作品タイトル不明
女の子はイメージが大事
ラヴィニア姫は苦労人だ。
生まれついての気質か、責任感が強くて思いやり深く、貴族の淑女たらんと自己犠牲の精神で頑張って来た。
その結果という訳ではないが、三百年もの長きに亘って 屍呪之王(しじゅのおう) を封じる巫女の役割を務め、何一つ自分の夢をかなえることなくベッドの上で干からびた。
『馬鹿らしい…』
メルに助けられたラヴィニア姫は、今度こそ自由に生きようと心に決めていた。
だがしかし、三つ子の魂百までというが、どれだけ頑張って村娘になろうとしても越えられない壁があった。
淑女(レディー) になんて、なれなくてもいい。
そう思うのだけれど、どうしても食べたい好物を口に出来なかった。
『ニンニク!』
そう。
ラヴィニア姫の大好物はニンニクだった。
もう記憶にないほど幼い頃のこと、初めてニンニクを食べて美味しくて、何も知らないからガンガン頬張った。
『ホクホクして、とっても美味しかったぁー』
その後で、吐く息だけでなく全身が臭くなった。
それはもう、貴族のご令嬢が漂わせるニオイとは言えなかった。
人前に出られないので寝室に閉じこもっていたのだが、自分の放つ悪臭で頭痛に襲われた。
『…………………』
ショックだった。
以来、ラヴィニア姫は、どれだけ食べたくてもニンニクを避けるようになった。
「メルちゃん。ローズマリーを持って来たよ」
「ありがとぉー」
メルはラヴィニア姫から、ローズマリーが入った木箱を受け取った。
「ねぇねぇ…。あの人たち、なに?」
ラヴィニア姫が、中央広場の入口付近に停めたベイビーリーフ号を指さす。
ノッポとチビの二人組が、物珍しそうにベイビーリーフ号の運転席を覗いていた。
「あーっ。あの二人。よそ者デス。ビンス爺ちゃんの弟子」
「へぇーっ。ビンスさんに、お弟子さんが居たんだ」
「ですよねぇー。驚きますよねぇー。てか、ヘソで茶が沸くわ!」
「それは、言いすぎだと思うよ」
「ひとんちで、ただ飯を食らう爺ですよ。きっと、ただ飯を食らう弟子です」
「なにそれ…?」
「あいつらはビンス爺ちゃんから、ただで飯にありつく技を教わりに来たのデス!」
「メルちゃんってば、悪口はダメよ」
そう言いながら、ラヴィニア姫がプッと吹き出した。
「オデットさんに訊いたら、ビンス爺ちゃんは宿賃を滞納しているそうです」
「えぇー。それは良くないよ」
「弟子の二人も、帝国通貨をメルカに両替したいとか言ってたけど…。どんだけ銭を持っているのやら…」
メルがヤレヤレと肩をすくめる。
因みに【竜の吐息】を経営するオデットとラルフは、ビンス老人の家賃滞納を怒っていない。
そこがビンス老人の凄いところで、ダヴィ坊やまでが『爺ちゃん』と呼んで、すっかり懐いていた。
「ビンス爺ちゃんは、いつの間にかデブの一家に寄生しとる。あの様子だと、知らんうちに宿屋を乗っ取られるんとちゃうか…?まっこと、おとろしいデス」
「どうして恐ろしいの…?オデットさんやロルフさんが、優しいってことでしょう。わたしには、心温まる話だと思えるけど…」
「そうなの…?」
ウスベルク帝国では、困っている旅人を家に泊める習慣があった。
もと帝国貴族のラヴィニア姫と日本のウサギ小屋で暮らしていたメル(樹生)では、同じものを見ても感じ方が違った。
メルに、人情なんてものはない。
そんなもの紙風船である。
「ところでメルちゃん。その手に持っているのは…?」
「アリオーネです。エルフの里で育ったコッコさんをこれと一緒に焼くよ」
「ニンニクだよね…?」
「アリオーネですか…?そうとも言います」
「それ。臭いよ」
「美味しいデス!」
メルは胸を張った。
アリオーネは一般的なニンニクよりかなり大きくて、臭いや刺激が少ない。
「食べると、口や身体が臭くなるよ」
「まあ、多少は…」
メルが樹生だったときには、ニンニクなんて怖くて食べられなかった。
疲労回復に良いとか世間で持て囃されるニンニクだけれど、虚弱体質の人には毒でしかない。
あれを食べて元気になるのは、もとから身体が頑丈な人だけなのだ。
しかし転生して【無病息災】のスキルを授かった今なら、美味しいニンニクを食べ放題だ。
乙女らしく恥じらって、体臭を気にしているような場合ではなかった。
当然、幼児ーズにも食べさせる。
これまでだってメルは、色々な料理にニンニクを使用してきた。
ラヴィニア姫も、嬉しそうに食べていたのを覚えている。
それが原材料を見た途端に、顔を顰めて臭いと訴える。
(これまで自分が食べたものに、ニンニクが使われていないとでも思っているのか…?ガーリックトーストとか、美味しそうに食べてたじゃん)
三百年も生きてきたのに、これまたお粗末な話である。
もっとも二百年以上もの間まともに食事をしていないのだから、ニンニクの味を忘れていても仕方がない。
(ミイラでは、ゴハンが食べれないもんね…)
可哀想な話である。
ニンニクは、ウスベルク帝国の北方で収穫される食材だった。
帝都ウルリッヒでは、美食倶楽部が経営する高級料理店でもなければ取り扱っていない。
ラヴィニア姫は実家で催された最後の誕生日に、ニンニクを使った豪勢な料理を食べた。
その半年後には、巫女として封印の塔へ送られている。
ラヴィニア姫の記憶にあるのは、丸のまま焼かれてホクホクとしたニンニクだ。
薄くスライスしたり、微塵切りにしてから揚げたニンニクではない。
ましてやガーリックトーストなんて、知る筈もなかった。
メルが手にしている白っぽい球根を見て、ようやくニンニクのことを思い出したのだ。
食べたいけれど、臭くなるのはイヤ。
すごく食べたいけれど、身体中が臭くなるなんて耐えられない。
「わたし、ニンニクは食べないよ」
「ラビーさんは、ニンニク嫌いですか?」
「……うん」
ラヴィニア姫は心の中で葛藤していた。
正直になりたいけれど、『ニンニク好きな女の子は、どうか?』と思ってしまう。
「嫌いなら仕方ないです」
メルは扉を開けてメルの樹の厨房に入ると、洗っておいたジャガイモを沸騰する鍋に投じた。
煮崩れしにくいメークインだ。
「ラビーさんの分は、別に作りましょうか?」
「大丈夫だよ。ニンニクだけ避けるから…」
「分かりました。ムリせんとよいデス」
「心配しないで…」
ジャガイモが煮えるまでに、エリンギを薄く刻む。
コッコさんのもも肉から骨を外して適当な大きさに切り分け、味が染みやすいようにフォークでプスプスと皮を突っつく。
もも肉に、下味の塩コショウを擦り込む。
「よっしゃー!」
茹であがったジャガイモをくし切りにして、大きな魔法の土鍋に並べた。
もも肉とエリンギも、土鍋に入れる。
「ここで、アリオーネさん」
丸々と太ったアリオーネの玉をばらして、皮つきのままバラバラと放り込む。
ラヴィニア姫が育てたローズマリーの茎を丁度良い長さに折って、もも肉の上に散りばめれば準備OK。
「エエ匂い」
ローズマリーの爽やかな香りが、厨房に漂う。
ここに、たっぷりのオリーブオイルを回しかけて、 暫(しば) し寝かせる。
ローズマリーの精油成分がオリーブオイルと混ざり合い、もも肉に香りが移る。
〈こんがり。ホクホク。よろぉー〉
もも肉とジャガイモの皮はこんがり。
ニンニクはホクホク。
〈こんがり。ホクホク。了解♪〉
魔法の土鍋に蓋をすれば、火の妖精が内部の温度を上げていく。
この間に、メルは刻んだ玉ねぎをバターで炒めた。
玉ねぎが飴色になったら、【酔いどれ亭】自慢のコンソメスープを鍋に注ぎ入れ、塩コショウで味を調える。
人数分のカップを用意して、完成したオニオンスープを等分に分ける。
こんがり焼いたバゲットとモッツアレラチーズをスープに浮かべて、魔法のオーブンにセット。
コンソメスープはオニオンスープとなり、オーブンで加熱されてオニオングラタンスープへと変身を遂げる。
「スープ完了!」
ジャガイモがあるので、ゴハンやパンは用意しない。
このうえゴハンやパンまで食べさせたら、幼児ーズが肥満児ーズになってしまう。
なにしろこれは、昼食と夕食の間に食べるオヤツなのだ。
炭水化物の代わりに、トマトとレタスのヘルシーなサラダをつけよう。
『野菜も食え!』という話だ。
トマトとチェダーチーズをダイス状にカットする。
これをボールに入れて、レタス、バジルを千切って加える。
オリーブオイルでざっくりと和えたら、生ハムを並べた皿に盛りつける。
〈ちーん♪〉
〈火の妖精さん、できましたかぁー?〉
メルは土鍋の蓋を開けた。
土鍋に封じられていたローズマリーとアリオーネの香りが辺りに広がり、メルの食欲中枢を刺激する。
〈バッチリでい!〉
火加減は完璧だ。
コッコさんとポテトの香草焼きが、完成した。
「メル姉、ラビー、ただいまぁー!」
「ダヴィー、おかえりなさい」
「メルー、来たよぉー」
「メルちゃん、お腹減ったぁー」
手習い所で勉強をしていた幼児ーズが、遊びに来た。
「おまぁーら、用意できとるデェー!」
オープンテラスのテーブルに、料理の皿が運ばれる。
もちろん、そこにはビンス老人の姿があった。
今回はクレマンとティエリが加わり、余計者が三人に増えた。
「お爺ちゃん。そこでナニしとんの…?邪魔やわぁー」
「メルさん。意地悪せんでください」
「イジワルて…。二人、増えとるやん」
「この二人は、遠くからワシを訪ねてきてくれたんです。恥ずかしながら弟子たちは、長旅で腹を空かせています。この機会に是非とも、教祖さまの美味しい料理を食べさせてやりたい」
「しゃぁーないのぉー」
横で食べたそうに見られていると、落ち着かない。
図々しくて、ちょっとムカつくのだけれど、追い払うほど腹が立つわけでもない。
「いつものことじゃん」
「そうだよメルちゃん。お年寄りには、優しくしないと…」
「ビンスさんの分は、わたしが払おうか…?」
「メル姉…。ビンス爺ちゃんは、ウチのお客さんだ。ラビーちゃんに払わすのはおかしいから、オレが出す!」
幼児ーズのメンバーも、ビンス老人を受け入れていた。
近所で暮らす、気のよいお爺ちゃんとして…。
「おまぁーら、甘いのぉー。はぁー。甘々じゃ!」
「あーっ。俺たち、ペグなら持ってる」
「帝国通貨でよろしければ、お支払いができます」
「いやいや、オマエさんたちに払わせられるか…。こういうときは、師匠の顔を立てなさい…」
「はぁ」
「導師が、そう仰るのでしたら…」
「メルさん、ここは出世払いにして頂けませんか?」
「弟子に顔を立てろとか言いながら、あーたはツケかい…!?もぉー、エエわ。タダにしてやるから食え」
ツラの皮が厚い。
とんでもなく厚い。
はがしても良いのなら、一度、物差しで厚みを測ってみたい。
「「「「「いただきまぁーす!」」」」」
「さあ、我々もご相伴に与りましょう」
「ご馳走になります」
「頂戴します」
さすがにクレマンとティエリは、肩身が狭そうである。
「うめぇー!」
「メルちゃん、コレ美味しい」
「ホクホクだねぇー」
「鳥のもも肉も、プリプリですな。爽やかなハーブの香りが、また素晴らしい」
「これはキノコか…?おもしろい食感だ」
ラヴィニア姫は、パクパクとニンニクを食べるメルに視線を向けた。
パクパク食べては、片手を上げて何か唱えている。
怪しい。
「メルちゃん。それはナニをしているの?」
「これ…?これは浄化デス。ニンニク臭くならんように、浄化の魔法を使ってマス」
「…………そう。浄化の魔法で、ニンニクの臭いを消せるんだ」
「はい」
メルはラヴィニア姫に腕をつかまれ、引き寄せられた。
クンクンと身体中のニオイを嗅がれる。
「やめてぇー」
「ハァーッて、して。ハァーッて」
「ハァーッ」
ニンニク臭くない。
なんにも臭わなかった。
「そういうこと!?」
「はい」
「浄化の魔法で」
「はい」
メルが臭いを消せると知って、ラヴィニア姫はニンニクに手を伸ばした。
もう、我慢をする必要はなかった。
「美味しい。ホクホクで、すっごく美味しい!」
人は見かけによらない。
可愛らしいラヴィニア姫が、これほどニンニク好きだとは…。
メルは目を丸くして、ラヴィニア姫を見つめた。
「臭くなるで…」
「また、そうやって…。自分ばかり魔法を使うのは、狡いよ。わたしの臭いも、浄化で消してね。皆のもだよ」
「うん」
メルはラヴィニア姫に耳毛を引っ張られて、カクカクと頷いた。
(ニンニク、好きなんじゃん。隠したりしなければ、最初から浄化を使って上げたのに…)
本物の女の子は、メルと違って大変なのだ。
可愛らしさと体裁に費やされる乙女の苦労をメルは知らない。
「おいしい…」
ラヴィニア姫は三百年ぶりに、憂いなくニンニクを頬張った。
本当に美味しそうである。
「サラダも、うめぇー!」
「ほぉー。そうやって、生ハムで巻いて食べるのですね」
「オジサン、知らないのかよ。チーズと生ハムの塩気で、パリパリシャキシャキの野菜を食べるんだ」
「スープも最高ですぞ」
「帝都の美食倶楽部より、ずっと美味い。信じられん」
「メルさんの魔法料理ですからな。美味しい教団の教祖さまは、名前だけじゃありません」
「ちょっとラビー。さっきからホクホクばかり、取りすぎじゃない。独り占めは、ダメでしょ!」
「だって、美味しいんだもん」
「メルさん。この巨大なニンニクは、どこで手に入れなさった?」
「んーっ。魔法デス」
メルが面倒臭そうに答えた。
「なるほどぉー」
「だから、魔法料理店なのか…」
クレマンとティエリは美味しい料理を味わいながら、遠い目になった。
導師が連絡もせずに何をしていたのかは、明らかだった。
「ところでメルさん。少々お時間を頂いてもヨロシイでしょうか?」
「んっ?」
料理を食べ終えたところでビンス老人が姿勢を正し、話を切り出した。