軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

44

アナが聖女と認定されたことはその場にいた全員が暗黙の了解で胸に秘め、ひとまず誕生日パーティーは再開された。

アナが聖女だということを秘匿させる代わりに、シリウスはエスターがのし上がるための協力を惜しまないことで彼と合意した。未だにアナが聖女だということに関しては信じ切れていないものの、とりあえず彼がナスラン聖教の最高権力者になれば、アナが奪われるかもしれないという不安は完全に解消される。すべては娘のためだ。暴れ馬を使ってでも、成し遂げる。

「聖女様……とは、呼ばない方がいいか」

「エスター。アナよ。アナスタシア」

エスターはアナの名前を聞いてちょっと考える素振りをしてから、改めて自己紹介をした。

「では、アナ様。司祭のエスター・クロウです。先ほどの無礼な発言、お許しください」

アナはジェノベーゼのしっぽではたいたことはもう忘れたのか、きょとんしている。それでもなんとなく返事が必要な場面だと察したのか、うんー、とうなずいていた。

「エスターはママの幼馴染で、お兄さんみたいな人なのよ」

「おにいしゃん?」

「そう。お兄さん」

「おふく、じぃじとおそろ」

「お揃いというか……うん、お揃いね」

サフィニアが説明に困って雑に纏めた。相変わらず大雑把だと思っていると、いつの間にか背後にいた執事長がそっと耳打ちしてきた。

「王太子殿下がいらっしゃいました。王太子妃殿下と王子殿下、それに側近の方々とともに」

頭が理解を拒絶したが、こちらへとぞろぞろ向かってくる彼らの姿を目にしてしまい、現実を受け入れられずに眩暈を起こしそうになった。

幻覚だと思いたい。

「来たぞ」

フットワークが軽ければ口調も軽い。

「なぜ来たのですか。側近の娘の誕生日パーティーに来る王太子がどこにいるのですか」

「ここにいるな。息子がお呼ばれしたから、来ないわけにはいかないだろう。ほら、ちゃんと招待状もあるぞ」

王太子が招待状をひらひらと振る。おそらくアナが渡したのだろうが、なぜそれを真に受けて来る。そしてなぜ止めなかった側近たち。じとりと見やるも、誰も頑なに目を合わせてくれないので諦めた。

アナはジョシュア王子の姿を見つけると、嬉しそうにとことこ走って行った。

「まぶー!」

「まぶー!」

幼子同士抱擁し、次にぬいぐるみ同士ハイタッチさせる。慣れた様子からすると、これが恒例の挨拶なのかもしれない。ジェノベーゼもそのぬいぐるみを友と認識しているのか、どこか気安い雰囲気をしているのがおもしろかった。

プレゼントなのか、苺の形をした髪飾りをもらったアナは、さっそくサフィニアにつけてもらってご満悦だ。

王太子と王太子妃もプレゼントを用意して来てくれたらしく、箱が大きいからか執事長へと渡している。アナに渡すとすぐに包装紙を破くので、執事長を選んでくれて助かった。

「叔父様」

そう声をかけてきたユーリがすっと隣に並んだ。

「どうした?」

「アナって……ジョシュア王子の婚約者候補に選ばれたりは、しないですよね?」

ユーリがちょっと困り顔をしてアナとジョシュア王子を眺めている。シリウスから見ても、ふたりはとても仲が良さそうだが、それだけではさすがに婚約者候補には選ばれないだろう。

「うちでは家格的に厳しいと思う」

ユーリに爵位を譲り渡したら、シリウスはまた元の王太子の補佐という肩書きがあるだけの、一貴族に戻るのだ。それはシリウスだけでなくサフィニアやアナも同様であり、王家としても縁を繋ぐことでなんらかのメリットがなければ、一貴族令嬢など候補にも上げないだろう。

それ以外でも、アナは第二王子の子かもしれず、そうなるとジョシュア王子とはいとこ同士ということになる。血筋が近いので、慣例通りならば婚約者候補に挙がることもないのだが……しかしそれを公にすれば、アナは一国の姫として、国にとって都合のいい相手に嫁がされてしまうことは想像に易い。国内ならまだいいが、諸外国に出されたら安否すら簡単に知ることができなくなる。シリウスの方が不安で早死にしそうだ。

「家格よりも相性の問題だと思うのですが」

「いくら相性がよくても、私が、殿下とだけは絶対に親戚になりたくない」

切実に。

完全なる私情だが、だからこそ真実味を帯びていたのか、ユーリがひとまず納得して引いてくれた。

「それよりもアナの場合、あの言動で不敬罪にならないかの方が心配だ……」

サフィニアと話しはじめた王太子妃の周りを、ジョシュア王子とふたりで犬のようにぐるぐる走り回るアナには、言いたいことが山ほどある。幾重にも重なったあのふわふわのドレスでよく走れるものだ。

「アナならきっと、なにをしても大丈夫な気がします。かわいいから」

シリウスは静かに甥を二度見した。かわいいは正義理論が学院にまで浸透しているという衝撃事実に打ちのめされる。

「ゆーり! ゆーりもー!」

アナがユーリを引っ張って行く。まさかユーリのことも走り回らせる気なのだろうかとハラハラしていると、執事長がまた、そっと耳打ちしてきた。

「門の前に、第二王子殿下がいらっしゃっていますが、躊躇っているご様子です」

アナが招待状を渡していたのでもしかしたら、と思っていたが、やはり足を運んだようだ。

「丁重におもてなしを」

「心得ております」

執事長がその場を離れてから、王太子妃をサフィニアに取られて手持ち無沙汰になった王太子が寄ってきた。

「なにかあったか?」

「イザーク殿下がいらっしゃったそうです」

「あいつも? なんで?」

アナの実の父親かもしれないから、とは、拷問されて口が裂けても言う気はない。口が裂けていたらどちらにしても話せないだろうが。

「前に娘が間違って招待状を束で渡してしまったからでしょう」

「束か……。それは確かに、必ず来いという圧を感じるな」

本当は三枚程度らしいが、王太子が納得してくれたので、そういうことにしておいた。

しかし改めて考えると、王太子夫妻に第二王子と、国の要人ばかりを選び、しかも呼べてしまったアナの力量が恐ろしくもある。やはりかわいいは正義なのだろうかと永遠の謎に向き合っていると、イザークが現れた。躊躇っていたと聞いていたが、見つかってしまった以上、王族らしい堂々とした歩みでこちらへと向かって来る。その手にはプレゼントだろう包みがあるが、包装紙ではなく布で包まれていたのでほっとした。さすがのアナも、布を破きはしないだろう。たぶん。

「来たのか」

まるで我が家のような振る舞いで気楽に声をかける王太子に、彼は一瞬で呆れ顔になった。

「なぜいるのですか」

「お呼ばれしたからな」

「あなたは側近の娘の誕生日パーティーに行くような立場ではないでしょう」

シリウスと同じようなことを言っている。

「いや、自分も来てるだろう?」

「僕は…………いえ、今日は兄上と議論しに来たわけではありませんので」

イザークの視線がアナへと移る。シリウスが、アナ、と呼ぶと、プレゼントを発見したのか喜び勇んで走って来た。

「ぷれぜんと!」

「ありがとうございます、だろう?」

両手を伸ばしてプレゼントを受け取るポーズのアナに、イザークはわざわざ膝を折って包みを手渡した。しかしそれはアナには重かったらしく、結局彼が支えながら自ら布を開いた。

中から現れたのは額つきの絵だった。白馬が走っている一瞬を捉えた油絵だ。

「おうましゃん!」

「……この間、熱心に見ていたから」

アナは例のごとくジェノベーゼを見せた。

「あなのおうましゃん、じぇのべーぜなのー。このおうましゃん……おなまえは?」

「この馬は……カプレーゼ」

聞き耳を立てていた王太子が思い切り噴き出した。

「三歳児とセンスが一緒って!」

揶揄する王太子をイザークはにらみつけたが、すぐに複雑そうな表情を見せてアナに向き直った。

「僕も馬が好き」

「おそろー」

「……そうだね、お揃い」

馬の絵は額の部分が重くてアナが持てないので、シリウスが代わりに受け取った。

「貴重な品物を、ありがとうございます」

「別に……僕が描いた絵だから」

会話を聞いていたアナが、目をぱちくりとさせた。

「おえかき、おしごと?」

「お仕事? ……どうかな? これを描いたのは趣味でだよ」

「おえかき、あなのおしごと!」

すっかりお絵描きを仕事にしたらしいアナを見て、王太子が素直に真に受けてしまった。

「画家志望なのか?」

「? あな、おえかきすきー。じょうずなの」

「ふうん? それなら、こいつに絵を教わったらどうだ?」

えっ? という声がふたり分揃った。シリウスとイザークのものだ。

「ついでにうちの子にも頼む。片手間でいいから」

相変わらず軽いノリの王太子に、イザークはすっと冷ややかに目を細めた。

「片手間で教えられたことが本当に身につくとでもお思いですか? 兄上は芸術を舐めていますね?」

「ス、スミマセン……」

王太子が威圧に負けて謝った。公式の場でなくて本当によかった。

弟だからと安易に絵画教室を開かせようとした王太子が全面的に悪い。

「……本人たちに学ぶ気があるのなら、教えるくらいはいいですよ。来期から学院で、不定期ですが教鞭を取ることになったので」

初耳だったが、学院としても留学までした彼ほど指導者にふさわしい人材はいないと、虎視眈々と狙っていたのだろう。継承権の放棄と同時に打診したに違いない。

留学から帰って来てから噂されていた女遊びの件も、サフィニアとふたりで話した辺りからぴたりと止んだので、やはり失恋を引きずって自棄になっていたか、自らの評判を下げて望まぬ結婚を回避するための自作自演だったのだろう。

しかしやはり初耳だったらしいユーリが、イザークを見てちょっと不安げな顔をしているのが気になった。一国の王子に直接指導される生徒たちの気苦労は相当なものだろう。

「おえかき?」

「そう。望むのなら、先生になってもいいよ」

「せんせー」

イザークがアナへと優しげに微笑むのを見つめ、ふと思った。彼にこそ、短くともアナと過ごす時間が必要なのかもしれないと。

アナが乗り気なら、シリウスがそれを否定することはできなかった。

それにアナの将来のためにも、悪い話ではない。

画家になるかもしれないし、音楽家になるかもしれない。動物学者だって夢ではないし、今は大根役者だが舞台に立つことだってあるかもしれない。

アナの人生はこれからなのだ。

好きなことを思う存分やらせてあげたい。

だけどまずは、三歳の誕生日を祝うことからだ。

誕生日席に戻ったアナは、みんなからおめでとうと祝福を受け、ご機嫌なまま、大きなケーキに三本だけ刺さった蝋燭の火を、ふぅ、と吹き消す。残念ながら肺活量が足りなかったのかなかなか火が消えず、見かねたジェノベーゼがアナの息に合わせて、素早く、ふっ、と火を吹き消した。

みんなからの盛大な拍手を受けたアナは得意顔だ。

切り分けられたケーキを口いっぱいに頬張ると、幸せそうに笑う。口の周りがすっかりべたべたで、サフィニアに拭ってもらいながら、笑顔のまま真昼の空に浮かぶ白い月へと、ずいっと両手を伸ばした。

「なすらしゃまー、ありがとうー!」

それを聞いたサフィニアが目を丸くしてから、満足そうに微笑んだ。

サフィニアによる二世信者育成計画がすでに進行していることに戦慄しつつも、誕生日とは本来、子供の健やかな成長とともに、神への感謝を捧げる日でもあったことを思い出した。

シリウスも生まれてはじめて、今日くらいは、神に感謝をしてもいいかもしれないと、妻と娘の笑顔を眺めながら素直にそう思ったのだった。