軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

§181 巻き込まれる人々 3/3 (sun)

外濠公園脇の歩道を歩きながら、斎賀は美晴の話を聞いてめまいがしそうだった。

「ダンジョン発生の原因が……アメリカだ?」

「あくまでも事故だという事ですが」

どんな事故を起こしたら、地球にダンジョンができるというのか。斎賀にはまるで分らなったが、それが公知になった場合の影響だけは想像できた。

「しかも、その実験をやっていたタイラー博士が、先日報告のあったデミウルゴスの影だなんて、一体どんな物語なんだよ……」

この情報を渡したら、寺沢がどんな顔をするだろうかと一瞬考えたが、それは無理だなと思い直した。

あの時、冗談で言った転移魔法が、転移石と言う形で実現されている現状もどうかと思うが、ここまで来たら、もはや小説の世界だ。

「課長、これを」

美晴は、そういえば芳村さんと、この翻訳文の話をしたのもこの辺だったなと思い返しながら、斎賀にタブレットを渡した。

「これは?」

「さまよえるものたちの書の最終ページの翻訳です。内容に鑑みて、三好さんたちが公開しなかった、唯一の碑文です」

美晴からタブレットを受け取った斎賀は、外濠公園のベンチに腰かけると、オリジナルと訳文で二分された画面に目を通し始めた。

美晴は、隣に腰かけて斎賀が読み終わるまで、辺りの景色を眺めていた。そろそろ冬も終わりだろう。

「『地球の同胞諸君に告ぐ』とはまた煽ってくるな。後半は文字が違うようだが……」

「それはクリンゴン語だそうです」

「クリ……スタートレックのか?」

地球のSF映画に登場する、架空の言語で、ダンジョンの碑文が書かれていた?

「そうです」

「しかし、そんな碑文が発見されたなんて、聞いたことがないぞ?」

クリンゴン語で書かれているような碑文が話題にならないはずがない。本物か偽物かの争いだけでも、そうとうにセンセーショナルな碑文になることは間違いないだろう。

「それは、三好さんたちが、さまよえる館から持ち出した碑文なんです」

なるほど。それならあいつらの胸先三寸で公開を避けることも可能だろう。

斎賀はそこに書かれている、3年前、ネバダで行われた実験とダンジョン出現の事実と、マナーハウスの書斎の話を読んだ。

「そのマナーハウスは、モントレー湾を臨む丘に立っていた博士の母方のマナーハウスで、89年の地震で被害を受けた後、売却されています」

「調べたのか――それで?」

「外見が、さまよえる館とそっくりなんだそうです」

一通りの事実を聞き終わった斎賀は、深く深くため息を吐いた。

「なあ、鳴瀬」

「なんです?」

「これって、たかがJDAの一課長ごときが知っていいような内容か?」

「たかが課長補佐待遇ごときが知っていることですから」

「それで、あの連中は、いまさら課長ごときを巻き込んで、一体何をさせようってんだ?」

「おそらく――ですけど」

「それで、構わん」

「転移石が登場してしまった以上、あの人たちだけでなんとかなるような状況ではなくなったと判断したんじゃないでしょうか」

美晴は、彼らがやったことを指折り数えて説明した。

「ステータス計測デバイスは民間企業と一緒に自分たちだけでやりましたが、食料の話はDFAに振ってます。まあ、ネイサン博士が暴走したってのもあるんですが……」

「ふむ」

「そういう考えで、転移石を管理するとなると――」

「まあ、適当な組織はうちしかないだろうな。それでお前を強引に巻き込んだのか」

「え?」

「いいか、鳴瀬。転移石をDAなしで普及させるなんて、危なっかしいどころか、既存社会の破壊につながりかねないだろ?」

「まあそれは」

泥棒問題を始めとして、問題を数え上げれば枚挙に暇がないというやつだ。

「そして、もしも正面からこれをJDAに持ち込んだら、確実に新規部署が立ち上がる。この話には、それくらいのインパクトがあるんだ」

何しろ転移だ。もはや現代科学を軽く飛び越えて、魔法の技術だといえるだろう。

もしもダンジョンの外で実用化したりしたら、世界の物流が根底からひっくり返ることは間違いない。

「オーブのオークションだって、専用のチャンネルが開きましたからね」

あれで自分が専任にされたばっかりに、こんな異常な事態に巻き込まれているのだ。

「そうだ。そこで新しい担当に、風来や雨宮みたいなのが据えられたら、連中も困るんだろうよ」

確かに雨宮さんの攻勢には、三好さんも苦笑していたっけ。

もしも、今の私の立場に風来さんがいたとしたら――想像するのも恐ろしいことが起きていたに違いないと、美晴は身を震わせた。

「あいつらはそれを嫌がって、無理やりお前を巻き込んだろう。相変わらず黒いよな」

「黒い?」

「どうせDAが必要になるんなら、自分たちで担当を選べるうちに選んじまおうってことさ。オーブの時もそうだったろう?」

「まあ、そうかもしれません」

「先に噛ませておけば、情報漏洩の観点からもそいつをはずすのは合理的じゃない。随分と気に入られたもんだな」

「お蔭でこんな、分不相応な目にあってますけどね」

斎賀は、美晴にタブレットを返した。

「それで、俺にまで、こんな情報を流して来たってことは、転移石をJDAに取り扱わせるための、単なる根回しだけってわけじゃないんだろう?」

美晴は、受け取ったタブレットをバッグへと仕舞うと、正面を見据えながら、斎賀の方を見ずに言った。

「お二人は近日中にタイラー博士に会うそうです」

「は?」

「それで、聞きたいことがあるなら、今のうちにまとめておいてほしいと」

「ちょっと待て。それはつまり、ダンジョンの向こうにいる連中に聞きたいことがあったら質問をまとめておけって……そう言ってるのか?」

「おそらく」

以前斎賀は、それを故意に匂わせつつ、寺沢にダンジョンの意図について報告をした。

あの時は、ちょっとした意趣返しのつもりだったのだが――それが現実に?

「こりゃ拙いな」

「拙い? 何がです?」

「いや、なんでもない。で、話は分かったが、どう聞いてもJDAの一課長がやることじゃないな、それは」

「一課長補佐がやるのはもっと分不相応ですよ。私の真似をされては?」

「真似?」

それはつまり、上司に丸投げしろってことだろう。しかし――

「上にぶん投げるったって、橘女史や真壁常務じゃあな……」

「優秀な方たちだと思いますが」

「切れるのは確かだが、切れすぎて、情報を素材としか思っていない節がある。そんな連中に任せるには、あまりに爆弾の威力が大きすぎるだろ。下手すりゃ地球が壊されかねん」

この情報が、ただのベネフィットを得るための素材として扱われると、持って行く先によっては非常に危険なのだ。

「課長もなかなか不遜ですね」

「大きなお世話だ」

「でも、それってJDAの一課長が心配するようなことですか?」

斎賀は、面白そうにそういう美晴を睨んで言った。

「お前のせいだろ、お前の! 上司に丸投げったって、投げていいものとダメなものがあるんだよ!」

「信頼できる上司がいて嬉しいです」

「くそっ」

やはり寺沢だろうか。しかしこの話がもしも国の上の方まで通ったりしたら、必ず相手に会わせろって話になるだろう。

だが、あの連中が素直に矢面にたつか?

あり得そうにない現実に、斎賀は顔を歪めて笑った。

「どうしました?」

「いや、共産圏や、独裁政治が羨ましく思える日がくるとはな」

「まあ、少なくとも誰かに何かを強制することは簡単にできますよね」

しかし、従来の外交の枠組みで、この問題に対処できるのか? 相手は人ですらないのに? 第一どうやって会わせる? 拒否したりしたらDA自身が間に立って何かを企んでいるように見えるぞ……

「だめだ。持っていく先がない」

斎賀は思わず空を仰いだ。常識的な範囲では、どう扱っても持て余しそうだ。

「課長。この日本で――世界と言ってもいいですけど――向こう側の人が、一番話したい人は誰なんでしょうね?」

「向こう側の誰かが、一番話したい人物?」

向こう側の誰かに、一番話したい人物なら、大勢いるだろうが、向こう側の誰かが、一番話したいこちら側の人物?

「人類の代表か?」

「なんらかのピラミッド状の社会を持っている知的生命体とのコンタクトならそうでしょうけど、彼の人の目的は、『人類に奉仕すること』ですよ?」

「まさか……」

「政治家だの学者だの、マスコミだの言ってないで、いっそのこと、大衆に直接つないでみませんか?」

実際、ダンジョンの向こう側とは、国家なんて枠組みで政治的なやりとりなどが行われているわけではない。

接触は探索者たちが行っていて、ダンジョンの向こう側の技術やアイテムは、すでに地球上で流通しているのだ。

向こうの代表が、こちら側に訪問してくるというのでもない限り、すでに国家などと言う枠組みは、このコンタクトには不要なのかもしれなかった。

そう考えた斎賀は、思わず頭を振って呟いた。

「こいつはちょっとばかり危険な思想だな」

「ネット全盛の時代ですから、迷ったりわからなかったりすることは、集合知に訊いてみるのが一番ですよ」

そう言って笑った美晴の顔が、斎賀には、Dパワーズの連中と被って見えた。