軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

二歳児、剣を抜く 3

――間に合わなかった。

レイは聖剣を抜いてしまった。

「レイ……動かないでくれ」

「おとうしゃま?」

「お父様が行くまでじっとするんだ」

旦那様は青ざめてしまっている。

聖剣は、魔獣ですら一刀両断するほどよく切れる。

一度だけルティアとハルトが、力を合わせて魔剣を抜いたことがあったが、その後は一度も抜くことができていない。

レイは、魔力がないから抜けないと思い込んでいた。

「よし、いい子だ」

「……せいけんしゃん、あぶないっておこった」

「……ああ、とても危ない」

「おとうしゃまも、おこる?」

「――いや、俺が悪かった」

「なんで?」

旦那様は、レイのことを強く抱きしめた。

抜き身になった聖剣は、チカチカと輝いていたが徐々に静かになる。

――そのとき、バタバタと足音が聞こえてきた。

「「レイ……!」」

飛び込んできたのは、ルティアとハルトだった。

二人の手にはそれぞれ魔剣が握られている。

「「魔剣さんが言ったとおりだ……。本当に、抜けてる」」

ルティアとハルトが、あっけにとられている。

本来であれば、魔剣や聖剣はふさわしい力を持つ者しか抜くことができないはずだ。

――少なくとも、私が知る限りは。

「「レイはけがしていないの!?」」

「ああ、大丈夫だ」

「「よかった~」」

ルティアとハルトは、ほっとしたようだ。

ハルトはレイに近づいて、頭をなでた。

「危ないから、もう抜いたらだめだよ?」

「うん!」

「……」

ルティアは、黙り込んでしまった。

「ねーね?」

「あ、危ないわ! もう抜いたらだめよ!」

「うん……」

「じゃあ、私、明日の朝早いからもう一度寝るね」

ルティアは、踵を返し走り去ってしまった。

いつもであれば、彼女はハルトよりも先にレイのことを注意するだろう。

表情は見えなかったが……。

――もしかして、レイが聖剣を抜いたことにショックを受けたのだろうか。

ルティアは、とても真面目な性格だ。

礼儀作法、学業、武芸――すべてに真剣に取り組み、人よりも優れた結果を出してきた。

人は彼女のことを完璧であると評する。

だが、責任感が強い彼女は少し頑張りすぎるところがある。

一方ハルトは、天才肌なのかもしれない。

もちろん礼儀作法や学業、武芸すべてに努力する真面目な性格だ。

だが、魔導具のことになると全部忘れてしまうし――家族の危機には信じられないような力を発揮する。

どちらがいいという話ではないけれど、もしかしたらルティアはハルトと自分を比べてしまっているかもしれない。まだ二歳のレイが、聖剣を抜いたのならなおさら。

「お母さま」

「ハルト?」

「レイのことは僕とお父さまで見ているから、ルティーのところに行ってあげて」

「……」

もう夜遅い、本来であればハルトにも寝るように言いたいところだが、今はルティアを優先するべきだろう。

「旦那様、ハルト、少しだけレイをお願いします」

「ああ、君こそルティアを頼む」

「ねーねは?」

「先に寝るんだって。そうだ、たまにはレイと一緒に寝ようかな?」

「わ~! にーにとねんねする!」

いつもルティアの後ろに隠れていたハルトも、レイが生まれてからはすっかり兄らしくなった。

私はレイの部屋を出て、ルティアを追いかけた。

――ルティアは、部屋にはいなかった。

まさかと思って、庭に出る。

ルティアは月を見上げていた。

「……ルティア」

「……お母さま」

ルティアの瞳は、雪の中咲く赤い薔薇のようだった。

その表情が、思ったより大人びていて、私の心臓が早鐘を打つ。

こんなふうに、子どもは急に大人になって、もしかして私の手から離れてしまうのかもしれない、とすら感じた。

「……レイが、聖剣さんを抜いた」

「ええ……」

「わかってる。努力だけじゃ抜けないって」

「……」

それは事実でしかない。魔力がなかった私は、努力だけでは叶わないことがあるとよく知っている。

ルティアの瞳から、涙がこぼれ落ちる。

「もう、あんな思いはしたくない」

ルティアが言っているのは、ロレンシア辺境伯領で私が魔獣に襲われたこと、そして王都で馬車が襲撃されたことだろう。

「魔剣さんにもお願いされたの。だから、がんばって――きたのに」

私はただ、ルティアの体を抱きしめた。

「あなたの努力は本物よ。私はずっと見てきたもの」

「……」

私は、それ以上何も言うことができなかった。何を言っても、慰めにしかならないから。

ルティアはひとしきり泣いて、それから顔を上げる。

「――でも、思ってたのと違った」

「え?」

「もっと華やかでかっこいいものだと思ってたの。でも、レイが聖剣さんを抜いて、悔しいとかかっこいいとか思うより先に、すごく慌てちゃったの」

「ルティア」

「――私が守る」

ルティアは、いつものように笑った。

「……お母さま、眠くなっちゃった」

「ええ、抱っこしてあげましょうか」

「えっ……」

ルティアは一瞬嬉しそうにしたが、すぐに恥ずかしそうにモジモジした。

レイを妊娠して、育てて、ルティアの抱っこは後回し。

いつも間にか、こんなに大きくなってしまったが、まだまだ私でも抱き上げることができる。

「えへへ」

抱き上げると、ルティアは私にしっかりと抱きついた。

その体は、思ったよりも重くなっていた。