軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【24】情愛を知った姉、道理を学んだ妹

夜空の下を飛び回っていたカロンララは、風の精霊達に呼びかける歌声を聞いた。

夜の静けさを破らぬよう、囁くような歌声は、ハルピュイアの耳には確かに届いていたのだ。

カロンララは咄嗟に、同族への呼びかけをした。

「ルルゥ──ァア──」

『ァーァアー』

返事があった。

カロンララは声の聞こえた方角に向かって飛ぶ。

〈楔の塔〉の北にある小さな雑木林のそばに、真っ白な髪と翼が見えた。カロンララが降り立つと、白翼のハルピュイアが声をあげる。

「ララおねえちゃん!」

「ティア!」

気がつけば、二匹のハルピュイアは羽を広げ、お互いを抱きしめていた。

「おねえちゃん、良かった……生きてて良かったぁ……他のみんな、死んじゃったって聞いて……ペヴゥゥゥ……」

妹の言葉に、カロンララの目に涙が込み上げてくる。

他の仲間達は皆、〈楔の塔〉の魔術師達に殺されてしまった。特に古代魔導具の剣を持つ男と、魔物狩り一族の槍使い。あの二人が剣や槍を振るうたびに、ハルピュイアの断末魔が響き、空に鮮血と羽が散った。

古代魔導具の剣で傷つけられた者は、その場は逃げられても傷が塞がらず、やがて死んだ。

仲間達がバタバタと死んでいったのに、カロンララは飛んで逃げることしかできなかった。

「……そう、生き残ったのは、わたしとティアだけ……」

言葉を噛み締めると、改めて怒りと悔しさ、そして悲しみが込み上げてくる。

(人間どもめ。絶対に許すものか)

そう心に誓い、カロンララはフォルルティアの顔を覗き込む。

フォルルティアの琥珀色の目は、カロンララを不安そうに見上げていた。そんな妹を勇気づけるように、カロンララは声に力を込める。

「ティア、一緒に〈楔の塔〉に行こう。今、あそこは〈水晶領域〉と同じぐらい魔力濃度が濃いの。わたし達でも生きられる」

「…………」

「あともうちょっと待てば、西の壁が消えるんだよ。そうしたら、わたし達は壁の向こう側にだって飛んでいける!」

妹に語りかけながら、カロンララは心の中で叫んだ。

(お願い、ティア。あんたは魔物側だって……人間の味方になったわけじゃないって言って!)

その悲痛な願いは、ティアには届かなかった。

「あのね、おねえちゃん……人間と戦うのはやめて、みんなで〈水晶領域〉に帰ろう?」

カロンララの喉がヒクリと震える。

フォルルティアは切実な目で姉を見ていた。

もし、フォルルティアが人との戦いに怖気付いて、〈水晶領域〉に帰ろうと言ったのなら、まだ良かった。

だが、違うのだ。

「おねえちゃん、壁の向こう側に行けたとしても、そこに魔力濃度の濃い土地があるとは限らないよ。それに、壁の向こう側にも人間がいっぱいいるの。あのね、戦う訓練を受けた人を集めた軍隊っていうのがあって、それがわーって来て、魔物を殺しに来るんだよ」

妹は必死だった。必死に、カロンララを説得しようとしている。

いつも能天気に笑って歌っていた妹が。

「ティア。いつから、そんな、人間みたいなことを言うようになったの?」

ピョフッ、とティアの喉が鳴る。

その時、ティアが全身を痙攣させた。喉から痛みを堪えるような呻き声が響く。

「ティア!?」

「あぐぅぅぅぅ……ぅぅー……」

カロンララはギョッとした。

フォルルティアの白翼が折り畳まれ、少女の腕の中に収まっていく。鉤爪も同様に、少女の足の皮の中にギチギチと詰め込まれていった。

パクリと裂けた皮膚の中に、ハルピュイアの証である翼と鉤爪が収まり、皮膚の裂け目が閉じる。

フゥフゥと荒い息を吐くティアの姿は、どこから見ても人間の少女だ。

「おねえちゃん、あのね……わたし、古代魔導具の剣で風切り羽を切られて、飛べなくなっちゃったの」

古代魔導具の剣──銀髪の剣士が持っていた、あの禍々しい剣のことだろう。あれのせいで、仲間のハルピュイアがたくさん死んだ。

「わたし、もう一度飛びたくて、魔女様に人の皮を貰って、〈楔の塔〉で魔術の勉強したの。飛行魔術はできなかったけど、これ、この飛行用魔導具で飛ぶ方法を覚えて……」

ティアは背中に背負った道具を見せつつ、己の身に起こったことを懸命に語る。

いつも適当な報告しかしないハルピュイアが、こんなにも沢山の言葉を尽くして。

「魔女……人の皮……?」

虚ろな声で呟くカロンララに、フォルルティアはペフンと頷く。

「そう。色と繁殖能力を代償に、人間の姿にしてもらったの」

繁殖能力を代償に──その言葉を聞いた瞬間、カロンララの時間は止まった。

(ティアはもう卵を産めない? 生き残ったハルピュイアはわたし達しかいないのに?)

卵を産めるハルピュイアは、最早カロンララただ一人。

カロンララが卵を産まないとハルピュイアが絶滅してしまう。

(だけど、わたしは……)

「〈楔の塔〉で仲の良い人間がいっぱいできたの。だからね、わたし、人間と戦うのイヤだよ」

「わたしだって……」

気がつけば、勝手に口が動いていた。

言ってはいけない、考えてはいけない、とずっと己に戒めていた言葉。それが、口をついて出る。

「わたしだって、人になりたかった……」

ティアが「え?」と呟き、琥珀色の目を丸くする。何を言っているのか理解できない、という顔だ。

カロンララは引きつり顔で笑った。

「知ってる、ティア? 人間って、わたし達より長く生きるんだよ。雌は老いると、皺だらけのおばあちゃんになるの」

「う、うん」

「わたしは、おばあちゃんになるぐらい、生きてみたかった。愛した人と一緒に老いたかった」

ハルピュイアにとって繁殖とは、しなくては種が生き残れないからする行為で、そこに愛情を必要としない。

その行為は、人間に対する明確な蹂躙だ。暴力だ。

人肉を食らう魔物が人を捕食するのと、ハルピュイアが人間の雄を捉えて繁殖することに、さしたる違いはないのだ。

「愛のない繁殖行為なんてしたくない。愛した人と愛のある行為をして、人の子を産みたかった……!」

両腕に羽を持ち、大きな鉤爪を持つカロンララは、愛した男と繁殖行為ができない。彼が盲目だとしても、流石にバレてしまう。

かといって、ティアのように人の皮をかぶったら、繁殖能力を失ってしまう。ハルピュイアの絶滅が確定してしまう。

──ティアが繁殖能力を失いさえしなければ! ハルピュイアのままでいてくれたなら!

それは自分勝手な怒りだ。分かっているのに激情が止まらない。

激昂するカロンララを呆然と見つめ、フォルルティアは震える声で言った。

「おねえちゃん……何を、言ってるの……?」

人に紛れて暮らしたフォルルティアは、されども決して、人間になりたいわけではなかった。

何よりフォルルティアは人の道理こそ理解したが、繁殖を伴う情愛までは理解していなかったのだろう。

一方カロンララは人の道理は分からぬが、情愛だけは知っていた。知ってしまった。

フォルルティアには、カロンララの絶望が理解できないのだ。その事実が、姉妹を分かつ。

カロンララは絶望に澱む暗い目で、フォルルティアを見据えて告げた。

「繁殖能力を捨て、人とあることを選んだフォルルティア……それは、ハルピュイアに対する裏切りだ」

「おねえ、ちゃん……?」

「わたしの前から立ち去れ。そして、二度と姿を見せるな、裏切り者のフォルルティア」

そう言い捨てて、カロンララは飛び上がる。

姉を呆然と見上げるフォルルティアは、傷ついた目をしていた。

可愛い妹に、そんな目をさせたことが悲しい。

人を愛してしまったのは自分だ。間違えたのは自分だ。だからこそ、自分はハルピュイアを裏切ってはいけないのだ。

人に寄り添ってしまった妹の分まで、自分はハルピュイアとして生きなくては。

「次に、わたしの前に現れたら……啄み、引き裂き、殺してやる!」