軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

9

シリウスが肉体改造計画を頭の中で練っていると、サフィニアがカラフルな紐が雑多に入った籠を指差した。

「髪紐はどうでしょうか?」

「髪紐?」

すっかり失念しかけていたが、シリウスは今、デートの記念品を探しているところだったのだ。筋肉のことは一旦片隅に置いておくことにする。

サフィニアが数ある中から厳選して手に取ったのは、シンプルで装飾のない、青みがかった銀色の髪紐と金色の髪紐。

互いの瞳の色によく似ているので、それを考慮して選んだのだろう。

「私も髪を縛るのか?」

シリウスの髪は短くはないが、纏めなければ邪魔になるというほどの長髪でもない。髪紐など使ったこともなかった。

「こういうのはどうでしょう?」

請われるままに屈むと、正面に立つサフィニアが左右でわずかに迷う仕草をしてから左側の髪を選んで、少なめにひと房指に取ると、細い三つ編みにした。それを金色の髪紐できゅっと解けないように結ぶ。

「これなら旦那様でも……」

ぱっとサフィニアの顔が上がると、身を屈めていたせいで思いがけない近さで目が合った。

少し動いたらどこかが触れ合ってしまいそうで、互いに目を逸らせないまま見つめ合う。

じわじわとサフィニアの頰が赤みを帯びていく。シリウスも自分の顔が普段よりも熱を宿していることに気づいてひどく焦りながら、サフィニアの肩を掴むと、くるりと反転させた。さりげなくその手にあったもうひとつの髪紐を掴み取りながら。

「きみのは、私が結う」

そう言って自分の情けない表情を見られないようにした。

「え、あ、ありがとうございます」

人の髪など結んだことはないが、王太子に害をなそうとした狼藉者を縛る手伝いをしたことはあるのでなんとかなるだろう。

艶のあるやわらかな髪を一度手に取る。そのままうなじあたりでまとめて縛ろうとしたが、あまりに味気ない結び方だなと思い直して、サフィニアに倣い三つ編みに挑戦した。

元来器用なシリウスは多少不恰好でもなんとか一本の三つ編みを編み終えて、先端を髪紐で括りつけた。

はじめてにしては、なかなか上出来ではないだろうか。

内心自画自賛をしていると、サフィニアが振り返った。結んだ髪が背後に回ってしまい、シリウスの作品が視界から消えてしまったものの、この後いくらでも見る機会があるのだから構わないかと、まずは会計を済ませた。なぜか店員の生温い視線を浴びながらの支払いだった。

気のせいなのだろうか。この国には生温い眼差しをする者が多過ぎる。

お互いにふわふわした心地のまま予定よりもかなり遅れて屋敷に帰りつくと、とっくに昼寝から起きて母親がいないことに気づいて泣いていたらしいアナが、危なっかしい全速力で走って来た。

「ママぁーー!!」

「だからなぜ私の足にしがみつく?」

ママと泣きじゃくりながら、シリウスの足にがっちりとしがみつく。サフィニアが慌てて引き剥がそうとするが、強情にも離れようとしない。アナの腕力は日夜増強しているらしい。まったく恐ろしい娘だ。

「うわぁぁーーん!!」

耳鳴りがするほどの大声で力の限り泣き喚かれて、シリウスは反射的に謝った。これまでどんな人間が相手でも、こちらの否を認めるような言質を取らせることをしたことがなかったシリウスが、平謝りした。子供の大号泣には勝てなかった。

「わかった! すまない、ママを連れ出して悪かった! すべて私が悪い」

そして土産に買った馬のぬいぐるみをアナの顔面に近づけて気を引く。

「ほら、馬だ。好きだろう? 馬をやるから、泣き止みなさい」

鼻先で揺らされる馬のぬいぐるみに興味を引かれたのか、大声で叫ぶのはやめ、ぐずぐず泣きながらもぬいぐるみを掴んだ。

「おうましゃん……?」

「そうだ。きみの馬だ。かわいがるといい」

アナはおずおずとサフィニアを見上げた。もらってよかったのか不安になったのだろう。

泣き止んでほっとするサフィニアは、またシリウスの足にしがみつかないようにすかさずアナを抱き上げると、ハンカチで涙や鼻水でべたべたになったその顔を拭う。

「おうましゃーん」

アナは目元は赤いがすっきりとした顔で、サフィニアへと自慢するようにぬいぐるみを掲げて見せた。なぜ尻の方を向けて見せたのかはわからないが、しっぽがゆらゆらしていてかわいいとでも思ったのだろう。どちらが頭かわかっていないとは、思いたくない。馬に申し訳ない。

「よかったね、アナ。パパにありがとうは?」

「パパ、ありがとうー」

「なんだ、ありがとうは言えるのか? お父様はどうだ?」

「おうしゃまー」

なぜだ。

胡乱な目をするシリウスに頓着せず、アナは馬を空中ですいすい走らせていた。自由気まま過ぎる。

「……もういい。食事にしよう。アナはもう食べたのか?」

アナは、ううん、と首を振った。さっきまで泣いていたのだから、確かに食事どころではなかっただろう。

「それなら一緒に食べるか」

三人での食事にはもう慣れたものだと思っていたが、今日のアナは留守番させられた不満が根底にあるせいか、子供用椅子に座るのを嫌がって軟体生物のようにぐでんぐでんになりながらごねた。

「……骨をどこに忘れてきた?」

あまりの軟体っぷりについ感心してそうつぶやいたシリウスを、困り果てているサフィニアがめずらしくちょっとだけ恨みがましい目で見てきた。そういう顔もできるらしい。つい噴き出してしまった。

「手を貸すか?」

「ぜひ、お願いします。わたしが体を支えているので、足を左右の穴に入れてください」

「わかった。…………こら、ぐねぐねするな」

「やーなーのー!」

「反るな反るな! いつもはおとなしく座っているだろう」

イヤイヤ言いながらのけ反っても、馬だけは手離さないアナとの格闘の末、辛くも大人たちが勝利した。

とんだじゃじゃ馬娘だ。このままでは将来とんでもないことになる。

(近いうちにマナーの講師も探さねば……)

椅子に座らされて不満げな娘に、このままだと食事でもごねると危惧したらしく、サフィニアがアナの気が逸れるような話を振った。

「そのお馬さんのお名前を決めないとね」

「おうましゃん……おなまえ?」

「そう、お名前。かわいいお名前がいいかな? それとも、かっこいいお名前がいいかな?」

「かっこいいの!」

かっこいい方がいいのか……、と思いながら、シリウスは食前酒に口をつけながら黙って様子を見守る。どうやら機嫌は直ったらしい。

「どんなのがいいかな? どんなお名前がかっこいいかな?」

「うー……んと、おうしゃま?」

「不敬だぞ」

つい我慢できずに突っ込んでしまった。今考えているのは馬のぬいぐるみの名前だ。どう言い繕っても、不敬だった。

「王様は、お名前じゃないの。だから別のにしようか?」

「そっかー」

あっさり納得して意見を翻すのを二度見していると、前菜が運ばれてきた。アナには栄養たっぷり野菜のポタージュだ。

するとアナがおもむろに、馬の顔面を緑色のスープに突っ込もうとし、気づいたサフィニアがどうにか寸前で押し止めた。

シリウスは衝撃的な光景に脳が思考停止していて、見ていることしかできなかった。

「おうましゃん、ごはん……」

「そのお馬さんは、ご飯は食べれないの。代わりにアナが食べましょう?」

どうやら馬に餌を与えるつもりだったらしい。スープに馬をぶち込んで遊ぶのかと思った。娘の情緒が正常で心底安堵したシリウスは、小さめのにんじんを厨房から持ってきてもらってアナへと渡した。

「馬のご飯はにんじんだ」

「すみません、色々と」

シリウスだけでなく使用人たちにも気配りするサフィニアは、アナが隠し子だと囁かれながらも評判はいい。アナに関しては言わずもがな。かわいいは正義だ。

「がぶがぶ」

アナはテーブルに置いたにんじんを、馬が食べているように動かした。動きが野生的で、一心不乱に貪り食っているような躍動感すら感じる。

存分ににんじんを食べさせて気が済んだのか、アナは馬をテーブルの上に寝かせると、おとなしくスプーンを待って自分の食事を摂りはじめた。

なぜだか、見ているだけなのにひどく疲れた。

スープをこぼしながら食べるアナの緑に染まった口周りを拭きながら、サフィニアはしみじみとした口調でつぶやいている。

「本当に馬が好きだったのですね……」

「疑っていたのか?」

「そういうわけでは……。馬が好きとは特に聞いたことがなかったのですが、思えば庭で鳥や猫を見かけたときも大袈裟に反応していたので、もしかすると動物全般が好きなのかもしれません」

馬だけでなくほかの動物にも興味があるのなら、牧場に連れて行くのは正解だろう。アナが見たこともない動物がたくさんいるはずだ。

「アナ。今度は留守番ではなく、一緒に牧場に行くからな」

「ぼくじょ……?」

「動物さんがたくさんいるところよ」

「おうましゃん?」

「当然馬もいる。牛もいるし、ヤギやアヒルなんかもいるかもしれない」

「うししゃん……、ほ……ほるしゅ、ほるすたいん?」

「ホルスタイン!?」

本当に動物が好きらしい。もしかして、動物学者とかの道に進ませるべきなのだろうか。家庭教師の選定がひとつ難しくなった。

「ほかになにが見たい?」

サフィニアが優しく問いかけると、アナは記憶している動物の名を順番に唱えはじめた。

「うしゃしゃんとー」

「……うさぎか? ぎ、が抜けているぞ?」

「こっとりしゃんっとー」

「……ことりか? それともしゃっくりか? 大丈夫か?」

「わんちゃんとー」

「犬はちゃんづけなのか? なぜだ」

「ぐすたふとー」

「待て、グスタフ? 誰だ」

「ねずみしゃんとー」

「無視するな。どこから来た、グスタフ」

サフィニアも心当たりがないのか、イマジナリーフレンドということで無理矢理納得するしかなかった。

「……グスタフは知らないが、牧場には羊とかもいるぞ」

シリウスがそう言うと、なぜかアナはむくれた。

「ひつじしゃん、ちがう」

「うん?」

「ひつじしゃん、ここ」

「? うん?」

解読できずにシリウスが眉を顰めていると、サフィニアがなにかに気づいて手のひらを軽く打った。

「ああ、執事長さん!」

シリウスは澄まし顔の執事長へと目を向けてから、アナへと戻した。

「いいか、アナ。執事は羊とは違う。し、つ、じ」

「ひ、つ、じ」

「違う。し、つ、じ」

「ひ、つ、じ」

だめだ。この娘、まったく譲らない。

シリウスはお手上げ状態のまま、羊と執事の違いについての論争はもう少し大きくなってからということで、未来の自分へと丸投げした。

「……ところで、馬の名前は決めたのか?」

「じぇのべーぜ」

「ジェノベーゼ!?」

どこがかっこいい名前なのかさっぱりわからないシリウスだったが、アナは非常に満足そうな顔をしていた。