軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

呪いデス

「おい、見ろよセップ!あいつら…」

チェイスは小声で仲間に声をかけ、通りの角に設置された真新しい掲示場を指さした。

「んっ…。あーっ。もしかして、俺らの手配書か…?」

「あんのクソ餓鬼どもめ。ペタペタ、ペタペタと…。そこいらじゅうに貼りつけやがって…!」

リノが苛立たしげに唾を吐いた。

チェイス、リノ、セップ、そしてサリムことフランツの四人組は、先日メルを襲った不良冒険者である。

帝都ウルリッヒと冒険者ギルドから賞金を懸けられた、重要凶悪事件の容疑者だ。

容疑者とは言っても、魔法具の密輸、誘拐、人身売買、傷害に殺人、恐喝、強盗と罪状に事欠かない。

捕まれば一発でアウトだった。

これまでは、貴族や豪商の汚れ仕事を請け負う不良冒険者が罪に問われるコトなど、一度として無かった。

犯罪を取り締まる組織自体が、どうしようもなく腐敗していたからだ。

だが最近になって、帝都ウルリッヒの要職にあった武官や文官が次々と入れ替わった。

体調不良や心労を理由にしての引退だった。

薔薇の館に足繫く通っていた、親ミッティア魔法王国派の面々である。

ゴットフリート・フォーゲルに成り済ましたギルベルト・ヴォルフが、客に提供していた媚薬を切り替えたのだ。

ニキアスとドミトリが用意した薬に…。

汚職官吏たちは、深刻なせん妄状態に陥った。

フーベルト宰相は待っていましたとばかりに、空席となったポストを親皇帝派の貴族たちで埋めていった。

こうした背景があって、帝都ウルリッヒの犯罪者取り締まりは厳しくなった。

その変化は、不良冒険者たちも肌で感じていた。

息苦しい。

どうにもこうにも居心地が悪く、ムシャクシャとする。

「けっ。ムカつくぜ!」

「まったくだ」

鼻歌を歌いながら手配書を貼りつける少女を睨みつけ、セップは短剣の柄に手をかけた。

「へへへ…。ちょうど四人だ」

「ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ…。ガキどもは四人。俺たちも四人。こりゃぁー、 殺(や) るしかねぇべ」

「でっかい犬がいるぞ。荷車を牽いている黒い犬は、どうするよ?」

「最初に、オレが犬をぶち殺す。アンタたちはガキどもを取り囲んで、逃がさないようにしてくれ」

サリムことフランツが、得物の 戦鎚(ウォーハンマー) を示した。

一撃で硬い頭蓋骨を砕くなら、剣より使い勝手のよい武器だった。

「何にせよだ…。荷車に載せてある手配書は、ぜぇーんぶ燃しちまわねぇとな!」

チェイスが、吐き捨てるように言った。

チェイスは自分の人相書きを目にしてから、まったく心が休まらない。

掲示板や壁に貼られた手配書のせいで、馴染みの酒屋にも顔を出せなくなった。

他の面々も、チェイスと似たような状態である。

「けたくそ悪い…。遊民保護区域にまで、忌々しい掲示板を設置しやがって…!」

「それにしても、何でガキなんだ…?警邏隊や冒険者ギルドは、人手が足りてねぇーのかよ?」

「なんにせよ、ガキに手配書を貼らせるのは悪手だ。そいつを思い知らせてやるべ」

不良冒険者たちにとって都合が良いことに、ここは治安の悪い 貧民窟(スラム) である。

誰かに見られたところで、黙らせるのは簡単だ。

見回りの衛兵も、滅多に立ち寄らない。

「警邏隊が貼って歩いてるなら身を隠すけど、ガキじゃなぁー」

「さては、新人冒険者の仕事かぁー?」

「うひひっ。新人のガキには教育が必要だぜ」

「だったらヨォー。ここは先輩として、受けちゃいけねぇ依頼があるって、ひよっこどもに教えてやらなきゃなぁー」

手配書を貼って歩くだけなら、子供にもできる簡単な仕事だった。

運悪く、犯人に見つかりさえしなければ…。

不良冒険者たちは、何食わぬ顔で子供たちに近づいて行った。

「サリム、一撃で仕留めろ。でっかいから、 殺(や) り損なうとヤバイ」

「分かってる」

サリムことフランツは、小さく頷いた。

黒い犬は、仔牛のように大きい。

手足や首が太く、咬合力も並外れて強そうだ。

確実に頭部を破壊しなければ、手痛い反撃を受ける危険性があった。

セップがフランツの背中をポンと叩いた。

「おぅ!」

フランツが 戦鎚(ウォーハンマー) を構えて、素早く黒い犬に駆け寄った。

「死ねや、ウラァー!」

力任せに振り下ろされた 戦鎚(ウォーハンマー) が、黒い犬の頭に命中した。

フランツの 戦鎚(ウォーハンマー) は、ゴキンと音を立て…。

弾き返された。

「ウギャァー!クロ、大丈夫かぁ…?」

メルはロルフ(クロ)が殴られる場面を目にして、仰け反った。

自分が殴られるよりショックだった。

だけど、ロルフは 妖精犬(バーゲスト) だ。

それもメルの祝福を受け、精霊樹の実まで食べている。

へっぽこ冒険者の攻撃など、ものともしない。

「オッサン、何しよるかぁー!」

「はわわわっ!!」

ロルフ(クロ)を殴ったフランツは、メルを見るなり激しく動揺した。

己の手で殺したはずの少女が、目のまえに立っていた。

「おまえ、なんで生きてる…?」

少女なのに、王子パンツ。

気づいてみれば奇妙な衣装も、同じである。

寒い雪の日に、 戦鎚(ウォーハンマー) で頭をカチ割ったはずの娘だった。

「バウッ!!」

「はっ!」

フランツの右腕にロルフが噛みついた。

「コイツ…。放しやがれ!」

「グルルルルッ…」

ガッツリと牙が食い込み、身を捩っても黒い犬を突き放すことができない。

「うがぁっ!」

握っていた 戦鎚(ウォーハンマー) が、地面に落ちた。

「やべぇぞ…。こいつらは、バケモンだ!」

「ひぃー!」

「逃げろ」

リノ、セップ、チェイスの三人も、メルの顔を覚えていた。

それだけでなく、脳天に 戦鎚(ウォーハンマー) を喰らって微動だにしない犬は、どう考えても普通じゃない。

「おい。待てよ。待ってくれ…。俺を置いて行くのかよ!」

「すまねぇ!」

「悪いが、先に行かせてもらうぜ」

「サリム…。オマエも、何とかして逃げて来い!」

フランツは逃げられない。

ロルフが腕に噛みついているので、逃げたくても逃げられなかった。

「そんな殺生な…。戻ってきて、俺を助けろ!」

噛まれた右腕は痺れ、ダラダラと血が滴り落ちた。

恐怖で顔は固まり、膝がガクガクと震えた。

「おいっ。おいて行かないでくれぇー!」

フランツが叫んだ。

「コイツ。手配書で見た」

チルがフランツを睨み据えた。

「うん。コレだろ…。エヘヘ。オレが見つけてやった」

キュッツが手配書を掲げた。

「エイ!」

セレナがエクスカリボーで、フランツの腰を叩いた。

「ギィィィィヤァァァァァァァーッ!!」

フランツは、剣で斬られたような激痛に襲われた。

堪らず悲鳴を上げて、地面に膝をついた。

「やっちゃえ!」

「おう。この人殺しがぁー!」

「仲間たちの仇だ。くらえ。くらえ!!」

「ひぃ。痛い。イタイ。その棒、やめて…。フギャァァァァァァァーッ!」

もう、三人がかりで滅多打ちだ。

残念ながら 貧民窟(スラム) なので、フランツが悲鳴を上げても助けは現れない。

不良冒険者は、遊民保護区域の嫌われ者だった。

「グルルルルルルル…ッ。バウッ、バウッ!」

『もっとやれ!』とばかりに、ロルフが吠えたてる。

「むぅ。わらしの出番がない…」

仕方がなくメルは、手配書を貼る作業に戻った。

「うふぅー。うまいこと描けとぉーよ。こんなん貼られたら、堪らんのぉー」

悪者を 殴(ボコ) るのも楽しいが、こうした地味な嫌がらせは大好きだった。

◇◇◇◇

逢魔が刻。

仲間を見捨てて逃げたチェイスは、リノやセップとも別れて自分のネグラに戻った。

バケモノと遭遇した後で一人きりになるのは、不安で心細い。

以前であれば、こんな時は冒険者ギルドに居座って、潰れるまで酒を飲んだ。

だけど、あの雪の日以来、チェイスたちは冒険者ギルドを避けていた。

「あの通りは、人目が多くて落ち着かねぇ!」

酔った勢いもあったが、臆病者の新入りサリム(フランツ)に子供を殺せるとは思わず、ついつい煽ってしまった。

「絶対に見られている。それだけじゃねぇ…。グレゴールは、俺たちが 殺(や) ったと思っている」

手配書には、冒険者ギルドからの賞金額も記載されていた。

「生死を問わず、俺を捕らえたなら100万ペグか…」

大金貨で1枚。

金貨なら10枚だ。

「ふざけるんじゃねぇーよ。俺さまに、そんな価値があるか…!」

不貞腐れてベッドに転がり込む。

酒瓶を手に取り、火酒を口に含んだ。

「んっ?」

何やら、視界の端で動いた。

もう部屋の中は暗い。

書物を読む習慣などないチェイスは、まともな照明器具を所有していなかった。

「腹が減ったけど、飯屋には行けねぇ…」

行きつけの飯屋は、手配書が貼られた通りにあった。

『オマエ、犯人じゃねぇのか?』と、酔っ払いに 揶揄(からか) われるようなレベルの、不確かな人相書きではない。

手配書を見た者なら、直ぐにチェイスだと分かってしまう。

顔がそっくりだし、その他の個人情報も正確だった。

この分では、急いで帝都ウルリッヒから脱出した方が良い。

「だがヨォー。先立つものがねぇ」

不良冒険者に、貯えなどある筈もなかった。

「100万ペグかぁー。そんな金があるなら、俺に寄こしやがれ!」

薄暗い部屋のすみっこに、闇が凝った。

蹲った子供のように見える。

空腹で強い酒を呷ったせいか、酔いが回った。

「うぅーっ。ガキに用はねぇ!」

チェイスは毛布を被り、眠りについた。

翌朝、目を覚ますと、シーツが血まみれになっていた。

「なんじゃ、これは…」

首がヒリヒリと痛い。

剃刀で斬られたような痛みだ。

「…ッ!」

指で探ると、首に傷痕があった。

「どういう事だ?!」

ベッドの下に、愛用のナイフが落ちていた。

「だれか、部屋に入ってきやがったのか…?」

ドアと窓は、部屋の中から施錠されていた。

人殺しは他人を信用できないので、我が身の安全に気を遣う。

「これは呪い?」

チェイスの顔が、一気に青褪めた。