軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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屋敷の改修工事にようやく終わりの目処がついた頃、とうとうアナの三歳の誕生日がやってきた。

シリウスは当初、室内で身内だけのこぢんまりとした誕生日会を開く予定だったが、使用人たちが張り切ったせいでやたらと盛大な誕生日パーティーになってしまっている。

飾り気のなかった庭が一夜で、結婚式でも開くのだろうかという華やかな変貌を遂げていた。

真っ白なクロスのかけられたテーブルを白いガーデンチェアが囲い、その下の芝の上には色とりどりの花びらが敷き詰められている。テーブルごとに違った料理が食べきれないほどに並べられていて、お誕生日席にちょこんと座ったアナの前には、艶々の苺がたっぷりと載った三段重ねのケーキが、でん、とその存在をこれでもかと主張していた。

(我が家の使用人たちが優秀過ぎた……)

だが去年は仕事で祝うこともできなかったのだから、年に一度くらい、派手にお祝いしてもいいのかもしれない。

こうして無事に祝えたことに感謝しなければと気持ちを切り替えた。子供が歳を重ねることは当たり前のことではないのだから。

朝起きてすぐ、シリウスとサフィニアは、この日のために用意していたドレスをアナへと贈った。夜会でサフィニアの着ていたドレスに似せて作ってもらった子供用のドレスだ。お姫様のようなパフスリーブの袖に、チュールとフリルたっぷりのふわふわしたスカートなど、アナの好みも反映されている。サフィニアお手製の花冠をのせたアナは大喜びで走り回り、落ち着かせるのに大変苦労した。

そんな中、真っ先に会場に足を運んでくれたのはユーリだった。

シリウスとサフィニアに挨拶をしてから、ジェノベーゼとにこにこしながら苺をつまみ食いしているアナの元へとまっすぐに向かい、プレゼントを差し出した。

「お誕生日おめでとう、アナ。これは僕からの誕生日プレゼントだよ」

「ぷれぜんと!」

サフィニアがそばで、ありがとうは? と囁くと、満面の笑みで、ありがとうー! と返した。こういうときの返事はすこぶるいい娘だ。

ユーリからのプレゼントの箱は綺麗にラッピングされ、角にはアナの髪の色に合わせたリボンがかけられている。大きさはシリウスの手のひらくらいだ。一体なにを用意してくれたのだろうか。甥のことだから、アナの喜ぶものを選んでくれたのは間違いなさそうだが。

アナは嬉々としてプレゼントを受け取ると、いつものように包みを豪快に破こうとした。シリウスは慌てて止めに入ったのだが、アナはプレゼントが奪われると思ったのか、わりと本気で怒った。

「あなのなのーっ!!」

「違う。包みを開けるだけだ」

「やぁー!! あーなーのー!!」

「叔父様、包装は破いても平気ですから」

問答の末、シリウスがやんわりとユーリに窘められた。なぜだ。

アナはこれこそプレゼントを開ける醍醐味だと言わんばかりの豪快さで包みを破り捨てたわりに、中から現れた白い箱の蓋は、そっと開けた。娘になけなしの情緒があったことに驚いた。

シリウスはアナの後ろから箱の中を覗き込む。そこに収まっていたのは、ブレスレットだった。赤やピンクといったアナの髪色に近い色合いの、キラキラとした大ぶりのビーズがぐるりと連なった子供用のブレスレット。

シリウスでは思い浮かびもしないプレゼントだ。アクセサリーなどまだ早いと思っていたが、アナは目を輝かせて見入っている。

「きらきらっ!」

「うん。アナに似合うと思って。つけてあげるね」

ユーリがうやうやしくアナの手を取りブレスレットをはめた。微笑ましい光景に目を細めているサフィニアの肩を抱き寄せ、今日の日を迎えられたことの喜びを改めてふたりで共有し合った。

アナが手首に装着したブレスレットを光に翳して煌めかせながらはしゃいでいると、ユーリはどこかいたずらっぽい顔でくすりと笑い、上着のポケットからもうひとつ、色違いのブレスレットを取り出した。こちらは若葉のような色合いをしている。

お揃いで自分の分も用意していたのかと思ったシリウスだったが、ユーリは凡庸な想像しかできない自分の上を悠々と超えていった。アナの膝の上にちょんと乗っていたジェノベーゼの首へと、それをかけたのだ。

「ほら見て、アナ。ジェノベーゼとお揃いだよ」

お揃いのブレスレットをネックレスのように首にかけたジェノベーゼを見たアナは、当然大興奮だ。最近アナの中で流行中の、おそろ、というやつだ。早速こちらへとお揃いを見せびらかして自慢する。

「おそろー! じぇのべーぜと、おそろなのー!!」

サフィニアが屈んで、よかったねと微笑む。少ない語彙力で精一杯喜びを伝えているアナから少し目線を下げると、ジェノベーゼが感動で打ち震えているのが見えた。

よほど嬉しいらしく、ユーリへと感謝のこもった眼差しを熱心に注いでいる。

アナだけでなく、ジェノベーゼへのこの気遣い。誰にでもできることではない。ユーリは本当にいい子に育った。

「ありがとう、ユーリ。アナもジェノベーゼも、とても喜んでいる」

「それはよかったです……え? ジェノベーゼも、ですか?」

「ああ、感激して震えるくらいに喜んでいる」

ユーリはジェノベーゼを見て、ちょっとだけ首を傾げてから、優等生のようなにこりとした笑みを見せた。

「よかったです」

「ゆーり! ゆーり!」

アナが身振り手振りでユーリに屈んでと訴える。ユーリが顔を近づけてやると、その頰へとアナはキスをした。

「おれいなのー」

娘が甥といちゃつく姿を直視できずに視線を逸らすと、執事長がちょうど来訪者を告げに来た。

「司祭様がいらっしゃいました」

一瞬誰のことかと思ったが、エスターのことだった。

神父と言いがちだが、本来は司祭なのだった。

メイドにこちらへと案内されるエスターに、相変わらず華がある色男だなと思いながら遠目に眺めていると、裾の揺れるその祭服を目にしたアナがひときわ大きな歓喜の声を上げて駆け出した。

「じぃじ!?」

「じぃじ……?」

アナはエスターに飛びつき、呆然とする彼の祭服の裾を掴んで、じぃじ、じぃじ、と騒ぐので、サフィニアと一緒に慌てて引き離しにかかった。

「じぃじとは?」

「地元の神父様のことです。アナはじぃじと呼んでいて……たぶん、服装で誤解したのだと思います」

じぃじと呼ばれたエスターは目を見開いて固まっている。さすがにその年でじぃじ呼びは、心が折れる。シリウスなら泣いている。

「じぃじではないのよ?」

サフィニアに抱っこされたことで目線が近づくと、ようやく人違いに気づいたらしく、アナはショックを受けてしょんぼりとしてしまった。

「じぃじ……ちがう」

せっかくの誕生日パーティーだというのに、あまりの落胆ぶりに見ていられず、シリウスはつい、娘を喜ばせたい気持ちが昂ぶり口を滑らせた。

「そんなに会いたいのなら、今度会いに行けばいい」

「あした?」

「いや、明日は無理だが……近いうちに」

「やくそく?」

「や、約束……だ」

「じぃじ! じぃじ!」

大喜びしてじぃじコールを繰り返すアナを抱っこしたサフィニアが、深刻そうな表情で問いかけてくる。

「大丈夫なのですか……? 完全に乗り気ですが……」

「……どうにか……予定を、調整する」

いつになるかはわからないが、努力はする。三ヶ月くらい昼夜問わず働き続けたら、きっとそれくらいの休みは確保できるだろう。アナのために死ぬわけにはいかないが、娘の笑顔のために死ぬ気で働くことを決めた。

空を駆ける馬でもいれば行き帰りの時短になるが、残念ながらそのような都合のいい生き物はいない。ちらっと盗み見たジェノベーゼにも目を逸らされた。

だが、今はそんなことよりも、だ。

じぃじ呼びのショックから立ち直れず目の前で両膝をつき、うなだれてしまっているエスターをどうにかせねばならない。

彼はおもむろにサフィニアとお揃いのネックレスを握りしめると、なにやら一心不乱に祈りはじめてシリウスを慌てさせた。

「待て待て待て!」

さすがサフィニアの兄貴分、やることがそっくり過ぎる。

触発されてそわそわするサフィニアを押し留めて、エスターの祈りをどうにか中断させて立ち上がらせることに成功したが、彼はちょっと涙目になりながら、サフィニアをにらんでいた。

「サフィニア! おまえ、冗談は短足だけにしとけよ! 俺が、どんな思いで……!」

サフィニアがやたらと足の長さを気にするわけが思いがけずに見つかった。

じぃじと言われて傷ついた気持ちは理解できるが、あまり人の妻を八つ当たりで貶さないでもらいたい。サフィニアがエスターの足を見てから、シリウスを見て、肩を落とす。とばっちりにもほどがある。

何度も言うが、サフィニアの足の長さは普通だ。長くもないし短くもない。そう伝えたら恨みがましい目を向けられた。なぜだ。

「神父様も神父様だ、せめて俺にだけは教えてくれればいいのに、こんな風に聖女様を隠していただなんて!」

聞き捨てならない言葉を拾って、シリウスは目を見張った。

「……聖女?」

シリウスはアナの様子を窺った。きょとんとしている。

サフィニアからアナが聖女の資質を持っているとは聞かされていたが、エスターはまるで、アナを聖女そのもののように言う。

時間があれば今日その件を詳しく説明してもらおうと思っていたので聞く手間が省けたが、余計わけがわからなくなった。

「アナが……聖女?」

エスターはじぃじショックからようやく立ち直って、気を取り直した様子で襟を正してから深々とうなずき肯定した。

「ええ。そちらのお嬢様は、間違いなく聖女様です。これほど確かな聖女の資質をお持ちですから」

誰からも愛される加護がある、という漠然としたものではなく、なにがしかの徴があるような口ぶりだった。

「その聖女の資質とは一体なにを指している?」

「申し訳ないのですが、それは答えられません。それがなにであるか広く知れ渡ってしまうと、聖女を騙る者が今以上に増える恐れがあるので。聖職者の中でも限られた者しか知らされておりません」

エスターはアナに思わせぶりな視線を向けてから、今度は腕に抱えられたジェノベーゼへと目を移して、にこりと微笑んだ。例の暴れ馬だとバレたのだろうかと焦るシリウスをよそに、エスターはそこには言及せず、胸に手を当ててアナへと話しかけた。

「聖女様。あなたはご自分が聖女であると名乗りを上げれば、教皇に匹敵する、いや、それ以上の地位と権力が約束されます。もしそれを望まれるのなら、俺が全力でサポートさせていただきます」

それは信者からしたらとても名誉なことなのだろうが、シリウスは警戒を深めた。上に立つ者が背負う責任が軽いはずがないのだ。

そばで黙っていたユーリも不穏な空気を感じ取ったのか、不安げにこちらを見上げてきたので、大丈夫だとその肩をぽんと叩き、シリウスは一歩前へと踏み出しエスターと対峙した。

「聖女となったら、アナはどうなる?」

「もちろんナスラン聖教の全権が聖女様に委ねられることになるでしょう。その分敵が増えるでしょうが、我々が全身全霊でお守りすると誓います。聖女様、あなたの存在を待ち侘びている人たちがたくさんいるのです。聖女として、我々を導いてはいただけませんか? あなたのその、一生をかけて」

「一生……だと?」

「当然です。聖女様には俗世から距離を置き、その身を捧げていただきます」

それはアナとの別離を意味していた。