作品タイトル不明
【21】美少年の歌(作詞作曲レン・バイヤー)
「知りたいから、行くの」
ティアの言葉にセビルが「よろしい」と頷く。
セビルはきっと、ゾフィーの言葉を──「フィンとの対話」を誰かが言い出すのを待っていたのだろう。
何をしたいか決めなくては、何をなせば良いのか分からない。
ゾフィーの勇気ある宣言は、作戦立案の第一歩だ。
見習い達の目的は、フィンとの対話と〈原初の獣〉に勝利すること。
そして、ここでは言えないが、ティアにも目的がある。
セビルが全員の顔を見回した。各々の戦う意志を確認するように。
「目的が定まったところで、まずはエラ、情報収集の成果を聞かせてくれ」
セビル達が戻るのを待つ間、エラはただ何もせずに待っていたわけではない。見習いで唯一自由に動けたエラは、あちらこちらで耳をそばだて、情報収集に徹していたのだ。
「まずは水晶の鋲。あれは〈水晶領域〉の水晶を材料に作り出された物のようです。製作者は不明。
魔物の体に刺すことで、魔物を弱体化させる代わりに、魔力濃度の薄い土地での活動を可能にするものです」
エラの言葉に、ロスヴィータ達の空気が重くなる。
ロスヴィータ達は〈原初の獣〉と遭遇し、その強さを目の当たりにしている……が、それが〈原初の獣〉本来の強さではないと知り、改めて脅威を実感しているのだろう。
昨日はゲラルトの善戦のおかげでなんとか凌いだらしいが、次は難しい。
(〈原初の獣〉は、わたしがハルピュイアに戻っても……多分勝てない)
〈原初の獣〉は深淵より直接生まれた魔物なので、魔力耐性が極めて高い。つまり、魔術や魔法剣などの魔力を帯びた攻撃が通りづらいのだ。ティアの歌も、どこまで有効か怪しい。
だが、並の剣士では〈原初の獣〉の身体能力に圧倒されてしまう。
間違いなく、魔物陣営における脅威の一つと言って良い。
「現在、〈楔の塔〉は水晶汚染されています。これは、古代魔導具〈楔の塔カリクレイア〉のどこかに、水晶鋲を刺したことで起こった現象なのだとか……」
「あの、すみません……」
エラの発言に、ゲラルトが申し訳なさそうに口を挟んだ。
エラは嫌な顔ひとつせず、「どうぞ」とゲラルトを促す。
「僕は古代魔導具のことに詳しくないのですが……〈楔の塔カリクレイア〉って、どこからどこまでを指すのでしょうか? 〈楔の塔〉の敷地全てですか?」
これは、ティアも同じ疑問を抱いていた。
ティアは上空から〈楔の塔〉の敷地を見下ろしているから、大体の構造は把握している。
城壁の門がある南側から順番に、第二の塔〈金の針〉、第一の塔〈白煙〉、第三の塔〈水泡〉があり、東に庭園、西に宿舎がある。それらを城壁がグルリと囲んでいる形だ。
現在、水晶汚染はこの城壁の内部全てに及んでいるという。
では、この城壁内のどこからどこまでが、古代魔導具なのか?
この疑問に一つの答えを提示したのは、意外にもルキエだった。
「少なくとも第三の塔〈水泡〉は、古代魔導具に含まれると思う」
ティアはピロロ……と喉を鳴らし、慎重に訊ねる。
「ルキエは、どうしてそう思うの?」
「単純に、三つの塔の中で一番古いのが〈水泡〉だからよ。あそこ、他の塔と違って増設を繰り返してるでしょ?」
ルキエの言う通りだ。第三の塔〈水泡〉は縦に伸びた塔の横に建物を増設して、管理室の作業場としている。
「あとは……管理室にある魔力炉ね。あれって、かなり魔力量のある土地から魔力を引いてこないと作れないのよ。でも、地下にある古代魔導具の魔力を利用していたのだとしたら、合点がいくわ」
ルキエの発言に続いて、ユリウスも口を開いた。
「……俺は、〈楔の塔カリクレイア〉の契約者が閉じ込められていた地下室を知っている」
〈楔の塔〉の地下にある秘密、については、以前からティア達と結託して、ユリウスが調べていたことだ。
どうやら、ティア達がダーウォックに遠征している間に、ユリウスは入り口を見つけていたらしい。
ロスヴィータが納得顔で呟いた。
「……だから、あんたは反逆罪で捕まってたわけね」
「ク、ク、その通りだ。地下室へは、庭園にある管理人小屋の地下階段から、歩いて移動する。歩幅と方角から大体の推測になるが……あそこは確かに、〈水泡〉の辺りだったと思う」
ルキエ、ユリウスの発言に、セビルがふむと頷いた。
「なるほど、確かに怪しいのは第三の塔〈水泡〉と、その地下室だな」
おそらく、その地下室が、かつてティアが閉じ込められていた場所でもあるのだ。
……思い出す。窓のない、空の見えない部屋。首や手足につけられた、金属の重み。風切り羽を失った極彩色の羽──そうだ。あの頃はまだ、色を失っていなかったのだ。
(あの地下室のこと、きっとカイは知っている……)
もどかしさで、胸がジリジリする。だがその焦燥は、真実に近づきつつあるという予感でもあるのだ。
ティアはペフッと一度息を吐いて、訊ねた。
「古代魔導具〈楔の塔カリクレイア〉に刺さった水晶の鋲を抜いたら、水晶汚染が収まって、魔力濃度が下がる?」
「確信はないが、やる価値はあるであろう……というより、上層部も同じ作戦を立てているのだ」
そう言って、セビルが紙面をトントンと指先で叩く。
「故に、我々は大人達の決行日より先に行動に移る……が、問題はどうやって、〈楔の塔〉に入り込むかだ。現状の魔力濃度は水晶領域と同等。おそらく、魔力量の多いユリウスやロスヴィータでも、魔力中毒になりかねん濃度であろう?」
ティアは発言をするか、少し迷った。
魔力濃度が濃くても、魔物であるティアなら問題なく行動できる……が、それを正直に言ったら、ティアの正体がバレてしまう。
むむむ、とティアが唸っていると、レンが声を上げた。
「あっ、そうだ。オレ、いいもの持ってる!」
レンは服のポケットをゴソゴソと漁り、キャンディの小瓶を取り出した。
ティアはピヨッと口を尖らせる。あの薄い黄色のキャンディは、魔女に貰った物ではないか。
魔女の家は魔力濃度が濃く、ハルピュイアであるティアが傷を癒すには都合が良かったが、人間であるレンが滞在すると、魔力中毒になる可能性があった。だから、魔女がレンに魔力を中和する飴を与えたのだ。
「一日三回、これを舐めると、魔力濃度の濃いところでも活動できるんだ。これがあれば、水晶汚染された〈楔の塔〉に入り込める!」
「レン」
静かな声でレンを遮ったのは、意外にもローズだった。
彼はモジャモジャ赤毛の下で目を見開き、小瓶のラベルを凝視している。
「……そのキャンディ、体内に一定時間影響を与える魔力中和の付与魔術を施した魔法薬だよな? どこで手に入れたんだい?」
珍しく早口なローズに、レンはキョトンとしていた。
「ローズさん、見ただけで分かんの?」
ローズとレンの間に、妙な空気が漂う。そこに、ロスヴィータがボソリと言った。
「そういえば、まだ話してなかったんじゃない? ローズが、隣国の七賢人でローズバーグ家の人間だって」
何故か、レンの顔が青ざめた。
レンは頭を抱えたくなるのを必死で堪え、心の中で叫んだ。
(そういうのは、先に言ってくれよぉぉぉぉ!!)
これはもう、完全に情報共有漏れである。ローズの正体以上に重要な情報が多すぎたのだ。〈楔の塔〉が古代魔導具だったとか、その契約者がオットーの娘だったとか、フィンとレームが裏切り者だったとか、ゲラルトがセビルのダーリン(予定)の弟だったとか。
(ローズバーグ家って、魔女様の家でオレが改竄した本に出てきた名前だよな!?)
初代〈茨の魔女〉レベッカ・ローズバーグ。彼女の死を歪め、古代魔導具〈彩色庭園レベッカ〉に作り変えた、悍ましいローズバーグ家。
その末裔が、ローズだったなんて!
(やばい、まずい、オレが魔女様に会ったって情報を、オレはまだセビルと共有できてないんだよ!)
こちらは情報共有漏れというより、単純にタイミングの問題である。
魔女の情報はそのままティアの正体に直結する。だから、セビルとこっそり情報共有したかったのだが、ランゲの里に戻ってから、大抵そばにはヒュッターやルキエがいたので、機会がなかったのだ。
(本当は〈楔の塔〉に戻って、落ち着いてから情報共有するつもりだったんだよ! まさか〈楔の塔〉が乗っ取られてるなんて美少年でも想像できねーっつーの!!)
魔女と遭遇し、キャンディを貰った経緯をセビルは知らない。つまり、セビルにフォローしてもらえない。
ここは、レンが一人で切り抜けるしかないのだ。
(ティアは、ローズバーグ家のことをどれだけ知ってる!? ……いや、多分全然分かってねーなこれ! 魔女様、そういうのペラペラ話したりしなそうだもんな)
どうやってこのキャンディの入手経路を誤魔化すか。
レンは必死に知恵を絞り、絞り、絞り……そして歌った。夜中なので小声で。
「ある日、森の中、魔女様に出会った美少年〜、魔女様に気に入られて飴をもらった〜♪ お〜、美少年〜、ラララ美少年〜、美少年に幸あれ〜」
頭脳派美少年は知恵を絞れるだけ絞り尽くし、最終的に美少年パワーでゴリ押したのである。
ティアがピヨッと鳴いて、「ラララ〜」とはもり出した。ティアよ、今はちょっとそういう時じゃない。