作品タイトル不明
18話:踊る魔物*9
硬いもの同士が勢いよく衝突する派手な音が響く。
ラオクレスの盾に、王様の爪がぶつかって、2人は半歩ずつ下がって、そしてまた衝突する。
王様は理性を失くして、ただ衝動と敵意のままにラオクレスを攻撃しているようで、一方のラオクレスは理性でそれに立ち向かっていた。
対照的な構図だ。描きたくなる。その、どっちかっていうとラオクレスを。……意思を持って戦う人の姿っていうのは、美しいものだから。
ただ、今はそれどころじゃない。
ラオクレスは盾も剣も使っているけれど、王様を極力傷つけないように戦っている様子が見て取れた。剣はあくまでも牽制のためのものらしい。あれじゃあ戦いにくいだろう。……多分、殺してしまう方が簡単なんだ。それは、分かる。
だから僕はすぐに描かなきゃいけない。王様の、理性のある、人間の姿を。
「描いたことない人を見もせずに描くのって、結構難しいわよね」
「うん」
難しい。すごく難しい。何せ僕、王様を描いたことがないから、王様の顔は今見られる範囲から想像を広げて描くしかない。
つまり、顔の半分だけ。残り半分は魔物のものになってしまっているから、人間の部分を見つけて、そこを左右反転させて展開したらどういう顔になるかな、っていうのを考えながら描くしかないんだ。
……しかも王様、動くから。じっとしていてくれないから。一瞬一瞬で見えたものを記憶しておくか、はたまた、一瞬で魔法画として画面に絵を起こしてしまうか、そのどちらかっていうことになる。
「まあ……多少はできたかな。もし使えるのあったら、使って」
ライラも僕の隣に座って、絵を描いている。……流石というか、王様の顔のスケッチの他、身に着けているものの細かな部分とか、そういうのを見て、魔法画でスケッチに起こして、っていう作業をしているのだけれど、これが僕にはありがたい。
要は、王様資料集。……自信がないところはライラが起こしてくれたスケッチを参考に、絵を描き進めていくことになる。
ええと、多分、目はライラの方がいいんだ。いや、純粋な視力っていうか、動体視力。一瞬で見えるものをぱっと記憶して描きとめる、みたいなことはライラの方が上手い。
ずっとデッサンを続けてきたライラだから、空間の歪みとかも少ないし、多少あったとしても僕が補正しながら見れば十分だ。立体を平面にするより、平面を修正して平面にする方がずっと簡単。
ただ、それだけだと僕の中で王様のイメージが上手く掴めないから、やっぱり実物も見る。
……ラオクレスは優秀だ。できるだけ、僕らが王様を描けるように、気を遣って戦ってくれている。王様の顔が正面を向くようにしながら組み合って、数秒、観察の時間をくれたりだとか。絶対に難しいだろうに、やってのけてくれるからありがたい。
……さて。
こうして僕は、王様の絵を描き進めている、のだけれど……迷ってる。
何を迷っているかって、その……王様の中身を変えてしまうんじゃないか、っていうことに、ついて。
確かめようもないのだけれど、僕が絵に描くことで、もしかしたら王様の中身……能力とか人格とかが、変わってしまうかもしれない。そしてそれって、変わってしまった後の王様にはその是非がもう分からないので、『これでよかったのか』は、永遠に謎のままになってしまう。
できるだけ色々変えないように描いたとしても、王様のことをよく知らない僕が描いたのなら、何かが変わってしまう可能性は大いにある。それは王様を人間に戻そうという時点で避けられないことなのだけれど……。
……うん。避けられないことだ。だから、悩んでもしょうがない。それが正しくないことだったとしても、今更どうしようもない。
だから僕は諦めて、王様の絵を描いて、いる、のだけれど……。
「……結構描き込みが進んでるけど、まだ実体化しないの?」
「うん……そうみたいだ」
僕は今、困っている。
何故か、絵がいつまで経っても完成しない。
絵の構図は簡単だ。
王様の肖像画。玉座に座って、ただこっちを見ている構図。ごく普通の、ありきたりの、肖像画だ。
……なのだけれど、描き込んでも描き込んでも、実体化しない。いや、今回は実体化じゃなくて現実への反映だから、また都合が別……なのかな。
それとも単に、王様の顔の特徴が掴めていない?顔半分から得られる情報だけで描いているから、何かが間違っている?うーん、可能性は幾らでも考えられるのだけれど……困ったな。
「あら、どうしたの?何かお困り?」
「うん……」
そこへ僕の手元を覗きに来たクロアさんが声を掛けてくれたので、話してみる。何故か上手くいっていません、ということを。
「まあ、ただ実体化するわけじゃないものね、今回は。絵を現実に反映させる、のだったかしら」
「うん。そう」
「なら、現実が関係あるわけでしょう?もしかしたら、王様自身に掛かっている魔法か呪いかに阻まれてるのかもしれないわね……」
あ、そういうのも関係あるのか。ええと、つまり、既にコーティングしてしまった絵の上に絵の具を塗り重ねてる、みたいな、そういう具合なんだろうか……?
「……或いは」
更にまだ何かあるのか。何だろう。
「単に、絵が現実から離れすぎているから、かしら。多少の魔法なら、トウゴ君、今までも上書きしてきてるわけだし」
……ん?
「ほら。今、王様、戦ってるでしょう?あれ、玉座に座らせたらいいかしら」
……え?
それからクロアさんも参戦し始めた。
今まではできるだけ王様の姿を僕らの目から隠さないように、ラオクレスだけで戦ってくれていたわけなのだけれど、ここからはもう、容赦しない方針らしい。
クロアさんがひらり、と王様の前に現れると、王様もラオクレスも驚いていた。でも、先に驚かなくなるのはラオクレスだ。ラオクレスはすぐにクロアさんの意図を汲んで……王様の腹部に、思い切り、蹴りを食らわせた。
体勢を崩した王様に、今度はクロアさんが攻撃を加える。どこからか取り出したナイフで、倒れた王様の服を床に縫い留めて……でも、王様が勢いよく起き上がると、服は千切れてナイフは吹き飛んでしまって、拘束は簡単に解かれてしまった。
「ごめんなさいね、殺さないように戦うのは専門外なのよ!」
「だろうな」
成程。……多分、本来のクロアさんのスタイルだと、今のところで王様の頸動脈とかを狙っていたんだろうなあ、と思う。……ふと、この間ラオクレスが言っていた『壊す方が簡単』っていう話を思い出してしまう。こういう時、相手を無傷で捕らえようとするより、殺してしまう方が、きっと簡単なんだ。
「トウゴ!」
そこでラオクレスが、振り返らずに僕へ声をかけてくる。
「多少、傷つけるが構わんな!?」
「うん!」
僕が返事をすると、ラオクレスはすぐに動く。いよいよ激高した王様相手に腰を低く落として構えて……。
突進してきた王様の目を狙って、容赦なく剣を繰り出す。王様はそれを反射的に避けるために仰け反って、首を傾けて、でも、避けきれずに顔の横を剣で傷つけられていった。
ぎゃあ、と王様が叫ぶ。不安定な姿勢になった王様に、ラオクレスが更に追撃。王様の魔物の腕に傷を作って、傷を庇おうとますます追い詰められる王様の軸足を剣で斬りつけて……。
そこへ、ラオクレスは低い姿勢で王様へ突進していった。
……傷を3つも作られて、更に不安定な姿勢にされていた王様は、見事、ラオクレスに足元を掬われて転倒することになった!
……倒れた王様にラオクレスが組み付いて取り押さえる。王様はぎゃあぎゃあと声を上げながら必死に抵抗して、ラオクレスの鎧の肩のあたりを魔物の手で掴んだ。
メキリ、と音がして、鎧がひしゃげる。ラオクレスは小さく呻いて、でも、王様から手を放すことはしなかった。そのまま王様を、玉座の方へ引きずっていく。
「殺さないのは専門外だけれど、拘束するだけなら、それはそれで専門なのよねえ……」
「……そうか」
そして、クロアさんはてきぱきと動いて、王様をすっかり縛り上げてしまった。同時に傷の止血もしているらしい。手際がいいなあ。
そうして。
「これでどうだ」
王様は縛られて、玉座の上に乗せられた。
相当、絵に近い状態になったわけで、これ以上、絵に近づけることはできないところまで来たわけなのだけれど……。
「……駄目みたいだ」
絵は、まるで変化が無い。そのまま、ただの絵として、僕の目の前にある。
「あ、駄目だった?」
「うん……」
ライラが絵を覗き込んで、それから玉座の上で暴れようとしている王様を見て、言った。
「まあ……大分違うけどさ」
「うん……」
いや、まあ、そうなんだけどさ。そうなんだけど、でも、ある程度は違うの、しょうがないと思うんだよ。だって、魔物の姿をしているものを人間に戻そうとしているんだから、そりゃ、当然、違いはあって当然なんだよ。
だからこの違いって、これ以上あまり埋めようがなくて……だから僕、困ってる。
「できるような気、するんだけどな。ねえ、トウゴ。なんかいい案、無いの?」
「うん……無い……」
これ以上のものは思いつかない。王様を玉座に座らせてみても駄目っていうことは、これ以上は望めないし。
「単に、絵の出来が悪いってことなのかな」
「これで出来が悪いってこと、あり得る?」
……ええと、ライラの言葉は嬉しいんだけれど……。
「その、僕自身は、あんまり、出来上がった絵に納得がいっていない、というか。違和感がある、というか……」
夜の国の絵を描いた時にもあったけれど、自分でなんとなく納得がいっていない内には、魔法は上手く発動しないんだよ。
だから、この違和感の正体について、考えなきゃいけない、んだけれど……。
「……やっぱり、王様を変えてしまうことを、僕は、躊躇ってる、っていうことなのかな」
違和感があるとしたら、それしかもう考えられないんだよ。
「トウゴ様……」
ラージュ姫が、僕の横で、沈痛な面持ちでいる。
……彼女を心配させたり不安がらせたり、申し訳ながらせたりしたくはなかったのにな。
「ごめんなさい。やはり、あなたを困らせてしまっていますね」
「ううん。いいんだ。それは、いいんだよ。ただ……」
これを言うとやっぱり、ラージュ姫を困らせてしまうだろうな、と思いながらも、言う。
「王様は、これを望んでいないんじゃないか、と、思ってしまって」
するとラージュ姫は、申し訳なさそうな、頭の痛そうな顔をした。
「……まあ、父は、トウゴ様のお力に救われることを望んでいないのかもしれません。少なくとも、誰かと対話をしたいとは思っていなかったでしょう。だからこそ、あのような姿になってしまったのですから」
うん。
「尤も、対話する相手を知らなかっただけなのかもしれません。もっと、傍に居れば、父は……」
幾ら考えてももう分かりっこない『もしも』を、ラージュ姫はずっと考えているらしい。僕も同じだ。ずっと、それを考えている。
「ねえ、ラージュ姫」
同じく悩み考える者として、聞いてみる。
「……もし。もし、王様が人間に戻ったら、王様は、どういう反応をするだろうか」
何か、絵のヒントにならないかな、と思って。
「そう、ですね……父は、人間に戻ったのなら……真っ先に混乱して、それから少し落ち着いたら、私に的外れな文句を言うのでしょう。きっと、とても不機嫌そうな顔で」
ラージュ姫は苦笑いしながら、そう言った。
「……成程」
ラージュ姫の言葉を聞いて、何か、すとん、と納得がいった。
今、僕が描くべきものは、ただ人間の姿に戻った王様だ。より賢くなったわけでも、より優しくなったわけでもない、そのままの王様だ。
だから……きっと、僕が描くべきものは、そういう王様なんだ。
人間に戻されたことやそれ以外のことに不満たらたらな、そういう王様だ。
「ラージュ姫!王様の隣に立ってほしい!」
「え?あ、はい」
ラージュ姫が不思議そうに動いたのを見て、僕は早速、絵を修正する。
王様をすごく不機嫌そうな顔にして、そして……その横に、苦笑交じりの笑顔を浮かべるラージュ姫を、描き足した。
どうか、ラージュ姫がこういう顔になるような、そういう状況になりますように、と思いながら。
……そして、絵がふるふると震え始めた!