軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

大人の階段で、血を噴いた!

その日、メジエール村の中央広場で、メルたち幼児ーズはバーベキューコンロを囲んでいた。

前もって蒸しておいたトウモロコシを炭火でこんがりと焼く。

刷毛でショウユを塗りながら…。

最近、幼児ーズに人気の、おやつメニューである。

「焼けた…」

「うん、いい感じだねぇー」

麦わら帽子を被り、メルがはやらせたクールビズな夏服に身を包み、自分のトウキビを手にして皆で仲良く丸太のベンチに腰を下ろす。

小麦色に日焼けした子供たちは、昼下がりのひと時を精霊樹の根元でのんびりと過ごすのだ。

そよそよと涼しい風が、五人の座る木陰を吹き抜けていく。

まだセミの声が喧しいけれど、茹だるような季節は過ぎ去っていた。

平和な晩夏の風景であった。

その些細な事件が起きるまでは…。

「うっぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!」

トウキビに齧りついたら、なんの前触れもなく歯が抜け落ちた。

「ヒィッ!」

「メル姉、血まみれ…」

ダヴィ坊やがウゲッ!と 呻(うめ) いて、メルから距離を取った。

「わっ、わらひの、まえ歯ぁーが…」

メルはベンチから立ち上がり、顔を引きつらせた。

トウキビを持つ手が、こきざみにプルプルと震えていた。

「何よぉー、アンタ。八歳にもなって、まだ乳歯だったの…?」

タリサが食べかけのトウキビをメルに突き付け、呆れたように言った。

タリサ、ティナ、ダヴィ坊やの三人は、既に前歯が生え変わっていた。

人の子なので、歯が生え変わるのは普通だ。

メルは精霊の子なので、自分の歯が抜けるとは思っていなかった。

ラヴィニア姫も、歯が抜け変わりそうな気配を見せていない。

「精霊の子も、歯が抜けるじゃん!」

「あらあら、メルさん。口が血だらけですよ」

タリサとティナは、前歯のない顔をアホっぽいとメルに笑われた覚えがある。

だからメルの歯が抜けても、ざまあみろとしか思わない。

とくにダヴィ坊やは、ぐらつく乳歯をメルに引っこ抜かれた。

メルはダヴィ坊やの母親オデットに抜歯の手伝いを依頼されたのだけれど、 些(いささ) か思いやりに欠けていた。

ひもで縛った歯をグイッとやるのが面白くて、ニヤニヤしていたのが不味かった。

イジワルそうなメルの顔は、ダヴィ坊やの記憶に新しい。

「メル…。あんたも、ようやく大人の仲間入りね。大人の歯が生えるのよ」

「ぷっ。メル姉の顔…。ダレかに殴られたみたいで、かっこう悪いぞ」

「気になさる必要はありませんよ、メルさん。私たちの中では、前歯のない状態が一番似合っています。蛮族っぽくて、ステキ…」

「ぶははははっ…。ティナも言うねぇー」

「ひゃっひゃっ。おかしくて、笑いが止まらん」

タリサとダヴィ坊やが、腹を抱えて笑った。

「ガーン!」

メルには返す言葉もなかった。

歯が抜け変わる痛みやグラグラした感じもなく、いきなりボロッと下の前歯が抜け落ちた。

それも同時に二本。

二本なので、出血も二倍だ。

「これれは、トウキビが食べれん…」

滅茶クチャショックである。

「メルちゃん。心配いらないよ。すぐに生えてくるから…」

「……うん」

慰めてくれるのは、ラヴィニア姫だけであった。

さすが齢三百歳。

人間が出来ている。

ほとんど精霊だけどね。

「しょーゆの香りが、たまらん!」

「ほんと、甘いトウキビですね。実がしっかりしていて、美味しい」

「こぉーんなに、美味しいのに…。メルってば、食べられなくてカワイソウ…」

「うがぁぁぁぁぁぁぁーっ!」

メルは口から血を吐いて叫んだ。

地団太を踏み、両手を振り回す。

左右に振られる顔から、血とよだれが飛び散った。

この事態を予期していた幼児ーズの面々は、いち早くメルの傍から退避していた。

「はいはい…。そうやって、暴れないの…。わたしがむしって、食べさせてあげるから…」

「んっ」

ラヴィニア姫が毟ったトウキビをメルの口に運んだ。

本来なら脱脂綿を噛ませるなどして止血すべきだが、ラヴィニア姫はメルをよく理解していた。

好きに食べさせておけば、頭から血が噴いていても治る。

口に食べものが入っていれば、おとなしい。

「ありあと、ラヴィー」

「あーんして」

「アーン」

前歯が抜けても、トウキビを諦め切れないメルだった。

◇◇◇◇

「あかーん。肉が、嚙み千切れましぇん」

上と下の前歯が揃っていなければ、食べたいモノを食べられない。

「ネエネ、歯がない…。お肉、食べれない?」

弟のディートヘルムが、姉を気遣うように言った。

「そうやねん…。わらひ…。歯ぁーが、のうなってしもうたん」

「メルちゃん、お肉はナイフで小さく切って…。奥歯で噛むといいよ」

「まぁま、そういうんはイヤじゃ。病人みたいで好かんヨォー」

メルは前世での療養生活を思い出して、首を横に振った。

細切れステーキが病人食と被るわけでもないのに、ついついネガティブな気持ちになってしまう。

食べられないからと言って、自分だけ工夫をされるのが嫌なのだ。

皆と一緒なのがいい。

「イヤでも、噛めねぇものはしょうがねぇーだろ。歯がない不便さが分かったら、新しく生えてくる歯は大事にするんだぞ」

「うん…」

「喧嘩したり、アブねぇことして折ったら、もう生えてこないからな!」

「うん」

女の子に言って聞かせる忠告ではなかった。

だが、メルは珍しく素直に頷いた。

「はぁー。わらひ、ゴハンが楽しくないデス。ぱぁぱ…。残して、ゴメンナサイ…」

メルがナイフとフォークをテーブルに置いた。

「えーっ。食いしん坊なのに、もう食べないの…」

アビーが、しょんぼりとした様子のメルに訊ねた。

「だって、だって…。歯がないもん。しゃぁーないやん!」

「そっかぁー」

アビーはメルの悲愴感に溢れた顔を見て、プッと吹き出しそうになった。

「わらひ、もう寝ましゅ」

メルは夕食のステーキが上手く食べられなくて、ひどく落ち込んでいた。

フレッドに逆らう気力も湧かない。

「まったく…。歯が抜けたなら抜けたって、すぐに言えよ。そうすりゃ、オマエのだけミートボールでも作ってやったのに…」

「はっ。タケウマに夢中で、忘れとった…」

「子供ってのはよぉー。歯が抜けたら、得意そうにして親のところへ、報告に来るもんじゃねぇのか?」

「わらひ、おとなやし…。そんなんはしましぇん」

「「……そう?」」

フレッドとアビーが、笑いを堪えて俯いた。

大人はタケウマに熱中して、報告を忘れたりしない。

そもそも乳歯が抜けて、べそをかいたりしない。

落ち込んでいてもメルはメルだった。

大人ぶってカワイイ。

前歯がないメルもカワイイ。

フレッドとアビーは生温かい視線をメルに向けていたが、当人にすれば深刻である。

カワイイどころの騒ぎではない。

「何とかせにゃならん…!」

明日になれば、歯が生える訳じゃなし。

美味しくない生活に、食いしん坊のメルが耐えられるはずもなかった。

幼児ーズの、おやつタイムもある。

仲良しさんが楽しそうなのに、ひとりだけノケモノは勘弁してほしい。

「わらひだけがミートボールは、イヤじゃ」

皆がみんなミートボールを食べるなら、ちっとも気にはならない。

でも自分だけミートボールなのは、なんか嫌だった。

「よい…。分かった。やっこくて美味しいのを作れば、ええねん。それなら、みんな一緒に食べるデショ」

そんな訳でメルは、前歯がなくても食べられる肉料理へと思考をシフトさせた。

◇◇◇◇

「薄力粉と強力粉と水を等分…。お塩を少々…。これを捏ねる」

メルは調理台に粉を広げて土手を作り、ぬるま湯を少しずつ注いで捏ねる。

コネコネしながら、まあるい塊に纏めていく。

塊が完成したら、暫く寝かせる。

何をしているのかと言えば、シュウマイの皮を作っているのだ。

「ふぉーっ。ジューシーで熱々の、シューマイ。花丸ショップで 芥子(カラシ) とグリーンピースもこうたし、バッチリじゃ」

メルの好みから言うと、シュウマイのてっぺんに飾るグリーンピースは、のせる派だった。

「あれがないと、落ち着きませんから…。だって、寂しいデショ?」

メルはずぼらな性格なので、完ぺきが嫌いだ。

オシャレだって口紅やアイシャドーには関心を示すけれど、ベースからしっかりと言われたら全部なげだす。

それと同じで、シュウマイにグリーンピースは飾りたい。

でも、ずぼらだから、全部にグリーンピースを飾るとなれば嫌気がさす。

「色々あって、いいじゃないかぁー♪」

人の個性もいろいろだ。

グリーンピースが嫌いな子だっている。

「ディーは、グリーンピースをほじる。炒飯でも、スミに 除(の) けておったし…」

だったら、最初からグリーンピースがないシュウマイも、用意しておけばいい。

好き嫌いなんて、ガミガミと叱りつけるようなものではない。

食べたくなれば食べるし、人の嗜好は変わっていく。

無理強いはいけない。

そういうことぉー。

生地を寝かせている合間に、餡を作る。

玉ねぎをこれでもかと刻んで、ボールに用意する。

つなぎとなる片栗粉を玉ねぎのみじん切りと、しっかり混ぜ合わせる。

「うぉっ。玉ねぎが、目に染みる…」

合わせ調味料は、おろしショウガ、鶏がらスープの粉末、オイスターソースに塩コショウ。

隠し味に砂糖を少々…。

香りづけにごま油。

これをひき肉と粘りが出るまで、コネコネしまくる。

最後に玉ねぎのみじん切りと混ぜ合わせて、ダメ押しのコネコネ。

「できたぁー」

全体が馴染むように、餡も寝かせる。

次は生地を広げる。

小麦粉で作ったまあるい塊を調理台に載せて、麺棒で伸ばす。

薄力粉で打ち粉をしながら、張り付かないように破れないように、薄く、薄ぅーく伸ばす。

「限界まで伸ばしたら、正方形に切り分けます」

木の棒を定規代わりに使って、包丁で切り分ける。

包丁は引いたりせずに、圧し切りである。

オモチを切るときの要領だ。

同じ大きさの四角い皮を大量生産。

皮と皮が張り付かないように、粉をまぶしながら重ねておく。

「ここでスプーンの登場じゃ…!」

左手の人さし指と親指で、わっかを作る。

そこにシュウマイの皮を載せ、スプーンですくった餡を置く。

「えいえいえいと、スプーンで押し込んで…。さいごに、グリーンピースを飾りまぁーす」

耳を折らなくてもいいので、餃子より簡単。

欲張って餡を詰めすぎると皮が破けてしまうので、そこだけ注意する。

グリーンピースは花丸ショップで買い求めた、缶詰のヤツだ。

足りなくなったら、そこまで。

残りのシュウマイはグリンピースなし。

「限りある貴重な皮を無駄には出来ません!」

作業に慣れてしまえば、シュパパパパーッと作れる。

湯気の立つ 蒸篭(セイロ) に、青菜を敷いてシュウマイを並べる。

蓋をして蒸し上がるのを待つ。

「スープはワカメの中華風…」

豚脂で練り固めた中華風調味料で、スープのベースを決める。

ワカメを入れてから、塩を振って味の微調整。

沸騰した湯を菜箸でくるくると回し、溶き卵を外周部に垂らす。

仕上げに、煎りゴマと醤油で香りづけ。

お好みで刻みネギを散らす。

今日のスペシャルメニューは、シュウマイ定食だ。

青物は 青梗菜(チンゲンサイ) とフクロタケの炒め物、ガーリック風味。

ご飯には、ザーサイの薄切りを添える。

メル、渾身のお献立である。

【シュウマイ定食! 価格50ペグ】

料理長より:しっかりと奥歯で噛んで、味わってください。