軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ビンス老人の弟子

エルフの書。

それは暗黒時代より各地のユグドラシル聖樹教会に秘蔵されてきた、預言の書である。

かつてユグドラシル聖樹教会から派生したマチアス聖智教会にも数冊の写本が存在したが、暗黒時代が終わるとミッティア魔法王国の方針に従って妖精の存在を否定するようになり、エルフの書は異端の書とされた。

ビンス老人ことゲルハルディ大司教が所有する古びたエルフの書は、マチアス聖智教会による焚書を免れた貴重な写本だ。

マチアス聖智教会が真実を知れば、ゲルハルディ大司教は立場を失い、背教者として火刑に処されたことだろう。

グウェンドリーヌ女王陛下と七人委員会の決定に逆らえば、全てを失う。

異端を擁護する聖職者は、無残な死を賜るだけだ。

正当な審議や慈悲など与えられない。

それ故に精霊信仰は、ミッティア魔法王国に於いて秘中の秘とされる。

苛烈な弾圧を受ければ、反抗勢力は表舞台から姿を隠す。

だが、決して消え失せることはない。

息を殺し、虎視眈々と反撃の機会を待っているだけだ。

メジエール村は夜の帳に包まれていた。

月明りに照らされた中央広場は、街灯もなく暗い。

そんな中、二階の窓に灯の燈る建物があった。

中央広場で宿屋を営む、【竜の吐息】だ。

灯りの正体は、ビンス老人の魔法ランプだった。

【竜の吐息】に宿泊するビンス老人は、書斎机の上でエルフの書を開き、ここ数百年ほど白紙であった 頁(ページ) を見つめた。

「…………おおっ!?」

そこには古代エルフ語で、新たな啓示が書き記されていた。

時は至り、約束の地に古き王国が復活する。

心正しき者は、己のなすべきことをなし、大いなる変革に備えよ。

「エルナンデス大司祭さまが仰っていた通りだ…。エルフの書は生きておる」

ビンス老人の頬を熱い涙が濡らした。

遠い遠い昔の話だ。

まだゲルハルディが若い侍祭であったころ、エルナンデス大司祭から密かにエルフの書を託された。

その数日後、エルナンデス大司祭は移動中の馬車を襲われて、帰らぬ人となった。

教会堂の宿坊に置いてきぼりを喰らったゲルハルディは、全てが終わってからエルナンデス大司祭の死を伝えられた。

いつものように侍祭としてエルナンデス大司祭に同行していたら、ゲルハルディも命を落としていただろう。

エルナンデス大司祭は、弱いながらも 慧眼(えげん) の能力を使うことができた。

「あの方は、自分が殺されると知っていらしたのだ。だから、ワシを置き去りにした」

人望の高いエルナンデス大司祭を背教者として裁くのは、外聞が悪い。

そこでマチアス聖智教会は、エルナンデス大司祭の馬車を暗殺者に襲撃させた。

全ては憶測にすぎないが、ゲルハルディ大司教はマチアス聖智教会の関与を確信していた。

「汚い。マチアス聖智教会の中身は、不実な嘘つきどもの集まりだ。あそこへは、二度と戻らん」

長いこと聖職者として働き続け、地位だけはエルナンデス大司祭を超えたゲルハルディ大司教だが、恩師を敬う心は侍祭であったころとなにも変わっていない。

教区ごとの隠れ家に赴き、熱心な信徒たちに精霊や妖精の尊さを説く姿勢も、エルナンデス大司祭から教わったままだ。

「無駄に長い歳月を生きたと悔やんでいたが、死なずにいてよかった」

ゲルハルディ大司教の外見は人族のモノであったが、その身体に長命種であるエルフ族の血を色濃く受け継いでいた。

ミッティア魔法王国に多い、人族とエルフ族の混血種だった。

「ワシも恩師の生きざまに習い、エルフの書に従おう…。大いなる変革に備え、己のなすべきことをなすと、この十万ペグ金貨に誓います!」

ビンス老人が首から下げた十万ペグ金貨には、エルナンデス大司祭の横顔が刻印されていた。

最初に鋳造されたものを手に入れてペンダントに加工し、ずっと肌身離さず大切にしてきた一枚の金貨。

ビンス老人は保存の魔法術式が刻印された革袋に、そっとエルフの書を仕舞った。

エルフの書はエルナンデス大司祭の遺志であり、唯一の形見だった。

エルフの書と十万ペグ金貨には、たくさんの妖精たちが棲みついていた。

妖精たちは、感謝の祈りを捧げられる場所に集う。

「さて…。これまで精霊信仰を守るべく、延々と地下活動を続けてきた総仕上げとなりますな。各地に潜伏する弟子たちと協力し、ウスベルク帝国からマチアス聖智教会を消し去るとしましょう」

ビンス老人は弟子に宛てた手紙を封筒に納め、宿屋の窓からメルの樹を眺めた。

夜風を受けて、メルの樹が枝を揺らす。

「メルさま。ようやく美味しい教団を布教するときが、やって参りましたぞ!」

魔法ランプの明かりを受けて、ビンス老人の目が怪しく輝いた。

◇◇◇◇

「あの人は、まったく…」

追風(おいて) の水鳥号を下船した若者が、顰め面でぼやいた。

長いこと船上生活が続いたので、硬い地面に違和感を感じる。

何やら足元が覚束ない。

「いつものことだろう。導師さまが勝手気ままなのは…」

相方の男が、周囲を見回しながら応じた。

「ものには限度があるでしょう。何も告げずに失踪するとか、あり得ませんよ」

「それだけ危険が差し迫っていたんだろ。悠長に構えていたら、殺されていたかも知れないんだぞ」

「しかし…。何年も連絡さえ寄こさないのは、納得できませんね」

「連絡、あったじゃないか」

「今になって、 漸(ようや) くね」

「うむ。ちと待たされすぎた感がある」

「どんだけ人を心配させたら気が済むのか…?」

二人はゲルハルディ大司教の弟子だった。

もちろん、精霊信仰の担い手としての弟子である。

船旅の間、ずっとぼやき続けていた若者の名はクレマン、疲れた顔で相方を宥めている男がティエリ。

ノッポとチビの凸凹コンビだ。

「クレマン…。ここって、アレだよな…?」

「私には、どうも花街のように見えるのですが…」

「導師は…。あの方は、このような場所に身を潜めていらっしゃるのか…?マチアス聖智教会が放った追跡者からすれば想定外だろうが、 些(いささ) か破廉恥とも思える」

「怪しからん!手紙で呼び出しておいて、我らを愚弄するにも程があります」

その身を案じていた師匠が、事もあろうに花街で 呑気(のんき) に暮らしているとなれば、腹立ちを抑えきれない。

二人は朱塗の門に掲げられた見事な 扁額(へんがく) に『楽園』の金文字を見て、顔を引きつらせた。

「楽園かぁー。実に楽しそうだな…。俺たちが、聖職者でなければなぁー。一晩くらい泊っていくのに…。見てみろよ。通りを行く娘たちは、みんな美人ばかりじゃないか…。あの方は大司教の地位を捨て、還俗して、女色に 耽(ふけ) っていらっしゃるのか…?」

「あの爺さまは常識人ぶって説教をするくせに、いつだって程度を知らない。これは教導者にあるまじき、逸脱行為ですよ!」

「まあ、落ち着けよ。まずは、だれかに訊ねてみないと…」

「何を…?」

「ここがメジエール村かどうか、確認しなきゃ。導師さまを見つけるんだろ」

「それは、そうですね」

取り敢えず怒りを収めたクレマンが朱塗の門を潜り、花街に足を踏み入れた。

クレマンの後にティエリが続く。

「おい、ティエリ。こんな僻地にまで、【猫まんま】が屋台を出している」

「妖精猫の店ですか…?」

最近、帝都ウルリッヒで見かけるようになった、ケット・シーの屋台。

これまで空想の存在と思われていた妖精猫族だが、あっという間に人々の中へ溶け込んだ。

お喋りで陽気な猫たちは、当りまえのように精霊魔法を使い、小さな身体で街角に屋台の店を開く。

何を売っていようが、店の名は【猫まんま】だ。

「美味しいニャー。美味しいニャー。焼きだんごだニャー」

団子が刺さった串をせっせと焼いているのは、白いケット・シーだ。

醤油ダレの焦げる香ばしい匂いが、食欲をそそる。

「だんごって、何だ?」

「何やら丸いものが、串に刺さっています」

「肉か?」

「いや…。見た感じは、肉じゃありませんね」

「くっそぉー。いい匂いだ」

匂いで客を釣るのは、屋台の基本。

「白のおじさん。お団子を五本くださいな。お醤油のを二本と、アンコの草団子を三本」

「ニャニャ。毎度アリィー。五本で二十五メルカだニャー。一本、オマケしちゃうニャ!」

「ありがとぉー」

ケット・シーが大きな木の葉で団子を包み、娘に手渡す。

「メルカって何でしょう?」

クレマンが困惑した様子でティエリに訊ねた。

だが、ティエリも首を横に振るだけだ。

「はい。三十メルカ…」

「五メルカのオツリだニャ!」

ケット・シーと娘の間で、コインの受け渡しが行われた。

「メルカって、もしかして貨幣単位ですか!?」

「まずいぞ、クレマン。ここでは帝国通貨のペグが使えないようだ」

由々しき事態である。

クレマンとティエリの財布には、ペグしか入っていない。

「なんてこった。だんごが、食べてみたかったのに…」

「腹ペコだが、まずは両替屋を探さないと…」

「こんな狭い街に、通貨を交換してくれる店なんてありますか?」

「あると信じて、探すしかないだろぉー!」

二人は後ろ髪を引かれながら、【猫まんま】の屋台を通り過ぎた。

「なぁ、クレマン。あれは何をしているんだ?」

「見たところ楽団のようですが…」

奇妙な集団である。

クレマンより上背のある男たちが、山高帽を頭に乗せて楽器を演奏していた。

そのまえで、小さな女の子がダンスを踊る。

「客寄せの見世物でしょうか?」

「うーん。少なくとも、花街に雇われた客寄せではないだろう。集まっているのは、ここらで働いていそうな遊女ばかりじゃないか」

「言われてみれば、子供を踊らせるのは違いますね」

しかも奇妙な集団が演目を披露しているのは、ミジエールの歓楽街でも一番に大きな妓楼のまえだ。

立派な建物に掲げられた扁額には、夢の館と大書されていた。

「村一番、カボチャパンツが似合うあの 娘(こ) はぁー、精霊の子ぉー♪」

「「「「「ラララーッ。カボチャパンツが似合うー♪」」」」」

楽団をバックに歌って踊る少女は、ミジエールの歓楽街に可愛いポイントを稼ぎにきたメルだった。

もちろん楽器とバックコーラスを担当しているのは、妖精女王陛下の親衛隊を務める大きなお友だちである。

「キャァーッ。カワイイ」

「こっちを向いて、メルちゃん」

「かぼちゃ姫ぇー!」

見物客たちの手拍子が激しい。

おひねりが飛ぶ。

「偉い人気だな、おい」

「まあ、人気はあるでしょう。だって、踊っている子が可愛いじゃないですか!」

「確かに、一生懸命でカワイイ!」

クレマンとティエリは、お互いに頷き合った。

二人が幼女趣味なわけではない。

本当に可愛らしいのだ。

可愛いポイントを稼ぐため、メルはあざとさに磨きをかけていた。

お手本は、兄から送られてくるアニメ動画だ。

「ムッ!?」

可愛いポイントが、二ポイント追加された。

それと同時に、花丸ショップの駄菓子が購入可能となる。

メルが欲しかったのは、梅味の仁丹だ。

「そこの二人。ありがとなぁー!」

メルはカボチャ姫のダンスを踊りながら、クレマンとティエリを指さした。

流し目をくれる少女の仕草が眩しい。

「えっ…。あの子、私に声をかけてくれたのでしょうか!?」

「おいおい…。なんか、礼を言われたぞ」

クレマンとティエリは、メルに笑顔を向けられて硬直した。

すごく嬉しいのだが、どう反応すればよいのか分からなかった。

男ばかりの修道院で生活して来た二人は、幼い少女が相手でも緊張してしまう。

演壇に立っての説教なら出来るのだが、プライベートな会話となると異性の相手は務まらない。

「らららーっ。カボチャ姫のダーンス♪」

「「「「「揺れる小さなお尻ぃー♪」」」」」

メルは上機嫌で歌った。

梅味の仁丹は、バス旅行に欠かせない必須アイテムである。

これさえあれば、ロボの激しい揺れに耐えられるはず。

操縦席でゲボすることも無くなる。

魔法の酔い止め効果。

(梅味の仁丹を食べれば、乗り物に酔わん!)

未だにスーパーロボを操縦する夢が捨てきれない、メルだった。