軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

67 番外編21 お子様たちのお茶会1

「この招待状はなんでしょうか?」

シリウスは王太子に直接手渡された招待状を見下ろし、眉根を寄せた。やたら豪華な装丁であり、王家の紋章まで入っている。怪訝に思うのは当然の反応だった。

「お茶会の招待状だ」

「では、丁重にお断りさせていただきます」

この忙しいときにのんびりお茶を飲んでいる余裕があると思っているのだろうか。

シリウスは王太子の執務机に滑らせるよう返却しようとしたが、ぐぐっと腕ごと押し戻された。

「違う。おまえのじゃない」

「私のではない……ということは、妻ですか?」

「違う違う。それは子供たちのお茶会の招待状だ」

「子供たち、ですか?」

ということは招待されたのはアナで、ジョシュア王子の主催なのだろうか。

王族のお茶会。あまり気乗りはしないが、アナは絶対に行くと言い張るだろう。

殴り合いっこをして固い絆で結ばれたまぶからの招待だ。受けないはずがない。

そうでなくとも、お茶会などいかにもアナが好きそうな催しだ。おめかししてお菓子を食べられるのなら、きっとどこへだって行く。

王太子はシリウスを皮切りに、三歳から学院入学前くらいの小さな子供がいる側近たちを順に呼び寄せて、一枚ずつ招待状を手渡した。

「今招待状を受け取った者の子供たちは絶対参加だ。これは将来のお妃候補と側近候補を選別する場でもある。心して臨め」

今すぐこの紙を窓から投げ捨てて見なかったことにしたくなったが、どうにかぐっと堪えた。

周りを窺うと、みなシリウスと似たような表情をしていたので、同じ懸念を抱いてのことだろう。彼らを代表して、シリウスが一歩前へ出た。

「娘に側近など荷が重過ぎます」

「娘を持つ父親なら、まずはお妃候補の方を気にしろよ」

「殴り合いの末に芽生えるのは、熱い友情だけです」

「それは側近としてもどうかと思うが」

それは確かに。

「シリウスのところはどちらかと言えば友情枠だな。息子が将来道を誤ったときに、妃や側近では諌めることができない場面でも、不敬罪覚悟で殴って止めてくれる存在は貴重だろう」

アナに多大な期待が寄せられているが、娘が淑女になることをまだ完全に諦め切れていないシリウスとしては複雑な心境だ。

「決定ではなくあくまでも候補だから、そこまで気負う必要はない。ひとまず相性を見るだけで、そのまま将来を決めるわけでもないし、なにか打診されても断ってくれても構わない。そこは子供たちの意思を一番に尊重する」

招待状を受け取った側近たちがほっとし、場の空気がいくらか緩んだ。

どうやら全員、自分の子供を王族の妃や側近にしたくないようだ。その気持ちは痛いほどよくわかる。自分たちはもはや手遅れだが、せめて子供たちには長生きしてほしいと願う切なる親心だ。

「王太子派の子供をひと通り集めたお茶会になるから人数は多くなるが、みなきちんと教育されているだろうから平気だろう」

シリウスはそっと目を伏せた。

絵本のおかげで勉強という意味での教育はわりと進んでいるが、マナーや礼儀作法の勉強はまったくと言っていいほど進んでいない。むしろスタート地点から横道に逸れている気もしなくない。

まず、「はい」が言えない問題から取りかかるべきか。

それとも、自分の名前であるアナスタシア・バロウを、きちんと発音できるようになるところからはじめた方がいいのか。

それ以前に、あの娘はおとなしく座っていられるだろうか。それがなにより心配だ。

深夜に帰宅できたシリウスはいつものようにベッドに入った瞬間寝落ちし、翌朝目が覚めると、なぜか全身アナのお出かけ着に埋もれていた。

頭を動かし横を見る。姿見の前に立ったアナが、服を広げて自分の体に当ててみてから、違うとばかりに次々放っていた。

「なにがどうしてこうなった?」

アナが放った服を顔面に受けたシリウスは、それを剥ぎ取りながら身を起こすと、朝からすでに疲れた様子のサフィニアが深々としたため息をついた。

「今度のお茶会に着ていく服を選んでいるのですが、なかなかピンと来るものがないみたいで……」

「新しいものを仕立てなさい」

王族のお茶会なのだ。全員真新しい衣装を着て来るに決まっている。それが礼儀だ。最新のドレスでなければその方が悪目立ちするだろう。

「むだな、よしゃん、めっ!」

王太子の執務室に出入りするせいで変な方向に成長を遂げてしまった娘は、最終的にブラウニー着ぐるみを選んだ。

(……なぜよりにもよってそれを選んだ)

「それはお茶会の場にはそぐわないから、こっちのピンクのにしなさい」

「やー」

「それならこの黄色はどうだ?」

「やー」

「だったらこの水色は?」

「やー」

アナなりになにか基準があるらしいが、それがわからないのでシリウスには選びようがない。

ちなみにサフィニアはセンスがないので戦力外通告を受けているらしく、口も挟ませてもらえず、今はアナが散らかした服をひとつずつ回収しているので、シリウスもそれを手伝いながら小声で話し合った。

「ブラウニー着ぐるみはさすがにやめさせないとまずい」

「ですが、もうあれで行くと決めてしまっていますし……」

アナはブラウニー着ぐるみのフードをかぶり、ジェノベーゼ入りのポシェットをかけて、鏡の前で身だしなみをチェックしているが、すべてが間違っているようにしか見えなかった。

「せめてワンピースに……いや、できればドレスが望ましいが……」

まずは、なぜそれを選んだのか、その理由を知るところからはじめなくては。

「アナ」

「なあにー?」

「ちょっと話をしよう」

ベッドにかけたシリウスの前にとことこやって来たアナに、今度のお茶会の趣旨をしっかりと話して聞かせた。

「今度のお茶会は、アナと同じ年頃の子供たちがたくさん集まる場だ。わかるか?」

「うんー」

「ジョシュア王子のお妃候補と側近候補を選ぶ場でもある」

「まぶ」

「そうだ。アナにユーリがいるように、まぶであるジョシュア王子にも、結婚相手が必要だ。わかるな?」

アナはすべて承知だというようにこっくりとうなずき、言った。

「れおぽん」

なぜだ。

「レオポンとは結婚しない。ぬいぐるみとは結婚できない」

「?」

あんまりわかっていなさそうだが、説明すると長くなりそうなのでとりあえず話を進める。

「つまり、周りの女の子はみんな、ジョシュア王子の目を引くために新しいドレスを着ておめかしして来る。そんな中、アナだけブラウニー着ぐるみでもいいのか? アナだってふりふりのドレスが好きなはずだろう」

「むだな、よしゃん……」

「アナのドレスは無駄な予算ではない。必要経費だ」

「ひつよう、けーき!」

「ケーキは不要だ。後で厨房でもらって食べなさい」

いや、お茶会で出されるだろうから、しばらくはケーキは控えるようにすべきか。すでにアナは同じ年のジョシュア王子やシュシュよりも、ちょっと大きいのだ。このままでは、だいぶ大きい、になってしまう。

「むだなよしゃん、なあに?」

「無駄な予算か。そうだな……大臣の露天風呂とか、大臣のシガールームだとか、大臣の室内遊技場とか、とにかくそういうものだ」

圧倒的大臣率の高さだ。

「むのーな、だいじん!」

「……大臣の孫も来るから、それは絶対に言わないように」

「お口は、うさちゃんよ?」

サフィニアが口の前で人差し指をクロスさせる。

「んー」

アナはきちんと閉じた口を突き出してこちらに見せつけてきたが、三秒後には開いていそうだ。

「……とにかく。ドレスは新しいものを作るということでいいな?」

「たぶんー」

「たぶんなのか……」

当日ごねると面倒なので、出費はかさむがデザイン違いで三枚仕立てることにした。どれかひとつくらい、その日の気分に沿ったものがあるだろうと期待して。

「おちゃかい、おいしー?」

王族主催なので、なにが出てもおいしいだろうとは思う。

(……そうだ、礼儀)

「アナ。挨拶にカーテシーはできるか?」

「かーてん」

「カーテンではない。カーテシー。サフィニアはできるか?」

「ひと通りは詰め込まれています」

少々語調に棘があったので、詰め込んだのは実の親たちだろう。サフィニアがさっとその場でカーテシーをして見せる。及第点だ。

「アナ、今のを真似できるか?」

「うんー!」

アナはブラウニー着ぐるみをちょんと摘んで見せた。一応やりたいことは伝わる仕草だが、なぜなのか、ちょっと道化師っぽい。

幼い子供にそこまで求められないとは思うが、おそらくジョシュア王子の妃の座を狙う上位貴族の娘や大臣の孫娘あたりはしっかりと礼儀作法を身につけて来るだろう。

なにごともなければジョシュア王子の妃は、その後、王妃となる。つまり国母だ。野心のある親たちは是が非でもその座がほしいはず。

すでのほかの子達との違いを見せつける淑女教育を受けさせているに違いない。

アナにはあまり権力の中心に関わってほしくないので、できればそれ以外の子たちと一緒に、おとなしくお茶会を乗り切ってくれるのが一番だ。

幸い条件に合う友達がひとりいる。

「アナの友達のシュシュも来るはずだ」

近衛の彼も招待状を受け取っていた。シリウスと似たような表情をして。いや、シリウス以上に複雑そうな顔で。

「しゅしゅ? あそぶ?」

アナがジェノベーゼを見せる。アナの中でも、シュシュと言えばぬいぐるみ遊びの印象が強いらしい。

「遊んでいる余裕があるかどうか……。まあ、ふたりで一緒に行動すればいい。その方が安心だ」

ひとりだと勝手な行動をするアナも、友達と一緒ならぬいぐるみ遊びをしながらおとなしく座っていられるだろう。いいタイミングで友達を作ってくれたものだ。

「シュシュはドレスで来るから、アナもドレスでいいな?」

「たぶんー」

「まだたぶんなのか……」

「おちゃかい、たのしみー」

そんなに楽しいものではないのだが、子供の夢を壊すのも忍びない。

すでに友情枠を得ているアナは、今さらお妃候補にも側近候補にも選ばれないだろう。

そこでサフィニアがひらめいたとばかりに手を打った。

「シュシュちゃんと一緒のドレスにしたらいいのではないでしょうか?」

「おそろ?」

サフィニアの思惑通り、アナが食いついた。

なるほど。名案だ。

「お揃いならドレスを着るか?」

「うんー!」

早速近衛の彼に相談せねばと、シリウスは急いで登城した。

「申し訳ないのですが……」

善は急げと、挨拶もそこそこに事情を説明したシリウスだったが、近衛の彼の反応は芳しくはなかった。

すでにドレスの手配を終えてしまったのかと肩を落としたシリウスに、彼は、気に障ったのなら申し訳ないということを丁寧に前置きをしてから言った。

「揃えることが嫌というわけではありません。娘も喜ぶと思います。……ですが、侯爵家のご令嬢と、我が家とでは、家格が違い過ぎるのです」

話を聞くに、近衛の彼はサフィニアと同じような下級貴族の三男であり、騎士の給金だけで家族三人生活しているという。

それでも王太子の近衛なので、家族で暮らしていく分には十分過ぎるほどだが、王族主催のお茶会に着ていくようなドレスをいきなり用意しろと言われると、やはり少し困るらしい。

最低限王族に対して失礼のないドレスを仕立てるつもりだが、アナが普段着ているドレスのようなランクのドレスは仕立てられないそうだ。

だからといってシリウスが彼の家に合わせてしまうと、王族のお茶会に普段よりもランクの低いドレスで行くことになり、王族に対して不敬になりかねないと言われ、確かに一理あると納得した。

ブラウニーぬいぐるみを着て行くより遥かにましだとは思うが、王太子はさて置き、周囲に不敬だと思われるのは面倒だ。王太子の補佐だから増長していると受け取られても困る。

バロウ家で費用を出してもいいが、それをすると周囲からのやっかみを買うことにも繋がる上、彼の家の立場も悪くなる。そうなると困るのはシュシュだ。

そういうわけで、この件は一旦持ち帰ることにした。

「――ということなのだが、執事長はどう思う?」

「不要な火種はないに越したことはありませんね」

「だがアナはすっかりお揃いに乗り気だ」

帰ってすぐ、「おそろ、まだー?」と、足にしがみつかれながら聞かれた。これでお揃いはなくなったなどと言った日には、お茶会に行かないと言い出すかもしれない。それはブラウニー着ぐるみよりもまずい。

「つまり、バロウ家の仕立てるドレスでは予算的に厳しく、立場上難しい、ということでしょうか? お揃い自体は条件が合えば受けると、そういう認識で合っておりますか?」

「ああ。お揃い自体が嫌なわけではないらしい」

「でしたらまず、バロウ家で布を仕入れましょう」

「布を?」

「ええ。王室御用達の洋裁店にこちらで用意した布を持ち込み、ふたつ分のドレスを仕立ててもらいます」

「だが、それでは結局うちが費用を出すのと変わらないだろう」

「それだけですとそうですね。なので、布はライト伯爵家を通じて仕入れます。ライト伯爵領の羊毛は貴婦人の夜会用のドレスには不向きかもしれませんが、子供のお茶会用のドレスを仕立てるには十分な質です」

ライト伯爵家。サフィニアが結婚前に縁組した伯爵家だ。

王太子命令の婚姻とはいえ、一応形だけは親戚関係なのだから、このあたりで恩を売っておくのも悪くはない。

「王族のお茶会で着ることをお約束すれば、宣伝効果は絶大です。よろこんで値引きしてくださるかと」

なにやら政治的な話になってきた。

「大前提として、我が国のドレスは基本、デザイン費込みの価格で販売されております。それは一から仕立てる場合も同様です。同じものを仕立てるということで、もう一着分のデザイン費が浮かせられます」

「ああ、なるほど。学院の制服と同じか」

「そうですね。生地の代金とデザイン費をバロウ家で持つことで、実質縫製代だけでもうひとつドレスが仕立てられるわけです。縁戚であるライト家の生地を宣伝するため、という大義名分があれば、その近衛の方も気後れされないでしょう」

さすが執事長というべきか、驚きの解決法だった。

学院の制服が統一なのは、もしかすると経済状況で制服が着れない生徒が出て来ないようにとの配慮があってのことだったのかもしれない。

シリウスは執事長の提案を持って近衛の彼にもう一度お揃いのドレスの話をすると、今度は少し逡巡しながらも受けてくれた。

王太子が招待状をばら撒いたせいで、同じような問題を抱えている人が実は結構いるのかもしれない。

生地はまだあまりがあるので、アナとお揃いでよければお茶会用のドレスを半額程度で仕立てられると噂を流すと、思いがけずにいくつか声がかかった。

お揃いがいればいるほど喜びそうな娘なので、すべて受け入れドレスの量産をした。

その結果どうなるのかは、あまり深く考えていなかった。