でどんなやりとりがあったのかを知らない。だが、今の言葉を伝えれば、それだけで聡明なヒュッターは全てを理解するのだろう。
この女は、それをわざわざオットーに説明する気がないのだ。
「わたくしは、最後まで貴方を憎みます。ルッツ・オットー」
「俺もだよ、ミリアム。最後の瞬間まで、お前を憎んでやる」
この期に及んで、とは思わなかった。これが最後なのだ。最後だから、互いに言葉の刃を突きつける。
「わたくしの死など、貴方が悲しまなくて結構」
「あぁ、上等だ。悲しんでなんかやらねぇよ」
「えぇ、私達はそれでいいのです」
ミリアムは握り込んだ小瓶を額に押し当て、目を閉じる。
それは、敬虔な信者の最期の祈りだ。
「……神よ、最後に彼を……〈夢幻の魔術師〉を遣わしてくださったことを、感謝いたします」
そう口にして、ミリアムは息を引き取った。
飴の入っていた小瓶を、大事に大事に握りしめて。