軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

17話:踊る魔物*8

これ、どうしたらいいんだろう。

まるで予想していなかった事態を前に、僕らは只々立ち尽くす。

王様は魔物を呼びだすだけじゃなくて、魔物になっていた……?

「お父様、そのお姿は……」

ラージュ姫が茫然として一歩、王様に向けて、歩いた。

その時。

「い、行け!侵入者を全員追い出せ!殺しても構わん!」

王様がそんなことを叫ぶ。すると、玉座の後ろ、絨毯の下……そういったところから黒い煙が溢れてきて、そして、煙が固まって、そこには……。

黄金のドラゴンが首をもたげて、僕らを見下ろしていた。

ドラゴンが吼える。その声にびりびりと玉座の間の窓ガラスが震えて、僕らもただ立ちすくむしかない。

ドラゴンがずしんずしんと歩いてやってくる。うちの鳥より大きな体で、段々とこちらへ迫ってくるドラゴンは……すごく、綺麗だった。

「綺麗だ……」

黄金の鱗の1枚1枚が鈍く輝いて、玉座の間の窓から差し込む光を一身に集めたように見える。広げた翼はのびやかで、形が綺麗だ。

ギロリ、とこちらを睨む瞳も黄金色で、それでいて無機的なかんじはしない。生物としての温かみや瑞々しさがちゃんとあって、これを絵に描くならどういう風に描こうか、と色々イメージが湧いてくる。

「ラージュ姫!僕、あれ描きたい!よろしくお願いします!」

「は、はい!」

僕は早速ラージュ姫にお願いする。すると、僕らの前にラージュ姫が進み出た。

宝石をいくつも身に着けたラージュ姫は、凛としてドラゴンに向かう。

「そこのドラゴン!」

そしてラージュ姫が声を上げると、ドラゴンは少し困惑した様子を見せた。怯んだ、というか……。

「……私の下へおいでなさい。こちらにはあなたの住まいに相応しい石、そして穏やかで豊かな暮らしを用意してあります。さあ」

ラージュ姫が身に着けていた宝石の内の1つをドラゴンに差し出すと、ドラゴンは目を瞬かせて、じっと宝石を見つめる。

「な、何をしている!早く侵入者を殺せ!そいつらを殺すのだ!」

後ろで王様が叫んでいるのだけれど、ドラゴンは王様の言葉を聞いて、ちら、と王様の方を見て……王様の命令を聞くか、ラージュ姫の誘いに乗るか、どちらがいいかを真剣に吟味し始めたらしい。

「あなたが父に生み出されたのか、呼び出されたのか、それは分かりませんが……父に義理立てする気持ちは分かります。しかし、この国の未来のために、あなたには父を救う決断をしてほしいのです。私につくことで、結果として父を救う、決断を……」

ラージュ姫がそう囁くと、ドラゴンは訝し気な顔をしながら、その黄金の鱗を煌めかせて、すっ、とラージュ姫に顔を寄せた。

ドラゴンは、すんすん、とラージュ姫の匂いを嗅ぎ始める。ラージュ姫は緊張した顔でじっと正面を向いたまま動かない。

……そうしてしばらく、ドラゴンはラージュ姫を眺めたり匂いを嗅いだりしていたのだけれど……やがて。

「へ?」

ずしずし、と僕の方に歩いてきて、すんすん、と僕の匂いも嗅ぎ始めた。

あの、なんで僕?

……大丈夫な気がしたので、ドラゴンを撫でてみる。

ドラゴンはびっくりした様子だったのだけれど、僕が頭の鱗を撫でてみると、なんだか落ち着いてしまったみたいで、その目からはさっき感じられた敵意がもう消えていた。

くるる、と鳴くと、ドラゴンはまたずしずしとラージュ姫の方へ歩いていって……。

「きゃ」

ドラゴンは、ラージュ姫が持っていた宝石に頭突きした。そしてそのまま、するん、と宝石の中へもぐりこんで……見事、ラージュ姫の召喚獣になってしまった!

「あら、やるじゃないラージュ姫」

「流石にドラゴンは駄目かと思いましたが……よかった。トウゴ様の宝石のおかげです」

他の魔物が尻込みしていた宝石に、ドラゴンは躊躇いなく入っていった。やっぱりドラゴンって自信家なのかな。或いは単に、体が大きい分大きい物件がいいのかな。まあどちらにせよ、僕の宝石も役に立ったみたいでよかった。

「……ば、馬鹿な」

一方、王様は切り札だったのであろうドラゴンがラージュ姫のものになってしまって、唖然としていた。

……王様はフェイのレッドドラゴンにものすごく執着していたけれど、多分、ドラゴンというもの自体に惹かれていたんだと思う。単に珍しくて強そうな魔物が好きだったんだろうけれど、その中でも特にドラゴンっていうものは特別だったんだと思う。

その王様が呼びだした黄金のドラゴンが、ラージュ姫のものになってしまった。

……王様の気持ちを考えると、その、すごくいたたまれない。でもここで戦う訳にはいかないので……。

「ありゃあなあ……召喚獣との絆がちゃんとできてりゃ、いくら宝石ちらつかされたってそうそう裏切られねえだろうに……」

「まあ、魔物に対してそういった接し方をしていたのだろうが」

唖然とする王様について、フェイとラオクレスがひそやかに囁き合う。それ、本人に言ったら本人がすごく気にするやつだと思うよ……。

「父上。この通り、あなたが呼び出した魔物は全て、私へ心変わりさせます」

ラージュ姫がそう言って王様へ一歩踏み出すと、王様はまた、何かを始めた。するとまた黒い靄が集まって、今度は銀色の蛇になる。

けれどその蛇も、ラージュ姫が呼びかけていくとラージュ姫が差し出す宝石に自ら寄っていって、召喚獣になってしまった。

「父上」

「く、来るな!」

一歩、また一歩、とラージュ姫は近づいていく。それに王様は抵抗して、どんどん魔物を呼び出していくのだけれど、呼び出される魔物はどんどんラージュ姫の召喚獣になってしまうし、呼び出される魔物は次第に小さなものへと変わっていった。段々、王様は力を失っていくように見えた。

「どうか、話をさせてください。父上」

「来るな、この化け物め!」

そしていよいよ王様の傍まで進んだラージュ姫に王様はそう叫んで、半狂乱になって腕を振り回した。ドラゴンの腕のようなそれは、振り回されると益々大きく見える。

王様の大きな手の鋭い爪が、ラージュ姫を掠める。

ぱっ、と、赤い血が飛んだ。

ラージュ姫の頬に、赤く線が走って、そこから血が流れ出す。それを見て、王様は益々暴れるばかりだ。

更には、王様が吠える。

それは人間の言葉ではなくて、多分……魔物の言葉だ。

……今、王様は、そういう『化け物』だった。

「お父様!」

「ラージュ姫!今、国王はまともに話ができる状態じゃねえ!」

傷つけられても尚、近づこうとしたラージュ姫を、駆け寄ったフェイが引っ張り戻す。ラージュ姫はそれではっとして、項垂れて、そのまま大人しく引っ張り戻されてきた。

「大丈夫?傷が残らないように今、治してしまってもいいだろうか」

「え?ええ……」

戻ってきたラージュ姫を、早速絵に描く。さらさらと簡単な描き方をしてしまったけれど、ラージュ姫の傷は綺麗に消えた。よし。

「さーて、どうすっかね……まさかここまで話が通じねえとは思ってなかったぜ」

そして、玉座の間の隅っこに固まって、僕らは相談。その間、王様には檻に入っていてもらう。僕はさっと王様の周りに木を生やして、木の檻を編み上げた。王様の腕は木と木の間に上手く挟まってしまって、暴れても中々抜け出せないらしい。もうしばらくそのままで居てください。

「なんていうか、これ、絵を描く描かないの問題じゃないわよね?私、大分場違いだわ……」

「僕もこれは予想外だった……」

なんというか……王様は、せめて話ができるくらいには冷静だと、思っていたんだよ。

でも今の王様を見る限り、話をすることすら難しいように思う。なんだろうなあ、その、少し、ショックだ。

「……もう父は、人間ではないのですね」

ラージュ姫は王様の方をちらりと見て、悲しそうな顔をする。

「あのような姿になって、言葉すら通じなくなって……」

嘆くラージュ姫の肩をそっと抱き寄せて、クロアさんが黙ってラージュ姫を慰めた。反対隣りは、躊躇いがちのライラがそっと寄り添う。

「……ああなってしまっては、最早、父の意見を聞くことも、トウゴ様に賢く描いて頂くことの是非を問うこともできませんね。ましてや、お互いの利と平和を求めて話し合うなど……」

ラージュ姫はそう、言って……そこで口を噤む。

この後、ラージュ姫が何を言うかは、僕にも分かる。

『父を殺しましょう』。

……多分、ラージュ姫はそう言うつもりだと思う。これ以上、王様と理性的なやりとりは望めないと思って、そう、言うんじゃないかな。もう、解決方法はそれしかないと、思いつめて。

でも、僕は、それをしないために、ここに来たんだ。

「ラージュ姫」

僕は、ずっと言葉を躊躇っているラージュ姫に、尋ねる。

「王様を、人間の姿で描いてみても、いいだろうか」

王様が望んでいるかどうか分からないことを、王様と一番話したいであろうラージュ姫に、尋ねた。

ラージュ姫は大分、悩んでいたようだった。

じっと考えて……それで、ふと、震える声で、言った。

「……人の姿に戻ったとして、父は、私と話をするでしょうか」

その言葉を聞いた時、なんとなく、僕は思った。

ラージュ姫は怖いんだろうなあ、と。

「まあ……人に戻るかも分からないし、それをやっていいのかも分からないし、もし王様が人の姿に戻って、話をしたとしても、分かり合えるとは、限らない、から……うん」

分かり合えないことは辛いことだ。辛いことがあるかもしれない未来に進むのは怖いことだ。それは、分かる。すごくよく分かる。

すごくよく分かるから、ラージュ姫に『それでもいいからやろう』とは言えない。もし、彼女が駄目だと言ったら、僕らは王様をこのままどうにかするしかない。

……この決断をラージュ姫に迫っている時点で、結構卑怯だな、とは、思う。重荷を背負わせている訳だから、僕は卑怯だと思う。

けれど、この選択はラージュ姫の意思無しにやっちゃいけないものだとも思う。だから僕らは、ラージュ姫に負担を強いている。それがすごく申し訳ない。

それでも多分僕は、王様と少しでも話す機会があった方がいいと思っていて、王様がそれを望んでいなかったとしても、王様にはその責務があるんじゃないかとも思っていて……ただ、やっぱり、ラージュ姫の決断がこの場では何よりも優先されるべきだと、思っていて……。

「僕は、もし駄目だった時、一緒に悲しむことしか、できないけれど……」

そんなようなことを僕が言うと、ラージュ姫はじっと僕を見て、少し笑った。

「……それが一番、心強いです」

それからラージュ姫は深く息を吸って、吐いて……そして、僕の手を握った。

「お願いします。トウゴ様。どうか、王を……私の父を、もう一度、人の姿に!」

ラージュ姫がそう言った途端、バキリ、と音がする。

……王様が、木の檻を破って、外に出てきていた。

聞こえてくるのは人の言葉じゃない何かだ。王様は何かをぶつぶつと言いながら、僕らをじっと見ている。今にも襲い掛かってきそうな様子で。

「まずは檻、もう一回描かなきゃいけないね」

こんな様子じゃ、絵を描くまで待っていてもらうことなんてできそうにない。だからそう、申し出た、のだけれど……。

「必要無い」

ラオクレスが、そう、言う。言葉の意図がよく分からなくて、ラオクレスを見上げると、彼は言葉を足してくれた。

「檻の外に居ても中に居ても、どうせ動き回るだろう。……なら、お前は檻を出すより、王を人間として描くことに集中しろ」

そう言って、ラオクレスは剣を抜いて、兜のバイザーをカシャンと下ろした。

「これは俺の仕事だ」

……うん。分かった。

「じゃあ、頼む」

「ああ」

ラオクレスは振り返らずに頷いて、王様に向かってゆっくり進んでいく。

王様とラオクレスはじりじりと見合って……ある一瞬を境に、衝突した。