軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

§081 館再び(前編) 1/4 (fri)

教官候補の人が来日するまで数日かかりそうだと連絡があったので、俺達はダンジョンアタックを再開することにした。

「とは言え、なんというか目標がないんだよなぁ」

「異界言語理解も、マイニングも、必要に迫られてって感じでしたからね」

今までの探索の後始末ってことなら、「交換連金の謎を解く」とか、「極炎魔法をゲットする」とか……そうだ、「14層のシャーマンからオーブを奪う」なんてのも考えられるな。

あとは、18層に人が集中している間に、最深部を目指すというのもひとつの手か。

「こうして考えてみると、俺ら、なんか最近働き過ぎな気がしないか?」

「割と好き勝手してましたから、あんまり働いているって気はしないですけどねー」

「それで『やりがい』だとか『なかま』だとか言い出したら、ブラック臭が漂い始めるからな」

「国に渡航禁止を要請されている段階で、充分ブラックな香りが漂ってますけど」

「ブラックの方向が違うだろ」

「うちの方が危なそうですよ」

何度か死にそうな目にもあいましたし、と言って、三好が苦笑した。

「確かに」

実際俺も、あまり働いているって気はしなかったが、怒濤の三ヶ月だったってことだけは確かだ。

「あ、先輩!」

「なんだ?」

「1層へ行きましょう!」

「1層~? 大体暇なときは毎日通ってるけど」

あ、俺って、もしかして働いてた? と一瞬思ったが、よく考えてみれば、暇なときだけって……そりゃ暇つぶしだ。

「違いますよ。373匹にチャレンジしませんか?」

「館か!」

「ですです。すぐに試せそうなのは1層しかないですもん」

そうだな。時間的にもすぐにいけて、すぐに帰れる。

「よし、そうするか」

「はい」

「念のために、23時台の後ろの方で館が出るように調整する必要があるよな」

何時間もアレに追い回される可能性を確かめる気になるのは、マゾい人だけだ。

「どうせスライムしかいないんですから、先に372匹倒しておいて、時間があったら、ダラダラしてればいいんじゃないですか?」

「そうだな。じゃ今から行くか?」

今丁度、お昼過ぎだ。平均1分1匹倒すと、6時間ちょいで到達できる計算だ。

「ちょっと早いような気もしますけど、じゃあ、お昼を食べて、準備したら出かけましょう」

「鳴瀬さんには?」

「さまよえる館に行ってくるって、連絡しておきます」

ああ、また彼女の心労が増えそうだな。

俺は、JDAの方に向かって、両手を合わせておいた。

◇◇◇◇◇◇◇◇

「そういや、三好。ダンジョンは久しぶりじゃないか?」

俺達はパーティを組んで1層へ下りると、いつものように、人のいない方向へと歩き出した。

人影はないが、アルスルズは影に潜ったままだ。なにしろ1層の通路は狭いところが多くて、あんなのが4匹も出てきたらまともに歩くのが難しいのだ。

「去年のエンカイ以来ですね。そういや先輩、あの椅子どうします?」

「ああ、あれなぁ……」

ンガイの椅子は、未だに保管庫の肥やしになっている。

「いっそのこと、悪趣味なインテリアとして、事務所のレストルームにでもおいておくか?」

ヒブンリークスが一段落したので、めでたく鳴瀬仮眠室はその役割を終え、元のレストルームへと姿を変えていた。

「それに座った鳴瀬さんが無事だといいですけどね」

「効能だけ見れば、マッサージチェアみたいなもんなんだけどなぁ……」

あの怪しげなフレーバーテキストのせいで、どうにも座るのが躊躇されるのだ。

「こうなったら、後でスライム様に座って頂いて、様子を見てみるか」

「動物実験ですか……いいですけど、スライムが、ンガイスライムになったりしないことを祈りましょう」

「だからお前はそう言うフラグを立てるのをヤメろっての」

スライムになんとかビームを打ち込むのにしゃがんだ三好のつむじに向かって、ビシビシとチョップを入れた。

「あ、攻撃中はやめて下さいよ! 遊んでないで先輩も下二桁を揃えておいてください!」

「分かったよ。で、今日の狙いは?」

「アイボールなら、鑑定でいいんじゃないですか? 先輩が使えば、ブートキャンプの対象を取捨するのにパーティを組んだり、デバイスで計測したりしなくてもよくなりますし」

「恐怖とか、監視ってのにも興味はあるけどな」

「そんな、使うのも売るのも難しそうなオーブのことは忘れてください」

「ガーゴイルのオーブや、バロウワイトのオーブに興味は?」

「ありますけど、バロウワイトはスケルトンの上位みたいなものですから、あんまり変わらなさそうですし、ガーゴイルは……なんでしょうね?」

「ガーゴイル、ガーゴイルねぇ……不老とか不眠不休とかか?」

「やっぱりいりませんね」

確かにブラック過ぎる。そして不老はどうせ石になったりするに違いない。

「んじゃ、基本アイボールの鑑定で」

「お願いします」

そして、三好は、アルスルズにスライムを集めさせつつ、黙々とそれを叩き続けた。

ヘルハウンドがスライムをかみ殺すより、エイリアンのよだれ攻撃の方がずっと早く倒せるようだった。

俺は俺で、ただそれを見ているだけというのもなんなので、三好とは別の場所で、下二桁を調整しつつスライム退治に精を出した。

流石に1層に危険はないだろう。アルスルズもついてるしな。

◇◇◇◇◇◇◇◇

22時過ぎ、俺達は、休憩を兼ねて、取り出した折りたたみの椅子とテーブルで、前回の探索時に余っていた弁当を食べていた。

すでに準備は完全に整っている。

アルスルズは、今日の仕事のご褒美に、魔結晶をひとつずつ貰っていた。ちゃっかりしてるな。

「結構時間が余りましたね」

「あと1体なのか?」

「いえ、5体です」

アルスルズが間違って倒してしまうと、それがカウントされてしまう可能性が高く、余裕を持たせているそうだ。

まてよ。もしそれがカウントされるんなら、メイキングのモンスター討伐カウントにもカウントされないかな?

そしたら、召喚を取って、僕達を召喚すれば、後は座っているだけでオーブがウハウハ……

いや、だめだ。生き物の面倒を見るのは面倒だし、もしそいつらに勝手にオーブが使われたりしたら、ただ面倒を見るだけになってしまう。却下だな。

「お、来ましたね。ドゥルトウィン」

お弁当を食べ終えて、一休みしている俺達の前に、1匹の黒犬が現れた。

三好がポンポンと首を叩いて、魔結晶を与えながら、先日糸で作ったポシェットから、マイクロSDカードを取り出した。

「それは?」

「鳴瀬さんに、時間を指定して、実験をお願いしておいたんですよ」

「いや、おまえ。こんな時間を指定したら、完全に業務時間を逸脱してるだろうが」

「まあまあ。新しい実験だって言ったら、喜んで協力してくれましたよ? それに、立っている者は親でも使えって言うじゃないですか」

そう言って三好はカードをタブレットに挿入して、再生を開始した。

「緊急時でもなんでもないけどな」

俺は苦笑しながらそう言った。

『あー、あー。これでいいのかな? あ、鳴瀬です。見えますか? って、録画だから返事があるわけ無いか』

てへっとばかりに自分で頭を小突いている。

「あざといな」

「あざといですね」

『一応言われた通りにメッセージを送ります。無事ですか? まあ、無事でしょうけど。あの気持ち悪い館が出たら無理はしないで下さいね』

『えーっと、何か芸、芸……』

「何を悩んでるんだ?」

「実は何か芸をして送って下さいとお願いしておいたんです」

「はぁ? なんでまた、そんなことを……」

『じゃ、無事のおまじないっ!』

そう言って目を瞑った鳴瀬さんがキスの真似をした。

その瞬間ドゥルトウィンがひょこりと顔を出すと、ぺろりと鳴瀬さんの顔を舐めた。驚いた鳴瀬さんは、「ひゃんっ!」と変な声を上げて、はしたない恰好で転倒した。

「……先輩、これってお宝映像ですかね?」

「勝手にアップしたら殺されるぞ、たぶん」

慌てて起き上がった鳴瀬さんは、ドゥルトウィンをポカポカと叩きながら録画を停止した。

その後はカードを詰めて送り出したのだろう。

「じゃ、このお宝映像入りカードは取っておくとして、こちらからも送り返しましょう」

そう言って三好は新しいカードの入ったビデオカメラを収納から取り出した。

「じゃあ、ダンジョンの中でアルスルズにかしずかれながら、優雅にお茶をする三好お嬢様ってコンセプトで行くか」

「なんですか、そのコンセプトは」

呆れたように行った三好は、椅子に座って足を組むと、狭い通路にアルスルズを呼びだして、自分を囲むように3匹をかしずかせながら優雅っぽくカップを傾けている。中身は入ってないのだが。

そうして無事だよと言うメッセージを録画してから、それを再生してみた。

「うーん。かしずいていると言うより、襲われているように見えるな」

「空間が狭すぎて、アルスルズが大きすぎます。ちっとも優雅に見えません」

お嬢様化失敗ですねと三好が笑う。まあそんなところにこだわっても始まらない。もともとメッセージが送受信出来ることを確かめたいだけだからな。

取り出したカードをドゥルトウィンのポシェットに入れると、すぐにグレイシックと入れ替わらせた。これで、無事に鳴瀬さんの元に届けば成功だ。

「よし、じゃあ行くか」

「はい。ですけど、こんな環境でさまよえる館が出現したとして、それってどこに出るんでしょうね?」

言われてみれば、10層と違って1層には空がない。つまり高さがないのだ。しかも基本は通路と部屋の構成だ。館が出現できるような広場めいたものは存在していなかった。

「うーん……ま、考えてもわからないことは、やってみればわかるよ」

「どこの実践物理学の博士ですか」(*1)

そうして立ち上がった俺達は、残りの5匹を探し始めた。

◇◇◇◇◇◇◇◇

「……こう来たか」

三好が373匹目を倒した瞬間、それは突然現れた。

通路の先に、まるで空間が丸ごと入れ替わったのように、館が出現したのだ。

1層との接続部分は、空間が突然切り取られたかのように、遥かな高みまで切り立った崖、というか壁が続いていた。

つまり1層の空間を四角く切り取って、そこに館のある空間をまるごとはめ込んだような、そんな構造をしていた。

「ある意味納得ですよね」

「そうだな」

昼夜があるフロアでは、ダンジョン内の時間も外の時間に連動するはずだが、1層に出現した館部分は、やや薄暗いだけで夜には見えなかった。

少しだけ軋む鉄の門も、ペルフェゴール素数が誘っている門柱も以前見たままだった。

もっとも古典ヘブライ語が読めるはずもない俺達では、書かれていることが同じかどうかまでは分からなかった。

しかし、館の様子は、随分様変わりしていた。

二階の軒先にあれほどいたアイボールは姿を見せず、屋根の上のグロテスクたちも動いたりはしなかった。

黒い鳥は数羽が枯れた木に止まっていたが、ムニンのように巨大なものはいないようだ。

その代わり――

「せ、せんぱぁい。私、幽霊はちょっと……」

三好が、俺の後ろに隠れるようにして、びびりながらそう言った。

彼女の視線の先には、青白い人型のなにかがふらふらとしていた。

よく見ると、前庭の所々に、同じような人型がふらふらと歩いている。

「なんだ、あれ?」

「まんまですよ。ゴーストだそうです……」

三好の鑑定をモンスターに使用すると、名前と相手の状態が表示されるらしい。要はアルスルズに使ったときとほぼ同じ感じだ。

「耳元でずっと、アイムエンリー(*2)、とか歌うやつ?」

「サムなら私だって大丈夫ですよ?」

「見えないからな」

「それはそうですね」

相変わらず俺達の緊張感が薄かったのは、彼ら?は特にこちらに注意を向けるわけでもなく、めいめいが勝手に動いていたからだ。

「生前の記憶のままに行動してるってやつですかね?」

「さあな。だがもし襲われたら、あいつらに鉄球は無力なんじゃないか?」

「効果があるのは聖水とかですかね? そんなものありませんけど」

「純水じゃだめか?」

クリアって意味じゃ、似たり寄ったりだが。

「聖なる何かが溶けてるんだと思いますよ」

「何が?」

「信仰心、ですかね?」

現代日本で生活しているパンピーな俺達に、それを期待するのは間違っている。

宗教との関わりと言えば、冠婚葬祭とクリスマスやハロウィンのように商業化されたイベントくらいなものなのだ。

そもそも、信仰心の化学組成すらわからない。各宗教施設の ほ(・) こ(・) り(・) か?

「なに不敬なことを考えてるんですか、信じる心ってやつですよ、先輩」

「何故分かった!?」

「顔に書いてある……と言いたいところですが、ね・ん・わ、ですよ、先輩」

し、しまった。じゃあもう一つ考えていた候補のことは……

「ばればれです」

「げぇ……」

俺はもう一つ、候補を思いついていたのだが、あまりに下世話だったので、流石に口にはしていなかった。

某メーカーがダンジョンが出来た年に出したエナジードリンク(*3)のような真似は出来ない。念話でバレちゃ、意味ないのだが……

「ちょっと気を抜いただけでこれだ。念話が広まったりしたら、円滑な人間関係が崩壊するんじゃないか?」

「未成熟な精神が集まる学校組織は危ないかもしれませんね」

「その理屈じゃ、学校どころか、会社も危なくないか?」

俺の精神が成熟しているとはとても思えない。

「大丈夫ですよ。有効距離が20mで、同時接続が8人じゃ、300万人をつないで革命するようなことはできません」(*4)

「そういや、カスケードに接続した孫パーティとの念話ってどうなってるんだ?」

目の前を横切って、門の脇にある枯れた花壇へと向かう青白い影に注意しながら、俺は疑問を口にした。

その影の顔にはディテールがなかったが、なんとなく庭師めいて見えた。

「ううっ……や、やったことありません」

三好がそれにびびりながら答えた。

青白い影は、まるで俺達がただの置物か、そうでなければそこに存在していないように振る舞っていた。

「もしそれができたら300万人も不可能じゃないぞ?」

「直径20m以内に全員が集まれるわけないじゃないですか」

ゴーストが遠ざかることで、気を取り直した三好が、呆れたように言った。

「それに、この念話って、プライベートチャットが出来ない時点で、言ってみれば単なる放送ですからね。効果は街頭演説や政見放送と変わりませんって」

「だといいな」

時刻は23時21分だ。

碑文が前回と同じ位置に配置されているとすれば、10分もあれば充分だ。その後30分も何かに追いかけられるのは勘弁だ。

「先輩。少しあたりを探検してみませんか?」

「そりゃ良いが、俺の下二桁は99で調整してあるし、もしも敵があいつらだったら、三好の鉄球も効果があるかどうか怪しいぞ?」

「私の水魔法と、アルスルズの闇魔法で間に合いそうになかったら、大人しく撤退するってことで」

スライム373匹は、さほど難しくなかった。そういうのもありかもしれないな。この館が1度しか現れないなんてことがないように祈ろう。

「じゃ、うかつなことは避けて、なるべく刺激しないように行くか」

「了解です」

俺達は、正門へ向かわず、屋敷の裏手に向かって歩いていった。

それを気にする様子の青白い影は、ただのひとりもいなかった。