軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

斎王ドルレアックと蛟の姫

斎王ドルレアックは、ポコポコと清水が湧き出る泉のほとりで、エルフ族の行く末について思いをはせていた。

メジエール村を訪れて、斎王ドルレアックの頑なさも幾分かほぐれた。

そうなれば調停者クリスタとのいがみ合いより、これから先のことが気にかかる。

昔のように踏ん張りが利かなくなり、斎王としての役目にも自信を持てなくなっている。

それなのに、次期斎王を任せられる後継者は居ない。

何もかも投げ出して、メジエール村で暮らしたかったが、無責任な真似は出来ない。

せっかく考える余裕ができたと思ったら、今度は憂鬱に襲われた。

「はぁー。立場か…。緊張が抜けてしまうと、こうも辛いものか…。この地に、来るべきではなかったのかも知れないな…」

斎王ドルレアックの口から、弱音が漏れた。

ひとり泉のほとりで、太い倒木に腰を下ろす。

脳裏に浮かぶのは、屈託のない笑みを浮かべて走りまわる村の子ら。

メルの生命力に満ちた瞳。

「精霊の子ですか…」

何もかもが眩しくて、羨ましかった。

そのとき、斎王ドルレアックの耳に、葉擦れのようにひそやかな声が語り掛けてきた。

「斎王よ…。エルフ族の長よ…」

やさしげな女性の声だ。

「……おや?」

「泉の中央に、わたしの姿が見えますか…?」

「どなた様でしょうか?」

「ワタシの名は、ザスキア。妖精女王陛下にタルブ川の守護を任された、 蛟(みずち) です」

泉の水面に、白い蛇が顔を覗かせていた。

「おおっ…。これは尊き御方に気づかず、まことに失礼をいたしました」

斎王ドルレアックは倒木から腰を上げ、白蛇に額づいて敬意を示した。

「うむっ。良い心がけです。しかし、畏まらずとも構いませぬ。そのように 面(オモテ) を伏せていては、オマエの美しい顔が見えません」

「ザスキアさま…。わたしはドルレアックと申します。もしかして、この泉は 貴女(あなた) さまのお住まいでしょうか…?」

「この泉が禁域かと…?違います。そのような心配は要りません。オマエに声をかけたのは、ユグドラシル王国から言伝を頼まれたからです」

「言伝ですか…?世界樹、ユグドラシルから…?」

「概念界に於いて妖精女王陛下が決定されたことですが、メルさまは目覚めると 彼方(あちら) でのことを忘れてしまわれる…。ふふふっ…。それ故にわたしが、こうして伝えに参ったのです」

「お手数をおかけして、申し訳ございません。それで言伝の内容とは、大事なことでしょうか…?」

「オマエやエルフ族にとっては、大ごとでありましょう」

白蛇ザスキアは、ちょっと考えるような素振りを見せてから答えた。

斎王ドルレアックの顔が、不安で曇った。

すでに滅亡を危惧されるエルフ族に、これ以上の困難は耐えられない。

統率者としてなす術がないような知らせであれば、絶対に聞きたくなかった。

それでも斎王である以上は、どうしたってエルフ族を導く責務から逃れられない。

ドルレアックには、姉グウェンドリーヌのような柔軟さがなかった。

だから、結局は自分に犠牲を強いてしまう。

「是非とも、お聞かせください」

「ふむっ。妖精女王陛下は、エルフ族の居住域を接収なさるおつもりです。聖地グラナックや城塞を含めた、すべての土地を…」

「……なっ、ななな。何ですって?」

「ほほほほっ…。慌てふためく姿も、かわゆらしい。ですが、わたしの話は終わっていません。落ち着いて、最後までお聞きなさい」

「はっ!失礼いたしました」

「なにも、今すぐに皆を追い出そうと言う話ではない…。かつて繁栄を誇ったエルフの都は、忌まわしい虚界に呑み込まれました。聖地グラナックは、危険極まる禁忌帯に隣接しています」

「はい。禁忌帯の様子を見張るのも、我らエルフ族の贖罪なれば…」

白蛇ザスキアが苔の生えた岩の上に登り、とぐろを巻いた。

ルビーのように紅い目で、斎王ドルレアックを見つめる。

「もう充分である…!そう妖精女王陛下は、会議の席で仰せになりました」

「なんと…」

「聖地グラナックで、エルフ族を滅びさせてはならぬと…。自ら死都の見張り役を買って出たエルフ族には、新たに生きる場所が与えられるでしょう」

「そうですか…。ありがたい。なんて、ありがたい、お話でしょう」

斎王ドルレアックが、目に涙した。

「聖地グラナックには、暗黒時代の闘争で滅びた邪霊たちが配備されます。邪妖精たちと共に、ドラゴン、トロール、オーガなど、人間たちの暗い記憶に息づく、 狂戦士(バーサーカー) たちが送り込まれる手はずとなっています」

「われらの後任を引き受けて下さるのですね?」

「ただ…。オマエたちエルフ族には、些か問題が残ります」

「………?」

「オマエたちは、死都の瘴気を浴び過ぎました。もとより長命種であり、取り残された妖精たちの加護があって生き延びたにすぎません。転地をしたところで、オマエたちに未来はありません。子孫は生まれず、早々に滅びを迎えることでしょう」

「そんな…」

白蛇ザスキアの言葉は、残酷だった。

「斎王よ…。オマエに至っては、寿命すら残されていません。普通に生きて数年…。手を尽くして、10年と言ったところでしょう」

「……もって、10年?」

「オマエの生命力は、枯渇しています。以前より、自覚はあったはず…。わたしの見立てでは、3年が限度です」

「なんてことだ…。イヤだ。死にたくない。バカみたいに長い歳月を生きて来たけれど、何もしていない。自分がしたいこと、ひとつもしていないんです」

「可哀想だと、妖精女王陛下は仰いました」

「………?」

斎王ドルレアックは、じっと白蛇ザスキアを見つめた。

「ひとつ手があります。わたしと取引をしませんか?」

「とりひき…?」

「オマエは美しい。そのうえ、凡そ千年も童貞のまま…。実に好ましい、 尸童(よりまし) となろう」

白蛇ザスキアは、斎王ドルレアックに巻き付いた。

チロチロと舌を突き出して、斎王ドルレアックの耳をくすぐる。

「どっ、どういうことですか…?」

「わたしは、タルブ川の守護を引き受けました。しかし、今のままでは弱い。滅ぼされた 蛟(みずち) が邪霊として復活しただけでは、メルさまのお力となるのに心もとない。わたしは 地主神(とこぬしのかみ) になりたい。そのためには、多くの人々から祀られなければならぬ…」

「わたしに、ザスキアさまをお祀りしろと…?」

「わたしは生命力の神。繁殖力の象徴でもある。もとは森と同一視される、豊穣神であった。 水蛇(ヒュドラ) と呼ばれて、忌み嫌われていたこともある。その力で、オマエとエルフ族に繁栄をもたらそう。オマエの尽きかけた命も、繋いでやろう…。だから斎王ドルレアック。オマエはエルフ族たちに、ワタシを信仰させよ」

「そうは申されましても…。わたしには、どのようにすれば良いのか分かりません」

「心配はいらぬ。 古(いにしえ) のエルフ族が行ってきた祭祀を蘇らせるだけです。恵みの森に神殿を築き、ワタシを祀りなさい。赤子を孕むための、生命の宮を…。ワタシの足下で、男女の営みを繰り返せばよい」

「みとの、まぐわいですか…」

所謂(いわゆる) 、性交である。

「まずは湿地帯に建てられた妓楼にて、祭礼の基礎を作り上げるのです」

「エルフ族には…。いや…。わたしには、性欲すら残されていないのに…。性交なんて、出来るはずがない」

「生命力は、 蛟(みずち) であるワタシが与えましょう。斎王よ。オマエは、男になってみたくないのですか…?雄々しい、エルフ族のオトコに…」

「くっ…!」

千年童貞。

男の 娘(コ) ドルレアック。

「オトコ…。男ですかぁー。これまで、考えたこともなかった」

死ぬまえに一度は…。

「やらせてください!」

契約は成った。

斎王ドルレアックと 蛟(みずち) の姫ザスキアは、ここに結ばれた。

そして 地主神(とこぬしのかみ) が誕生した。

これはザスキアも予測していなかったことであるが、斎王ドルレアックは徳が高かった。

「想像以上に、よい 尸童(よりまし) である…。これよりワレらは、一心同体。末永く添い遂げようぞ!」

神格を得たザスキアの守護は、タルブ川流域に留まらず恵みの森をも呑み込んだ。

水蛇(ヒュドラ) の眷属として招かれたセイレーンやサハギンたちも、より強力な存在へと姿を変えた。

ユグドラシル王国の領土を定める、第一結界が構築された。

妖精女王陛下に害意ある者が結界内に立ち入れば、容赦なくザスキアの眷属たちに喰い殺されるだろう。