作品タイトル不明
うっかり忘れてました
小川デビューを果たした幼児ーズは、満足の表情で帰路に就いた。
メルとダヴィ坊やは、あれもしたいこれもしたいと帰る道すがら熱く語り合った。
はっちゃけられる秘密の遊び場を手に入れて、夏休みの楽しみがドーンと増えたからだ。
女の子組も、ニヤニヤが止まらない。
とくにタリサとティナは落ち着きを取り戻して、何やら偉そうな雰囲気を漂わせていた。
もう同世代の子供たちや年長組に小川デビューの件で威張られても、羨ましがることはない。
『初体験は済ませた…!』
そう。
それも皆よりレベルが上の体験である。
何しろ背伸びをしても足がつかない深さで、思いっきり泳ぎまくったのだ。
もう一度繰り返すが、メジエール村の人々は泳げない。
だから幼児ーズのように、背が立たない深い淵で水遊びをすることなどない。
潜水して、 水底(みなぞこ) を探索することもない。
更に付け加えるなら、引率者だって驚くほど美しい巫女さまなのだ。
斎王ドルレアックには、タリサの兄や姉など足元にも寄せ付けない品のよさがあった。
これは自慢が出来る。
タリサとティナにとって、喉から手が出るほど欲しかったチームの『品格』である。
メルは夢や希望を与えてくれる素敵な仲間だけれど、言動がサル(モンキー)だった。
タリサとティナが求める品位に欠けていた。
メルとダヴィ坊やのせいで、八歳になってもタリサたちは幼児ーズのままだ。
もう幼児ではないのに、たぶんずっと幼児ーズと呼ばれ続けるのだ。
幼児ーズのメンバーは、名付け親であるフレッドをちょっとばかり恨んでいた。
そんな状況下で、天女さまのような斎王ドルレアックが降臨したのだ。
喜ぶに決まっている。
幼児ーズは斎王ドルレアックに感謝して、『メジエール村に、ずっといて欲しい!』と、口々に頼んだ。
「そうですねぇー。できる範囲で、善処いたしましょう」
「やったぁー♪」
「明日も…。明日もお願いします。あたしたちを引率してください」
「こんなに皆さんが喜んでくださるのなら、何処へなりとご一緒させて頂きます」
「エエどぉー。さいおーさま、太っ腹…!」
理由はともあれ、受け入れてもらえて嬉しい斎王ドルレアックであった。
お目付け役のドミニク老師が苦々しい顔をしていたけれど、そんなものは気にしない。
斎王ドルレアックは長老会での評価より、メルの評価を優先する。
相手は尊い精霊の子なのだ。
当り前じゃないか…!
何なら、ずっと一緒に居たい。
幼児ーズで最も大人なラヴィニア姫は、『良かったですね』と斎王ドルレアックに微笑んで見せた。
ラヴィニア姫にとって、斎王ドルレアックは希少な長生き仲間だった。
幼児ーズと言うヤンチャな子供たちを相手にして、居場所を得なければいけない苦労人同士でもある。
メルとの関係を強固にしたければ、どうしてもこの試練を乗り越える必要があった。
ラヴィニア姫は経験者の生暖かい目で、斎王ドルレアックを見守ることにした。
◇◇◇◇
『酔いどれ亭』に帰り着いたメルは、怒りの表情を浮かべたディートヘルムとシャルロッテに出迎えられた。
アビーに付き添われた二人は、メルをギロリと睨んでいた。
ディートヘルムとシャルロッテは、よくお互いの家に泊まって遊んでいた。
そのようなときは、メルやティッキーがちびっ子たちの相手をしてあげることになっていたのだ。
「お 姉(ねい) ちゃんのウソつき…!」
開口一番、ディートヘルムの言葉がメルの胸に突き刺さった。
「うぉ?」
「ディーとシャルは、ずーっとメルの帰りを待ってたのよねぇー。メルちゃん、昨日この子たちと約束したでしょ…?」
アビーにヒントを貰って昨日のことを思い出したメルは、真っ青になった。
「うはぁー!」
両手頬に当て、ムンクの叫びだ。
クリスタの帰還パーティーで忘れていたけれど、今日はディートヘルムとシャルロッテの相手をして、遊んであげることになっていたのだ。
「ごめんなさぁーい!」
メルはディートヘルムとシャルロッテに、頭を下げた。
「ウソつくヒトは、キライ」
「楽しみにしていたのに、ひどいです」
「うがぁー!」
待っているしかないちびっ子たちとの約束を破るのは、もう最低な行為であった。
病室で寂しい時間を過ごしてきた樹生の記憶が、メルの失態を攻め立てた。
おまえ、サイテェーなやっちゃなぁー!
やっちまったなぁー、メル。
見舞いに来ると約束していたクラスメイトが、樹生のことを忘れてしまう。
今でも生々しく思い起こす、悲しい出来事である。
忘れる方にしてみれば大したことのない約束でも、忘れられた方は深く傷つくのだ。
皆とはしゃいで楽しいのは、良いでしょう。
でも、それで忘れられてしまうのは、とても切ないのです。
面倒くさいと、思われているとか…。
「スンマセン。スンマセン…!」
メルは食堂の床に這いつくばって、二人に謝った。
「あのーっ。そんなに怒ってたら、お腹が減ってるよね…?」
「「っ……!」」
謝るだけでは平行線なので、おやつで誘いをかけてみた。
「パンケーキ、食べる…?美味しい、スペシャルなやつ」
「たべる」
「おやつ、作って…!」
小さな王子さまとお姫さまは、食堂のテーブルにふんぞり返った。
取り敢えずは許すかどうか、様子見の体デアル。
ディートヘルムが涙の滲んだ目で、厨房に向かうメルを睨んでいた。
「うへっ…」
ちょっと怖い。
メルはフライパンで薄いパンケーキを何枚も焼き、ストレージに収納してあった生クリームのビンを取り出した。
ひんやりと冷えた生クリームをボウルに注ぎ、 泡立て器(ホイッパー) で高速撹拌。
グラニュー糖を加え、軽くアルコールを飛ばしたリキュールで香りをつけ、ホイップクリームを緩めに仕上げる。
イチゴにブルーベリー、バナナやパイナップルの糖蜜付けを食べやすい大きさにカットして、パンケーキと一緒に盛り付ける。
パンケーキの周囲を彩るフルーツと交互に、柔らかなホイップクリームを落としていく。
余った缶詰のパイナップルとシロップは、アイスキャンディーの材料として保存ケースにパックする。
トロピカルなフルーツ類は、メジエール村に存在しないご馳走である。
余り大っぴらにできない魔法素材だった。
「今日は特別です…。名誉挽回には、やむを得ないのです」
姉のメンツを守るためなら、ムチャだってするのだ。
近いうちに、ユグドラシル異文化研究所で、メジエール村の雑木林にバナナの木とかを生やしてくれるだろう。
常夏エリアが必要になるかも知れない。
さもなくば、寒冷地でも平気なようにバナナを品種改良してもらいたい。
「してもらわんと、ヒジョォーに困る…」
ハチミツを糸のように垂らしてパンケーキにメッセージを書けば、『ごめんなさいスイーツ』の完成だ。
ヨレヨレの文字で、『ごめんなさい!』と記されたパンケーキ。
ちょっとだけ情けない。
それでは、渾身のゴメンナサイを受け取るがいい。
「さあ、召し上がれ(笑顔)」
「うむっ」
「うわぁー。キレイ」
未だ不機嫌であることを主張しようとしていたちびっ子たちだが、その瞳は目のまえに置かれたオヤツに吸い付けられて動こうとしない。
色とりどりのフルーツが、まるで王冠を飾る宝石のようにキラキラと光っていた。
どうやら、ご機嫌取りは成功したようである。
メルは迷惑をかけてしまったアビーのまえに、クラッシュしたパイナップルとグレープフルーツを混ぜ合わせた、冷たいラム酒のカクテルを置いた。
お摘みはスモークサーモンとクリームチーズを添えた、シャキシャキのサラダだ。
「ママさんも、どうぞ」
ぺこりと頭を下げる。
「うん、苦しゅうない」
「へへぇー。いつもいつも、アビーさまにはご迷惑をおかけしております。フォロー、ありがとね」
「へぇー。よく分かってるじゃん」
アビーがメルを掴まえて、銀色の髪をワシャワシャと掻き回した。
「いやん…。わらしのヘアーが…」
「文句でもあるんかい?」
「ございません。まぁまが好きなだけ、撫でてください」
ここは平身低頭のメルであった。
「それっ、酒だろぉー」
「ぱぁぱには、ちょっと甘いかも知れんよぉー」
「いいから、俺にも作ってくれよ」
メルに無視されていたフレッドが、拗ねたような口ぶりで要求した。
もちろん、これだけで済むはずもなく、その日メルはディートヘルムとシャルロッテが寝付くまで、下僕のように働かされた。
因みにメルの部屋へ突入してビー玉レース用の木枠を発見した二人は、キャッキャとはしゃいで遊び倒した挙句、勢い余ってコースを破壊してしまった。
(うっぎゃぁーっ!)
声なき悲鳴を上げて、メルはトホホ顔になった。
「ぱぁぱ…。わらしのオモチャ、壊されました。ちょっと、あの二人を叱ってください」
ようやく子守から解放されたメルが、フレッドに泣きついた。
「凶暴な冒険者たちを従えるメルも、ちびっ子には形無しかぁー。やっぱ、可愛いよな…」
「うはぁー。この酒臭い酔っ払いが…。わらしのヘアーをぐしゃぐしゃにすなっ!」
「めるー。髪型くらいで怒るなよ。オマエは可愛いんだからさ」
「くぬぅーっ。酔っ払いは、訳わからん!」
ヒィヒィ言いながら、ディートヘルムとシャルロッテに追い回されるメルの姿を眺めていたフレッドは、満足そうに微笑むのだった。
「お客さんが来ないからって、酒ばっか飲みよる。商売人として、アカンわぁー」
「硬いコト言うなや。少しはノンビリさせてくれ」
冒険者ギルドとの対立が尾を引いて、未だに『酔いどれ亭』は閑古鳥が鳴いている。
だけど、お店に常連客が来なくても、メジエール村の安全を守るためにフレッドは忙しい。
冒険者の一部を傭兵隊に編入する作業だって、確認と調整に手間がかかる。
日中の仕事を終えて寛ぐフレッドの機嫌は、上々だった。
毎日が、とても充実していた。
そんな訳で、ほろ酔い気分になってメルを 弄(いじく) り倒してしまうのも、仕方がないことなのだ。
メルも酔客に懐かれるのは、慣れていた。
(さすがに、もう膝の上は許して欲しいけどね…)
フレッドのスキンシップはうざったいけれど、ちょっと嬉しい。
そもそも逞しいお父さんは、うざったいモノなのだ。
(メルが可愛いのだから、しょうがない。ミケ王子だって、僕にモフられて迷惑そうだったし…。これは可愛く生まれたモノの、運命だよ)
最近メル(樹生)は、そう考えるようになっていた。
相当なチョロインである。