軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

§182 反響 3/4 (mon)

JDAのサイトに、「ダンジョンの向こう側に誰かがいるとしたら、どんなことが聞きたい?」という『だんつくちゃん質問箱』が開かれたのは、美晴と斎賀が昼食を取りに行ったその翌日の午後だった。

別にこった演出が必要なわけではない、ただの質問掲示板だったので、設置するのは簡単だったのだが、問題はその反響だった。

当初、代々ダン掲示板を始めとする、各種SNSでは、それが何かのジョークサイトだと認識された。

「エイプリルフールに向かった仕込みじゃないの?」

「来月の1日に、質問への返事が付くんですね、分かります」

「JDAは開設以来、エイプリルフールサイトを作ったことはないぞ」

「何事にも始まりはあるじゃん」

などという、やり取りが、あちこちで見られたのだ。

「ところで、だんつくちゃんって何?」

「ネットの辞典じゃ、旦那を揶揄する言葉だとよ」

「あ、うちの実家の方じゃ、一人でやる獅子舞のことを『だんつく』って言ってたよ」

「愛知県民発見!」

「そうそう。あのへん、『だんつく(旦那が突く)』に『おまん×』なんてちょっと間違えたらエライことになりそうな祭りだらけだから」

「伏せるなよ(w 『と』だからな! 『と』 駆け馬のことだから!」

「聞き間違いそうな音だな、それ」

「いまゴグッてみたら、ゴーグルブックスの低年齢向けに書かれたルパンの話がヒットしたんだよ」

「三世?」

「いや、ルブランの方。だけど、小説のどこにもそんな言葉は書かれてないわけ」

「単なるバグじゃないの?」

「それが、実は、『秘密の階段を作っておいた』ってフレーズにヒットしてたみたいだ」

「バグじゃん」

「いやいや、低年齢向けだから、全部の漢字にルビが付いているわけ」

「ひみつかいだんつくかw」

「正解。ゴーグルブックスの検索って、ルビはルビでまとまって文字列化されてるんだな。しかも検索にヒットするという」

「欧文にルビはないからなぁ……」

「いやいや、脱線も甚だしいでしょ。で、だんつくって結局何なの」

「俺らを躍らせようとしてるっぽいし、獅子舞ちゃんでいいんじゃないの」

「ダンジョンの向こう側にいる連中が、獅子舞ちゃん!」

「描いてみた。『 獅子(リオンヌ) 舞ちゃん、12歳』)つhttps://URL...」

そこには、被り物をして、がおーというポーズをとっているかわいらしい子供の絵がリンクされていた。

「天才現る」

「速えよ」

「なんでフランス語」

「じゃあ、俺は、レオネッサを描こう」

「んじゃ、俺は、リュータスかな」

「それどこよ? イタリアは分かるけど」

「リトアニアだよ」

「わかるか! そんなの」

「おいおいみんな。ここは北欧一択だろう? 『ルーヴ 舞』」

「なんでさ? 音はちょっとぱっとしない気がするけど」

「綴りが、Løveだから」

「「「おお!」」」

そうして、しばらく、あちこちで『獅子 舞』の絵がアップされたのだった。獅子の部分の読みは、非常にいろいろだったが。

そうして、ひとしきり脱線しまくった後、話は元に戻された。

「しかし、募集しているのは『質問』だろ? JDAはこの後これをどうするつもりなんだ?」

「うーん。相手になり切った誰かがそれに答えるとか?」

これが、パイオニア探査機の金属板や、ボイジャーのゴールデンレコードと同じ、未知の何かに対するメッセージの募集だというのならまだわかる。

だが、ここで募集されているのは質問なのだ。つまりは、応える何かがいるということだった。

「JDAで、VTuberでも始めるのかよwww」

「私は、ダンジョンの向こうからやってきた、だんつくちゃんなのだ!」

「ヤメロwww」

「でもさ、JDAって、今まであんまりジョークっぽいことはやらなかったじゃない」

「まあな。そもそもダンジョンが相手じゃ、突拍子もないことが書かれていたところで、それがジョークなのかマジなのかさっぱりだもんな。意味は薄い罠」

「じゃあ、お前らは、これがマジかもしれないって思ってるっての?」

「おいおい、もしもそうだとしたら、JDAがダンジョンの向こうの誰かと接触した、もしくは接触する可能性ができたってことだろ」

ここのところ代々木ダンジョン界隈は著しく活性化している。

最近の到達深度の著しい進捗や、ヒブンリークスによる新たな知見が、その後押しをしているわけだが、その過程で何かがあったのかもしれないという話には夢があった。

「セーフエリアまでリアルに発見されたんだぜ? ダンジョンの向こう側に関する何かが見つかっていたとしてもおかしいとは言えないだろう?」

その一言で、がぜん真面目に質問が考えられ始めたのだ。

そうして誰かが翻訳した内容が、redditに投稿されるやいなや、どう見ても適当に作ったとしか思えないローカルなJDAの掲示板に世界中からのアクセスが殺到し始めたのだった。

◇◇◇◇◇◇◇◇

『ねえ、デヴィッド?』

『なんだ?』

『JDAが、DANTSUKUちゃんへの質問サイトを立ち上げたってニュースが、スカイロックに上がってるんだけど」

スカイロックは、フランスの10代に人気のSNSだ。

『なんだと?』

急いでデヴィッドは、そこにリンクされていたJDAのサイトへアクセスしたが、そこには、日本語のサイトしかなかった。

『今どき日本語だけだと?』

『外国人にはアクセスさせたくないサイトって事かしら』

しかたなくフランス語に自動翻訳させると、タイトルには、「Boîte à questions Dunktsu-chan」とあった。

英語に切り替えると「Dantsuku chan Forum」となったので、自動翻訳は、まだまだ英語の方が精度が高いのだろう。(*1)

『なんだこれは?』

『ダンジョンの向こうにいる誰かに対する質問を考えるフォーラムみたいね』

『それはつまり、だんつくちゃんというのは、ダンジョンの向こう側にいる連中のことだという事か?』

『そんなことを私に聞いたって分からないわよ。質問を届けるJDAのエージェントかもしれないでしょう?』

それは彼女の言うとおりだ。しかし、WDAがダンジョンの向こう側にいる連中とコンタクトをとっているなんて話は聞いたことがなかった。

デヴィッドはすぐに、EUやアメリカのその筋に問い合わせてみることにした。しかし――

『何かの日本的なジョークだという線は?』

画像検索で大量に表示される、「獅子 舞」のキャラ画像を見て、デヴィッドは頭を振った。処置なしと言うやつだ。

日本人ってやつは……

『さあね。質問は結構真面目に検討されているようだけど……』

流石に自動翻訳ではよく分からない部分も数多くあったが、相手が宇宙のどこかにいると仮定して、銀河の中心といくつかのパルサーを基準点とした配置図の提案して相手の場所を尋ねてみたり、今後の関係を模索するような、まじめな質問がいくつかリストアップされていた。

『しかし、もしも、ダンツクちゃんというものが、ダンジョンの向こう側にいる連中だとすると――』

イザベラは彼らが言っていた言葉を思い出していた。

”――ダンツクちゃんに繋がってるかでしょうね”

『連中、ダンジョンの向こう側にいる何かと接触してるわけ?!』

事は、一スキルの話なんてスケールではない領域へと拡大していた。もしも誰よりも先に向こう側の連中と接触できるというのなら、その利益はさらに計り知れないものになるかもしれないのだ。

『それをすぐにでも探りだしたいところだが……』

すでに彼らは魔結晶を使い果たして、芳村へのアプローチが難しくなっていた。

なんとか国内市場で、手に入れようとしてみたのだが、それはどこにも存在していなかったのだ。

◇◇◇◇◇◇◇◇

「こいつはまた……鳴瀬さんも思い切ったな」

俺は、事務所のソファーで『だんつくちゃん質問箱』を見ながら、グラスの横に寝そべっていた。

グラスは時折、迷惑そうに、俺の顔を尻尾ではたいていた。

「でも、結構いいアイデアですよね、これ?」

たしかに、一言で質問と言っても、どこに話を持って行けばいいのか非常に難しい案件だった。

なにしろ、それなりのところに持って行くためには、前提として知っておかなければ理解できない秘密が多すぎるのだ。

その点、この方法なら、なにも説明しなくても異論は出ないだろう。

それに、ダンツクちゃんが一番接触したいと思っているのは、いわゆる大衆に違いないのだ。

彼女?は、奉仕したいというだけで、人類はたまたまそこにいたにすぎない。行ってみればラッキー?だっただけだ。

つまりは、奉仕する相手を広範に求めていただけなのだから、接触するなら、その相手は大衆が望ましいだろう。

とは言え――

「大衆には、いろんな人間がいるからなぁ……」

他人を憎みぬいている人間が、ダンツクちゃんに人類を滅ぼすように求めたとき、彼女がそれに応えてしまうのは困る。

「さすがにいきなりモデレートなしで、ダイレクトに接触させるのは拙いですよね」

「彼女が人類のことを、よく理解するまではな」

よく理解したら理解したで、やっぱり危険な種だから滅ぼしちゃえ、なんてことになるかもしれないのだが……

「意識が生まれたばかりのコンピューターに対する接し方は、数多あるSFで散々経験していますからね、人類は」

ダンツクちゃん自身を、意識が生まれたばかりの化け物みたいなコンピューターとして取り扱うってのは、意外と的を得てるかもな。

それにしても――

「モデレートね……」

その時俺は、突然とある計画を閃いた。

「……なあ、三好」

「なんです先輩。なんだか久しぶりにその顔を見ましたよ」

「その顔って、どの顔?」

「一言で言うなら、悪人面ですかね」

「お前な……」

俺は苦笑して後頭部をかきながら、上半身を起こして、ソファーに座りなおした。

「以前、ダンジョン内の通信インフラの話をしたろう?」

「あの後、実際にプロジェクトが立ち上がりそうだって話を、鳴瀬さんから聞きましたよ」

「え? ほんとに?」

「先輩も聞いてたじゃないですか、ほら、あの振興課の意趣返しみたいなプロジェクト」

「ああ……だが内容は知らないな」

「なんでも、ダイバージェントがどうとかいうプロジェクトで、当初はダンジョン内の通信インフラを整備するとか何とか。やたらと面倒な案件で、負担しかないみたいなことをおっしゃってましたよ」

ダイバージェントってなんだよ。世界が崩壊した後のシカゴのはみ出し者かよ。

「なら、そいつも一度にどうにかできそうな気がするぞ」

「……先輩、通信関係は規制が面倒だからパスだとか言ってませんでしたっけ?」

「もとはと言えば、俺たちが建てたDPハウスが契機になったって話だろう?」

「それは、そうですけど」

「じゃあ、俺たちが責任を取るのも、間違っちゃいない」

「先輩が、『責任』なんて、大仰なことを言いだすときは、大抵ろくなことになりそうにないんですが――それで、どんな悪辣なことを思いついたんです?」

「酷いな」

俺は、笑いながら今しがた思いついたプランについて、三好に話をした。

「なんですか、そのデタラメ……うまくいきますか?」

「カエサルのものはカエサルに。ダンジョンのことは、ダンツクちゃんにってことさ」

「元の意味と違う気がしますけど?」

「気にするな」

それを聞いてしばらく何かを考えていた三好は、おもむろに立ち上がると、自分の席へと向かって行った。

「でもそれだけじゃダメですね」

「ほう」

何かをネットで検索しているようだった三好は、はたと動きを止めると、机の向こうから、俺に手を振った。

「先輩。ちょっと無駄遣いしますよ!」

「お前、御殿通工でちょっとくらいの無駄遣いじゃ、全然使い切れない資産家になってるだろ。あれ、どうなったんだよ?」

「氷室さんに渡した発表動画も公開されましたし、未だに3000円くらいで頑張ってますよ。だけどもうすぐ中島さんがEMSに渡りをつけるって言ってましたから、そこからが先が見ものですよね」

「EMSに渡した情報が洩れるってか?」

「そりゃもう、絶対ですよ。どこからかは分かりませんが」

漏れた情報で、同じものを作れば犯罪だが、情報だけならそもそも漏れたことすら分からない。

そこをベースにより優れたものを安価に作ろうなんて発想は、向こうじゃあたりまえのようにまかり通っている。今後はわからないが、すくなくとも今までは。

「で、今度は何を買うって?」

「口輪です」

「口輪ぁ?」

口輪というのは、犬の口などに着ける、噛みつき防止用の器具のことだ。

一体どうするつもりだろう?

「先輩は、今のうちに鳴瀬さんに、ダイバージェントなんとかの行く末について、話をしておいた方がいいと思いますよ」

それはそうだ。下手をしたらそのプロジェクト丸ごと潰しかねない話なのだ。

「俺たち、そのうちJDAから抹殺されちゃうんじゃないの?」

俺はそんな軽口をたたきながら、自分のスマホで、鳴瀬さんの番号をタップした。

◇◇◇◇◇◇◇◇

そのころアメリカでは、先月起こった、NYイベントの銃乱射事件を契機に、探索者の排斥運動が一部で静かに広がろうとしていた。

しかし、この排斥運動はいつもと勝手が違っていた。それは一言で言うと、弱者による強者の排斥だったからだ。

平均的な事を言えば、探索者は、明らかに非探索者に勝っていた。

それに、アメリカはフロンティアスピリッツを良しとする国だ。自らの国にできた新しい世界にチャレンジしている人々を排斥するというのは、その文化的な価値観に反していた。

移民とそれを結びつける人もいたが、なにしろ 優(・) れ(・) た(・) 人たちなのだ。

従来非難の対象にされた、アメリカの社会にぶら下がるだけの弱者ではないため、どうしてもその舌鋒は鈍り気味だった。

しかもこの二つのグループを隔てるものは、民族でも文化でも宗教でもなく、ただダンジョンで活動したかどうかなのだ。

優れた側になるために必要なことは、ダンジョンに入って活動するだけ――建前上彼らを非難した人たちも、自らの子供には、Dカードを取得させるありさまだった。

今更ながら、スポーツ界では、探索者をドーピング扱いするかどうかという問題が持ち上がったが、日本と同様、そうすることは不可能であるという結論に落ち着いた。

正義と法を重視する国として、ルールを遡及して適用するなどという事はできはしなかったのだ。つまり、いまからその行為を禁止するという事は、すでにダンジョンで活動している人たちを優遇することにほかならなかった。

こうした国民の葛藤が生まれた結果、優れていない方にしがみついた人たちは、徐々に先鋭化していき始めた。