軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

§082 館再び(後編)

館の敷地は、標準的な学校の敷地と同程度には広かった。

側面にまわった俺達は、窓から館の中を覗こうとしたが、窓の位置が高めの上、埃でガラスが白く汚れていて、いまひとつはっきりしなかった。

屋敷の中にも青白い影達は、そこここにいて、まるで使用人のように歩き回っていた。

「ひっ!」

三好が息を飲む音が聞こえたので、慌てて振り返ってみたら、窓越しに青白い影と顔を突き合わせていた。

影はまるで窓を拭いているような動作を繰り返していたが、もちろん窓の埃は落ちたりしなかった。

「さ、賽の河原で石を積んでるみたいですね」

その影は、おそらくずっとそこで、窓をきれいにしようとしているのだろう。

しかし、過ぎ去っていく年月は、窓に埃を積もらせこそすれ、それをぬぐい去ったりはしなかった。

特に外側は酷い。

俺は、妙な義憤に駆られ、収納から1枚のタオルを取り出すと、影の手の動きに合わせて窓の外側をきれいにしてやった。

窓は内側に多少埃が残っているとはいえ、見違えるようにきれいになった。

その瞬間、影の動きがぴたりと止まり俺と目があった、ような気がした。

しばらく動かずにじっとしていると、影は振り返って部屋を出て行った。

「先輩。うかつなことはせず、なるべく刺激しないんじゃありませんでしたっけ?」

息を潜めるように、その様子を見ていた三好が、囁くようにそう言った。

「すまん」

「まあ、気持ちは分からないでもないですよ。ブラックの左遷部署みたいでしたもんね」

三好にそう言われて、義憤の正体が分かったような気がした。

屋敷の裏手には、以前はおそらく、きれいに刈り込まれていた芝生だったと思われるものが広がっていた。

ところどろこには、奇妙にねじ曲がった木々が生えている。

「まるで、核戦争のしばらく後って感じですね」

「そうだが、むしろここで、ロイヤル・ビクトリア・パーク(*1)みたいな庭が広がってたら、その方が怖いぞ」

「誰が管理してんのかって話ですよね」

裏庭を館沿いに歩いて、反対側の側面に回り込む頃には45分を過ぎようとしていた。

そうして俺達は、階段を数段上がった先にある、小さなドアを見つけた。

「普通のマナーハウスなら、きっと勝手口ですよ。反対側が、ドローイングルームやパーラーっぽかったですし」

ドローイングルームは応接室で、パーラーは客間だ。ってことはあの扉の先はキッチンか。

扉は、前回の正面玄関のように、近づいただけで自動的に開いたりはしなかった。

扉の向こうに何かがいる気配はない。とはいえ、生命探知にとって、ゴーストは苦手なのか、あんまり仕事をしていなかった。

「とりあえず、開くかどうか試してみましょう」

俺達は、扉の左右に分かれて、俺がドアハンドルを握った。

「先輩、なんだか私たち特殊部隊っぽいですよ」

「そういや、相手もハウス・オブ・ホラーみたいなものか」

米国陸軍の特殊部隊、デルタフォースの訓練施設の館は、House of Horror と呼ばれているのだ。

「訓練なら、大抵死なないで済むんですけどねぇ……」

俺はそれなりに力を入れて引っ張ったが、扉はがたりと音を立てただけで、まったく開く気配がなかった。

それを見た三好が残念そうに言った。

「……先輩。西洋のドアは大抵内開きですよ」

「おう……」

日本の玄関ドアは大抵外開きだから、つい引っ張っちゃったぜ……

もう一度仕切り直して、軽く押してやると、キィと小さな音を立てて、ドアは内側に開いた。

そっとのぞき込んだその部屋は、やや暗目の小さな部屋だった。正面と左にはドアがあり、右にはドアのない入り口が、闇を湛えるように口を開けていたが、他には何もなかった。

「たぶん右がバッテリーとかパントリーとかですよ」

バッテリーは、食料品貯蔵室だ。

パントリーも同じようなものだが、食器室の意味もある。

「昔は、ワインなんかの酒類も保存されていたらしいですよ」

「……三好。時間がないんだから、寄り道はNGだぞ」

「そ、そんくらい分かってますよー」

失礼だなー、もー、先輩はー、なんてプリプリしているが、その額の汗が、全てを物語ってるぞ。

「左は普通キッチンですね。どうします?」

「いろいろと興味はあるが時間がない。とりあえず直進して玄関ホールを目指そうぜ」

「了解」

俺達は、そっと足音を殺して、正面の扉へと歩み寄った。

「しかし、どこからどう見ても不法侵入の泥棒だよな、これ」

前回は正面玄関を入ったとたんに、三好がそこにある像を破壊してたし、俺達、ろくな事をしてないな。

「他人の家に入って、タンスだの樽だの調べてまわるのは、JRPGの伝統ってやつじゃないんですか?」

「小さなメダルが見つかるかな?」(*2)

そう言って、正面のドアに手をかけようとしたとき、足下に何かが落ちていることに気がついた。

「なんだこれ? 数珠か?」

それは奇妙な形をした数珠のようなアイテムだった。

「ロザリオっぽいですね」

「ロザリオ? 十字架が付いてないぞ?」

「ほら、輪から飛び出た部分に、5個の珠が連なっていますよね。両端が大きくて間の3つが小さい」

「ああ」

「それに輪っかの部分は、大きな珠に続いて小さな珠が……たぶん10個連なって1セットになっていて、それが5回繰り返されています」

「そうだな」

間の個数は、ちゃんと数えないとわからないが。

「それがロザリオの構造らしいですよ」

「じゃあ十字架は?」

「クルシフィクスは本来、その飛び出た部分の先にあるはずですが……」

そこには何もなかった。

最後の珠が終端を意味するかのように付いているだけで、特に引きちぎったような後もなかった。

「それにそのメダイ、なんだか地球に見えませんか?」

メダイというのは、飛び出た部分が輪にくっついているところにある少し大きな珠や飾りのことらしい。他の珠が全て黒い物質で出来ているのに対して、その珠はやや青みを帯びていた。

「考え過ぎじゃないか?」

「かもしれません」

ともあれ、形状はロザリオに一致している。

「きっと、あの青白い影の連中の中に、地球の宗教に詳しいやつがいるんだろ」

俺はなんとなくそれをポケットに入れて立ち上がった。

そして、後ろの入り口同様、注意深く正面の扉を開いた。

扉の先には、建物を貫いていると思われる廊下が、真っ直ぐに裏の窓沿いに続いていた。

ときおり、ゴーストが部屋へ出入りしたり、廊下を行き来しているが、やはり俺達の姿はまるで見えないかのように無視されていた。

「アタックタイムがやってきたら、あれらがみんな襲ってくるんでしょうかね?」

「うまく逃げられることを祈ろうぜ」

タイムリミットまであと10分を切る頃、俺達は、玄関ホールへの入り口に辿り着いていた。

ホールはまるで図書室のごとく壁が本棚で埋まっている。

こないだ壊したはずの四隅の像は復元されていて、正面玄関の扉は閉じていた。

「さて、バロウワイト殿は元気かな」

俺がそう言うと、三好は勝手に本棚に近づいて何かしようとしていた。

「おい、なにやってるんだ?」

「本棚を丸ごと収納しようと思ったんですけど、できませんでした。館と一体化してるんですかね?」

三好はそう言いながら、本棚から本を取り出したが、どうやらそれも収納できないようだった。

本も館だとみなされているのかな?

意識があるからってのは、怖い考えになりそうだからやめておこう。

三好は悔しそうに、中身を撮影するために開こうとした。

「せ、先輩。なんですか、この本、開くことも出来ませんよ?」

「そら、魔導書あるあるだな。無理に開こうとしたら、手を燃やしたりするものもあるらしいから気をつけろよ」

「ええー」

三好は仕方なくそれを本棚に戻すと、今度は背表紙だけでもと撮影を行っていた。

しかし、バロウワイトが出ないな。正面玄関を開けてないからか? ならどうやって、碑文を出現させるんだ?

「三好ー。ちょっと部屋の四隅の像を監視しておいてくれ。動き出しそうならすぐに攻撃して良いから」

「了解です」

三好にそうお願いした後、仕方なく俺は、部屋の中央へ向かって歩き出した。

ほぼ中央に到達したとき、足下に魔法陣が広がった。慌てて俺は部屋の隅へと飛び退る。

「来るぞ!」

と緊張したのも束の間、床下から迫り上がってきたのは、前回と同様、The Book of Wanderers のページらしきものを乗せた台座だった。

「ガーディアンみたいなのはどうしたんだ?」

「やっぱり、裏から来て、正面玄関を開けてないからですかね?」

理由はわからないが、無駄な戦闘が省けたのなら幸いだ。

「で、今度は何が書かれてるんでしょうね?」

「何か重要な情報であることは間違いないと思うけど――?!」

近づいて、それを覗き込んだ俺は絶句した。

なぜなら、俺達には読めないはずの文字で記されたそのページの最後に、読むことが出来る部分があったからだ。それは、紛う方なきアルファベットだった。

「先輩……」

「ああ」

そこには、筆記体で書かれたサインのようなものが書かれていた。そうして、少し崩れた文字は、Theodore N. Tylor と読めた。

「先輩。タイラーって……」

「たぶんな」

セオドア=タイラー。

それは3年前ネバダで起きた、ダンジョン発生によるもっとも悲惨な事故で死んだはずの男と同じ名前だった。

「なんかの冗談ですかね、これって」

「さあな。書かれている内容がわかれば、それもわかるだろ」

俺は周囲を細かく撮影した後、その碑文を収納した。

その瞬間、廊下側から、甲高い叫びのような声が上がった。

「先輩! あれ!」

そこには、今までこちらを無視していた青白い影がひとり、こちらを向いて立っていた。

大きく開けた口からは甲高い叫び声が上がり、そうしてディテールがなかった顔の目が開いたかと思うと――

「げぇ……」

その目がずるりと抜け落ちて、こちらに向かって這い寄ってくる。

「アイボールのヤツあんなところに……」

俺はそれに向かってウォーターランスを放ち、目の前に表示されたオーブリストを素早く選択すると、三好と共に正面玄関へと走った。

「先輩! 開きませんよ、この扉!」

ドアハンドルを握って、全力で引っ張ってそれを確かめた後、ガンガンと鉄球を飛ばしながら三好が言った。

正面玄関から入らなかったからか、ガーディアンが出なかったのはよかったが、ドアが開かないとは予想外だ。

俺も鉄球を思い切りぶつけてみたが、傷一つ付かなかった。どうやらダンジョンの壁などと同じ扱いのようだ。

廊下の方からは、件の叫びがいくつも聞こえ始めていた。

アイボールが抜けたゴーストは、やたらと飛び回っているだけだったが、アイスレムがそれに触れると、ゴーストの体はアイスレムをするりとすり抜けた。

「先輩! あれに触れるとなんだか体力が削られるようです!」

ドレインってやつか?

「とにかく廊下側へ逃げるぞ!」

「了解!」

廊下側へ走り出た俺達が見たものは、ワラワラとやってくるゴーストの群れだった。

俺達を見つけると、あの甲高い叫び声を上げて、アイボールを目から生み出し、てんでバラバラに飛び回り始める。

パーラー側からもキッチン側からもやってくる群れに、俺達は、二階へと上がる階段に逃げるしかなかった。

「先輩、時間的に後数分です。いざとなったら、窓壊して飛び降りましょう!」

「いざとならなくても、そうしようぜ!」

俺は階段を上がりきったところにある、窓に向かって、全力で鉄球を投げつけた。

ガンッっと大きな音を立ててぶつかった鉄球は、そのまま跳ね返ったが、窓には傷一つつかなかった。

三好は、その窓にとりついて開けようとしたが、そちらも頑として開かなかった。

「せ、せんぱい~っ」

「心配すんな、いざとなったら、全部倒して――」

「時間がないんですよ!」

おお、そうだった……

「あ、こっちからもなにか来ますよ!」

三好が2階のパーラー側から聞こえてくる声に反応した。

下からは、さっきの群れがはい上がってくる。

もはや何処へ逃げて良いのか分からない、いっそのことあの群れに突っ込んで……とそう考えたとき、目の前の埃だらけの床に、矢印が描かれた。

「先輩! あれ! ……でも、罠かも」

「この状況で罠もクソもあるか! ついてくぞ!」

「はいっ!」

次々と描かれる矢印を追いかけるようにして、俺達は走り出した。

不思議なことに矢印の先には、ゴーストの群れがいなかった。何度か上がり下がりした後、最後に描かれた矢印は、廊下のどん詰まりにある部屋を指しているようだった。

「下がって下がって上がって上がって上がって下がって上がって下がって下がったから、1階ですよ、ここ!」

後ろから追いかけてくる気配を感じながら、三好がそう叫んだ。

「下がって下がったから1階?! この建物2階建てじゃなかったか?!」

「うぇ……」

三好が声にならない奇妙な声を上げたが、きっと屋根裏に隠された3階があったに違いない。きっとそうだ、そうしよう!

ともかく俺達は、その部屋に向かって駆けだした。

「あの扉が開かなかったら、どん詰まりですよ?」

「死ぬには良い日か?」

「ヤですよ! 私、心残りがありまくりですからっ!」(*3)

後ろを見もせずに、ありったけのウォータランスをばらまいた俺達は、ドアハンドルを握って、それを思い切り押した。

もしかしたら開かないかも知れないと思っていた部屋のドアが、何の抵抗もなく開いたせいで、俺達二人はたたらを踏んだ。

どうにか転けずに頭を上げると、そこには一人の青白い影が立っていた。

突然のことに、一歩後ろへ下がろうとした瞬間、三好が激しくドアを閉めて施錠した。その後すぐに、なにかが激しくそのドアにぶつかる音が聞こえた。

頑丈なドアのようだが、余り長くは持ちそうになかった。

俺が警戒して影を見ると、それは、一枚の窓を指さしていた。

「先輩、あの窓って……」

「ああ」

指さされていた窓からは、一際明るい光が差し込んでいた。それはさっき俺が拭いた窓だった。

三好はその窓へ駆け寄ると、勢いよくそれを上へと引き上げた。思っていたとおり、その窓は――

「開いた!」

俺は彼女――そうたぶん彼女だ――をみて、礼を言った。

「ありがとう。助かった」

「先輩、早く!」

三好は窓枠を乗り越えながら、俺を促した。

俺はそれに頷きながら青白い彼女に近づくと、なんとなくお礼のつもりで、さっき手に入れたロザリオを彼女の首にかけた。

不思議なことに、それは彼女の体を素通りせず、決して床へとは落ちなかった。

その時、館の鐘楼が別れの歌を奏で始めた。部屋の輪郭は徐々に失われ、次第に歪んでいった。

「じゃあ、元気でな!」

聞こえているのかどうかわからないが、俺はそう言って、窓枠を乗り越えた。

その瞬間、後ろからドアにヒビの入る音が聞こえた。

僅かに振り返った俺の目には、青白い影が、歪んでいく窓を守るように立っているのが見えた。

(先輩、一応言っておきますけど)

(なんだ?)

念話のいいところは、全力失踪中でも会話ができるってところだ。

(ロザリオは普通首にかけたりしませんから)

「マジで?!」

どう見てもネックレスじゃん! と思わず足を止めそうになったが、慌ててもう一度走り始めた。

(早く教えろよ、そういうことは!)

(いえ、なんか恰好つけてたから、ニヨニヨしながら黙ってました)

(くっ……)

その後は、正面玄関側を回ってきた目玉や、でたらめに飛び回るゴーストに向かって、魔法や鉄球を撃ちまくりながら、門へ向かってひたすら疾走した。

どうにかこうにか門に辿り着いてそこを出たが、鐘はまだその歌を止めない。そして、俺達に引きずられるように、目玉の群れも門を通過していた。

「やっぱ、あいつら門を出られるんじゃん!」

「これでまた分からないことが減りましたね!」

「嬉しくねぇ!!」

とにかく逃げろと、1層の通路へ走り込んだ俺達の後ろで、何かがぶつかるような大きな音がした。

思わず振り返ると、そこには、透明な壁にぶつかったように見える目玉達がいた。

「もしかして、館のある空間からは出られないんですかね?」

「どうやらそういうことらしいな」

立ち止まって振り返っている俺達の目の前で、どんどんと壁にぶつかる目玉の数が増えていく。それはとても気味の悪い光景だった。

試しにこちらから攻撃してみたが、やはり向こうへは届かないようだった。

「一方的に攻撃できれば、早い時間に攻略して、後は狩りたい放題できそうだったのになぁ……」

「先輩、流石にそれは都合が良すぎませんか?」

透明な壁の向こうで目玉が蠢いているグロテスクな情景は、ふとした不安を誘発した。

「これ、溜まりきったところで、崩れてきたりしないだろうな?」

「先輩、フラグっぽいことを言うのはやめて下さい」

三好がそう言った瞬間、鐘の音が何かで切り落としたかのように中断され、突然夢から目覚めたように、目の前には、ただ1層の通路が延びているだけだった。

時計の針が翌日になったことを告げ、そうして、アイボールを倒したドロップだろうか、水晶のようなものがいくつか現れた。

「経験したのは2度目だが、直接見ても幻だとしか思えないよな」

「先輩、あれ……」

三好が指さした先に、なにかアイボールの水晶とは違う、淡い水色をしたものが落ちていた。

近づいて拾い上げてみると、それは、見たことのある1本のロザリオだった。

しかし、なにもなかった本来クルシフィクスがあるはずの場所には、涙滴型をした15ミリくらいの透明感のある淡い水色の宝石が輝いていた。

「アクアマリンですかね?」

「さあな」

その時俺には、それが屋敷に囚われていた、彼女の心のように思えた。