作品タイトル不明
手配書
カール・レストナックは、ウスベルク帝国を守る経験豊富な騎士だった。
モルゲンシュテルン侯爵領に於いて壊滅させられた、帝国騎士団の生き残りである。
もとより、精神論で太刀打ちできる相手ではなかった。
魔導甲冑の威容は、カールの心をへし折った。
『俺は負け犬だ…』
そんなカールは、いま魔法学校の一生徒となっていた。
カールに精霊魔法の素養はなく、授業で学んだ魔法術式が役立つ日は訪れそうもない。
だけど魔法学校での生活が無駄だと思ったコトは、一度もなかった。
まともにやり合ったのでは、ミッティア魔法王国の魔導甲冑を相手にしても勝ち目はない。
バスティアン・モルゲンシュテルン侯爵に一矢報いたければ、どうしても強力な精霊魔法使いの援護が必要になる。
ゆえに魔法学校で学ぶ子供たちは、カールにとって希望の光なのだ。
戦いの主役は、間違いなく精霊魔法使いになるだろう。
カールの役割は、命懸けで精霊魔法使いを守ることだった。
『何としても、この子たちと信頼関係を築きたい』
だが、事は容易く進まなかった。
遊民保護区で虐げられていた孤児が、そうそう大人を信用するはずもなく、魔法学校に在籍するカールたち騎士は、開校以来、思わしい結果を出せずにいた。
『怖がられている』
大きな身体、逞しい腕、鋭い眼光…。
子供たちはカールを見て、理不尽な暴力を予感する。
苛め抜き、鍛え上げた身体が、これほど疎ましく思えたことはない。
カールは焦っていた。
孤児たちに心を開かせるのは、意中の娘を口説くより遥かに難しい。
時間は、幾らあっても足りなかった。
こうして子供たちと席を並べ、魔法学校の授業を受けるうちに、カールたち騎士の意識も変化していった。
魔法学校の精霊教師は一般社会の禁忌を歯牙にも掛けず、ウィルヘルム皇帝陛下をこき下ろす。
カールの顔面を蒼白にさせるような理屈が、滔々と語られる。
『不敬だろう!』と叫びたい。
だが、それは出来なかった。
何故かと言えば、魔法学校を設立した妖精女王陛下は、ウィルヘルム皇帝陛下より遥かに偉いからだ。
エーベルヴァイン城の廊下で、小さな妖精女王陛下に打擲されるウィルヘルム皇帝陛下の姿が、幾度となく目撃されていた。
また特権階級を批判した精霊教師は、『統治者が居なければ、どうなるのか…?』と生徒たちに問いかけた。
その質問は、『キミが皇帝陛下の立場なら、どうするのだろうか…?』と続く。
誰もが考えこまざるを得なくなった。
カールも同じである。
よりよい社会とは…。
もう反逆だとか、不敬だとか、どうでも良くなった。
悶々と頭を悩ませるしかない。
そんなある日のこと、精霊教師が沢山の紙を生徒たちに配った。
「キミたちは前回までの授業で、『転写』の魔法を身につけた筈だ。今日の授業では、実際に『転写』を行ってもらいたい。手元に配布した人物画を魔法紙に複製し、わたしに提出するのだ」
魔法教師から手渡された紙には、リアルな顔が描かれていた。
(これは…。手配書の人相書きだ。それにしても達者な絵だ!)
当然だった。
それはカメラマンの精霊が、実際の映像から加工した絵である。
モデルとなった人物は、遊民保護区で面白半分に孤児たちを殺していた悪党どもだ。
「キャァーッ!」
「いやぁー!」
教室内で悲鳴が上がった。
「ふざけんな!」
「ぶち殺してやる…」
配られた紙を引き裂き、投げ捨てる生徒が現れた。
「おい…。どういう事だ?」
カールは驚き、疑問を口にした。
「ユース、グレッグ、エレナ、カリン…。あとで理事長室に行きなさい」
精霊教師が生徒たちを落ち着かせ、静かに告げた。
「なぜですか?」
「キミたちは穢れている。心の滓を浄化しなければいけない」
精霊教師はユースの質問に答えた。
ここに至り、ようやくカールも何が起きているのか察した。
(畜生め…。手配書の悪党どもに、何かされたんだな…。こいつら、冒険者か…?)
カールは何枚もある手配書をペラペラとめくり、一人残らず記憶した。
「赦せん!」
子供たちが屈強な男を嫌うのは、手配書に描かれている悪党どものせいだった。
◇◇◇◇
ユースは下唇を噛んで俯いた。
「僕が、穢れている…?」
グノーム(地)先生の言葉が、ユースの頭の中でリフレインされた。
以前から、精霊教師たちは遊民保護区で虐げられてきた孤児たちに、復讐を忘れろと指導していた。
魔法学校で精霊魔法を学びたければ、恨みや復讐心に囚われてはならないと…。
友愛こそが、妖精たちと通じる資格なのだ。
ユースの臓腑を焼き焦がすドス黒い殺意は、ケガレだった。
理事長室に行けと言われた。
「腐ったリンゴは、他のリンゴまで腐らせる。たぶん僕は、取り除かれる…。放校処分かぁー」
そんなことになれば最悪だ。
左前方を見ると、グレッグが陰鬱な表情で『転写』の魔法を使っていた。
エレナやカリンとは、席が離れているので確認できない。
だけど、その心境はユースと大差ないだろう。
(こんな騙し討ちみたいなヤリ方は、卑怯だと思う。ズルいよ)
歯を食いしばっていないと、泣いてしまいそうだ。
ユースだって希望に満ちた明日を信じたくて、これまで必死に頑張ってきたのだ。
他人の物を奪わない。
困っている子たちには、手を差し伸べる。
クラスメイトを傷つけるような言動は可能な限り避け、自分から信頼関係を築く。
どれ一つを取っても、簡単ではなかった。
生きるのに精一杯な孤児たちは、そもそも他人を信じたりしない。
そんなのはアホがすることだ。
そしてお人好しのアホは、生き残れない。
他人を出し抜いて蹴落とすのは、孤児たちの日常だった。
だけど、やさしい 妖精猫(ケット・シー) たちが、当りまえのコミュニケーションを教えてくれた。
妖精郷のような魔法学校だからこそ、 貧民窟(スラム) のリアルを忘れられた。
おそるおそる他人に話しかけ、ようやく手に入れた私物を交換した。
それだって、授業で精霊教師に指示されての話だ。
(飴玉を一個、隣の席にいる子に渡す。たった、それだけの授業…)
本当なら、誰が自分の所有物を他人に上げたりするものか。
あれは、身を切られるほどに辛かった。
ユースにとって、それは忘れられない授業である。
目のまえが一気に開けていくような、とびきりの体験だった。
(交換してもらった飴玉が、すんごく美味しかった)
本能のように染みついた行動原理を修正するのは、生まれ直すより手間が掛かった。
誰かを喜ばせたいと思えるようになるのは、本当に大変だった。
「僕は頑張った」
それが、ほんの一瞬で崩れ去った。
紙に描かれた男の顔を見た途端、ユースの心は真っ黒に染まった。
(不意打ちだ…。いきなり、現実を突き付けられた!)
その男は、ユースの姉を殺した悪党だった。
赦せるはずがなかった。
◇◇◇◇
「放校処分…。何の話デスカ?」
理事長室で椅子に腰かけたメルは、カクンと首を傾げた。
「腐ったリンゴは樽から取り出して、捨てなければいけません。僕たちは穢れているから、他の生徒たちにまで悪影響を及ぼしてしまいます」
「ううっ…。私たちは恨みを忘れられないから、ここに居られないんですよね」
「今まで、ありがとうございました。 貧民窟(スラム) から救い出してくれたタケウマ先生には、感謝しかありません。オレが至らなくて、お役に立てませんでした」
「ゴメンナサイ。わたし、どうしてもアイツが赦せないの…。この手で、殺してやりたい」
「だけど…。あんな騙し討ちみたいな真似は、されたくなかった。手配書の転写とか、やり方が酷すぎるよ。最後の授業なのに、僕は悔しいです」
理事長室に呼ばれた四名の生徒は、口々に心の内を語った。
「はぁーっ。最後のナニ…?授業は、まだ終わらんよ」
「えっ。タケウマ先生は、僕らの適性を試したんですよね…?」
「悪党の顔が描いてある紙を転写させたでしょ。あれって、オレたちが穢れているのを暴くためじゃないの…?」
「グレッグくんの推理は 間違(まちご) ぉーとらんけど、腐ったリンゴってナニ…?どうして、そうなる…?」
「それでしたら、何のために私たちは呼ばれたのでしょう?」
カリンが怪訝そうな顔で訊ねた。
「えーと、敢えて言うとするなら…。ぼらんてぃあ…?」
生徒たちの追及に気圧されたメルは、戸惑いながら答えた。
「何で理事長センセイが、疑問形なんですか…?!」
エレナがヒステリーを起こした。
「もぉーっ。怖いから、そうやって怒鳴るなや…!心配せんでも、放校処分とかなぁーよ。わらしたちはヒトですから…。恨んだり嫉んだりするんは、しゃぁーないデショ。んな、アータらは、いったい何を目指しとぉーヨ?」
「ええーっ?だって、恨むのは良くないって…」
「良くないけど、しゃぁーないデショ!わらしだって、『自分ちっさいわぁー!』と思いながら、アーロンに意地悪してマス。思い切り、嫉妬してマス!憎しみマックス!!」
「どうしてですか…」
「アイツ、男やし。イケメンじゃありませんか…。わらしだって、イケメンに生まれたかったわ!」
「「「「そんなの、意味わかんなぁーい!!」」」」
メル(美少女)からトンデモ発言を聞かされて、生徒たちが絶叫した。
「アータらは、分からんでエエよ。この話は、突っ込まんでな…。理事長センセイ、簡単に発狂してしまうから…。あーっ。そんでもってボランティアの話です。授業で転写して貰ったのは、犯罪者の手配書。ならず者とか、不良冒険者なっ。これから、それを貼りに行くのですが…」
「はぁーい。タケウマ先生。何処に貼るんですか?」
「取り敢えず、テェートのあちこちです。とくに、遊民保護区を狙い撃ちしようと思ぉーとるよ」
「こんなものを貼りまくったら、悪者に襲われてしまいます。手配書を掲示するのは、警備隊の仕事だと思います」
「ユースくん。エエとこに気づきました。テェート警備隊の仕事を肩代わりするから、ボランティアなのです。ボランティア…。社会奉仕活動は、魔法学校の新しい試みデス。ウスベルク帝国のフーベルト宰相から正式に許可を頂いておりますが、安心安全に行われなければなりません。ひとかけらでも、魔法学校の生徒に危険があってはいけません。わらしたちは精霊魔法使いらしく、ちゃんと工夫しましょ」
メルが悪い顔で、ニヤリと笑った。
「そんなことを言っても…。こいつらに常識は通じません。最低の人殺しどもです!」
「社会奉仕活動って…。こんなの自殺行為じゃないですか…」
「タケウマ先生、死ぬ気かよ?!」
「いやいや…。ペタペタと手配書を貼りつけるのは、アータらの仕事だからね。わらしは、貼る場所を指示するだけぇー。アータらは、自分の心配しような!」
「ちょ…。理事長センセイは、オレらに死ねと…?」
グレッグが驚いて、仰け反った。
陰鬱な雰囲気を纏って理事長室に入ってきた子供たちは、メルと会話をしているうちに、すっかり素に戻ってしまった。
「あっ。他のクラスからも、ボランティアに参加してもらうよぉー。もうメンバーは、決めてあるのだ」
「私たちだけじゃないんですね」
「もちろん…。恨み骨髄の子ぉーは、残らず参加じゃ。仲間外れにしたら、可哀想デショ!」
「うはぁー。そういうイベント?」
「わらしが引率するのに、大勢はしんどいので…。数名ずつ、日替わりデス」
メルが手にしたメモ用紙を見せた。
そこには、びっしりと生徒たちの名が並んでいた。
「欠席は許しません」
ショックで授業中に泣きだしたり、怒りに駆られて手配書を破り捨てたペナルティーは、ボランティア活動への強制参加だった。
この条件は、他のクラスにも適用されていた。
「はぁーい。理事長センセイの頭に、注目ぅー」
メルは席を立ち、生徒たちに後頭部を見せた。
「うわぁー。でっかい絆創膏…」
「どうしたんですか?」
「痛そう」
「スケボーで、転んだ?」
「失礼な…。転ぶか、ボケェー。わらしは、スケボーの達人よ……。それはミゾレが降る、とても寒い日のことでした。わらし、ドタマをハンマーでカチ割られマシタ!」
とっくに傷は治っていた。
だから絆創膏を貼って、負傷をアピール。
「ムカつくわぁー。後ろからやられたんで、どいつか分からん。クソ冒険者だってことしか、覚えとらん(ウソ)。しゃーないから、手当たり次第に復讐しちゃります!」
「「「「ええぇーっ!!」」」」
思いもよらぬ復讐宣言である。
しかも無差別だ。
復讐感情は禁忌だと、魔法王や精霊教師たちから繰り返し教えられてきたのに、妖精女王陛下による容赦ない手のひら返しを喰らって、生徒たちの脳ミソが機能停止状態に陥った。
「そんじゃまぁー。安心安全のために、アータらを強ぉーせなアカン。なので理事長センセイのオリジナル精霊魔法、『俺TUEEE』を伝授したるわ!」
「なんだそれ…?」
「タケウマとスケボー以外にも、特技があったんだ」
「グレッグったら…。理事長センセイは、召喚魔法を見せてくれたじゃん」
「そうだよ、グレッグ。カリンの言う通りだよ。理事長センセイが、ドラゴンを召喚したの忘れた?」
「うっ…!そりゃぁー、覚えてるさぁー。だけど理事長センセイって、いっつも遊んでいる印象しかないから…」
グレッグが気まずそうに、言い訳をした。
「ぐぬぬぬぬっ、失礼千万…。グレッグくん、何ならポイントカウンターの数値を半分に減らそうか…?」
メルが憤怒の形相で、グレッグに迫った。
「ちょっと、理事長センセイ…。それは止めて…!」
「アハハ!」
ユースは声を上げて笑った。
いついつだって、理事長センセイは教えてくれる。
こうして生きているのが奇跡なのだから、楽しまなければ罰が当たるって。
復讐を楽しもう。
仲間たちと笑いながら、悪党どもに仕返しをしてやる。