軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

69 番外編23 気まぐれジェノベーゼの夢見るお店

朝からひたすら書類とにらめっこをしていたシリウスは、集中力が途切れたのを機にリビングへと向かい、紅茶を飲んでひと息ついてから、なにげなく庭へと目をやる。するとすぐそこで、広げられた敷布の上に座ったアナが、なにやら商いをはじめているのが見えた。

(……また妙な遊びを)

サフィニアやメイドたちが客役を演じ、敷布の上に並べられた商品を、ハート型のユーカリの葉で支払って買っていく。あれが通貨のようだ。

アナの隣にちょこんと並んでいるジェノベーゼの腹の下にはユーカリの葉の通貨がたんまりと溜め込まれており、アナは適当にお釣りを渡したり渡さなかったりしながら、お店屋さんごっこを楽しんでいた。

花を買ったメイドたちはそれを髪に飾ったりしながら、こちらも楽しそうにしている。

客が引いたところで、シリウスは窓を開けてアナへと声をかけた。

「売れ行きはどうだ?」

「だいはんじょーなのー」

意味をわかって言っているのかいまいちわからないが、アナが「パパ、きてー」と両手で手招きするので、仕方なく庭へと出た。

近くで見るとなかなかに怪しい露店だ。

つるつるの楕円の石や、茶色い小枝、各種花々あたりまではまだいいとして、なぜかアナの描いた絵まで売っている。一体なんの店なのか。

「屋号はなんだ?」

「やごしゃんはねー、とんぼしゃんのねー、あかちゃんなのー」

「いや、ヤゴではなく」

なぜそんなことを知っているのか。

知識の偏りがますます顕著となっているが、それはさて置き、今のはシリウスの訊き方が悪かった。

「これは何屋なんだ?」

「きまぐれじぇのべーぜの、ゆめみるおみせー」

なにひとつ、わからない。

むしろ聞いたことによってより一層謎が深まった。

「……なにを売る店だ?」

「けーき!」

なぜ普通の店名をつけられないのか。

ちらっと見たジェノベーゼはどこもおかしいと思っていないらしく、不思議そうな目でシリウスを見返してくる。

「これがねー、しぅくりーむ」

アナはツルツルの石たちを指してシュークリームだと説明する。

「これ、けーき」

花はケーキらしい。

「これはねー、ちょこ」

小枝はチョコだった。

なんとなく言いたいことはわかるラインナップだ。

「……それなら、この絵は?」

「わいろー」

(賄賂……)

意味がわかっているのだろうか。

おそらくわかっていないだろうが、アナは気ままにジェノベーゼを片手のひらで示すと、どこか恭しく紹介した。

「とーてんの、てんしゅです」

腹の下にユーカリの葉を溜め込んでいるので会計係かなにかだと思っていたが、店主だったらしい。

「アナは売り子か?」

「あなはねー、じめんし」

「地面師!? 誰だ、アナに変な言葉を教えたのは!」

周囲を鋭く見渡したが、もちろん犯人が名乗り出ることはなかった。

アナはちょっと考える素振りをしてから、ちがったー、とすぐに前言を撤回した。

「あな、じぬしだったー」

「地主?」

アナの土地でジェノベーゼが出店しているということなのだろうか。ますますわけがわからないが、正当な土地の所有者でよかった。

正確には、ここは現在シリウスの土地ではあるのだが、後々ユーリとアナに引き継がれるので、まあ、アナの土地と言えなくもない。

そこへ執事長が客として現れると、アナはにこにこ笑顔で接客をはじめたが、やはり地主よりも売り子な気がしてならなかった。

「ひつじしゃん! けーきは、どうですか?」

アナが拙いながらも丁寧な口調でそう問いかけると、執事長は微笑ましそうに目を細めながら答えた。

「景気はまあまあでしょうか」

(……そっちか)

ケーキを勧めたのかと思ったが、挨拶代わりに景気について触れただけだった。

それもそれでどうかという話ではあるが。

「けーき、まあまあ?」

「そうですね、悪くはないですが、よくもないです。こればかりは、上の方々にがんばっていただくしかありませんね」

「ねー」

遊びでも嘘をつかない執事長と、わけ知り顔で同意するアナ。

シリウスにできるのは、大臣たちが無駄な予算を使わないように締め上げることくらいだ。小さな汚職している役人たちの中からひとりふたり、そろそろ見せしめに吊し上げるべきか。

シリウスがそんな物騒なことを考えている横で、執事長はアナの目線に合わせるようにしゃがむと指を二本立てて言った。

「ケーキをふたつ、いただけますか?」

アナは花をふたつ、執事長へと差し出し、代わりにユーカリの葉を二枚受け取ると、ジェノベーゼの腹の下に突っ込んだ。

花を受け取り立ち上がった執事長は、ひとつを手帳の間に丁寧に挟み込み、もうひとつを胸ポケットに飾っている。シリウスはアナに聞こえないようそばに寄って、小声で話しかけた。

「本物を使わせた方がいいのではないか?」

「その場合、商品も本物の価値にしなければ。整合性が取れなくなると後々アナ様が困りますよ」

「……確かに」

アナはどうしてか一度覚えた間違った知識を後から修正するのを嫌がる傾向にある。羊は今なお毛玉さんであり、執事長はひつじしゃんのままである。サフィニアの名前は相変わらずタピオカだ。これに関してはサフィニアが悪い気もしなくはないが。

花ならまだしも、その辺に落ちている石や小枝に値段などつかない。それなのに適当な価値を与えてしまえば、アナはずっとその知識のままで進んでいくに違いなかった。

「本物ではありませんが、こちらの通貨はきちんと単位が決まっておりまして、このユーカリの葉っぱ一枚で、一ポポラスということになっております」

「一ポポラス」

「一ポポラスで、シュークリームとケーキとチョコの中から、お好きなものをどれかひとつ購入することができます」

「それはもはや、物々交換なのでは?」

「今はまだ、物々交換の仕組みが理解できていれば問題ないでしょう」

「……それもそうだな」

シリウスが納得すると、アナに「ありがとうー」と見送られた執事長は、一度微笑んでから仕事へと戻って行った。

「またの、ごらいてん、きたいします」

「またのご来店お待ちしております、だろう?」

シリウスの言葉は聞き流して、アナはさっさと在庫の補充をする。相変わらず人の言うことを聞かない娘だが、いつものことだと割り切った。

やはり花の売れ行きが一番いいらしく、執事長がふたつ買ったことで、ほかよりも在庫が少なくなっている。

「花を摘んで来なくてもいいのか?」

そうシリウスが訊くと、アナはきょとんとしてから、背中側に置いてあった小さなおもちゃの鍋を取り出すと、自らの足の間にことりと置いた。

かぼちゃ型の鍋で、左右に持ち手がある。本物ではなくおもちゃなので重量はなさそうだが、ジェノベーゼがすっぽりと収まるくらいの大きさはあった。

「料理でもするのか?」

一応ケーキ屋ということになっているので、形だけでもケーキを作る真似をするのかもしれない。

興味深く眺めていると、アナはその鍋の蓋を開いて脇に置くと、ジェノベーゼの下からユーカリの葉の束を取り出して、ざっと鍋の中へと入れた。

ユーカリの葉は通貨であり、お菓子作りの材料の役目も担っているらしい。

そしてアナはしっかりと蓋を閉めると、鍋にジェノベーゼの前脚をかけさせた。まるでジェノベーゼが鍋を使ってことこと煮込み料理でも作っているかのような光景だ。

微笑ましく見つめていると、両手を鍋にかざしたアナが、歌うように謎の呪文を唱えた。

「♪みらくる、まじかる、ぽぽらす、れんせー」

アナの言葉に合わせて、ジェノベーゼの目がちかちかっと光る。

(……?)

怪訝に思いながらも黙って観察していると、アナはジェノベーゼの前脚を鍋から下ろし、ぱかりと蓋を開けた。

するとさっき入れたユーカリの葉が跡形もなく消え去り、色とりどりの花が錬成されたではないか。

「…………どうやった?」

真剣に尋ねるシリウスを華麗に流したアナは、いそいそと花を取り出して店頭に並べていく。

「いや、待て。本当に、どうやった?」

「じぇのべーぜのねー、そこぢからなのー」

「そういう非科学的なことを聞きたいのではなく、どういう仕組みなのかの説明を――」

「あ、ママー! いらっしゃいませなのー」

サフィニアが再度来店し、アナは接客に戻ってしまった。なので代わりにジェノベーゼに目で問いただしてみたが、素知らぬ顔で躱された。どうやら企業秘密らしい。

「こんにちは。今日はシュークリームをみっつください」

サフィニアはそう注文して、代わりにユーカリの葉を三枚アナへと渡す。

「ママ、りぴーたーしゃんだからねー、わいろあげるー」

アナはにこにこしながら自作の絵をサフィニアへと渡した。絵は一枚ごとに違うらしく、サフィニアがもらったのは毛玉さんの絵だ。

どうやら常連客になると、アナの絵がもらえるという仕組みらしい。

(賄賂というより、おまけだな)

だが今はそんなことより、鍋だ。

「アナ。その鍋を少し見せてほしい」

「これ、じぇのべーぜのなのー」

「それなら、ジェノベーゼに頼む」

シリウスはジェノベーゼに頼み込んだが、ぬいぐるみの振りをして目も合わせてくれない。

(……仕方ない。アナが寝てから鍋を調べるか)

一旦諦めることを余儀なくされたが、チャンスはある。なんとか今日中に原理を知らなくては、気になって夜も眠れない。

今日寝られるかどうかは仕事の進捗次第ではあるのだが、それはそれとして。

さりげなく鍋の観察を続けていると、くすりと笑ったサフィニアが石のひとつを差し出してきた。

「シュークリーム、おひとついかがですか?」

ただの石ではあるが、せっかくなので受け取っておいた。オブジェとして飾っておこうと、ポケットにしまう。

「最近はこういう遊びにはまっているのか?」

「そうですね、お店屋さんごっこはよくしていますよ。食べもの屋さんばかりですが」

(だろうな)

食い意地の張ったアナらしい。

「ママ、おとくいしゃん」

地主に顔を覚えられるくらいには、サフィニアは通い詰めているようだ。

サフィニアは札束、もとい、十ポポラス以上あるユーカリの葉を取り出し、そこから数枚抜き取ると、それをシリウスへと手渡した。

「お試しに三ポポラス差し上げますね」

三ポポラス。これが多いのか少なないのかはわからない。しかしシュークリームとケーキとチョコをひとつずつ買えると思えば、多い方なのだろうか。

「じゃあ、ケーキ屋さん。午後もお仕事がんばってくださいね」

「ばいばいー」

アナが手を振りサフィニアを見送る。もちろんサフィニアは去っていく振りをして、少し離れたところでベンチにかけて、アナの様子を見守っているのだが。

「今度はシュークリームが少し減ったな」

「じぇのべーぜ、れんせー?」

アナはジェノベーゼを持ち上げて顔を見合わせると、こくりとうなずかせた。

そして先ほど同じ手順を繰り返し、最後に鍋に手をかざしたアナが例の呪文を唱える。

「♪みらくる、まじかる、ぽぽらす、れんせー」

ジェノベーゼの目がまたちかっと光り、さっきと同じようにアナが蓋を開けたが、今度は入れたユーカリの葉がそのままの状態で現れた。

「あぁ……」

アナはちょっと残念そうな顔をする。失敗することもあるようだ。

「変わらなかったな」

「じぇのべーぜ、きまぐれなのー」

気まぐれジェノベーゼの夢見るお店の“気まぐれ”とは、そういう意味なのか。

ジェノベーゼの気分次第でユーカリの葉が商品へと変わるらしい。

原理も理屈もなにもわからないが、とりあえず。

シリウスは常連客になるべく、まずは一ポポラスを使ってケーキをひとつ買ったのだった。