作品タイトル不明
二歳児、剣を抜く 2
――旦那様は、夜遅く帰ってきた。
「遅くなってすまない」
「いいえ、お疲れ様です」
このやり取りは、何度目だろう。
旦那様は、遠征がないときも王都の安全を守るため多忙な日々を送っている。
さらに、フィアーゼ侯爵としての執務まで――けれど、彼の泣き言など聞いたことがない。
「おとーしゃま!!」
「レイは起きていたのか」
「ええ」
「君に任せきりですまないな」
「アンナや執事長がいますから。――旦那様こそ、無理なさらないでください」
その子によって違うけれど、3歳くらいまで寝ない日があるのはしかたがない。
旦那様は、レイのことを抱き上げた。
彼もずいぶん手慣れたものだ。
レイが生まれたばかりの頃は、赤ちゃんを触るのが初めてでオロオロしていたが。
「ふふ」
「どうした?」
「幸せだな、と思いまして」
旦那様に抱き上げられたレイは、アイスブルーの瞳。髪の毛の色こそ淡い金色だけれど、私にとてもよく似ている。
旦那様を待ち続けた5年間。
ルティアとハルトが生まれてからは、旦那様の面影を探していた。
もしかすると、旦那様は私の姿をレイに重ねるかもしれない。
そんなことを思うと、自然と口元が緩んでしまうのだ。
「おとーしゃま」
「どうした?」
「ごめんね」
「……レイ?」
「まけんしゃんとせいけんしゃん、おとうしゃまといっしょにいたいって」
旦那様が、目を見開いた。
レイの言葉は拙いものだったが、旦那様には意味がわかったのだろう。
「エミラ、やはり聖剣や魔剣に触れられなかったのは――」
「ええ、レイの力のようです」
「そうか」
「おとうしゃま、まけんしゃんとせいけんしゃん、いっしょ」
「ああ……」
旦那様が浮かべた表情には、名前がつけられない。
けれど私は、この表情を見たことがある。
――父様も、こうして私のことを心配していたのかもしれない。
もう一度、実家に帰るのもいいだろう。
実はまだレイを見せることができていない……。
ルティアとハルトとも大きくなった。父様も母様も待っているに違いない。
旦那様の視線が、レイの部屋のソファーに置かれた聖剣に向けられる。
「フィアレイアは、レイについてなにか言っていたか?」
「似た子が生まれることもある、と」
「アンドレイ殿か――」
「……」
「それとも、フィアレイアか?」
その瞬間、フィアレイアの宝石が淡い水色に光り輝いた。
まばゆい光――見えるのは私とレイ。
私は目を細めたが、レイは耳を押さえて目を瞑った。
「――王城へレイを連れて行け?」
「王城に、ですか?」
「王家にしか残されていない真実があると」
旦那様は、少しの間考え込んでいるようだった。
「陛下からも、君と子どもたちを連れて登城するように命じられている」
「え?」
レイが生まれてからは、誰かを招いてのお茶会が中心だった。
第一騎士団長の妻として参加するべき式典や、大きな夜会には参加していたが……陛下から呼び出されることはなかった。
「おそらく、レイのことだろう」
「レイ、ですか」
「陛下だけが知っていることもある――おそらく、それは千年前の出来事とも関係しているのだろう」
「……」
千年前の出来事と言えば、レイブランドとフィアレイアも関係しているに違いない。
それについては、レイブランドもフィアレイアも堅く口を閉ざしている。
「……急ぎ、聞かなければ」
「君ならそう言うと思った」
「レイは、ぴーちゃんと会話しているようでした」
「……そうか」
小さな子どもの想像だ、と言うのは簡単だ。
だが、実際に旦那様や子どもたちは魔剣や聖剣の声が聞こえるし、私は光を見ることができる。
声を聞き、光も――それどころかレイブランドとフィアレイアの姿まで見えているらしいレイが、ぴーちゃんと話ができたとして何の不思議もない。
――チカチカチカチカ。
淡い水色の光が、慌てているように瞬いた。
私を見つめていた旦那様が、焦りの表情を浮かべた。
「レイ!」
「何が大変なんだ……あっ!」
部屋中を淡い水色の光が包んだ。
その光の中、レイがソファーの上の聖剣を鞘から半分ほど抜きかけていた。