作品タイトル不明
女王陛下には見えません
「ミジエール!」
「えっ?」
「おじさんたち…。ここはミジエールの歓楽街です。メジエール村ではありません」
メルはクレマンとティエリに、そう説明した。
「じゃあ、メジエールの村はどこに…」
「あっち」
メルが大雑把に、メジエール村のある方角を指さした。
「メルさん。私たちは、メジエール村に行かなければならないのです」
「メジエール村に、ご用?」
「人と会う約束をしています」
「メルさんは、メジエール村の場所を知ってるかい?」
女子と話すのが苦手な二人も、ここでメルを逃がしたら大変なことになると考えて頑張った。
何しろ辺りを見回すと、目に入るのは遊女ばかりである。
メルの背後で楽器を奏でていた男たちは、いつの間にか姿を消していた。
色っぽい女性と話すのは、風変わりなエルフ女児と話すより遥かに難易度が高かった。
「わたしはメジエール村の子です」
「そうなんだ」
「そいつはありがたい」
「会う約束をしている人って、だれ?」
メルに質問されて、クレマンとティエリは困り果てた。
「我々の師匠だが、名前を問われてもなぁー」
「些か事情がありまして、本名を名乗っているとは思えないのです」
「あの人が使う偽名と言えば…。ローガー、パウル、ドミニク」
「フランコにマウリツィオ、クラウディオ…。もっと、あったよな…」
「名前、もうエエです。どんな人?」
メルが呆れ顔で質問を変えた。
「老人…。体格は、ちょっと太っている。背丈は俺とティエリの中間くらい」
「ほんなら、普通ってとこやね」
「ちょっと引くほど、食べるのが好きです。自らを美食家だと言い張っていました。もしかすると、料理の本を書いているかも知れません」
「そうそう…。なにしろ食い意地が汚い。美味そうな料理を見ると、他人のモノでも遠慮せずに平らげてしまう」
「ちゃっかりしていて、とんでもなく図々しいんです。だけど調子が良いので、何となく憎めない」
「あぁーっ。なんか、そんな爺ちゃんが近所に 居(お) るわぁー」
メルはよそ行きの態度をかなぐり捨て、素に戻って答えた。
ビンス老人の知り合いに、格好をつけても始まらない。
「本当ですか!?」
「招かれてもいないのに、夕飯どきになると茶碗を持って現れよる」
「自分のナイフとフォークを持ち歩いていませんでしたか?」
「カトラリーセットを懐に入れとるヨォー」
「そいつだ!」
「間違いない。その人です!」
クレマンとティエリの探し人が特定された。
「はぁーっ。しゃぁーないのぉー。これも何かの縁じゃ。わらしが、メジエール村に連れてったるわ」
「そいつはありがたい」
「本当に助かります」
「まあ、エエって。困ったときは、お互いさまや」
クレマンはペコペコと頭を下げてから、メルの顔をジッと見つめた。
「ところでメルさん」
「なんや?」
「失礼ですが…。メルさんは、エルフ族ですよね?」
「わらし、自分のことはよぉー知らん。ハイエルフちゅーことじゃが、仲間を見かけんでのぉー」
「ハイエルフ…?」
「絶滅した古種じゃないか…。事実だとすれば、エルフの先祖返りだ」
ティエリはクレマンに、小さな声で耳打ちした。
だが、エルフの耳は地獄耳。
「なんや、ティエリ。先祖返りですとぉー?おまぁーは、わらしをサルあつかいですか…。耳毛で差別しよるんか、くらぁー!」
メルが小鬼の顔になって咆えた。
「いやいや滅相もない。サルだなんて、とんでもない話だ…。いいえ、とんでもない話です。ハイエルフは、エルフの祖先だと言われています。メルさんはエルフより優れていて、非常にお美しい」
「連れの言葉が足りず、不愉快な思いをさせてしまい申し訳ございません。このような辺境の地で美しいハイエルフのお嬢さまに出会え、我らは喜びに打ち震えております」
「ほぉーん。おまぁーら、ビンス爺ちゃんの弟子だけあって調子よいのぉー。わらし、ご機嫌になった」
クレマンが顔を顰め、ティエリの横っ腹をこぶしで小突いた。
ティエリは背中を丸めて、額に滲んだ脂汗を拭った。
「肝が冷えた。死んだかと思った」
「スマナイ…」
厳しい訓練で身につけたクレマンとティエリの識別眼が、メルの背後に数え切れないほどの 妖精(オーブ) を捉えたのだ。
攻撃態勢に入った、危険な 妖精(オーブ) だった。
「クレマン…。あの少女は、何者だ?」
「シッ。聞こえるぞ」
「ぜぇーんぶ、聞こえとるわ。小声でコソコソ喋られると気ぃー悪いよって、怒らんからちゃんと話しましょ」
「「申し訳ございません!」」
「分かればエエねん」
メルは美しいと褒められて、上機嫌だった。
たとえおべっかだと分かっていても、褒められるのは嬉しい。
クレマンとティエリはビクビクしながらメルの後ろをついて歩き、ミジエールの歓楽街を縦断した。
街外れの広場に、何台もの馬車が並んでいた。
その脇には馬房がある。
「あのー、メルさん」
「ん。どうしました?」
「情けない話だが…。俺たちはメルカの持ち合わせがないので、馬車の代金を支払えない」
「どこかに、ペグをメルカに交換してくれる店はないでしょうか?」
「うん。あるけど、戻るのが面倒臭いデス。それに馬車は使いません」
「そうなんですか…?」
「こっちへ、来んしゃい」
そう言ってメルは、二人をライトニング・ベアが牽引するリヤカーに乗せた。
「何ですか、これは…」
「三輪バギー(日本語)」
「さんりんばぐ…?」
異世界人に、日本語は通じない。
「馬ではなくて、妖精さんが走らせる乗り物じゃ」
「ミッティア魔法王国が開発した、魔法具では…?」
「動力ディスクのことなら…。もともとは、ドワーフ族の技術デス」
「そうなのか…。俺はミッティア魔法王国の発明品だと、思い込んでいた」
「服を着替えるから、ちょい待ち」
「「えっ!?」」
メルはカボチャ姫の衣装を脱いで、皇帝スライムがプリントされた白いTシャツと黒いスパッツに着替える。
魔法学校の購買部で手に入れた、女子学生用の体育着だ。
それは妖精パワーを使用した近接格闘技を習うときに着用する、トレーニングウエアだった。
人体の構造を学ぶために、実習では身体のラインが分かる衣装を身につけるのだ。
もちろん基礎体力をつけるために走り込むときなどは、生地が軽くて柔らかいハーフパンツを穿く。
冬用の温かなジャージだって用意してある。
「くっ!」
「ここらの娘たちは、野外で着替えをするのですか?」
クレマンとティエリは、目のやり場に困って俯いた。
「あはは…。そんな 娘(こ) は、見かけんのぉー。メジエール村だと、めっちゃ叱られるわ」
脱いだ衣装は適当に畳んでから、燃料タンクを模した収納ケースへ仕舞う。
ライトニング・ベアには、エンジンも燃料タンクも存在しない。
「お待たせ」
「うおっ!なっ、何ですか、その姿は…!?」
「破廉恥な…」
「んっ。スカートだと、シートに跨れないデショ。だからと言って、スカートの裾をたくし上げると格好悪いんじゃ。しかも風でぶわっと広がって、目も当てられん」
黒いヘルメットを被ってゴーグルを着け、シートに跨る。
これで準備完了だ。
「スミマセン…。それは下着ですよね」
「いや、普段着です」
「いいや、下着デショ!」
「運動をして、汗をかいたりするときの服です」
「「そうなの…!?」」
二人は俯いたまま、顔を上げられなくなった。
メルのラフな装いは、クレマンとティエリを打ちのめした。
「紳士なのはエエけどな…。リヤカーから転げ落ちんように、気ぃーつけや!」
メルが動力ディスクを起動させた。
『ドルルルルーッ!』と、ニセのエンジン音が鳴り響く。
「えっ?」
「うわぁー!」
ライトニング・ベアが走りだし、クレマンとティエリはリヤカーのフチにしがみついた。
「天気が良い日は、ドライブを楽しむ。メジエール村まで、飛ばすどぉー!」
「すげぇーな、おい」
「揺れない。道にデコボコがない」
「ドワーフ族の技術で舗装されとるからのぉー。それに多少の衝撃なら、コイルオーバーとタイヤが吸収しよる」
「こいるおーば?」
「たいや…?」
コイルオーバーやタイヤは、メジエール村の技術者にしか通じない専門用語だった。
ウスベルク帝国でも板バネのサスペンションなら、馬車に使用されている。
だがショックアブソーバーとなれば、もう未知のテクノロジーだ。
メルは自慢したいのに説明できないので、ちょっと悔しかった。
だが日差しはポカポカと暖かく、吹きすぎる風が気持ちいい。
アクセルを開けると妖精たちがはしゃぎ、動力ディスクを勢いよく回転させる。
「ふっ…。まぁ細かいことは、ドォーでもエエよ!」
小難しい技術の説明などしなくても、ドライブの楽しさは伝わるはず。
「速い。景色が、どんどん流れていく」
「こんな快適な乗り物は、初めてだ」
「だよねぇー!」
ライトニング・ベアはメジエール村へと続く道をひた走った。
◇◇◇◇
メジエール村に到着したクレマンとティエリは、中央広場でリヤカーから降ろされた。
広場には、非常識なほど幹の太い樹が生えていた。
「なに、コレ…」
「こりゃまた、でっかい樹だなぁー」
チビのティエリとノッポのクレマンが、二人して大樹を見上げた。
広く枝葉を伸ばした大樹は、神秘的な雰囲気を漂わせていた。
「メルの樹、言います」
「ほぉー」
「わらしの樹デス」
「メルさんの?」
メルはクレマンとティエリを連れて、幹の正面に回った。
幹の正面とは、つまり料理店がある方だ。
「えっ?何じゃこれは…!?」
「料理店だとぉー!」
「樹に…。こんな立派な樹に、なんちゅー罰当たりな真似を…」
「わらしのお店デス。メルの魔法料理店じゃ!」
メルが得意げに反り返った。
そこにビンス老人が顔を出した。
「おお、久しいのぉー。二人とも元気にしておったか?」
「導師さま、御無沙汰をしております。お元気そうな姿を拝見して、安心いたしました」
「ゲルハルディ大司教…!」
「ティエリよ。ワシはマチアス聖智教会と袂を別った。もう大司教などではない」
「はっ。それでは、どのようにお呼びしたら宜しいでしょうか?」
「呼び方かぁー。この村ではビンスと名乗っておるが、そうじゃのぉー。これからはワシをラースと呼ぶがよい」
ラースとは、ビンス老人がメルから賜った聖名である。
「ラース?」
ティエリが訝しげな顔になり、首を傾げた。
「あのぉー。失礼ですが、どのような経緯でラースという名を…?」
「こちらのメルさんが教主をなさっている【美味しい教団】で授かった、とても尊い名だ」
「まさか…。導師さまは、その美味しい教団に入信なさったのですか!?」
クレマンの声が震えていた。
「当り前じゃないか」
「エェーッ!!」
「どうして、そんな無茶苦茶をなさるのですか?こんな子供が教主だなんて、悪ふざけにも程がありますよ!」
「ワシは、ふざけてなどおらん。こう見えて、メルさんは精霊の子だ。ユグドラシル王国を統べる、妖精女王陛下であらせられるぞ」
「はぁー?」
「そして…。おまえたちの後ろに生えているのが、正真正銘の 世界樹(ユグドラシル) だ!」
「「ゆぐどらしる……」」
クレマンとティエリが硬直した。
「ただいまご紹介にあずかりました、わたくしことメルが、妖精国の妖精女王陛下であります」
メルがフンスと胸を張って見せた。
「くっ。今回は、そう来たかぁー」
「おいおい。どこまでが真実なんだ…?」
「ティエリ…。止めておけ…。私たちのような小者には、話が大きすぎる。老師に真偽を問うたところで、意味などあるまい」
「えぇー。おまえ、諦めちゃうの!?」
クレマンは両方の手のひらを上に向けて、ひょこっと肩をすくめた。
『私は、もう疲れちゃいました』のポーズだった。
お手上げである。