軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15話:開かれた門に回れ右*6

どうしよう。

考え始めてすぐ、血の気が引くような気がした。

僕がアージェントさんの話を断ったら、フェイやフェイの家族が大変な目に遭うかもしれない。

それは……駄目だ。フェイに迷惑が掛かるのは、嫌だ。

「僕、やっぱり、アージェントさんの話を受けた方がいいんだろうか」

思わずそう口走っていた。でも、すぐにクロアさんに両手を握られて、我に返る。

「違うでしょう?それはあなたの望みじゃない。そして、フェイ君だって、あなたが望みもしないのにアージェント家へ行くことを喜びはしないでしょう?ましてや、自分のせいであなたが嫌々アージェント家へ行くなんて知ったら、きっと彼、自分を責めるわ」

……うん。そうだ。フェイはそういう人だ。だから彼は何も言わなかったんだ。

けれど……僕はやっぱり、自分の気持ちだけでは、動けない。

だから、なんとかして考えなくちゃいけない。さて、どうやってフェイに迷惑を掛けずにアージェントさんの話を断ろう。

「ええと、僕がアージェントさんの話を断った時、具体的には何が起こるんだろうか」

「分からん」

そっか。

……まあ、分からないのはそうなんだけれど。

「そうねえ、考えてみても……結構やりづらいんじゃないかと思うのよ。レッドガルド領は領内だけで生活が循環するようにできているでしょう?目立った特産品があって他の領へ売っているわけでもなく、食料品などを他の領から買い付ける必要も無いわけだから」

あ、そうなんだ。……レッドガルド領に住んでいるけれど、森の外のことはやっぱり詳しくない。その点、クロアさんはどこから情報を持ってきたんだろうか。

「だからこそ、そんなに裕福じゃないみたいだけれどね。そこは領主が良心的な税率にしておくことで補っている、っていうかんじかしら」

……うん。そこは分かる。レッドガルド領に住んでいる人達は、フェイ達に好意的だ。レッドガルド家は税金を沢山とる訳でもないし、とった税金はちゃんと領民に還元してくれる、っていう話も、ちらっと聞いたことはあるよ。

「となると、やっぱりレッドガルド家への制裁は、他の貴族達からの仲間はずれ、っていうところかしら?」

「……そのくらいしか思いつかん。まさか、武力に訴えかけるとは思えん」

そっか。ということは、多分、僕がアージェントさんの話を断ると、フェイが貴族の人達から仲間はずれにされてしまう。……それはよくない。

「そうなると最悪の場合、王家も介入してきて取り潰し、ってことになりかねないのよね。特にレッドガルド家はレッドドラゴンを所有している時点で、ちょっと他の領主とは扱いが違う訳だし……格好の的になってしまうかも」

うー……駄目だ、そういうことだと、僕の力で何とか、っていう訳にはいかない。

もし、食料の供給を止められてしまうだとか、そういう話だったら僕が食料を描いて出せば解決するから、アージェントさんを怒らせても大丈夫、っていうことになるのだけれど……。

「……流石に、レッドガルド領を独立国家にするのは無理だろうしね。この国に属している以上、この国で王家の次に権力を持っているアージェントの機嫌を損ねるのは得策じゃないわ。……はあ、嫌になっちゃう」

クロアさんはそう言って深々とため息を吐いた。そのため息に吸い寄せられるようにして出て行った管狐が、クロアさんの襟から潜り込もうとし始めたので引きずり出しておいた。潜るならせめて僕の方にしておいてほしい。

「一番穏便に事が済むのは、向こうから断らせることなのだろうが……すまないが、俺には何も思いつけない」

それから、ラオクレスが疲れた顔でそう言った。

「向こうから断らせる?」

「そうだ。例えば……もし、お前が今後一切絵を描けなくなった、というような状況になれば、相手は諦めるだろう」

「成程」

そうか。例えば、僕が事故で両腕を失くしてしまったりしたら、アージェントさんはその時点で僕を雇うことをやめるだろう。あの人は多分、そう考える。

「……実行しようとするなよ?」

ラオクレスにちょっと睨まれたけれど、当然、しない。流石に痛いのはあんまり好きじゃない。……いや、他に何も思いつかなかったらそうするけれど。

「じゃあ、スランプになった、って嘘を吐いてみたらどうだろうか」

「うーん……心証は良くないでしょうけれどね。まあ、最終手段、かしら。……それでも、復帰する可能性を見て飼い殺しにされる可能性は高いと思うわよ」

そっか。フェイが僕を渡したがらないんじゃなくて、単純に僕が行きたがらない、っていう理由になれば諦めてくれるかと思ったけれど……駄目か。

「じゃあ、『僕、森の精霊です』って言ったら諦めてもらえるだろうか」

「やめておけ」

……駄目だろうか。納得して諦めてもらうのに一番いいかと思ったんだけれど。

「森の精霊が人間の形をしていて意思の疎通ができるなんて分かってしまったら、アージェントは間違いなく、あなたを自分の領地の森へ移動させたり……或いはそうでなくても何か利用する方法を考えるでしょうね」

そ、そうか。駄目か。

「お前の森には大量に居るが、ユニコーンやペガサス、妖精なども希少な生物だ。そんなものが大量に居る森がお前のものだと分かったら、そこまで『商談』に含められかねない。あの森は『人間がどうこうできない精霊のもの』だからこそ手出しされていないのだろうからな」

……うん。それは駄目だ。仕切り直し。僕が精霊だって知られない方が、あの森を守る力になる。うん。ごめんなさい。僕がもう少ししっかりしていて威厳たっぷりで、『僕に手を出したら大変なことになるぞ』みたいなプレッシャーを与えられればよかったのだけれど……。

僕らが考えていたら、ふと、クロアさんが明るい笑顔を浮かべて言った。

「あ、いいこと思いついたわ。アージェント、暗殺しちゃう?」

……あんさつ。

えっ!?暗殺!?

「クロアさん、それは、それは駄目……駄目だよ。あの、流石に、ちょっと……」

「冗談よ」

冗談か。うん。……本当に冗談だよね?

「まあ、暗殺は冗談にしても、相手の弱味を握ってやるのはいいかもしれないわね」

「弱味?」

クロアさんがさっきの物騒な言葉を言った後とは思えないゆったり加減でそう言うので聞き返すと、軽く指を振りつつ答えてくれた。

「ええ。ちょっと探ってみれば痛いところの1つくらい出てくるかもしれないわね。他には……例えば、『あなたの領地の森を全部枯らしますよ』とか、そういう脅しをこっちからかけてやるのはどうかしら?」

……それ、暗殺と同じぐらい酷いことなんじゃないだろうか。

「あの、できればあんまり相手を攻撃したくはないんだけれど……」

「……まあ、そうだろうな。不用意に手を出して、相手に武力制圧の口実を与えるわけにはいかない」

「そう?アージェント領の妖精や魔獣の類が全員トウゴ君と一緒にレッドガルド領に帰っちゃった、とかなら攻撃の内に入らないんじゃないかしら?」

そもそも僕にそんなことできるんだろうか?……ハーメルンの笛吹きみたいに、笛を吹いたらネズミぐらいは呼べるかな。

それからしばらく考えてみた。けれど、いい案が何も思い浮かばない。

「本当なら、アージェントさんに気持ちを分かってもらえればいいんだけれど」

一番いいのって、多分、これだと思う。

ただ、一番可能性が低いのってやっぱりこれだとも思う。

「そうね……咲いている花を摘むなと言って聞く相手ではないでしょうから。根こそぎ持っていって自分の屋敷に飾って、枯れたら捨てる、ぐらいの気持ちでしか花を見ていないのでしょう。あの人は」

「飾る心があればいいがな」

……分かり合えない人が居るっていうことは、僕も知ってる。どうしようもないすれ違いは、どこでだって起きるものだ。意図していてもしていなくても。

血の滲むような努力の果てに歩み寄ることができたって、重なり合えないことだってある。血を分けた家族とだって分かり合えないことなんて、よくある事だ。

……けれど、初めから分かり合う努力を怠るのは、よくない気がする。

「あの」

馬鹿かな、馬鹿だろうな、と思いながらも、僕は提案した。

「やっぱり僕、交渉でなんとかしたい」

「……僕、アージェントさんから気持ちを聞いていないけれど、僕だって気持ち、伝えてない。だから」

僕がそう言うと、ラオクレスとクロアさんはちょっと驚いたような顔をして……そして、気の抜けたような笑顔を浮かべた。

「そうね。それがあなたらしくていいと思うわ」

「……俺達も先走り過ぎたか」

……2人に受け入れられて、ちょっとほっとする。よかった。反対されるかと思った。

「ならしっかり、言うべき事を考えておかなきゃね。あなた、いざとなったら言葉が出てこないかもしれないでしょう?」

「うん。手紙、書いてみる。直接会って話すと言いたい事、言えなさそうだから」

2人の同意が得られて安心しながら、僕は早速、考え始める。どういう風に書こうか。言葉を選ぶのは苦手だから、沢山考えないといけない。

けれど、暗殺とかハーメルンの笛吹きとかを考えるよりはずっと、気持ちが楽だ。

「まあ……交渉決裂となったなら、その時は諦めて別の道を探すことにしよう。……フェイも覚悟はしているだろう」

「そうね。……そうだ。なら、フェイ君とも相談、すべきかもしれないわね。ということでトウゴ君。あなた、まずはフェイ君にお手紙、書くべきね」

うん。そうだ。僕はアージェントさんと話すより先に、フェイと話さなきゃ。

フェイと話して、どうしようか決めよう。駄目だったらその時は……一緒に『駄目だったね!』って言って落ち込もう。それからその先を考えよう。

うん。きっとフェイはそれを許してくれると、思う。思いたい。

だってフェイは……僕の親友だ。

「そうねえ。もし駄目だったらその時は、アージェントのジジイを暗殺しましょうね」

「クロアさん、あの、本当にそれはちょっと……」

「あら。私だってやる時はやるのよ?」

お願いだからやる時もやらないでほしい……。

それから僕は、フェイに手紙を書いた。

『アージェントさんの話は断りたいけれど、フェイに迷惑が掛かりそうで迷ってる。できれば相談したい』と。

……手紙を持って鳳凰が飛んでいく。鳳凰の全力は、速い。多分、今日中に手紙が届くだろう。

フェイからの返事が来るまでの間に、アージェントさんに伝えたいことをまとめておこう。清書する前に下書きが沢山必要だろう。うん。ちょっと忙しくなる。

……その夜。

アージェントさんに言いたいことを書き出していって、それをどう組み立てて文章にしようか悩んでいたら、突然、窓の外がざわついた。

なんだろう、と思って窓を開けてみると……聞き慣れた羽音が、聞こえる。

慌てて外に出ると、案の定。

……そこには、レッドドラゴンが居た。

「フェイ!」

「ん?……おー!トウゴ!そこか!」

レッドドラゴンから降りたフェイは、早速僕を見つけて駆け寄ってきた。

「手紙、受け取ったぜ!」

「うん、あの、速くない……?」

「ん?まあな。王都らへんで鳳凰から手紙、受け取ったからよー」

……王都?あれ、フェイはレッドガルド領に居たんじゃなかったんだろうか。

不思議に思ってフェイを見返すと、フェイは少し気まずそうに頭をがしがし掻いた。

「……やっぱ、レッドガルド家抜きで話を進められるってのも癪だしさ。お前を送り出しといて今更だけど、追っかけてきた!」

フェイはそう言うと……やがて、ばし、と僕の背中を叩いた。

「ってことで、トウゴ!アージェントさんの所へは一緒に行こうぜ!んで、一緒にごめんなさいって言おうな!怒られたらそん時はそん時だ!」

……うん。

なんだか、元気が出てきた。

フェイが一緒なら、僕、言いたいことをちゃんと言える気がする。