軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

68 番外編22 子供たちのお茶会2

お茶会当日、サフィニアに抱っこされたアナは、ふわふわとした白い花の妖精のようなドレスを身につけ、ジェノベーゼをすいすいさせながら終始ご機嫌だった。

毛糸で編んだ花の装飾をツインテールに飾り、同じものがジェノベーゼの耳にもつけられている。ジェノベーゼともお揃いだ。

毛玉さんのドレスということもあり、娘はめーめー歌いながら毛玉さんになりきっていた。

ドレス問題をクリアしたことで、シリウスの肩の荷のひとつが降りたとはいえ、本番はまだこれからだ。

「アナのことを任せても平気か?」

シリウスはなにもできないことを心苦しく思いながら妻へと尋ねた。時間が空けば様子を見に行くことは可能だが、子供たちのお茶会なので親の介入は望ましくない。本当に眺めることしかできないだろう。

「大丈夫ですよ。わたしがきちんと見ておきますから」

彼女は王太子妃のお気に入りなので、お茶会に参加する子供たちの親の中で唯一、手伝いとしての参加を許可されていた。

今回のお茶会はジョシュア王子主催となっているが、実質王太子妃主催なのだ。

とはいえ王太子妃はそれほど社交的な人ではないので、姑に言われて不承々々従った感が否めないが。

乗り気でない方がこちらとしても助かるが、お茶会の内容は陛下や王妃にも伝えられるはずだ。王太子妃が目こぼししてくれたとしても、国王夫妻相手にそうはいかない。

サフィニアもアナを注視していてくれると言ったが、おそらくつきっきりというわけにはいかないだろう。

結局はアナがひとりで乗り越えなくてはならない壁なのだ。

シリウスは気ままにジェノベーゼと遊ぶ娘と向き合った。

「アナ。出かける前にした約束はきちんと覚えているな?」

「うんー!」

「では最後にもう一度確認の復唱を。目立たず、騒がず、おとなしく」

「めだだす、しゃわわじゅ、おとなしく」

まだ舌がうまく回らない娘は、おとなしくしか言えなかったが、言えてないだけで理解はしているだろう。もし理解できていなくとも、極論、おとなしくしていてくれれば問題ない。

「……まあ、よし。予算と大臣の話題は要注意だ。その話が出たら、きょとんとしておきなさい」

「きょとん!」

それは口で言うものではないが、無駄な予算だの無能な大臣だのと言うよりは、きょとんきょとん言っている方がはるかにましである。

「能ある鷹は爪を隠す。道化師になれとは言わないが、知識をひけらかして無駄なやっかみを買わないように」

真面目な顔で指導するシリウスに、サフィニアは苦笑している。

「アナにはひけらかすほどの知識はないと思います。意味を知らないまま、大人の言葉を真似しているだけですから」

「まねっこー」

「それはそうだが……」

一応ジェノベーゼにも念押ししたが、すすっ……、と目を逸らされた。人目が多すぎて大っぴらに動けないのは理解できるので、仕方なくはあるが。

まあ、自在に空を飛ぶぬいぐるみなど、好奇心の塊である子供たちの恰好の餌食だろう。おとなしくぬいぐるみのふりをしていてくれた方がいいのかもしれない。

もちろんジェノベーゼはぬいぐるみなので、ぬいぐるみのふりをしなくても、ぬいぐるみではあるが。

「大丈夫ですよ。アナは本番に強い子ですから」

「あな、つよいこ」

一体どこの本番に出たことがあるのだろうか。

アナのことを過小評価しているのか過大評価しているのか不明だが、シリウスが神経質過ぎるのもまた事実である。こういうのは大雑把なサフィニアに任せておく方がうまくいくのかもしれない。

「後でおそらく王太子が顔を出すと思う。そのときに私もついて行くことになるだろうが、王太子の補佐官として行くので、おそらく私用の会話はできないだろう。私のことは気づいても無視してくれて構わないから、くれぐれもアナを頼む」

「わかりました。お仕事がんばってください」

「パパ、ばいばいー」

にこにこしながら手を振るアナに見送られて、気が気でなかったが、シリウスは王太子の執務室へと向かうしかなかった。

始業からしばらく、王太子の執務室は普段とは違う種類の、どんよりと重たい空気に包まれていた。

ため息をついて書類を飛ばしてしまう者、そわそわしてミスを連発して消沈する者、胃をキリキリさせて手洗いへと駆け込んだきり戻って来ない者、無駄口を叩く気力すらなく項垂れる者、そして極めつけの無言のシリウスに、とうとう王太子の突っ込みが大爆発した。

「……いや、葬式か!? 葬式なのか!? 死んだのか!? 俺が死んだのか!?」

「殿下がお亡くなりになっていたら、我々に嘆き悲しんでいるような時間はありません。すぐにジョシュア王子を王太子へと擁立するための行動を取るべく妃殿下と話し合いを――」

「そこは悲しめ、薄情者ども!!」

「それと、国家予算が逼迫するので、殿下には後二十年ほどは軽率に死なないよう、お願い申し上げます。誠に遺憾ながら、殿下の分の国葬費は未だ積立途中でして……」

王族の国葬費はいつかは必ず必要になる費用ではあるが、先延ばしにできるのならいくらでも先延ばしにしたい出費でもあった。

「シビアな現実!」

王太子が顔を覆ってしまったが、こればかりはどうにもならない。

「仮にも王太子を、身内だけの小さなお葬式で済ませるわけにはいきませんから」

「大々的にやるのは仕方ないが、あれだけはやめてほしい。あの、棺を詰んだ馬車で国中回るやつ」

「ああ……あれですか」

「死んでからも晒し者になるのは耐えられない!」

「わかりました。その時点で私も儚くなっている可能性が高いので、後ほど書記官に伝えて遺言として残すようお願いしておきます」

「頼む…………って、違ーう!!」

王太子がバーンと両手で机を打って立ち上がった。

「違う、と言いますと?」

「子供たちが心配なのはわかるが、さっきから全然仕事が進んでいないだろう! そこと、そこと、そこ! ついでにそこも!」

図星を指された側近たちが視線を逸らす。

「誰も子供の粗相を咎めたりはしないから、とにかく全員落ち着け」

王太子も王太子妃も子供相手に目くじら立てるような人柄でないのは全員承知しているのだ。

それでも、我が子が王族に対してなにか間違った振る舞いをしたらと思うと、気が気でなくなるのは親としては当然の反応だった。

「同じ派閥だからと、上位貴族と下位貴族をひとまとめにしてお茶会を開いたことが問題なのです。すべて殿下の配慮が足らなかったせいです」

「俺に言うな。陛下に言え」

それができたら、こんなところでみな胃を押さえていない。

「……もういい、わかった。俺もちょっと気にはなっていたから、様子を覗きに行こう」

シリウスを含め、子供たちが心配な側近たちが、ざっ、と一斉に立ち上がるのを見た王太子は、やれやれと肩をすくめていた。

子供たちのお茶会は、王族から許可を得た者しか入ることのできない王族専用の庭園で行われている。

集まるのが子供たちなので、迷子や誘拐などの不測の事態に備えて、普段よりも警備も厳重だ。騎士たちが周囲を固めており物々しい。

王太子は会場に入って早々、迷いない足取りでまっすぐ王太子妃に絡みに行った。

椅子にかけた王太子妃の頬に屈んでキスをすると、彼女は一瞬、表情を崩して口元を手で押さえたが、そのまま流れるような仕草でなにごともなかったかのような取り繕った笑みを浮かべた。

子供たちは気づいていないだろうが、大人たちはもちろんしっかりと目にしている。その上で、いつも通りの王太子夫妻だとな、と思えるほどには、自分たちもこのふたりのやり取りに慣れてしまっていた。

王太子妃のそばで、酷く曖昧な表情をして控えているサフィニアの反応こそが正しい。

もしシリウスがサフィニアに同じことをされたら、もう二度と頬にキスはできなくなるだろうが、そこでへこたれないところが王太子の長所であり短所である。王太子の打たれ強さだけは、本当に尊敬に値する。

シリウスは少しだけ王太子夫妻から目線を外して、会場全体を見渡した。

我が国の王太子の登場ではあるが、子供たちの大半は面識がないので、きょとんとした目で王太子を眺めており、それを見た側近たちの胃がまたキリキリ痛み出す。負の連鎖。

シリウスはアナを探して視線を巡らせるが、今日はやけに白いドレスの子が目立つ。

サフィニアに目線でアナの居場所を教えてもらったシリウスは、そこでようやく、重大な事実に気がついた。

(……まずい)

白いドレスの子が多いなと思っていたが、みなアナとお揃いのドレスではないか。

そしてアナを中心に、アナとお揃いドレスの派閥ができてしまっている。

まさにドレス派閥。

アナとお揃いのドレスの子が、思ったより多かった。

実際は違うとはいえ、ドレスがお揃いというだけで、視覚的にすでに派閥が形成されているように見えるのは大問題だ。

そこまで考えが至らなかった自分が悪いのだが、このままだと、アナを妃にするために根回しして賛同者を集めたと思われかねない、わりと切迫した状況でもある。

まだこれが一桁年齢のお茶会だからアナは無事でいられるが、もしこれが二桁年齢のお茶会だったらと思うとぞっとする。

まず間違いなくアナのお茶には虫が混入させられただろうし、シュシュとお揃いの毛玉さんドレスは、早々にお茶を引っかけられていただろう。

もちろんアナはお茶に虫が浮いていたところで悲鳴をあげて卒倒したりするようなことはないだろうし、助けて茂みに逃すくらいのことはする娘だ。

ドレスを故意に汚されたらさすがに泣くだろうが、その前にジェノベーゼが動きそうな気もしなくはない。

とにかく、そういう陰湿な嫌がらせがないだけ平和なお茶会ではあるが、参加した子供たちは今日の内容を保護者に話すだろう。そして話を聞いた親たちが、シリウスが懸念するような穿った見方をしてアナやバロウ家を敵と判断してもおかしくはないのだ。

(そうなる前に根回しをしておかなくては……)

そういう意図はなかったということを、今日中に伝えておかなければならない。

妃の座を狙っていそうな大臣あたりには、特に。

面倒でもこういうことを放置しておけば、後々さらに面倒が起こりかねないのだ。

アナ自身はシリウスの言いつけ通りにおとなしくシュシュとぬいぐるみ遊びに興じているが、そこにジョシュア王子が参加していることに頭を抱えたくなった。

いつもの顔ぶれではあるのだが、今は状況がよろしくない。

王太子はこの状況が予想通りだったのか、驚きもなく、納得すらしていた。

「やっぱりこうなったか……」

ジョシュア王子の気を引こうとする女の子もちらほらいるが、当の本人はレオポンをテーブルの上でぴょこぴょこ跳ねるように動かして遊ぶ方が楽しいらしい。三歳なら当然と言えば当然の結果だった。

ジェノベーゼと、もこちゃんも、レオポンに続くように楽しそうにぴょこぴょこしている。はたから見ていたら和む光景なのだが、いかんせん場が悪い。近衛の彼など、職務中でなければ倒れていそうな顔色をしていた。

「だからせめて五歳になってからにすべきだと言ったのに」

それには王太子妃も、ひとつため息をついて同意を示していた。

「ジョシュ!」

王太子が呼ぶと、ぱっと顔を輝かせたジョシュア王子が、レオポンを持ったまま駆け寄って来た。

「ちちうえっ」

だだっと走るジョシュア王子が、しゃがんだ王太子の腕の中へと勢いよく飛び込む。

その光景を眺めていてはじめて、アナが駆けて来たときにこうしてしゃがんでいれば、足にしがみつかれることもなかったのだと気がついた。

しかしシリウスはすでにしがみつかれ慣れてしまっているし、アナはアナでしがみつき慣れてしまっている。初手で間違えてしまった自分たちはもう、手遅れなのかもしれない。

とりあえずうまくジョシュア王子を娘から引き離してくれた王太子に心の中で感謝を告げながら、シリウスは再度アナの様子を窺った。

アナがジェノベーゼにがぶがぶと焼き菓子を食べさせはじめると、もこちゃんもジェノベーゼの真似をしてもくもくとお菓子を食べるように動かされる。だがやはり、そこにジェノベーゼのような躍動感はない。

アナの技術が優れているのか、ジェノベーゼが演技派なのか、シリウスには見慣れた光景ではあるが、ジョシュア王子の妃の座を狙う色つきドレスを着た子たちからは一歩引かれていた。

できればそのまま距離を取り続けていてほしい。

ぬいぐるみたちのおやつを食べさせ終えたふたりは、仲良く焼き菓子に手をつける。ひたすらお菓子を食べ続ける様子にハラハラしているサフィニアには悪いが、シリウスはそっと胸を撫で下ろしていた。

視覚的にはドレス派閥ができているものの、この調子なら無事乗り切れそうだ。

ほっとするシリウスの横で、王太子が息子を抱き上げたので、そちらへと意識を戻した。

「どうだ、ジョシュ。結婚したい子はいたか? 今なら王太子の権力を使って、ジョシュの好きな子と結婚させてやれるぞ」

なんてことを言うのだ、この親ばかは。

うちの娘が選ばれませんように、という、聞こえるはずのない側近たちの心の声が聞こえてきたほどだ。

にやにやする王太子に、ジョシュア王子は最初、きょとんとした。

しかし意味が理解できると、今度は子供らしく澄んだ瞳を輝かせ、屈託なく、今結婚したい相手の名を高らかに告げた。

「れおぽん!」

まさかのレオポンだった。

「……」

アナが正しかった。さすがは、まぶ。殴り合いっこの末に芽生えた友情の勝利だった。

ジョシュア王子とレオポンの絆の深さを舐めていた大人たちの敗北だ。

シリウスは絶句している王太子に、ここぞとばかりに進言した。

「どうかレオポンとの結婚をお認めください」

自分の娘が選ばれるくらいならレオポンがいいとばかりに、側近たちも追従する。

好きな子と結婚させてやると言ってしまった手前、ぬいぐるみとは結婚できないと言えなくなった王太子に、こめかみを抑えた王太子妃が処置なしとばかりにそっと首を振った。

ジョシュア王子はすっかりレオポンと結婚する気満々である。

まだ三歳。

現実を教えて子供の夢を壊すのは忍びない。

結局、側近も妃候補も決まらず、お茶会は五歳になってからまた開催されることと相なった。