軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エーベルヴァイン城にて

『ごおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーっ!』という低い響きが、エーベルヴァイン城の廊下を通り過ぎていく。

メルが操るスケートボードだ。

「メルさま、おはようございます」

「おはー。サリーしゃん」

「おはようございます。妖精女王陛下…」

「おはー。ジェイムズしゃん」

すれ違う人たちが、笑顔でメルと挨拶を交わす。

メルは見慣れたなら、かわゆらしい精霊の子である。

かつての恐怖感はどこへやら、気さくなメルに馴染む使用人たちの数は増えていた。

毎日のようにメルが浄化をかける習慣も功を奏して、好感度はうなぎ登りだ。

「メルさん、おはようございます。素敵なオモチャですね」

「ありあとぉー。ジェニーしゃん」

朝っぱらから精霊の子は、妖精たちを引き連れて疾走する。

勝手知ったる他人のお城…。

朝一の定期報告だ。

「ひゃっ、はぁー!」

アーロンが仕事をする執務室のまえで、『ギャギャギャギャギャッ!』とフロントサイドパワースライドを使って急停止。

足で蹴り上げたスケートボードを片手でキャッチ。

執務室の扉をノックする。

「いらっしゃいませ。メルさん」

「アーロン、おはぁー!」

この時間をメルとのブリーフィングに当てているアーロンが、素早く扉を開けて出迎える。

待っていましたとばかりに、侍女のミシェルが執務室の小テーブルにティーセットを並べ始めた。

モーニングティーだ。

お菓子は歯のないメルに合わせて、一口大のクッキー。

「ありあとぉー。ミシェルしゃん」

「どういたしまして…」

侍女のミシェルは、メルに向かってニコリと笑う。

「おや、メルさん。珍妙なものを持っていますね」

「うむっ。ユグドラシルの技術開発部が色々と拵えておって、ほひぃー(欲しい)からもらった」

「オモチャですね」

「車輪を転がひて移動する、乗り物じゃ。なかなかに良くできておるが、ここでひか遊べましぇん」

「そうなんですか…。ああっ、確かにこれは…」

メルにスケートボードを渡されたアーロンは、裏側の構造を調べてから頷いた。

小さなホイールがついた板切れを転がすのだから、地面が平らでないと移動できない。

メジエール村では、スケートボードに乗れる場所がなかった。

「どうして、こんなものを…?」

「技術開発部は、ミッティア攻略のあとを見据えておってな…。えんじんやもーたーと呼ばれる動力機関の再現に、取り組んどる。その過程で作られた、余計なオモチャでしゅ」

実を言えば、妖精女王陛下のご機嫌取りである。

妖精女王陛下が研究所内に居座ると仕事がはかどらないから、技術開発部の主任はオモチャを用意している。

オモチャを与えておけば、メルは遊べる場所に出かけて行って飽きるまで戻って来ないからだ。

「はぁ…。えんじん…?」

「このホイールが自分で回ると、じどうひゃと呼ばれるものになるんじゃ。わらひ用の三輪バギーをもろたから、あとで見しぇたるわ」

「こんなものが、ミッティア攻略に必要なんですか…?」

「あいつらから妖精しゃんたちを解放ひたら、都市機能が止まりよる。ピクシュとか言うフザケタ単位の使用も、禁止。デンキとかも使えんようになるで…。王国を乗っ取るにひても、代替えのエネルギーシステムと動力機関が必要になるんや」

「なんで…?」

アーロンが訝しそうに顔を顰めた。

エネルギー機関とか言われても、さっぱり分からなかった。

ピクス(妖精奴隷)の労働に支えられたライフラインの存在は、アーロンの理解から遠い。

メルの説明を受けて動力甲冑などは見知っていても、今一つ想像力が働かないのだ。

「分からんなら、ええわ。ただなぁー。これを用意せんと、ミッティアの民がぎょうさん 死(ひ) による。水も食料も手に入らんでな…」

「なるほど…。そうなると混乱を収めるのが大変そうですね。支配者階層に敗北宣言をさせるのは当然ですけれど、その過程で民衆が大勢死ぬのは頂けません」

「ライフラインが止まって命を落とすのは、弱いヒトたちデショ。餓死者を大量生産しゅるとか、えらい寝覚めが悪いでぇー。しょぉーならんように、新技術の開発じゃ…。ユグドラシルの技術開発部が 作製(しゃくしぇい) ひとる動力機関には、妖精しゃんを使いましぇん。 魔素(ましょ) を注入ひて、動かすんや」

「魔素…。どうやって…?魔道具みたいに、魔石を使うんですか?」

「天然もんの 魔石(ましぇき) は、数が足りん。魔素を集めるんと溜めておく技術は、しゅでに成功ひておるで…」

「スゴイ」

またもや前歯が2本抜けて、さしすせその発音が不明瞭なメルである。

会話の際には、息が漏れまくる。

シューシュー。

「わらひ…。魔法学校に、シュケボーでける施設を作りましゅ!」

「タケウマの次は、これですか…」

「うむっ。楽しいは、精霊魔法を身につけるうえで大事。妖精しゃんたちは、ノリノリじゃ」

「シュケボーはよろしいですが、ギルベルト・ヴォルフからの報告は受けましたか?」

「んっ?」

「娼婦として働いていた女性たちが、薬漬けだったという話です」

薔薇の館で貴族たちを歓待していた女性たちは、マルティン商会に奴隷として買われた被害者であった。

そのうえ日常的に摂取させられてきた麻薬のせいで、かなり心身を病んでいた。

「それは問題なぁーわ。メジエール村の方で、受け入れ 態勢(たいしぇー) は整っておる。邪霊憑依の実験に成功ひておるけぇー、姐さんたちが禁断症状で 死(ひ) ぬような 心配(ヒンパイ) はありましぇん。ひどく苦しむこともないデショー」

「クスリを抜くのに、精霊の力を借りられるのですね?」

「 集中(すーちゅー) 治療室(ICU)の精霊は、召喚せんよ。施術が大袈裟になるからのぉー。邪霊憑依なら、患者を変貌させることはないんで安心じゃ」

「ラヴィニア姫のときとは、ずいぶんと違いますからね。身体にたまった毒素を抜いて、正常化させれば良いのですよね?」

「おう…。そう言うことデス…。姐さんたちの移動に関ひては、前もって二の姫に伝えておくけぇー。メジエール村の妓楼に、異界ゲートで転送ひてええよ。船便を待つより異界ゲートを 使用(ひよう) しゅる方が、姐さんたちの身体に負担をかけんからねぇー」

船での移動中に禁断症状を起こして、舷側から身投げでもされたら 大事(おおごと) である。

タルブ川には、危険なモンスターフィッシュが棲息しているのだ。

「わかりました。とても良い知らせです。これでギルベルトも、安心するでしょう」

アーロンは、嬉しそうに笑った。

過去のやらかしを猛反省したギルベルト・ヴォルフは、弱者を思いやれる紳士に生まれ変わっていた。

半分、ガイコツになってしまったけれど…。

イケメンである。

「姐さんたちの後釜は、ニキアスとドミトリが人形を用意ひとるそうじゃ。そっちも 心配(ヒンパイ) いらんで」

「あはははっ…。その人形は、もうギルベルトに見せてもらいました。最低ですよ。破廉恥で…」

「なんね…。アーロンだけ、ずっこいわぁー。わらひ、まだ見とらんよぉー」

「あのようなモノは…。妖精女王陛下に、お見せするものではありません」

メルは不満そうな顔で、ちっ!と舌を鳴らした。

大人の営みに興味は尽きないけれど、未だ薔薇の館から逃げ出した記憶が生々しい。

ここで魔法人形を見せろと言い張るには、少しばかり勇気が足りなかった。

自分から水を向けるには、精神的な抵抗が大きかった。

(バルガスなら、ホイホイと教えてくれそうなんだけどなぁー。大人の世界…)

しかしバルガスに頭を下げられるほど、メルは素直じゃない。

笑われたりしたら、確実にブチ切れる自信がある。

まあバルガスにしたって、メルにアレを教えろと迫られたら走って逃げだす。

メルが大人の男女について訊ねるべき相手は、齢300年を誇るラヴィニア姫だ。

ラヴィニア姫であれば、頬を赤く染めながらも訥々と説明してくれることだろう。

実践経験がなくても、読書による知識だけは豊富なラヴィニア姫だ。

好奇心だって、人並み外れて強い。

しかし、好きな相手に訊ねられるような話題ではなかった。

何やら誘っているようで、すごく恥ずかしい。

それに、嫌われるのはイヤだ。

だから諦めるしかなかった。

「ふぅーっ。大人の階段は、登りづらいのぉー」

「オトナの階段…?そんなもの、まだ登らなくてもいいでしょう。あまり急いで大人になろうとすると、ご両親だけでなくクリスタさんも悲しみますよ!」

アーロンは首を横に振りながら、ティーカップに手を伸ばした。

「あとなぁー。ユグドラシルの地力がついてきよったので、計画は前倒ひじゃ。ウィル(皇帝)のへっぽこに、伝えといてなぁー」

「大丈夫なのですか…?」

「ラヴィーが精霊樹の苗木をガンガン育てよるから、概念界と現象界の関係も正常化されつつある。ヒトで言うなら…」

「人で言うなら…?」

「これまで死にかけとったモンが、ベッドから起きられるようになった状態…?」

メルはウケケッ!と笑い、前歯が抜けてしまった隙間から、舌をぺろぺろと突き出して見せた。

そのまま、アーロンに顔を近づける。

「グォォォーッ。それは止めて下さい!」

「みんな嫌がるのぉー。ディーは喜んどったが…。このまえぱぁぱに、おもっきし後ろ頭を叩かれたわ!」

「フレッドさんが…。そのお気持ち、痛いほど分かります」

「なんでかのぉー?」

「自分の大切な娘が気色の悪い真似をしてたら、普通にイヤでしょう。変に大人びているくせして、ときどき子供っぽいことをする」

「ころも…!ほぉーん。分かりますた。わらひは、オトナでしゅ。もう、やらん」

「メルさんは女の子なんですから、お下劣なマネはいけません」

「おまぁーら。いちいち注文が、むずかひぃわ!」

おもしろいと思っていた行為を禁じられると、子供は拗ねて不機嫌になる。

当人が何を言おうと、メルは子供だった。

未だに幼児化のバッドステータスも、健在である。

ステータス画面はバックライトが暗くなり、やる気のなさ全開だ。

パラメーターの数値は、ピクリとも動いていない。

(最近では、花丸ショップとストレージしか使わない。てか、使えねぇー。バッドステータスも、このまま修正する気がないと見た)

メルの親木(精霊樹)は、面倒くさがりだった。

メルを酒場夫婦に押し付けて、完全に 育児放棄(ネグレクト) している。

(まあ、放任主義なんだね。というか、要するに本性が木だし…。生みの親が木だったら…。子供としては過干渉されるより、ずっとマシでしょう)

根の張り方や葉のつけ方を教わっても、途方に暮れるだけだ。

料理店を与えてくれただけで、上等だと言えよう。

「そういえば、今日は魔法学校の始業式ですね」

「うん」

夏休みが終われば、新学期のスタートだ。

入学式は、すでに終わっていた。

「魔法学校の生徒たちも、授業の再開を楽しみにしていたようです。皆さん、将来有望ですね」

「事情があって、ニューガクスキ(入学式)をさぼったからのぉー。スギョウスキ(始業式)まで顔をださんと、魔法王に 叱(すか) られマス…。魔法王のお説教は、回りくどくて長いんじゃ!」

事情とはメジエール村の手習い所から魔法学校に入学した、ルイーザとファビオラの件である。

「えらい気まずいわ…」

手習い所では、魔法なんて使えませんと言い張って来たので、いまさら魔法学校の理事長ですと名乗りだせない。

卒業するときにはルイーザとファビオラが好意を示してくれたから、尚更である。

(騙して、こっそりと二人を笑っていたとか、絶対に思われたくないし…。本当に、笑ってなんかいなかったし…。そんなヤツは、根性のねじ曲がった悪人じゃないか…)

相も変わらず、 森川樹生(メル) は小心者だった。

同世代の異性(女の子)から嫌われるのが、メッチャ怖い。