軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魂のデトックス

勝負は勝たなければいけない。

敗北者が手に入れるのは、いつだって負債でしかないから。

勝負に手段は問われない。

ただ単に勝てばよい。

だが強さとなると、勝負とは違った意味を持つようになる。

自分が充分に強ければ、勝負を挑んでくる者も減る。

手心を加え、負けてやることだって出来る。

『俺TUEEE』は、不殺を目的とした精霊魔法だった。

『俺TUEEE』には、余裕をもって敵を制圧するだけの力があった。

知覚速度のアップ。認識速度のアップ。思考速度のアップ。反応速度のアップ。身体能力のアップ。耐久度のアップ。

これらがセットとなった精霊魔法が、『俺TUEEE』である。

『俺TUEEE』を使用すると、別の時間軸にシフトしたような錯覚を起こす。

あらゆる動きが遅くなり、その中で自分だけはいつも通りに動ける。

妖精パワーを発動させたメルの敏捷性は、ハエの反応速度と変わらない。

人より何倍も速い時間の流れに、身を置いている。

敵対者が放った渾身の一撃は、牛歩の如くゆったりとした動きに映る。

近距離から放たれたクロスボウの矢を箸で挟むことさえ可能だった。

こうなるともう強すぎて、そこらのゴロツキ相手に負ける気がしなかった。

ちょっとだけ斬られて、やられた振りをするのも簡単だ。

メルが何年もかけて、妖精たちと編み出した精霊魔法(戦闘システム)である。

だが、メルの目論見は外れた。

復讐を望む孤児たちは、『俺TUEEE』を使いこなせなかった。

「ぶちのめすぞ、ゴラァー!」

「ヒィッ!」

「はい。そこまでぇー」

バルガスに威嚇されたユースは、腰を抜かして後退りした。

先に試したグレッグも委縮してしまい、満足に闘うことが出来なかった。

「ムリ、無理。絶対に無理です」

「あんなの、怖くてイヤ!」

エレナとカリンは、試すまえからドロップアウトだ。

魔法学校の訓練施設で、四人の生徒たちはガクガクと震えていた。

「メルよぉー。この役目は、地味にダメージ喰らうわ。さすがのオレも、やさぐれたくなる!」

「むーっ、悪かった。スンマセン」

「スンマセンじゃねぇよ。悪役なら、そこで突っ立っている騎士殿にでもやらせろ。わざわざ、オレを呼びつけるんじゃねぇ!」

「だってさぁー。騎士さんは、悪役してもウソっぽいで…」

「それでオレかぁー?なおさら、ムカつくわ!」

バルガスは腹立たしげに、メルを睨みつけた。

「わたしが不器用で、バルガス殿にはご迷惑をおかけした。誠に申し訳ない」

子供たちが心配で見守っていたカール・レストナックは、バルガスに深々と頭を下げた。

きちんとした礼儀作法を身につけた騎士に、野卑な冒険者の真似は難しい。

そもそも小さな子供たちに、本気の殺意をぶつけられない。

その点バルガスには、メルを細切れにしようと目論んだ前科があった。

子供を嚇すくらい、朝飯まえである。

「うーむ。こらぁ、あきまへん。仕返しどころの話ではなぁーよ」

「おいおい、仕返しだとぉー?まさか、オレみたいなのが相手か…。オマエなぁー。チビどもに、ムチャさせんじゃねぇーよ」

「無茶かぁー。確かに、バルガスの仰る通りデス。こんなんでビビっとったら、どぉーもならんのぉー」

「ゴメンナサイ…。ウェッ、こっ、怖くって…。ひぃ……」

クラスの中でも負けん気の強いユースとグレッグが、シクシクと泣きだす。

PTSD(心的外傷後ストレス障害)だった。

厳ついオッサンに怒鳴られると、いきなり心が凍りついてしまう。

あとはパニックに陥って、泣き叫ぶだけ。

「あーたらは、なんにも悪ぅーないヨ。わらしが、至らんかった」

メルの自己イメージは、異世界転生したチート勇者だ。

誰にも負けない自信がある。

メルが斯くも楽天的なのは、絶望的な立場で虐げられた記憶を持たないからだ。

異世界に転生した後も負け知らずなので、心に傷を負う機会さえない。

メルのトラウマは病人食と蟲だけ。

付け足すにしても、同世代女子による他愛のない虐めくらいだ。

トラウマと呼ぶより、克服可能な苦手のレベルである。

強面のオヤジたちともなれば、むしろ恰好の獲物だった。

うっぷん晴らしの標的でしかない。

一方、孤児たちは、強い自分をイメージできなかった。

凶悪で粗暴な冒険者たちに追い回された記憶が、脳に焼き付いている。

身内や仲間を無残に殺された者も、少なくなかった。

こうした経験は最悪の呪いとなって、妖精パワーを得た今も子供たちの心に巣食っていた。

『浄化』の魔法は、子供たちの心から穢れを祓ってくれない。

これは魂を腐らせる毒だった。

怯えている四人を前にして、メルは途方に暮れた。

メモ用紙に名前を記載された生徒たちは、おそらくこの四人と同じような問題を心に抱えているはずだ。

(復讐すれば心も治癒されるって、安易に考えていたけど…。『俺TUEEE』は、傷つけられた子供たちの助けにならない。こうなったらもう、恐怖と憎悪を心から抜き取ってしまうしかないか…)

『俺TUEEE』を使って、悪党どもに地獄の苦しみを味わわせる作戦は、テスト段階でとん挫した。

この手の穢れは、勝者から敗者へと押しつけることが可能である。

だからこそ、虐めはなくならない。

どうにもこうにも、スカッとしない展開である。

それでも心のデトックス(毒抜き)は、欠かせなかった。

「なあ、メル。こいつら泣き止まねぇ。何とかしろよ。辛気臭い。オレの心が、ザイアクカンでヘシ折れちまうだろ」

「バルガスの癖して、罪悪感の意味を知っとぉー?」

「オマエ、本当に失礼なチビだなぁー。ザイアクカンてのはヨォー。ほら、あれだ…。えーと」

「なんにせよ、この子らは己の不甲斐なさが悔しゅーて泣いとるのデス。おまぁーなんぞ、これっぱかしも関係なぁーわ!」

メルは説明に難儀するバルガスの台詞をぶった切った。

「はぁー。しょうもなし…。奥の手を使う」

メルが口にした奥の手とは、クリスタがコソコソと隠れて使っていた『 呪(じゅ) 』である。

ベルゼブブ(孫機)が盗んできた呪術の秘技だ。

「婆さまの魔法なら生霊だって飛ばせるんやし、この子らの悔しさを 分身(ワケミ) に封じればええデショ!」

メルはクリスタの使っていた分霊術が、呪術であることに気づいていなかった。

この世界で呪術を使えるのは、クリスタを含めて数人のみである。

秘匿された禁断の知識だ。

だが、細かいことは気にしない。

それが妖精女王陛下である。

「しかぁーし。内緒にしとかにゃアカン。バレたら、婆さま怒りよぉーモン」

メルだって、この技術をクリスタが隠しているのは察していた。

「わらしが知っとぉー妖精さんたちのマホォーと、微妙ーにちゃうねん…。陰湿で、陰険で、スカッとせん。おとろしかマホォーじゃ」

「おいおい…。そんなモンをガキどもに使って、大丈夫なのかよ…?大丈夫なんだろうな…?」

バルガスが心配そうに訊ねた。

「うむっ。わらしが帳尻を合わすで、問題なかぁー。だけど秘密じゃ!」

クリスタに知られたら、多分おそらく折檻されるだろう。

十歳にもなって、お尻を叩かれるのはイヤだ。

何より、メルの乙女心がヤバイ。

「そんでも、やるしかなぁーわ!」

メルの目がキョドる。

ビビッて捜しても、魔法学校の訓練所にクリスタは居ない。

ペロリと付け髭が剥がれ落ちた。

理事長センセイの威厳は、何処へやら。

正々堂々、大っぴらにブチかますはずの悪党退治が、極秘ミッションに変わってしまった。

「復讐させたると約束しといて、都合が悪ぅーなったら肩透かしは許されん。わらし、自己犠牲の精神ヨ…!ぬおぉぉぉぉぉー。おいでませ、追跡型メンヘラ精霊さま!!」

メルはヤケクソで、 人形(ひとがた) の精霊をクリエイトした。

全部で四体。

顔のない、真っ黒な布製の 人形(ひとがた) が完成した。

サイズは小さい。

小さな子供が腕に抱く、ヌイグルミほどの大きさだ。

精霊だけど、ピクリとも動こうとしない。

見たところ悍ましい人形である。

「上手にでけたわぁー」

本来であれば呪われたあれやこれやを素材として作られる 人形(ひとがた) だけど、精霊クリエイトを使えば一発だった。

しかも効果の方は、マシマシである。

「おい。オレの方に持ってくるな。なんか禍々しいんだよ!」

「おーっ。バルガスも、幾らか成長したのぉー。これはぁー、霊的な危険物デスワ」

メルの口元に笑みが浮かんだ。

所謂(いわゆる) それは、呪いの人形だった。

◇◇◇◇

結局メルは、メモ用紙に記載されていた生徒たち全員に呪いの人形(追跡型メンヘラ精霊)を配った。

まあ誰一人として、バルガスの恫喝に耐えられなかったのだから、やむを得ない。

そして手配書を貼り付けてまわる役目は、チル、セレナ、キュッツに任された。

引率は勿論、メルの仕事である。

「あーたらには、何だか申し訳ないデス」

「いやぁー、とんでもない。『俺TUEEE』、サイコォーっす」

「あたしたちも、クソ冒険者には恨みがあるもん。これは、むしろご褒美だよ。こんなボランティアだったら、幾らでも引き受けちゃう」

「うん。『俺TUEEE』があれば、あの人殺しどもだって怖くないよね」

メルからもらったエクスカリボーを手にして、三人はノリノリだ。

もう既に、バシバシと殴るつもりでいる。

当初メルが考えていた復讐計画は、この三人にこそ相応しかった。

他の孤児たちには、ちとハードルが高すぎたのだ。

「ほんでなぁー。あーたらには、冒険者ギルドの職員になってもらいマス!」

「えぇーっ。そんなこと出来るの?!」

「うん。わらし、冒険者ギルド本部を乗っ取りました。今は仮のギルドマスターがおるで、チルたちをギルド職員として登録したる」

「マジか…?」

「と申しますか、不良冒険者を取り締まるにはですね。テェートの警邏隊に入るか、冒険者ギルドの職員になるしかないんデス。どっちが簡単かと申しますと、だんぜん冒険者ギルドの職員に軍配が上がりマス…。犯罪者どもの手配書を貼るだけなのに、もぉー手続きが大変デスワ!」

「「「本当にやったんかい…?!」」」

不良冒険者を取り締まるために、冒険者ギルド本部を乗っ取るヤツは居ない。

只々、驚くしかなかった。

そもそも冒険者ギルドは、調停者クリスタによって作られた組織なのだ。

よってクリスタの許可さえあれば、 統括責任者(グランドマスター) の首を挿げ替えることも容易い。

メルに連れられて冒険者ギルド本部を訪れたチルたちは、そこで再び呆れかえった。

「いらたいませ、小さニャ勇者たち。ボクが冒険者ギルドの 統括責任者(グランドマスター) 、ミケ王子だニャ。よろしくするニャ…。で、ご用件はニャンですかぁー?」

「「「えええぇーっ!!」」」

冒険者ギルド本部の受付カウンターでチルたちを迎えたのは、ニヤニヤと笑うミケ王子だった。

妖精女王陛下のすることは、滅茶クチャである。