軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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王太子の執務室に入室してすぐ、シリウスは収監された公爵との面会を希望した。バロウ家は今回の件の被害者なので、それくらいの融通が利くと思っていたのだが、王太子からの答えは「だめだ」のひと言だった。

「報復目的で面会希望をしているわけではないのですが」

なぜシリウスが不在の屋敷を狙ったのか、その理由が聞きたいだけだ。単純にシリウスに対しての見せしめ的なものだったらこのまま騎士団にすべて任せておくが、もしアナのことを知っているのなら、どこまで知っているかの探りを入れておかなければならない。それによってシリウスの今後の出方も変わってくる。不安要素は早めに取り除いておきたい性分なのだから仕方ない。

さすがに自ら手を汚して口封じするつもりはないが、交渉という名の脅しは大前提として、仮にアナのことをなにも知らなかったとしても、多少罵声を浴びせて罵るくらいなら許されてしかるべきではないだろうか。こちらはそれだけのことをされたのだ。譲歩しての面会希望だったのにと、不満が募る。

「違う。そういう意味じゃない。当面の間、公爵も夫人も尋問が不可能になった、という話だ」

「それは……どういうことなのでしょうか?」

仮病でも使ったのか。それともまさか、騎士団は公爵家から金を積まれて、罪を揉み消すつもりなのだろうか。

剣呑な空気を出すシリウスに、昨日よりもいっそう疲れ切った様子の王太子が、首を振るのも億劫だというように嘆息した。

「誤解するな。朝から公爵たちの様子がおかしくて、話ができる状態じゃないというだけで、罪を揉み消そうとかは考えていない」

「そんな仮病、信じたのですか、騎士団は」

「疑う気持ちもわかる。だから俺が直接確認した。公爵も夫人も、錯乱しているのかずっと意味がわからないことを喚いていた。昨晩面会したときは、襲撃が失敗したことに腹を立てておまえのことを口汚く罵っていたのに、だ」

「どうせ演技でしょう」

「公爵たちはひどく怯えた様子で、暴れ馬がどうこう言っていた」

思いがけない言葉に、追及を強めるために開きかけた口を、ゆっくりと閉ざした。

「ちなみに昨日バロウ家を襲撃したやつらも同様の状態で、騎士団は朝からその対応に追われて大変なことになっている。おまえ、なにかしたか? 暴れ馬をけしかけた過去があるだろう」

シリウスの脳裏に、バルコニーで佇んでいた娘の相棒の姿が過ぎったが、努めて冷静に、思い当たる節がないと否定した。

そもそもジェノベーゼは馬ではなく、馬のぬいぐるみだ。たまに動くし、飛んだりもするが、きちんと中綿が詰まった正真正銘のぬいぐるみであり、決して暴れ馬などではないのだ。

「公爵は貴族用とはいえ牢にいるのに、私が監視の目を掻い潜れるとお思いですか? それに、馬? 鉄格子の隙間を通り抜けることのできる馬など、どこにいると? ポニーでも無理です」

「まぁ、間違いなく産まれたての仔馬でも無理だがな。それと、貴賓牢は鉄格子ではなく、鉄扉だ。窓は鉄格子がはめられているが、猿ならまだしも壁を登るのは馬では不可能だろう」

牢に立ち入ったことがないのでシリウスは造りなど知らなかったが、もしかしてかまをかけられたのだろうか。だが、無実を立証できたのなら少し疑われたくらいで根に持ったりはしない。

すいーっ、と背中の翼で空を飛んで、窓の鉄格子の隙間を悠々と通り抜けるジェノベーゼの姿が浮かんだが、それこそただの想像だ。

これ以上馬に悪評がついてアナの耳にでも入ったら大変なことになる。シリウスは念のため、馬の擁護をしておくことにした。

「本来、馬は優しい生き物です。もし馬が暴れたのなら、それは暴れるようなことをした人間に非があります。馬に罪はありません」

「そりゃあそうだ。大方、これまで食いものにしてきた者たちの怨念が、暴れ馬という形で夢にでも現れて復讐したんだろう」

それはそれで非現実的な話ではあるが、馬のぬいぐるみが報復して行ったというよりは、あり得る話なのかもしれない。

グスタフが星の子ではないかという仮説に比べたらよほど現実的な話である。

「だが、あまりの豹変ぶりに、悪魔でもついたんじゃないかと怯えた騎士らがわざわざ聖職者を呼んだらしいぞ」

「聖職者というと……ガマガエルのような?」

素直なところのある王太子は祭服を着込んだガマガエルを想像したのか、思い切り噴き出した。そのまましばらく咳き込み、慌てた側近たちに背中をさすられながら、シリウスへと八つ当たりぎみに怒鳴った。

「そんな聖職者がいてたまるか!」

「残念ながら存在しています。……ええ、この城の礼拝堂に」

本当に残念なことに。

王太子は眉根を寄せて腕を組み、しばし考える素振りをした。

「そいつ……もしかして、前に礼拝堂の修繕費の申請をしてきたやつか? それなら公爵と繋がりがあったとかで、騎士団に連行された後だぞ」

「……」

知らないところでガマガエルが排除されていた。

もしやあのガマガエル、例の事件の顧客かなにかで、犯罪者たちが摘発されたことで少女たちを買えなくなり、手近で済ませようとサフィニアに目をつけたのだろうか。やはり切り落としておくべきだった。

その件に関しては、シリウスはわりと根に持っていた。

しかしこれはいい機会だと気持ちを切り替えて、さりげなく身内を売り込むことにした。

「実は信頼できる聖職者に心当たりがあるのですが」

「また妙なつてが……ああ、そういえばおまえの嫁は元シスターだったな。それなら、なんでもいいからまともな者を置くよう、あちら側と話をつけろ」

結果として仕事が増えたが、シリウス自ら交渉の場に立てるのなら十分な収穫だ。

「それで、呼び寄せた聖職者たちからの解答はもう得られたのですか?」

「いや、まだ報告は上がって来ていない」

「では、私が行って回収してきましょう」

シリウスは足早に退出した。

「わざわざ行かなくても待っていれば……って、早っ! おい、シリウス・バロウ!?」

王太子が自分を呼ぶ声がドアの向こうから聞こえた気がするが、シリウスは聞こえなかったふりを徹底した。例の近衛と目が合ったが、彼は沈黙を守ってシリウスを見送った。

アナの人を見る目は、間違いなく確かだった。

すでに襲撃事件は広く知れ渡っているのか、あちらこちらから同情の視線が注がれ、顔見知りには励ましの声をかけられる。怪我人も出たし、屋敷のところどころが焼け焦げたり、ほとんどのガラスが割られたりと、外部内部問わずかなり荒らされたとはいえ、一番の被害は馬の前脚で蹴り壊した玄関扉だっただけに、なんとも言えない気分のまま騎士団へと向かっていると、運よく祭服姿の集団に出くわした。

年功序列か、それとも階級順なのか、集団を率いる前列にいる貫禄のある年配のふたりは深い闇色の祭服を着ており、つき従う者たちはみな、シリウスのよく知る黒に近い紺色の祭服姿だった。

前にいるふたりが司教で、後ろの者たちが司祭だろうか。サフィニアがいないとなにもわからないなと、自分のにわか信者ぶりに苦笑していると、先頭のふたりがなにやら大っぴらに揉めはじめた。

「あれは悪魔の仕業に違いない!」

「いいや、あれは天罰だ。神が裁きを下したのだ!」

そうすると後ろにいた者たちもそれぞれ正しいと思う方について対立し合う。こんなところで派閥争いかと呆れていると、集団の最後尾で、一歩引いたところから仲間が揉める様を冷めた顔で眺めているエスターを発見した。

ちょうどよかったと声をかけようとしたところで、間の悪いことに、俯瞰していたことがバレたエスターが司教ふたりに目をつけられ、矢面に立たされてしまった。両側から挟み撃ちにされて、太鼓腹と三段腹にみちみちと押し潰されながら、どちらの言い分に賛同するのかを厳しく問い詰められる。

あまりにも醜悪な絵面だ。あれがシリウスだったら、確実に目が死んでいる。

「きみはどう思うんだ!」

「さあ、きみの意見を言いたまえ!」

「そうですねぇ……あっ、知り合いを見つけたので、ちょっと失礼します」

シリウスと目が合ったことで、これ幸いとその場からするりと抜け出したエスターに、ふざけるなと怒鳴りかけた司教らだったが、その知り合いがシリウスだとわかるやいなや怯んだ様子でそそくさと離れて行った。なぜだ。

「……ついて行かなくていいのか?」

エスターは胸に手を当て、先ほどまでの悶着などまるでなかったかのような爽やかさで、にこりとした。

「ええ。ご覧の通り、無駄話しかしていなかったので平気ですよ。逆に助かりました。できればあのようなおもしろ集……いえ、無能集団の一員だとは思われたくはないので」

(今、おもしろ集団と言おうとしなかったか……?)

そこには触れず、シリウスは別の点を尋ねることにした。

「……彼らは、無能なのか?」

一個人ではなく騎士団として正式に招集をかけたはずなので、ナスラン聖教側も、それなりに地位がありその言葉に信憑性のある者を選出して送り出しているはずなのだ。

それなのにエスターは彼らをまとめて一蹴した。

なにを根拠にそう言うのだろうというシリウスの純粋な疑問に、エスターは顎に指を当てて、少しの間思案する。

「無能というのは言い過ぎかもしれませんね。排斥されることなく出世できる能力は評価に値します。悪魔の仕業派よりは、神の裁き派の方がまだ救いようがあるという感じですが……まぁ、どちらも的外れなので、その手の能力がないのは間違いないでしょうね」

ジェノベーゼが悪魔のはずがないので、悪魔の仕業派を否定するエスターは間違いなく正しいのだが、シリウス個人としてはジェノベーゼに繋がらない解答を提出してほしい気持ちの方が大きい。

墓穴を掘らないように余計な口を挟まず、情報収集のために聞き手に徹した。

「俺にわかるのは、神聖で善良ななにかの仕業……ということくらいでしょうか。馬という単語が多数聞こえてきたので、馬の形をしているのは間違いないでしょうが……残念ながら俺ではそれ以上詳しくはわかりません」

そう言ってエスターはちょっと悔しそうに肩をすくめる。シリウスは冷静さを装っているが、内心ひやひやだ。馬の形をした善良ななにか。それはまさしく、ジェノベーゼのことではないか。

「教会からはきっと、神による裁きという解答が提出されると思いますよ。神の威光を知らしめるいい機会でしょうから。打算的で当たり障りのない普通の回答で申し訳ないですが」

むしろありがたい。ジェノベーゼのしでかしたことを神に押しつけるのは気が引けるが、こればかりは致し方ない。きっと神も許してくれるだろう。

そもそもジェノベーゼがやったという証拠などなにひとつないのだから、ここまで警戒せず泰然と構えていてもよかったのかもしれない。

「そんなことより、サフィニアは無事なんですか? 子供もいるそうですが……怪我などは?」

「ああ、幸い私たちは全員無事だった」

やはり心配していたのか、エスターはよかったと表情を緩めた。

「娘の誕生日パーティーの招待状を送ったので知っていると思うが、その子は……」

「〝サフィニア”の隠し子、でしょう?」

察しがいいエスターは、シリウスの言いたいことに気づいた様子でうなずく。彼の言うサフィニアは、姉の方のサフィニアだとニュアンスで理解できた。

「聞いていたのか?」

「いいえ? 噂や情報をまとめて精査して導き出しただけですが、当たっていたようですね。よかったです」

今日はやたらとかまをかけられる日らしい。どうやらここでも、かまをかけられていたようだ。

「本当になにも聞いていなかったのか? サフィニアが信頼する神父様から、ある程度の話は聞いていたのかと思っていたが」

「あの神父様は、サフィニアの結婚のことも知らせてくれなかったのに、そのような重大なことを検閲される危険のある手紙に書きはしませんよ」

エスターの言葉の端々からは拗ねた子供のような響きが感じられた。やはり思うところはあるらしい。

会ったことはないが、相当慎重な性格の人物のようだ。しかしそのくらいでなければ、アナのことを隠し通すことはできなかっただろう。

「せっかくお誘いいただけたので、俺もお祝いに伺いたいと思っています」

「ああ。サフィニアが喜ぶ」

「……別に喜びはしないと思いますが」

肩をすくめたエスターは、こちらを遠巻きに覗き見ている聖職者集団に気づいてちょっと呆れた顔をしてから、では、と裾を翻すように背を向けたが、たった今思いついたというような芝居がかった仕草で、もう一度こちらへと向き直った。彼の目と口元には、愉快そうな色が乗っている。

「あ、そうそう。ときに、そちらのお嬢様は、馬のぬいぐるみをかわいがっているそうですね?」

油断していたところに不意打ちを受けたシリウスは反射的に動揺してしまった。彼は弓形になった口元に人差し指をそっと当てると、微笑みをひとつだけ残して、そのまま去って行った。

もしかして、すべて見抜かれているのだろうか。

だとしても、口を閉ざしてくれるつもりでいてくれるらしいことは伝わってきたので、ひとまず難局を乗り切ったと見ていいだろうか。

実は彼が一番本物の聖職者なのでは……? と思いながら、集団の最後尾についたその後ろ姿を、シリウスはただ黙って見送り続けたのだった。