作品タイトル不明
19話:色の無い現実
なんだか呆然としていた気がする。体が冷えて、ものがよく考えられないような状態で少し過ごして……。
「とうごー、とうごー」
「トウゴ!ほら!とりあえず、お茶!」
きゅ、と手を握られて我に返る。そして次の瞬間、もう片方の手にはお茶のカップが握らされていた。
「妖精カフェ、出張店よ!おやつにしましょう!」
「トウゴ、こっち来て座れよ。ほら」
更に、カーネリアちゃんとリアンがおやつとお茶のポットを持ってきてくれたみたいなので、とりあえず、休憩。……うん。まずは、落ち着こう。
「ほらほら、食え食え。疲れた時には甘いもん!な?」
フェイに差し出された一口サイズの妖精マドレーヌを貰って口に入れる。ほわ、と優しく甘い焼き菓子の味がして、なんだか気持ちが解れていく。
それから、さっきライラに握らされたカップの中身を飲んでみると、日向菊のお茶だった。爽やかな香りがして、体が温まる。あと、同じものを飲んだレネが発光している。ふりゃ。
お茶のカップはいいゆたんぽだ。秋と冬の入り混じった空気の中、マグカップを包む手が段々温まってくるのが心地いい。自分がここに居ることを再確認できるような、そういうあったかさだ。
発光するレネに寄り添われてぬくぬくと温められながら、僕はしばらく、お茶を飲んで、お菓子を貰って、ゆっくりさせてもらった。
「……もう大丈夫。落ち着いた」
「そう?トウゴ君、顔色が悪いけれど……」
クロアさんが気遣うように僕の顔へ手を伸ばして、ふに、ふに、と頬を触った。クロアさんの指がほんわり温かくて、なんだか心地いい。僕の体温を確認したクロアさんの指が心配そうに離れていくのがちょっと惜しいような気持ちになる。
「もう大丈夫って言うなら、あんたもカチカチ放火王から聞いたこと、教えてよ。ルギュロスさんからも聞いたけどさ、一応あんたからも聞きたいから」
突然、ライラの手が、ふに、と僕の頬をつまんだ。そのまま、ふに、ふに、と軽くつままれたり伸ばされたり、捏ねられたり。待って、待って!喋れない!喋れないから!……あ、でも、あったかくて気持ちいいなあ、ライラの手。
……しばらくライラに頬を堪能されて、僕もライラの手を堪能した後で、やっと僕はカチカチ放火王から聞いたことを話す。
ある程度はもう、ルギュロスさんが話してくれていたようだったけれど……僕からも、一応、一通り。
まず、カチカチ放火王は和平を望んでいないらしい、ということ。
何故世界を滅ぼすのかについては、誰かがそれを望んでいるから、ということ。
カチカチ放火王は、愚か者が迷い込んでしまうから、この世界を滅ぼすべきだと考えている、ということ。
アージェントさんとは確実に手を組んでいたらしいこと。
そして……。
「……カチカチ放火王の言う『外なる世界』っていうのは、どうやら、僕の世界、のこと、らしい」
どうやら、僕の元の世界が何か関係しているらしい、ということ。
「元の世界……って、あんた、どこから来たのよ」
「ここじゃない場所から。多分、異世界、から、だと思う」
そういえば、僕が異世界から来たっていう話、フェイぐらいにしかしていなかったな。ラオクレスやクロアさんは僕とフェイの会話からなんとなく知っていたような気がするけれど、他の人達には本当に初耳の情報だったかもしれない。
「成程な。まあ、聞き慣れない言葉を度々発していたからな、そんなところではないかと思ってはいたが」
「黙っててごめん」
「まあ、よくぞこの世界へ来た、と言うことはあっても、責める気は無い」
ラオクレスはちょっと笑って、僕の頭をぽすぽすと軽く撫でた。……僕、この世界に来てから大分撫でられ慣れてしまったし、ラオクレスは僕のことを撫で慣れてしまったんじゃないだろうか。
「ねえ!つまりトウゴって、妖精の国みたいな場所から来たのね!?」
「いや、多分もうちょっと違う場所……」
「同じようなものだわ!つまりトウゴはやっぱり最初から、フェアリーや精霊様みたいな存在だったんだわ!」
……僕が異世界人だっていうこと、隠されていて嫌だったかな、と思ったのだけれど、黙っていた僕を誰も責めなかった。『ああそういうものか』ぐらいに受け止められているらしい。特に、カーネリアちゃんは何故か僕が異世界人であることを喜んでいる。
でもね、あの、異世界人っていうものを妖精みたいなものだとするのは、それはちょっと違う気がするんだけれど……。
「あんたの世界って、カチカチ放火王みたいな奴が居たの?」
「ううん。見たことない」
「え?でも、カチカチ放火王ってあんたの世界から来たんでしょ?」
「うーん……そう言われても、あんなのが居たらすぐどこかで話題になっていると思うんだけれどな」
それから、僕は僕の世界の話をする。
魔法が無い世界で、魔物も居ない。人が多くて、科学が発達している。教育の水準が高い。格差が無いわけじゃないけれど身分制度はほとんどない。
……そういう話をしていると、皆、御伽噺を聞いているような顔をする。僕からしてみたらこの世界が御伽噺の国なのだけれど、逆もまた然り、っていうことなんだろうな。
「魔法無しで生活してる、っつうのが滅茶苦茶気になるぜ……」
「フェイは多分、僕の世界の機械類、好きだと思う」
「マジかあ!くそー、お前の世界、行ってみたいなあ!」
フェイがバタバタしながら『気になる!』ってやっている。うん。まあ、でも、僕の世界、悪いところではないけれど、そんなにいいところでもないので……。
……でも、元の世界、フェイと一緒に居たら、きっと、楽しいんだろうな、とは、思う。何なら、フェイと一緒ならきっとどこだって楽しい場所になるよ、きっと。
そうして僕は僕の世界の話をして、『カチカチ放火王みたいなのは一切居ません』ということをようやく理解してもらえて……そうしてやっと、本題に戻ってくる。
「……まあとりあえず、『外なる世界』っつーのは、トウゴの世界、ってこと、だよな?」
「そう、なのかもしれない。でも、実感はないんだ。僕自身、自分の世界のことなのによく分からなくて……」
「それはそうだろうな。出身の世界だからといって何から何まで分かるわけではないだろう。俺もこの世界の全てを知っているとは到底言えん」
ラオクレスに励まされつつ、僕はもうちょっと考えて……でもやっぱり、どうしてカチカチ放火王がこの世界を滅ぼそうとしているのか、さっぱり分からない。
「そもそも僕の世界では、『異世界』の話は完全なファンタジーなんだよ。あったらいいな、って多くの人が願うけれど、あるわけじゃないって皆が分かってる。そういう存在なので……」
「妖精の国とか夜の国とはまた事情が違いそうよね……」
うん。魔法が無い世界には、異世界への扉も特に無いんだよ。
「……でも、トウゴはこの世界に来たじゃない?それってどういう仕組みなのよ」
「それが、覚えてないんだよ。気づいたら精霊の森に居たんだ」
「それって、カチカチ放火王の封印があったあたりか?」
「ううん、多分、そんなに関係ない位置。森の中央部だったから、封印の位置の近くではあったんだろうけれど……」
何せ、僕はこの世界に来た時の記憶がない。気づいたら、森に居た。本当にそんな程度の感覚しかないから、僕がこの世界に来た経緯っていうのは全く分からない。
……僕、何かしたんだろうか。それとも本当に唐突に、この世界へ来てしまった?
でも、何かはきっと、忘れてると思う。何か、ぽっかり足りない何かが、僕の中にあることだけは、なんとなく、分かる。
「ってことは、『奴』っていよいよ、誰だ?トウゴはトウゴの世界に『奴』の心当たり、ねえんだろ?」
「うん。無い」
カチカチ放火王の心当たりですらないので、『奴』の心当たりなんてもっとありません。
……何となく、今までの話を統合していくと、『奴』が望むから、カチカチ放火王がこの世界を滅ぼそうとしている、ということになる、気がするのだけれど……いよいよ、意味が分からなくなってくる。だって僕の世界の誰かが『奴』なのだとしたら、その人、異世界の存在を知っていたことになるし。そんな人、居たんだろうか。……まあ、居ても不思議では、ない、けれど。
「それから、グリンガルの魔導士の幽霊はトウゴ君の世界に行きたがっていた、っていうことになるのよねえ……」
「あー、あいつはあいつで大分気が狂ってたようにも見えたしなあ。よく分かんねえけど」
ふと、クロアさんは考え込む。多分、彼女はグリンガルでのことを思い出して、そして……。
「……もしかしてアージェントも、同じようなことを考えているのかしら。アージェントの狙いは、トウゴ君の世界なんじゃない?」
……そんなことを言った!
「……今までで一番説得力のある内容だよなあ、それ」
フェイが感嘆のため息と共に、そう零す。
「アージェントはカチカチ放火王と接触する中で、トウゴの世界の存在を知った。それで……トウゴの世界に何かするために、この世界を滅ぼそうとしている、ってこと、か?うーん、でもそれはそれでよく分かんねえなあ。具体的に何をしようとしているのかはまるで分からねえし」
「伯父上のことだ、自分とその周辺の利益のことが第一だろう」
ルギュロスさんは何かに納得したようにそう言って頷いているけれど、いや、それ、困るよ。困るよ、僕としては!
「グリンガルの魔導士みたいに、アージェントさん、トウゴの世界に行きたいのかもね」
「えええ……ああでも、僕みたいなのよりアージェントさんの方が、僕の世界では上手くやっていける気がする」
「なら余計に惹かれた可能性はあるわねえ……」
……アージェントさんのこと、どんどん分からなくなってきたなあ。うーん。
「まあ、これで次にアージェントと会った時、聞くことが増えたな。あいつが如何にしらばっくれようが、何かの反応くらいはするだろ、多分。何ならトウゴが異世界人だっつうことまで明かして交渉材料にして色々吐かせてもいいかもな」
「うん。それ、いいと思う」
ひとまず、アージェントさんの狙いが僕の世界かもしれない、っていうことが分かっただけでも大きな進歩だ。彼が何を目指しているのかが分かれば、そこに和解の道を見出すこともできるかもしれないし……或いは、僕らにとってあまりにも都合の悪い何かが行われようとしているとしても、それを事前に察知して食い止めることができるかもしれない。
ということで、次はまた、アージェントさんに話を聞きに行くのがいいかな。カチカチ放火王の封印が全て解けた以上、もういつソレイラに復活してくるか分からないわけだし……。
「ところで結局、『奴』が何かはルギュロスさんも聞き取れなかったのよね?」
「『奴』だと?そんな話はしていなかっただろうが」
あ、そういえばそうだった!折角、ルギュロスさんと2人で対話に臨んでいたんだから『奴』の名前をもう一度言ってもらえばよかったのに、僕、すっかり忘れていた……。
「あ、でも、『奴』じゃない文面でまた聞き取れない言葉、出てきた」
けれどそれも思い出す。そうだ。僕、また、聞き取れない言葉を聞いていたんだった。
「それ、カチカチ放火王はなんて言ってたんだ?」
「うん。僕のことを、その、何とかに生きられぬ弱き者、って言っていた」
「何?」
僕がそう言った途端、ルギュロスさんは声を上げて僕を見る。
「お前にはあれが……その、聞こえなかった、のか?」
ルギュロスさんは呆れたような、それでいて呆れより困惑の方が強い表情で僕を見ていた。
「……聞こえたの?」
なんだか緊張しながら聞き返すと、ルギュロスさんは黙って頷いて……言った。
「奴は、『現実』と、言っていた。現実に生きられぬ弱き者よ、と」