作品タイトル不明
【22】魔物に戦争は難しい
「美少年に、さ──ち、あれ〜〜〜〜♪」
ヤケクソの歌を締めくくり、レンは祈った。
(頼む、これで納得してくれ、ローズさん!)
ローズは驚いたように目を丸くしていたが、パチパチと瞬きをするとレンに訊ねた。
「えーと、つまり、森で会った魔女が、レンに飴をあげたのかい?」
「お、おう、きっとオレが美少年だから……かなぁ?」
そう言ってレンは、ヘラリと笑う。
苦しいか。やっぱり駄目か。レンが次の言い訳を繰り出そうと必死で頭を捻っていると、ローズは言った。
「なーんだ、そっか。なら良かった」
その声音が、あまりにもいつも通りのローズなものだから、レンは拍子抜けした。
てっきり、もっと色々と追求されるかと思っていたのだ。
(ローズさんがローズバーグ家の人間だとしたら……昔、ハルピュイアが持ち出した古代魔導具〈彩色庭園〉を回収しにきた……ってこと、だよな?)
困惑したレンは、恐る恐るローズに訊ねた。
「オレが言うのもなんだけど……そんなあっさり済ませていいの?」
「あぁ、だってオレ、レンのこと信用してるし」
ローズはあっけらかんと頷く。
「きっとその魔女も、レンのことが気に入ったんだよ。だから、レンがその飴を持ってるのは、何も悪いことじゃない」
ローズは時々、レンが「そんな簡単で良いのかなぁ」と思うようなことをサラリと言う。
良いのかなぁ、そんなあっさり済ませて……と思わなくもないが、大人のローズがゆったりと構えて「それで良いんだよ」と肯定するから、レンはそれに甘えてしまう。
(でも一度、ローズさんとは話をしないとだよな。ローズバーグ家のことと、初代〈茨の魔女〉のこと……)
レンが小瓶を見つめて、あの妖艶な魔女のことを思い出していると、何故かユリウスがニヤニヤといやらしく笑いながら言った。
「クク……レン、良いことを教えてやろう」
「な、なんだよ急に……」
ドギマギしているレンに、ユリウスは指を三本立てて突きつける。
「金貨三枚」
「へ?」
「その魔法薬のおおよその値段だ……一瓶じゃない。一粒あたりで、だ」
「…………」
レンは口を半開きにしてキャンディの小瓶を凝視し、それからぎこちなく首を捻ってセビルを見た。
「……セビル、この作戦にキャンディ使うの、やっぱやめていい?」
「ケチ臭いことを言うな美少年」
そう言ってセビルはレンの手の中からヒョイと小瓶を取り上げた。
横暴姫ー! というレンの文句を聞き流し、セビルは本題を進めていく。
「これで、魔力濃度上昇対策は確保できた。次の問題は、『どこから入るか』だ」
ピヨッ! と声をあげてティアが立ち上がる。その背中に背負っているのは、管理室の魔術師が持ち出した飛行用魔導具だ。
既にルキエが最終調整を済ませているから、すぐにでも使える。
「『どこから入るか』の偵察、わたし、行ってくる!」
ティアがこの偵察を言い出したのには理由が二つある。
理由一つ目。ティアは〈楔の塔〉の内部にこっそり入り込む秘密の抜け道に心当たりがあるのだ。
(……地下室に閉じ込められてたわたしを助けた時、カイが使った道がどこかにあるはず)
そしてもう一つの理由は、姉だ。
姉と接触できたら、魔物側の内情が分かるかもしれない。
もし、姉と一緒に他の魔物を説得して、水晶領域に戻すことができたら……とそこまで考え、流石にそれは都合が良すぎるとティアは反省した。
ティアと姉、ハルピュイア二匹程度の説得で、他の魔物が行動を変えるとは思えない。魔物とはそういう生き物だ。
今のティアは少しばかり、思考が人間側に寄りすぎている。そのことをティアは自覚していた。
目の前に立ち塞がるものを、切り裂き、啄み、殺す以外の解決方法を、今のティアは模索している。
その葛藤が表情に出ていたらしい。レンが探るようにティアを見て訊ねた。
「ティア、どうした?」
「ピヨッ、えっとね、偵察で、他に調べた方が良いことあるかな?」
誤魔化すように言うと、真っ先にゲラルトが言った。
「……僕は魔物の種族、数、能力について、少しでも情報が欲しいです」
思えば彼は、魔法戦の時も戦いを嫌がりながら、それでも敵戦力の把握に努めようとしていた。おそらく骨の髄までそういう風に育てられているのだろう。
続いて情報収集をしていたエラが言う。
「〈離別のイグナティオス〉と〈愚者の鎖デスピナ〉も、魔物側に渡っているんですよね。それもできれば確保……とまではいかずとも、どこにあるか把握したいです。魔物達が破壊してないと良いのですが……」
「その手の古代魔導具は、破壊されてる可能性の方が高いと思うわ」
ロスヴィータが苦い声でボソリ呟き、ユリウスも「同感だ」と頷く。
「古代魔導具は魔物でも扱えるが、〈離別のイグナティオス〉と〈愚者の鎖デスピナ〉は魔物側が使う利点が少ない……そうでなくとも、魔物は道具に頼りたがらないからな」
ユリウスの言う通りだ。ティアも自分達の陣営に古代魔導具があったとして、よほどの事情がない限り、わざわざ使おうとは思わない。
魔物は、それこそ水晶の鋲のように余程必要でない限り、まず道具に頼らない。
(でも、使うかもしれない……カイが人間なら)
そこにローズがのんびりと言った。
「あと、偵察してもらいたいことって、なんだろ? 〈楔の塔カリクレイア〉のどこに水晶鋲を刺してるかと……あとは、フィンやレーム先生の居場所とか、〈楔の塔カリクレイア〉の契約者はどこにいるかとか、かな?」
「人物の居場所は優先順位を下げて良いんじゃない? 移動することもあり得るし」
ローズの発言にロスヴィータが口を挟み、ティアを見て訊ねる。
「ティア、あんた、数はいくつ数えられるようになったの?」
ティアはペフン胸を張って「百!」と答える。
レンとセビルが得意げな顔をした。
「すげーだろ、頑張ったんだぜ、ヒュッター先生が」
「うむ、頑張ったのだ。ヒュッター先生がな」
ロスヴィータは何か言いたげな顔をしたが、話を脱線させず、本題に戻った。
「じゃあ、種族ごとの数と、上位種の数が分かれば上等ね。ただ、絶対に無理はしちゃ駄目よ。魔物達に見つかったらすぐ逃げて。あいつらは、白旗を振ったって見逃してはくれないんだから」
「……ピヨ? 白旗?」
首を傾げるティアに、セビルが耳打ちする。
「降伏を意味するものだ。人同士の戦争で使う」
なるほど、魔物であるティアにはピンとこない代物だ。
魔物にとって、降伏はそのまま死に直結することが多い。それならば、最後まで逃走を試みるか、相手の喉笛に喰らいつくかを選ぶ方がマシだ。
だから、大抵の魔物は人間に対し、「降伏」なんて考えたりしないのだろう。下手をしたら、降伏という言葉や概念自体知らないものもいる。
(……やっぱり、人間と魔物の戦いは、人間同士の戦争とは違うんだ)
人間同士の戦争というのは、土地や財産、あるいは名誉などを目的としているらしい。故に、殺しすぎると取り分が減るから、降伏を認める。
他にも、過度の虐殺は他の国に責められ、攻め込まれる大義名分を作ってしまうから、殺しすぎないようにするため、降伏を認める。
理由は様々だが、人間同士の戦争ならば、降伏を認める理由があるのだ。
そして、降伏した者が必ずしも殺されるとは限らない。条件付きで生かされることもある。
人と人との戦争には、ルールがあるのだ。
(……魔物に戦争は難しすぎる)
十三年前、戦争に執着した魔物が、〈楔の塔〉相手に戦争ごっこを仕掛けたことがある。
だがその魔物は、きっと戦争を正しく理解していなかった。
人の命が数として扱われる世界。命を擦り潰し合う戦禍のうねり。そこに仄暗い喜びを見出し、執着しただけだ。
その魔物は、白旗を振ることの意味すら理解していなかったのだろう。ティアのように。
「……わたし、偵察行ってくるね。うん、ちゃんと逃げてくる」
そう言って、ティアは飛行用魔導具を使い、窓から飛び立った。
* * *
ティアが偵察に向かってから、セビルは口を開く。
これからするのは、ティアにはあまり聞かせたくない話だ。
「これから行われる人と魔物の戦い……断言しよう。現状では、人間側の勝率はほぼゼロだ」
セビルは何度か軍を率い、指揮を執っていたから分かる。
──これは負ける戦だ。
セビルはレンが紙に書いた文字を指でなぞる。
『〈楔の塔カリクレイア〉に刺した水晶の鋲を抜いて、魔力濃度を下げる→魔物は水晶の鋲を使わないと行動できない→魔物が弱体化、人間側の勝算アップ!』
これが、〈楔の塔〉側が狙っている起死回生の目だ。セビル達も同じことを狙っている。
……が、これに成功しても、勝算が高いとは言い難い。
「このパターンで魔物を弱体化させることができて初めて、勝率がゼロから一割程度になる」
ゲラルトやロスヴィータあたりは案外冷静だった。おそらく彼らは、実際に魔物と戦ったことで、人と魔物の越えられぬ壁を肌で感じたのだろう。
ゾフィーが今にも泣きそうな顔で言う。
「うひぃ……ここまでやっても、一割なのぉ?」
「現状、人間側の戦力が圧倒的に足りないのだ。このままだと、わたくし達がいくら先行して策を弄したところで、魔物側の勝利は揺るがない」
これは古代魔導具〈離別のイグナティオス〉〈愚者の鎖デスピナ〉を奪われたこと、人間側の最強戦力であるメビウス首座塔主の負傷が大きい。
仮に聖女ヘレナと〈嗤う泡沫エウリュディケ〉が間に合ったとしても、上位の魔物が相手だと分が悪い。
「魔物を弱体化させた上で、それを包囲するだけの戦力が人間側に必要なのだ。その手配が間に合っていない」
キッパリと断言するセビルに、レンが気まずそうな顔で言う。
「なぁ、セビル。嫌な言い方なのは承知で言うぜ? ……お前の威光だか、権力だかで、どうにかならない?」
エラの時もそうだったが、セビルの権威に頼るのは現実的な意見なのだ。なので、セビルは特に気を悪くはしなかった。
セビルもまた、使えるものは使う主義だ。その上で、今はこう答えざるをえない。
「その答えはこうだ。『時間が足りん』──せめて、あと一週間壁がもてば、どうにかなったかもしれんがな」
猶予はあと一日。明日中に大軍が駆けつけるような奇跡が起こらないと、〈楔の塔〉は取り戻せないのだ。
「せめて、オレの封印を解いてもらえたらなぁ……」
ローズが己の手首に浮かぶ紋様を見て、困り顔で言う。
レンが身を乗り出してローズの紋様と顔を交互に見た。
「そういえば、ローズさんとゾフィーは〈愚者の鎖デスピナ〉で力を封印されてるんだっけ? それ解くと、何ができんの?」
「うーん……ちょっとすごいこと、かな?」
「ドングリいっぱい拾えるとか?」
レンの考える「ちょっとすごいこと」にローズがのほほんとした口調で言った。
「いいなぁ、そんな魔術があったら楽しいのになぁ」