軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

17話:知らない世界*4

結局、カチカチ放火王の最後の封印を解くのは翌日、ということになった。何故かと言うと……。

「……初雪だね」

「そうねえ。もう、冬になるんだから早いもんだわ」

雪が、夕方の森に降っているから。……ちらつく雪は、きっと、魔力を吸い尽くされたカチカチ放火王には堪えるだろう。フェイが踏み潰さなくても雪がぶつかっただけで消えちゃうかもしれない。

なので、カチカチ放火王と対話したい僕らは、雪が止んでから最後の封印を解く、ということで……。

「きれーい……」

「綺麗だね」

「ほんとね。……はあ、どうしてこう、雪って綺麗なのかしらね」

僕とライラとレネは、3人揃って、窓の外を眺めている。

ふんわり優しいパステルカラーに曇った空から降り注ぐ雪が、とても綺麗に見えた。

その日の夕食は各自で、ということになっていたので、特に集まることもない。けれど、雪を眺める僕らは既に集まってしまっているので、一緒にご飯を食べることにした。

「はい。大したもんじゃないけどいいでしょ?」

「うん。僕、ライラのご飯好きだよ」

「たきゅ、らいら!」

僕の家の台所でライラが作ってくれたクリームシチューを木のボウルによそっていて、その横の暖炉でレネがチーズの塊を炙って蕩けさせて(レネはこの作業がお気に入りらしいよ)、僕はパンを切ったりサラダを出したりハムを削ったりお茶を淹れたり。

そうして3人で晩御飯だ。ちょっと寒い日にはあったかいシチューが美味しい。

「うーん……やっぱりぽかぽか食堂のみたいにはいかないのよねえ。なんか足りないかんじ」

「そう?美味しいけど……」

ライラが作ってくれるシチュー、美味しいんだけどな。僕はこれが好き。レネも好きみたいで、さっきから表情が蕩けっぱなし。

「てりしーりゃ!……うみゃー!らいら、らいら、じ、うみゃー?」

「うん。そうそう。美味しい時は、『うまー』よ」

「うみゃ!」

……ライラがレネにちょっと間違った昼の国語を教えている。いや、確かに、『うまー』でも通じるかもしれないけどさ。うみゃー、って。うみゃー、って……いや、いいけど。うん……。

そうして3人でご飯を食べ終わった頃には、窓の外が白く煙るようになっていた。

「……結構降ってるわねえ、初雪のくせに生意気な」

「生意気なの?」

「生意気よ。初雪ならもうちょっと慎ましやかであるべきじゃない?」

まあ、そうとも言えるかもしれない。ライラらしくていいと思うよ。

「レネ、大丈夫?寒くない?」

「ふりゃ」

これだけ冷えると寒がりのレネはちょっと辛いんじゃないかな、と思ってブランケットを肩にかけると、レネはブランケットにくるんと包まりつつ……発光している。

「あれっ、レネが光ってるわね。わー、あったかーい!」

「……あ、これ、お茶のせいだ。日向菊のお茶にしちゃったから」

「あー、成程ね。そういやレネってこれ飲むと光るんだっけ」

「ふりゃ!」

発光するレネで暖を取りつつ、僕らはまた、窓辺のソファへ。

3人並んで座ってすっかり雪景色になってしまっている森を眺めつつ、森としての感覚で森の様子を確認。……案の定、突然の雪にびっくりするあまり道に迷って家に帰れなくなっている子ウサギが居たので、巣穴までの目印がてら、クロッカスをぽんぽん咲かせて案内してやった。

無事に子ウサギが親ウサギの巣穴まで帰り着いたのを確認して、ちょっと一息。

「……あ、レネ、寝ちゃった。ふふ、なんだかぽかぽかしてていいわね」

「うん。あったかい」

僕とライラの間に挟まるようにして座っていたレネは、両側から僕らに温められたからか、寝てしまった。発光しながら寝ている。寝顔がとても穏やかで、如何にも『ふりゃー』っていうかんじだ。

少し肌寒くなってきたので、大きな毛布を持ってくる。客間のベッドのやつ。それを僕とレネとライラと、3人纏まって被れるようにしながら、もうちょっと雪見。その間にライラがお茶のおかわりを淹れてくれたので、お茶のマグカップを手に、僕らはまたソファへ戻ってきて……僕らが両側に座ると、レネの表情が和らいだ。やっぱり隣に人が居るとあったかくていいんだろうなあ。

……外の様子を見ながら、僕はふと、あの日、先生と歩いた冬の町のことを思い出す。

「雪が降った時、雪かきが面倒だとか、寒くて嫌だとか、そういうのよりも先に『綺麗だな』って思えるっていうのは、いいことだね」

「……そうね。まあ、そこんとこは私達、恵まれてるわね」

僕らは絵を描く人なので余計にそうなのかもしれないけれど、風景の美しさには敏感な方だ。いろんなものを美しいと感じて、それを描きたいと思えるっていうのは幸せなことだね。

「この分だと、ゆきまろげが作れるかもしれない」

「何よ、ゆきまろげ、って」

「雪の塊のこと」

ちょっと待っててね、と言ってから、僕はソファを離れて外に出る。

既にうっすらと積もっている雪を集めれば、案外簡単に、小さなゆきまろげが出来上がった。僕はできたばかりのゆきまろげを持って家に戻って、適当なお皿の上に乗せてソファへ戻る。

「はい。ゆきまろげです」

「……ゆきまろげ、ねえ」

ライラは不思議そうな顔をしながら、つん、とゆきまろげをつついている。ゆきまろげは既に室内の熱で表面がうっすら溶けて、ほんのり透き通った風合いになってしまっている。

「……僕の先生が、よく、雑草の名前とか、色の名前とか、雲の名前とか、そういうの、教えてくれたんだ。面白いんだよ。先生に名前を教えてもらったら、途端にそれが見えるようになるんだ。前まで気にも留めていなかった雑草が急に見えるようになるし、丸めた雪を見たら、ああ、ゆきまろげ、って思ってちょっと嬉しくなる。ただの雪の塊がゆきまろげになるんだ」

この気持ち、伝わるだろうか。伝わるといいな、と思いながらそう話してみたら、ライラはちょっと考えて……それから、ふむ、と唸る。

「……私にもこれ、ゆきまろげに見えるわ。さっきまでただの雪だったのに」

そして矯めつ眇めつ、ゆきまろげを眺めて……ライラは笑い出した。

「あはは。変なの。ただの雪玉が、知った途端に可愛くて大切なものになっちゃった」

「それはよかった」

どうやら、ライラも僕と同じようなものを感じてくれる人らしい。僕はそれが、無性に嬉しい。

「あーあ……雪、綺麗ねえ」

「うん」

窓から眺める雪は、暗い景色に白く映えて、只々綺麗で、只々静かだ。それでいて……『初雪の癖に生意気』、か。

ライラがくれた言葉の分だけまた少し印象が変わった雪は、ちょっと生意気に、そして静かに、森を白く彩っていく。

ゆきまろげは窓を開けてすぐのところに置いておくことにした。家の中に置いておいたらすぐに溶けてしまうだろうし、それが少し勿体ない気がしたので。

「……知るって、いいことだ。ゆきまろげもそうだけれど、世界が広がる。けれど同時に、知らないっていうことは、やっぱり怖いことだとも思う」

そんなゆきまろげを眺めながら、ふと、思う。

「知らない内にそれを失ってしまう、っていうのも、すごく怖いことだと思う」

「……アージェントのこと?」

「うん。勿論、アージェントさんだけのことじゃ、ないけど」

何と言ったものかな、と思いつつ、ただ、雪を眺める。しんしんと降り積もっていく雪は、ほんのり季節外れで、ひんやり冷たくて、こういう考え事の時にはちょうどいいかもしれない。

「そうねえ……あんたはさ、優しいから。だから余計に、だろうけど」

ライラは僕と同じように雪の窓を眺めながら、ふと、そう言う。

「私はあんたみたいに優しくも綺麗でもないからさ。嫌な奴なんて適当にそこらへんで死んじゃえ、って思うわよ。それで多少取り返しがつかないことになったってそれはそれでしょ、って。でも……そうねえ」

そこで、ふっ、と笑って、ライラは続けた。

「ルギュロスさんが結構、面白かったのよね。だから、あの人は死んじゃわずに森へ来てよかったなあ、って思ってるわ」

「……うん。僕もそう思ってる」

彼は僕らの世界を広げてくれた。僕らが知らないものを知っていて、僕らが知っていることを知らなくて、お互いに考え方が違って。彼と一緒に居ると、毎日が新しく知ることだらけで、その度に世界が広がっていくようなかんじがする。

ゆきまろげじゃないけれど、ルギュロスさんを知ったら、その分だけ、世界が広がっていく。それって、案外面白いことだ。

「仲間が増えるのはいいことだ」

「そうね。まあ、あんまり多すぎても疲れちゃうけど。でも、まあ、面白いのは面白いわ。それに、敵でいるよりは絶対にいいし」

ライラはそう言って伸びをして、ふ、と笑う。

「……前向きにいきましょ。怖いから知りに行くんじゃなくって、知るのが楽しいから知りに行くのよ。案外、アージェントだってさ、ゆきまろげみたいなかんじの、持ってるかもしれないじゃない。それを毟り取ってやりましょ」

「あはは。いいかもしれない」

僕はちょっと想像して、ちょっと楽しくなってきてしまった。

うん。いいと思うよ。ライラに毟られるアージェントさん……。

へくちっ、とレネがくしゃみをして起きた。

「レネ、寒かった?」

レネはふるん、と震えながら僕らの手を掴んで、きゅ、と引き寄せた。体温が欲しいのかもしれない。

「もう一枚、毛布を追加しようか。ええと……ちょっと待っててね」

寒そうにしているレネを温めるべく、慌てて毛布を持ってくる。客間のやつは持ってきてしまったので、僕のやつだけれど。

レネと、レネを抱き込んで温めているライラとを包むようにして毛布をかけると、レネはくるくると毛布に包まって、ふりゃあ、と嬉しそうな声を上げた。

ライラも毛布の端を引っ張って、ぬくぬく温まる恰好になって……そこでふと、何かに気づいたような顔をする。

「……ねえ、トウゴ。これ、あんたの毛布?」

「え?うん。……あ、ごめん、その、臭かった?」

もしかして、と思い当たってしまったら、途端に気になる。うわうわうわ、僕、浅慮だった!女の子に自分の寝具なんて掛けちゃいけなかった!

「いや、臭いんじゃなくって……うん」

けれど、僕が毛布を剥がそうとしたらライラは何故か、するすると鼻まで毛布に埋もれてしまって……そして。

「……あんたってさあ、やっぱり、妙にいい匂いするわよね」

すん、と鼻を動かして、そう言った。

「花っていうか、果物っていうか、木っていうか……」

……あの、嗅がないで!なんだか無性に恥ずかしいから!お願いだから!

……そうして。

結局、レネとライラは僕の家に泊まっていった。2人で客間のベッドに寝るらしい。レネは『トウゴも一緒にどうですか?』と誘ってくれたのだけれど、いや、レネだけならまだしも、ライラも一緒に同じ布団で、ってなると、ちょっと恥ずかしいので……。

そして、僕は僕の毛布を持って行かれてしまったので、自分用に毛布を描いて出すことになった。……うう、嗅がれていないといいなあ。

「きゃあ!レネ、くすぐったいってばあ!もう!やりかえしてやるんだからね!」

「わにゃっ!?にゃ、んう、きゃうっ!……らいらー!でぃーてぇー!」

……壁の向こうから、じゃれ合う声が聞こえてくる。

落ち着かない。とても、落ち着かない……。ううう。

……そうしてちょっと寝不足な僕は翌朝、全体的にうっすら白くなった森の景色を見ながら朝食の支度をした。朝ごはんはパンケーキにした。多分、レネが好きなので。

焼いていたらレネとライラも起きてきたので、早速、焼き立てのパンケーキに月の光の蜜や花の蜜、それに夜の国産のバターっぽいものを掛けて食べる。このバターっぽいものはレネがお土産に持ってきてくれた。ミルク味が濃くてまろやかで、美味しいんだよ。

腹ごしらえもしっかり終わったら、僕らは森の騎士団の詰め所に集まる。

「おはよう!しっかり眠れたか?」

フェイが元気に挨拶してきてくれるけれど、僕は若干、寝不足です。

「ん?いよいよ最後の封印ってことで緊張したのか?」

「いや、そういうのじゃないけれど……まあ、大丈夫。体調が悪いっていうことはないから」

僕が答えると、フェイはちょっと不思議そうな顔をして……それから、にやにや笑って、そうかそうか、と僕の背中をばしばしやった。あの、多分、そういうのでもないです。

「こっちはルギュロスが面白かったぜ!」

「私は見世物ではないのだがな!」

一方、昨日のルギュロスさんはレッドガルド家にお泊りだったみたいなので、まあ、多分、楽しかったと思う。よかったね。

全員集まったところで、僕らは地下牢に置いておいた封印の宝石を取りに行く。

すっかりたんぽぽ玉になったそれは、すっかり魔力を吸い取られて、心なしかしょんぼりして見える程だ。よし。

「じゃ、これを開けた場所まで持って行って……そこで、最後の封印を解く、ってことでいいか?」

「うん。場所はもう用意してあるよ」

「そりゃ心強いなあ」

僕はたんぽぽ玉を抱えると、早速、目的地に向かって歩き出す。

目的地は……カチカチ放火王が最初に現れた地点。

鳥達の巣の近く。僕が新しく描いて出した巨木が並ぶ森の中。

そこには既に、用意してあるんだよ。延焼しないようにしっかり石造りにした、体育館くらいの大きさの建物を。

……さあ、カチカチ放火王を呼び出そう。