軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16

城の敷地内には小さな礼拝堂がある。

小さいと言っても地方の教会とは比べものにならない巨額の資金を投じて、王族主導で建設した大理石の礼拝堂だ。王太子は別として、信仰心を大切にしている王族は意外と多い。

礼拝堂の管理は派遣された司祭によって行われているのだが、聖職者とはいえ、それなりの地位についている者や要職を得ている者は、やはり貴族と癒着していることが多い。ずぶずぶだ。

そのせいで気が大きくなっているのか、自分の懐に入れるために無駄な修繕費の申請をして来た礼拝堂の司祭に対して、王太子の代わりに苦言を呈しに来たシリウスは、そこで見知った顔を見かけて思わず足を止めた。

片方の恰幅のいい中年の男はまったく知らない顔だったが、もうひとりはサフィニアの幼馴染のエスターだった。

遠目で見ても相変わらず華のある色男ぶりだ。恰幅のいい方がガマガエルにしか見えずに憐れなほどに。同じ祭服姿なのが、よりいっそう着用する者の差を歴然とさせて、切なさを誘う。

つい木の陰に身を潜めてしまったのは、話を中断させてまで割り込むほど急ぎの用件ではないと判断したからで、決して、興味本位の盗み聞き目的ではないのだと誰にともなく心の中で弁明する。

様子を窺うに、ふたりの雰囲気はあまりよくなさそうだ。恰幅のいいガマガエル司祭など、不機嫌そうに顔を歪めて、苛々しながら靴底でパシパシ地面を打っている。

「……この私に歯向かって、ただで済むと思っているのか?」

「まさか、とんでもない。残念ながら俺には姉も妹もいないので、そう正直に言ったまでですよ」

「嘘をつくな。知ってるんだぞ、地元に妹弟子がいたはずだ。その娘を呼び寄せろ。この私が目をかけて側に置いてやると言っているんだ」

どうやらエスターに、妹弟子を差し出せと迫っているらしい。ガマガエルの目的など考えずとも明白だ。その娘を手籠にする気なのだろう。聖職者の風上にも置けない下衆野郎だ。シリウスの一番嫌悪している人種……いや、ガマ種だろうか。

とにかく。王太子に進言して、礼拝堂への来年度の予算を減らす方向で調整しよう。経費削減は喜ばれるに違いない。

「あー……妹弟子のことですか」

エスターが困ったように眉を下げる。

「ああ、それだ。その娘にとっても名誉なことだろう」

「それはもちろんそうなのですが、実は、妹弟子はすでに結婚して教会を去っていまして」

「なに?」

「親元に連れ戻されてしまったようです。なので俺の妹弟子はもういないのですよ」

シスターが実家に連れ戻されて結婚させられることはよくあることなのか、ガマガエルは恥をかかされたとばかりに憤怒の顔をますます真っ赤にさせて、肩を怒らせながら礼拝堂の中へとどすどす足音を鳴らして帰って行った。

そこでシリウスはふと気づく。あのガマガエルが召し上げようとしていた娘とは、もしや、サフィニアのことなのではないだろうか、と。

エスターの幼馴染であり、信仰心厚く修道女を目指していたらしいサフィニアを妹弟子と誤解していてもおかしくはなく、親元に戻されて結婚しているという点も合致している。

考えれば考えるほど、サフィニアだ。

(……なるほど? 予算を減らすだけでは足らないらしいな)

あの手の小悪党を懲らしめるには、癒着している貴族を見つけ出し、そちらを潰して共倒れさせて追い込むくらいのことをしなくてはならないようだ。

そして二度と同じような考えを持たないよう、邪な欲望ごと、切り落とす。

早速とばかりに踵を返したシリウスだったが、感情が乱れていたせいか気配を消して隠れていたことも忘れて日の下に堂々と身を晒してしまい、そのせいで迂闊にもエスターに見つかってしまった。

「あれ? そこにいるのは、もしかしてサフィニアの旦那様ですか?」

バレてしまったのなら仕方ない。逃げるのも癪なので真正面から対峙することにした。盗み聞きしていた後ろめたさから反射的に身構えてしまったが、そもそも彼は敵ではない。敵は礼拝堂の中にいる。

「エスター神父、だったか」

「ええ、エスターです。エスター・クロウ。できればクロウ神父でお願いします。ご存知の通り、名前は好きではないので。もちろんエスターと呼んでくれても構わないのですが、きっと周りから不思議な目をされるでしょうから」

そう言ってエスターは苦笑する。

「わかった。クロウ神父」

周囲からどう見られるかまでは考えておらず、それがなくとも配慮に欠けていたことに気づかされて申し訳なく思いながら、シリウスが謝罪の意味を込めつつ言い直した。

彼はシリウスと礼拝堂の方を交互に見てから、微苦笑する。

「さっきの礼拝堂の責任者との会話、聞いていましたか?」

「……少し」

「あの手の脅しはよくあることですが、たいていが身内にしか威張り散らせない小心者ばかりです。貴族の妻に手を出そうなどという度胸はないので、どうかお気になさらず」

核心には触れない曖昧な言い方だが、やはりサフィニアのことだったのだと確信した。

気にするなと言われても、自分の妻をそのような目で見られていたことへの不快感は消えることなどない。

間違ってもガマガエルと出くわすことがないよう、サフィニアには城に礼拝堂があることは黙っておくことにした。どちらにしろ王族専用なので、許可なく立ち入ることはできないだろうが。

「それにしても、奇遇ですね。こちらへは祈りに? それとも告解希望ですか? でしたらよそに行かれるのがお勧めです」

確かにこんなところで告解などしたら、ガマガエルに弱みを握られてどこかの貴族へとその情報が売られるのがオチだ。幸いシリウスの目的はそれではない。

「いや、予算の件で少し。……今ので会話する気も失せたが」

「あはは。潔癖なんですね。聖職者と言っても人間ですから、現実なんてこんなものです。上に行くほど腐敗臭が酷くて。俺もこんななりなので、誘われたり脅されたり襲われたりして辟易しているところはありますが、それでも俗世よりはまだましなので」

一気に親近感が湧いてしまったのは仕方のないことだった。ガマガエルを放逐して、このエスターを据えるべきなのではと本気で思案する。

若いし見栄えもいいし、気さくで人柄も悪くはない。

だが逆に、王族の女性陣を意図せず惑わす可能性もあるのかと、一旦計画を保留にした。王族の醜聞に関わりたくはない。

「でも本当に偶然にしてはタイミングが絶妙でしたね。俺はもう用が済んで帰るところでしたし」

ガマガエルが彼を引き留めなければ、すれ違っていた可能性は高い。

「神のお導きですかね」

エスターが本気とも冗談ともつかない微笑みでそう言った。それが事実だとしたら、神はシリウスになにを伝えたかったのか。

まさかエスターと会わせるために導いたのだろうか。

にわか信者のシリウスとしては、半信半疑だ。

サフィニアの幼馴染のお兄さんだからと言って、シリウスにとってはほぼ他人。ちょっと親近感が湧いたからと言って世間話をするような親しい仲でもない。

だからと言って完全な他人ではないので、挨拶だけで済ませるわけにいかないのがまた難しいところだった。

シリウスはとりあえず、当たり障りのない話を振った。

「なぜここに?」

「単なる手伝いです。この国って、歴史だけは長いので、ひと月に一度は王族の法要があるので準備がいろいろと大変なのですよ」

「なるほど」

「まったく興味がなさそうですね? 別に構いませんがね」

「申し訳ないが、さほど信心深くはないので」

「いいですよ。この国の大半の人間はそうなので、気にしていません。信仰は人に押しつけるものではありませんから」

にこりとしたエスターに、シリウスは片眉を上げた。

「それ、サフィニアも言っていたな……」

エスターは軽く目を見張ってから、ああ……、と納得しながらも苦い顔をした。

「そりゃあ……自分の信じるものが正しい、なんて、絶対に言いませんよ。……俺も、あいつも」

「それはどういう……」

詳しく訊こうとしたが、触れられたくないことだったのか、エスターはさっさと話を変えてしまった。

「せっかくこうして知り合いになれたのです。今後とも仲良くしていただけたら嬉しいです」

なにか含みがあるのを言葉尻から感じ取ってしまうのは、もはや職業病と言える。

「どのような思惑が?」

(まさかサフィニアを取り戻そうと……?)

サフィニアが結婚したことに驚いていたし、妹分の夢を奪ったシリウスのことを陥れようとしているのかもしれない。

シリウスがそう考えていることを不思議と正確に読み取ったらしいエスターは、肩をすくめて呆れ混じりに否定した。

「たぶんあなたの考えているようなことではないですよ。……それにしても、なんか意外ですね。妹分をそれほど大切にしてくれていると思うと、こちらまでこそばゆい気持ちになるというか……」

妻を大切にせずに、なにを大切にしろと言うのか。もちろん娘も甥も大切だが、妻はまた別なのではないだろうか。

「クロウ神父は、一体なにを望んで?」

率直に問うと、彼は、うーん、と悩んでから、まあいいか、というようにからっと笑った。

「俺は、この世界でのしあがりたいんです」

なるほど、野心家の神父か。

それ自体、別段めずらしいことではなかった。聖職者といえど、清廉潔白な人物などひと握りだとシリウスは思っている。実際ガマガエルのような司祭を目の当たりにしたばかりだ。

目指すは枢機卿か教皇か。なんにせよ目標が明確なのはわかりやすくていい。

「ですので、あなたのような人と知り合いになれたのは幸運でした。サフィニアに感謝したいくらいです」

そうは言われても、一介の貴族でしかないシリウスが、彼の野望の役に立つとは到底思えないのだ。金銭的な支援をしてほしいということなのだろうか。それだってシリウスの一存で決められることではない。

「私には大した力などないのだが……」

「そういう意味合いではないのですが……いえ、仮にそうだとしても、あなたが貴族というだけで十分価値がありますよ。なにごとも貴族の口添えがあるとないとでは、その過程を見ても、結果にしても、雲泥の差ですからね。……それに、申し訳ないですが、あなたのことを少しだけ調べさせていただきました。王太子殿下の右腕だとか?」

「右腕というわけではないが……単なる補佐だ」

今以上に忙しくなりそうだから、余計な肩書きはつけないでほしい。あの王太子のことだ、ここぞとばかりにこちらを持ち上げて仕事を押しつけてくるに決まっている。

「いえいえ、ご謙遜を。王太子殿下の補佐だなんて、なりたいと思ってなれるような役職ではないでしょう。それに、あなたの名前を聞くだけで怯える要人も多いとか? それを世間では、影響力がある、と言うんですよ。ここに来る道中も、冷血漢と呼ばれているのを耳にしましたよ。おもしろい冗談だ」

「なぜ冗談だと?」

よく知りもしないのに、さも当然とばかりに一笑に附したエスターを怪訝に思う。

「そんなの、見ればわかりますよ。あなたは見た目ほど冷たい人ではない。どちらかと言えば、世話焼きのお人好しだ。違いますか?」

やけに自信を持って言うエスターに、シリウスは真剣に首を捻った。

「はじめて言われたが……?」

いや、サフィニアだけは、シリウスを優しいと称していたか。

単なる幼馴染にしては、感性が似過ぎている気もする。神に仕えることを選ぶような敬虔な人たちは、みな同じような思考回路になるのだろうか。

「 あなたのような人(・・・・・・・・) が、悪人のはずがない」

「私のような、とは?」

「俺ね、人を見る目はあるんです」

エスターは明言は避けつつも、確信を持って愉快そうに自分の目を指で示しながら口角を上げた。

「俺のように野心はあってもコネも力もない人間が上に行くために必要なのは、賄賂でも、上役に身を捧げることでもありません。必要なのは信頼できる人脈と確かな情報。これに勝るものはない」

「同感だ」

こういう計算高く強かなところは、ぼんやりとしているサフィニアとは違う。どこまでが計算でそうでないのか、判断しにくい男だ。

しかしこういう人間でなければ、搾取されるばかりで上には行けないというのも理解できる。

「あ、ですが告解で得た情報はちゃんと秘匿します。さすがにそれは、神が許さない」

信心深さはあるので、金でも地位や名誉でもなく、彼には彼なりの目的があるのだろう。それはシリウスの関知するところではないし、口出しする権利もない。

「別に無理難題を押しつけようとしているわけではないので、そんなに警戒しないでください」

「さっきも言ったが、私ではなんの力にもなれないぞ」

「なにかしてもらおうとは露ほども思っていません。ただこうして、他愛ない話につき合ってくれるだけでも御の字です」

貴族の知り合いがいることを対外的にアピールするのが狙いなのか、それともシリウスから知りたい情報を得ようとしているのか。

「先ほどここに来た理由を法要の手伝いと言いましたが、それだけが理由ではありません」

エスターは思わせぶりに不敵な笑みを浮かべた。

(やはり役者ではないか)

この礼拝堂の手伝いにおける大きな利点など、考えればひとつしかない。大義名分の元、堂々と城内に侵入できる、という一点に限られるのではないか。

ここは国の要、国内外の数多の情報が集約される場所だ。情報収集するにはうってつけの場所でもある。

なにを探っているのかは知らないが、こうしてシリウスに接触を図ったことを鑑みるに、貴族関連であることは間違いなさそうだ。

(せっかくだ、こちらからも探りを入れてみるか……)

「そういえば、どこかの貴族が枢機卿相手に直接面会を求めて足繁く通っている、というような噂を聞いたが、なにかトラブルでも? 場合によっては殿下に頼んで力を貸すこともやぶさかではないが」

公爵がナスラン聖教の関係者と会っていることだけは掴んでいるが、誰と会い、なにを企んでいるかまでは未だ不明のまま。枢機卿とは断定されていないのでこれは単なるはったりだが、公爵が自ら足を運ばなければならない相手なのだから、それなりの地位のいる人間に決まっている。

エスターが興味を引かれたというように軽く片眉を上げて、顎に指を当てながらわざとらしく思案顔を作る。ポーズだとわかっているが、回答を焦らされているようでいい気持ちはしない。

シリウスの眉根にシワが寄り切った辺りで、エスターはにこっと人好きする笑みを見せた。

「いいえ、そのような事実はありません」

「そうか」

そう易々と公爵家の情報を得られるとは思っていなかったので収穫なしでも構わないがと思っていると、エスターは少しだけ言い回しを換えてもう一度、今度はため息混じりに繰り返した。

「そのような事実はね、あってはならないのですよ」

妙に引っかかる物言いだ。

(公爵家と結託してなにかを企んでいるのかと思っていたが……そうでもないのか)

ナスラン聖教側にとって、いや、少なくとも彼にとっては、なかったことにしたいほど不都合な事実、というような口振りだ。

もしかすると聖職者同士の派閥争いが水面下で激化しているのかもしれない。エスターは公爵を煙たがっている派閥の人間なのだろう。そしてエスターとは違う陣営の資金源が、公爵家の可能性もあり得る。そのあたり、結局どこの世界も同じらしい。

公爵の思惑は気になるが、現時点で王太子に直接関わる事柄が出て来ていない以上、今は薮をつつかず静観のときか。

職務外のことにまで首を突っ込んでも、面倒ごとが増えるだけでいいことなどなにひとつない。

ひとまずエスターとは敵対する必要はなさそうだということに、そっと安堵した。

彼がシリウス自身に特になにか望んでいるわけでないのなら、親しくすること自体は別に構わない。サフィニアの兄のような相手なら、シリウスにとっては義理の兄みたいなものだ。シリウスの方が年上だが。

サフィニアのことを考えていたからか、それが伝播したらしく、彼女の話題へと移行していった。

「そういえば、サフィニアはどうです? ちゃんとやっていますか?」

「時間があれば教会に通ったり、新月の日は精進料理を食べたり、折に触れて祈ったり、変わらず熱心な信者ぶりだ」

「いや、貴族の奥様としてやれているのかを聞いたのですが。……相変わらずですか」

エスターは、やれやれと肩をすくめる。あのどろどろの危険物を食べている限り、残念ながら貴族の奥様からはほど遠いと言わざるを得ない。

最近はあの危険物をアナにまで食べさせはじめた。本人が、おかゆしゃーん、と喜んで食べているので、止めるに止めれず歯痒い思いをしている。

「……だが、まあ、信心深いのは悪いことではないからな。なぜそこまで、とは思うが」

「寛大ですね」

寛大と言うよりも、お互い様なのだ。サフィニアだって仕事人間のシリウスのことを、文句もなく寛大に受け入れ見守ってくれている。

「なぜそこまで神に傾倒するのか、気になりますか?」

気にならないと言ったら嘘になる。それに、妻のことを知りたいと思うのは、夫として普通のことだろう。

「それでは、サフィニアが自分から言わないであろうことをひとつ、お教えしましょうか?」

「言わないこと?」

「ええ。俺とサフィニアが神に仕えることを選んだ理由です」

「いや、それは……」

勝手に聞いてはまずい類の話だろう。下手したらサフィニアの触れられたくない部分に土足で踏み入れることになりかねない。

しかしシリウスが断りの言葉を紡ぐ前に、エスターは言ってしまった。

「俺たちふたりは、あの土地の悪習の被害者なんです」