作品タイトル不明
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「サフィニアが……被害者? 悪習……って、それは一体……」
被害者、という不穏な言葉にシリウスは目に見えて動揺した。
サフィニアがなにかしらの被害を受けたと理解した瞬間、不安と焦燥でいても立ってもいられなくなった。
被害者と言うくらいだ。身体的なのか精神的なのか、傷を負ったということだ。
過去になにが。
神に縋りたくなるほどの、なにが……。
「やっぱり言ってませんでしたか。……自分のことを話すようなやつじゃないから、そうだと思った」
嘆息するエスターに、シリウスは矢継ぎ早に詰め寄った。
「どういうことだ? 彼女になにがあった、なにを知っている?」
「いえ、これ以上話すと、たぶん地元の神父様に雷を落とされるので、知りたければご自分でお願いします」
「自分でって……」
エスターの表情から調べればすぐにわかることなのだと察して、仕方なく身を引いた。
サフィニアの地元は知っているし、その土地の習慣や信仰に関係することだろうと目星はつく。悪習と表現するくらいだ、公にできない類の風習の可能性もあるので、そのあたりに詳しい人間から聞き出せば遅かれ早かれ答えは出る。
「では、俺もそろそろ帰らないと。サフィニアによろしくお伝えください。……あいつ、かわいそうな子ですから、大事にしてやってくださいね」
気になる発言だけを残して、エスターは短く祈りの言葉を告げると、さっさと帰って行ってしまった。
その後ろ姿をしばらく見送ってから、シリウスはとりあえず、今すべき目の前の仕事を手早く終わらせようと決め、本来の目的であった修繕費の申請の書類をきつく握りしめると礼拝堂へと乗り込んだ。
シリウスは成し遂げた。ガマガエルに、二度とサフィニアやほかの少女たちに魔の手を伸ばさないよう、性犯罪者はいかに人間のクズであるか、そんなクズは社会に必要なく、すべて拷問にすべきではないかという持論を、身振り手振りを交えて語って聞かせた。
そうして机にストンと手刀を入れたあたりで震え上がったガマガエルに、穏便に修繕費の申請を取り下げをさせ、その足で城の大図書館へと向かって民俗学の文献を漁った。
地方中心に調べてみたが、それでも詳しい記載がある土地とない土地との差が激しく、サフィニアの地元にどんな悪習があるのか、手がかりはなかなか見つからない。
いっそサフィニアの地元に行けばすぐに判明しそうではあるが、たった一日でも休暇をもらった直後であり、そもそも今はその時間すらも惜しかった。
(そういえば……殿下が風土病の件で、役人たちに各地の土着信仰を調べさせていたな……)
早速とばかりにサフィニアの地元の調査に当たった役人のひとりを訪ねたのだが、
「ひぃっ……!!」
暴れ馬の噂のせいなのか、開口一番悲鳴を上げられた。強盗かなにかだと思われているのだろうか。
「……こちらの指示に従えばなにもしない」
「ど、どうぞ、お好きなものを持って行ってください……」
武器こそ突きつけていないが発言が犯罪者のそれだったせいで終始怯えられたままだったが、難癖をつけられることなく当時の調査資料をそっくりそのまま借りることができた。
シリウスは資料を読み漁り、サフィニアの地元のことらしい記載を見つけて身を乗り出し、項目のひとつに目を落とす。
『長男には女性名をつけなければ早世する』
これはエスターのことだろう。
てっきり女性名をつけるだけのことだと思っていたが、詳しく読めばそうでないことが明らかとなった。
(禍を祓い終える成人まで、女として育てなければならない……? 正気か?)
こんなもの虐待ではないか。
男として産まれて心も男なのに、女として育てられて、しかもそう振る舞うことを強要される。それがどれほどのことなのかは計り知れないが、エスターの様子を見る限り、つらい経験だったのだろう。自身のことを被害者と呼ぶのは、大袈裟なことでもなかったわけだ。
胸が悪くなりながら、シリウスはいくつか挙げられている風習を順に見ていく。
エスターの件以外は、これといって人権に関わるものではなく、風土に関係する項目が続いていく。
見当違いだったのかと諦めかけたとき、ようやくそれらしき一文を見つけた。
『ふたごは忌み子。優れた方を残してもう片方を処分しなければ、家に不幸が招かれる』
文をなぞっていた指が気づくと震えていた。
「なんだ、これは……」
ふたごなどよくある話だ。シリウスの知る限りでも何組かふたごの兄弟がいる。似ているふたごとあまり似ていないふたごがいるが、その家に不幸など招かれていない。
……いや、わかっているのだ。ふたごが産まれることで生活が逼迫し、困窮するような時代背景が理由だと。ふたりとも無事に育てばいいが、育つまでにかかる費用は二倍だ。つまり家に生活苦という不幸を招く。
片方を秘密裏に処分するための言い訳に過ぎず、このような言い伝えが今も根深く残っていることが、正直信じられなかった。
今の世では、産まれたての赤子でも殺してしまえば罪となる。
いくら風習とはいえ本当に片方を殺しているとは思えない。
「この調査資料を編纂しているのは……」
シリウスは資料を今まさにまとめている最中の役人の元へも容赦なく押しかけた。
そしてここでも噂は広がっていたらしく、シリウスに詰め寄られたその役人は、わけのわからない命乞いをした。
「馬をけしかけるのはおやめくださいっ……! 私には帰りを待つ家族が……!」
「なにを言っている? 少し話を聞きたいだけだ」
用件を伝えるとあからさまにほっとした様子で、シリウスの知りたかったことは追加調査で判明していたらしく、すべて丁寧に教えてくれた。終始びくついてはいたが。
どうやら今は劣る方の子供を多少の寄付金とともに教会に預けるのが主流となっているらしい。
教会に仕える敬虔な信徒となるよう育てられるので、必然的に聖職者を目指す割合が多くなるという。
外で職を得られるような男の子は教会を出ていく場合が多いらしいが、女の子はシスターや修道女になるのがほとんどらしい。
そういえば、アナを産んだのも、シスターだった。
もし、だ。サフィニアがふたごであったと仮定すると、姉か妹がそのシスターでアナの母親という可能性も、なくはないのではないか。
ふたごの姉妹の子なら、サフィニアとアナの容姿が似ていても、おかしい話ではない。
(サフィニアは、シスターとして働く姉か妹のことを知っているのか? もしそんな境遇の姉妹がいることを知っていたら――……いや)
そこでシリウスは引っかかりを覚えて心の中で頭を振った。
(違う)
エスターは、サフィニアを被害者と言ったのだ。
サフィニアこそを、被害者なのだと。
実家に残った方がサフィニアならば、彼女のことを被害者と言うだろうか。
(だったら……)
答えなど、ひとつしかない。
彼女が信仰心を大切にする理由ごと、すべてが繋がった気がした。
(彼女はふたごの劣る方だとして親に捨てられて、教会でシスターとして働いていた……?)
「……まさか」
自分で答えを導き出しておきながら、シリウスは信じ切れずにいた。
王太子の執務室へと戻る道がやけに遠く感じて、庭園の片隅で城の外壁に寄りかかる。
(それなら、アナを産んだ、シスターは……)
じわりとこれまでに感じたことのない不快ななにかが胸の中に広がりはじめたが、すぐに首を振って否定した。
冷静さが欠けているせいで、ピースはすべて出揃っているはずなのに考えがうまく纏まらない。
額を押さえて、すべてに矛盾がないよう、改めて情報を繋ぎ直した。
(……そうだ。ユーリが言っていたはずだ。サフィニアからは、母親特有の匂いがしなかったと)
ユーリは根拠のない適当なことを言う子ではない。
だったらやはり、アナを産んだのは彼女のふたごの片割れと見るべきだ。
そしてサフィニアは間違いなく捨てられた方の娘。
顔を上げると目の前を、似たような小さな蝶が二匹、じゃれ合うように飛んでいくのが見えた。
同じ模様だとどちらがどちらかわからないなと思った瞬間、シリウスはその結論に至りこぼれんばかりに瞠目した。
もしかすると、途中でふたりは入れ替わったのではないか。
下級でも貴族の娘が未婚で子を孕んだだけでも問題なのに、父親が誰かすらわからない子供を産むとなれば、かなりの醜聞だ。親がそれを許すはずがない。子を堕させようとするのは想像に易い。
それを危惧して入れ替わったのなら――。
(アナはサフィニアの……姪)
そう考えるのが、一番整合性が取れているように思えた。