軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

14話:開かれた門に回れ右*5

緊張しながら僕が待っていると、アージェントさんは懐から取り出した紙を僕の前に出した。

「まずは条件を確認してくれたまえ」

……唐突だなあ、と思いながら、紙を見る。

そこにあるのは、僕の雇用条件、ということなんだろう。

条件は……正直、よく分からない。何せ、お金の価値がよく分かっていない僕だ。『1年につき金貨1000枚』と言われても、よく分からない。

ただ、分からないことばかりじゃない。

まず、僕はアージェント家と契約すると、アージェント領に立派なお家を1軒貰えるらしい、ということ。

それから、アージェント領と王都での絵の仕事にありつけるらしいということ。

そして何より、アージェント家のお抱え絵師を名乗ってもよくなる、ということ。

……どうしよう。お金には困っていないし、家は描けば出るし、仕事は別にそこまで欲しいわけじゃないし、レッドガルド家のお抱え絵師です、と名乗れればそれでいいのだけれど……。

「どうだ。この条件で」

「ええと……」

どうだ、と言われても困る。なんでだろう。僕は何に困ってる?断り方?レッドガルド家のお抱え絵師をやめなきゃいけないこと?特に必要ないものを並べられているから?アージェント家に興味が無いから?

……興味。

うん。それだ。僕が今困っているのって、要は、『興味』が分からないからなんだ。

「あの、どうして僕に、このお話を?」

僕は、アージェントさんがどうして僕に興味を持ったのかが分からないから、困ってるんだ。

「……何故、と?」

アージェントさんは、ちょっと驚いたような顔をした。まるで、そんなことを聞かれるとは思っていなかった、というような顔だ。

「ふむ。中々面白いことを聞く」

面白いんだろうか。……他の人って、気にならないんだろうか?『どういう条件で』雇われるかよりも、『どうして』雇われるか、の方が気になるのは、あまり普通じゃないんだろうか?

……でも、よく考えたらもう理由は分かる、のか。だって僕は『絵師』だ。つまり相手は、僕の絵を見て気に入ってくれたから声をかけてくれている、っていうことなんだ。それは確かだろう。

いや。それでも気になる。僕の絵のどういうところを気に入ってくれたのかとか、どの絵を見て気に入ってくれたのかとか、そういうの、すごく気になる。すごく聞きたい。……そう思うのは浅ましいだろうか?

僕がどきどきしながらアージェントさんの言葉を待っていると、アージェントさんはにやりと笑ってこう言った。

「何、簡単な事だ。これから伸びそうなものは先んじて手中に入れておくのが儂のやり方よ」

僕が咄嗟によく分からないままアージェントさんの話を聞いていると、彼は笑顔を湛えたまま、僕を安心させるように言う。

「案ずるな。如何に若くとも、才能ある者として扱うことを約束しよう。この条件通り、他の絵師同様に給金を支払ってやるし、アージェント家の絵師として扱おう」

けれど、その口調も声色も、僕を安心させようとしているのは分かるのに、どうしてか全然安心できない。

「となると君はアージェント家の絵師になる訳だ。王城からの依頼も舞い込むだろう。まあその時次第だが、儂から王城への口利きもできるかもしれん。いずれは君の絵が王城に飾られることになるかもしれんな」

どんどん話が進んでいくのだけれど、相変わらずよく分からない。言葉の意味は分かっているのだけれど、気持ちが追いつかない?理解が追いつかない?ええと……ひょい、と持ち上げられて、自分で降りられないくらい高いところに乗せられてしまったような気分だ。

「そして、世界中の人間が、君の絵を見て名画だと讃える。……そういう未来を掴み取りたくはないか?」

「その、ええと……」

「何、レッドガルドに義理立てする必要はない。埋め合わせは儂の方からしておいてやろう。何なら今日から我が領土に住まうことにしてもよいのだぞ。すぐに君の屋敷を用意しよう」

……うん、駄目だ。これ、このまま放っておくとどんどん高いところに運ばれてしまう。

「あの、僕の絵、どうでしたか」

唐突だったからだろうか。アージェントさんはきょとんとする。けれどこれ、僕にとっては、すごく、大切なことなんだ。

「僕の絵、ご覧になったんですよね」

この人が何を思って僕に声を掛けてくれたのか知りたい。

絵を描いた僕よりも、僕の絵をどう思ったのか知りたい。

……僕の絵が、この人にどう評価されたのか、知りたい。

そう思って僕は聞いた。

するとアージェントさんは少し考えて……それから、言った。

「そうだ。勿論。君の絵を紹介されて見た上で、これならいけると思った。流行から少し外れてはいるが、流行は生み出すものだ。それは儂の力である程度はどうとでもなる」

「……いける、とは」

「君が売り出すに値する価値ある人物だと感じた、ということかな」

……うーん。

なんというか……なんというか、すごく、話が、かみ合わない……。

「そういう訳だ。納得してもらえたかな?」

一通り、説明が終わった、ということなんだろう。アージェントさんはそこで話を切り上げてしまった。

どうしよう。一番聞きたかった部分が上手くはぐらかされてしまった、のかな。今の話って僕自身の話であって、僕の絵の話ではなかったから、できれば、その、僕の絵についての話を聞きたかったんだけれど……。

「君をレッドガルド家で埋もれさせておくのは惜しい。義理もあるだろうが、そこは君自身の、そして君をここまで育てたレッドガルド家のためにも、うちに来て是非、成功してくれたまえ」

……そう言って笑いかけられても、困る。

どうしよう。さっきから僕は困ってばかりだ。分からないことだらけで、確実に何かがすれ違っているのだけれど、でも、相手はそんなこと気にしていないっていうことは分かっていて……。

……そして、相手がそれを気にしていないのが、多分、僕にはどうしても納得できない。

「あの、ごめんなさい。このお話、お断りさせてください」

だから僕は、こう答えるしかない。

「……は」

アージェントさんはぽかん、としていた。

断られるとは思っていなかったんだろう。そういう顔をしている。

「あの……その、僕にはちょっと、重たいお話で」

だから僕はなんとか、それらしい理由を作って話す。

だって、なんて言っていいのか分からない。どうしようもなく何かがすれ違っている気がするのでお断りします、とは言えない、よな、と思うし。

「ふむ……経験がないことは気にするべきではないと思うがな。そんなことを言っていたら、いつまでも何もできやしないだろう?」

う……確かにそう、なのだけれど。でも、他に理由らしい理由を上手く作れない。どうしたらこの人の話、断れるだろう?

悩みが最初に戻ってきてしまった。そもそも手紙が来た時点で『どうやって断ろうか』って考えていて、実際に会って話を聞いてみたら変わるかと思っていたけれど、やっぱり変わらなかった!

いや、話を聞いてみたこと自体は、間違ってなかったと思う。聞いてみてやっぱり駄目だったっていうだけの話で、話を聞いたこと自体は間違っていなかったのだけれど、でも……。

「申し訳ありません、アージェント様」

僕が悩んでいたら、僕の隣でクロアさんが困ったような笑みを浮かべてアージェントさんに向かっていた。

「トウゴ・ウエソラはこの通りまだ若く、経験もありませんの。ですからどうしても、考えも気持ちも追い付かないようで。何せ、このような大きなお話、初めてのことですから。……いえ、私共もそうです。だって、まさかあのアージェント家からいきなりお話が来るなんて、誰も考えないでしょう?」

クロアさんはそう言って、じっとアージェントさんを見つめる。するとアージェントさんはクロアさんを見て、そして、『まあ悪い気はしない』みたいな顔をする。……何となく、だけれど、クロアさんはちょっとだけ、魅了の魔法を使っている気がする。多分。

「少し、お時間を頂けませんか?彼には考える時間が必要なのです。その上で、彼が重圧に耐えられるか……私共も話してみます」

クロアさんはまた、アージェントさんをじっと見つめる。今度は少し強めに。

すると……アージェントさんの目が、少し、ぼんやりした、気がする。

「君は……トウゴ君の秘書かね?」

そしてアージェントさんはクロアさんに興味を持ったように、少し身を乗り出した。

「ええ。彼の身の回りの世話と、秘書の真似事をさせて頂いております」

「ふむ。中々頭が回るようだな。そして何より、美しい。いいだろう。トウゴ君がアージェント家のお抱えになった時には是非、君も来なさい」

「あら、勿体ないお言葉ですわね。まさかアージェント様にそう仰っていただけるなんて」

クロアさんはそう言って笑って、アージェントさんも機嫌をよくしたように笑う。

「ふむ……まあ、そういうことなら仕方ない。ゆっくり考えたまえ」

……あ、よかった。とりあえず、一時撤退は許された。よかった。

一時撤退していいならもう帰ろう。僕らは失礼にならないように応接室を出て……。

「だが、儂の考えは変わらんぞ。君をレッドガルド家で埋もれさせておくのはあまりにも惜しい。君には是非、うちのお抱えとして活躍してもらいたい。儂はそう考えている」

出るところで、アージェントさんはにやりと笑ってそう言った。

「レッドガルド家には儂から話をつける。君は何も心配しなくていい。是非、うちに来てくれ。条件はこれで、と言うしかないが、よい返事を期待しているよ」

そうして僕らはなんとか、宿へ戻った。

戻って、ラオクレスがしっかり窓の外や廊下、隣の部屋なんかを警戒してくれて、クロアさんも何か部屋の中を調べてくれて……それからようやく、僕らはため息を吐きながら姿勢を崩した。

「……疲れた」

「そうね。はあ、なんというか、本当に気疲れってするものなのよね」

クロアさんはそう言いながら髪を解いて頭を振る。長い金髪にまとめていた跡がついていて、ふんわり波打ってくるりと丸まって、なんだか綺麗だ。

……クロアさんの髪をぼんやり眺めていたら、ラオクレスも隣で鎧を脱ぎ始めた。うん。彼も疲れた顔をしている。そうだよね。鎧って重いし。うん。

そして何より、僕も気疲れしてしまった。なんだろう、すごく……重圧、っていうんだろうか。なんだか緊張したし、よく分からないし、どうしようもないかんじがして、すごく、疲れてしまった。こうやって宿に戻って3人きりで座ってぐったりして、『ああ疲れた』っていう気分になっている。

「あの、僕、この話、断りたい」

だから僕の結論は早かった。うん。最初から結論は変わっていない。そこにこの気疲れが加わって、話を断ることはしっかり胸の中で決まってしまった。駄目だ、これは。

「だろうな」

ラオクレスも珍しく疲れたような顔をしながら、鎧を脱ぎ終わって僕の隣に座った。

「……アージェントはあの話を『商談』と言っていたが、お前は売り物じゃない。断っていい」

あ、そうだ。それ、そう思う。

多分、あの時点で僕、引っかかってたんだ。これは僕にとっては『商談』でもなんでもない。あの人が僕を買い取るかどうかっていう話ではあるのかもしれないけれど……買われてしまうのは、なんか、嫌だ。

「全く、ああいう自分の『やり手』なところに酔ってる死にかけのジジイが一番性質が悪いわね。無駄に権力と金を持っているんですもの。はあ、全く……」

クロアさんも珍しく口が悪い。でも、毒づくクロアさんも素敵だ。疲れたラオクレスと毒づくクロアさん。描きたい。描こう。早速僕はスケッチブックを出して、描き始めた。

「えっ、あなた、今描くの?」

「うん。描きたくなったから……」

描きながらでも話はできるけれど、毒づくクロアさんも疲れたラオクレスも、そうそう見られるものじゃないから、今描かないと。

「……ふふ、あなたらしいわね。なあんだ、よかったわ。あなたを見てたら疲れが和らぎそう」

えっ、和らがないでほしい。もうちょっと、あの、描くまでは毒づくクロアさんの表情で居て……。

少し描き進めていく内に、ラオクレスがふと、零した。

「……やはりあの話は断るべきだな。お前は描くことにしか興味が無いらしい。名誉にも地位にも金にも興味が無いなら、あんな話を受ける意味は無いな」

「うん」

その通りです。お金は足りているし、家も足りているし……与えられる評価、というものは、なんか、こう、うーん……かみ合わない、し。

「あの人の話、なんだか、よく分からなかった」

クロアさんとラオクレスを描きながらそう言うと、クロアさんはきょとんとした顔をして僕を覗き込んできて、ラオクレスは片方の眉だけ上げた。

「なんだろう。言葉は分かるし、意味も分かるんだけれど……気持ちが分からなかった」

思い出す。

僕が、アージェントさんに僕の絵について聞いた時。アージェントさんは……なんというか、絵の話はしてくれなかったな、と、思う。

「だから不安なのかもしれない。どうして評価されたのか分からないから、不安なのかな」

評価されることって、居場所を貰うことで……だから、『どうして』そこに居ていいのかがよく分からないと、不安、なのかな。

評価されるっていうことは嬉しい事だと思っているし、だから今回の話も嬉しいはず、だと思うんだけれど……。

……どうしてか、困るだけじゃなくて、全然、嬉しくない。

「まあ、しょうがないわ。相手が地位をくれたって、あなた、そこに居たくないのでしょうし。……それにアージェントが想定するあなたって、あなたの理想じゃないでしょう?」

僕が悩んでいたら、クロアさんがそう言って、僕の頭へ手を伸ばしてきた。そのまま、頭を撫でられる。……子ども扱いされているみたいで、クロアさんにやられるとちょっと複雑な気分だ。

「あなた、綺麗なお椅子の上にちょこんと座ってにこにこしていなさい、って言われても困るでしょう?或いは、綺麗な細工の鳥籠の中に入れられて、見に来る人のために歌を歌いなさいって言われても嫌でしょう?」

……えっ?

「あなたは森に居たい人だし、絵を描いていたい人ではあるけれど、高い椅子に座っている人でもないし、絵を売る人でもないのよね。きっと。アージェントの出した条件がそこまで悪い条件ではないと思うし、きっとあの条件を求めている人も、沢山いるのでしょうけれど……あなたは求めていないのだから、しょうがないわね」

……そうか。

評価って、『ここに居ていい』っていう許可だし、何なら『こちらへどうぞ』って用意される場所なのだけれど……今回、アージェントさんに用意された居場所が、僕が居たい場所じゃないんだ。

『ここへ来い』って言われて豪華な椅子に座るよりも、『こっち来いよ!』って言われて森の原っぱに座る方が、多分、僕の趣味に合ってる。

そういうことなんだ。多分。居たくない場所の滞在許可をもらっても、嬉しくない。だから今、僕は嬉しくない。

「うん。僕、やっぱりあの話、断る」

折角の話を断るのは申し訳ないと思うし、相手に悪いな、とも思う。けれどやっぱり、僕が居たい場所は……アージェントさんの家じゃ、ないから。

「そうだな。そうしろ」

「私もそうした方がいいと思うわ」

ラオクレスとクロアさんはちょっと笑ってそう言ってくれた。うん。2人がちょっと笑顔になってくれたから、嬉しい。

……あっ、毒づくクロアさんと疲れたラオクレスを描き損ねた……。

「でも問題は、断らせてくれるかどうか、よね」

えっ。

「断るならレッドガルド領へ圧力をかける、くらいのことは言いかねないわよ。あのジジイ」

「……レッドガルド家には話を付ける、と言っていたが。既に何か、話があるのかもしれないな」

「そうね。レッドガルド家にはもう、アージェントから圧力がかかっているのかもしれないわ」

……それは、考えていなかった。

確かに思い返してみると、フェイの様子がおかしかった。

多分、いつものフェイだったら、僕を引き留めてくれたと思う。『最終的にはトウゴが決めろよ?』って言いながらも、フェイの気持ちを言ってくれたと思う。

……けれど今回は、何も言わなかった。全部、僕が決めろ、って言ってた。

それって……僕がアージェント家に行くのを遠慮しないように、っていうことなのかと思っていたけれど、違ったのか。

フェイは僕に、『話を断ることでレッドガルド家に迷惑が掛かるんじゃないか』って思わせないように、何も言わなかったんだ。