軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

痺れを切らせた皇帝陛下

「うはっ。アカンわぁー」

高級そうな封筒から取り出した数葉の紙片を眺めて、メルが不愉快そうにぼやいた。

紙片に染みさせてあった甘い香水の匂いが、辺りに漂う。

「どうしたのメルちゃん?」

「はぅーっ。アーロンからの手紙デス」

メルは涼しい自室で、ラヴィニア姫に髪を編んでもらっていた。

「あらっ、デュクレール商会のハンスさんが届けてくれたの…?」

「ちゃうよ…。デュクレール商会の船は、四日後にならんと来ません…。この手紙はなぁー。今朝方、エーベルヴァイン城で浄化をしたときに、 悪魔王子(デーモンプリンス) から渡された」

メルが面倒くさそうに言った。

「ふぅーん。アーロンってば、何の用事かしら…」

「なんかなぁー。皇帝陛下が、駄々こねとるらしいわ」

ラヴィニア姫がクシを使って、優しくメルの髪を纏めていく。

メルは気持ちよさそうに、目を細めた。

「どうして皇帝陛下が、駄々をこねるの…?」

「ウスベルク帝国内で、バスティアン・モルゲンシュテルン侯爵が反乱を起こしたもんだから、皇帝陛下はブルッとる」

「それは、ずっと前からですよね。今さら駄々をこねるのは、可笑しいでしょ」

「そこはねぇー。あーせぇー、こぉーせぇー、わらしが命令したんよ。でもさぁー。偉そうにしている奴らの相手は、面倒くさいじゃん。口も利きとぉー、ありませんよ。じゃけん先々の説明もせんと、知らんぷりしてマシタ」

「うはぁー。それで皇帝陛下は、不安になっちゃったのかしら…?」

ラヴィニア姫はメルの髪を三つ編みにしながら、顔を顰めた。

「ずぅーっと時間稼ぎをしとけ言うたのですから、次の指示があるまで待てば良いデショ。まったく、ヘタレですわ」

「皇帝陛下、カワイソ…」

「ラビーさんは優しいですね。あんなボケェー。怖ぁーて、眠れんで、しこたま苦しみやがれと思います」

「わたしはもう、見捨てられたことを気にしてませんよ。帝都に居られなくなったから、メジエール村に来れたんだもん。メルちゃんたちと遊べて、とっても幸せだよ。だから、誰も恨んでいません」

ラヴィニア姫がメルの顔を覗き込んで、ニッコリと笑った。

「ラビーさんが許しても、わらしは許さへん。帝都の貴族どもは、ドタマ張り倒して泣かす。皇帝陛下も泣かす。全員、泣かす!」

「妖精女王陛下が乱暴するのは、イケナイと思います…。それで…。手紙の件は、どうするの…?」

「アーロンが困っておる。しょうがないので、皇帝陛下を黙らせてきます」

「………乱暴はダメだよ」

「うん。殴らんから、大丈夫や」

メルが怪しげな返事をした。

そしてラヴィニア姫と目線を合わそうとしない。

ラヴィニア姫はメルの頑固さを持て余して、溜息を洩らした。

「ほらっ、首回りが暑苦しくなくなったでしょ」

「うん、アリガトォー」

左右にまとめた髪を三つ編みにしてもらい、ご機嫌のメルである。

「自分でも髪を編めるように、練習しないと…」

「ムリ…!」

「えーっ。一瞬も考えずに、ムリって…」

「わらし、ラビーさんにしてもらいます。自分でしたくありません」

メルは右手に持った手紙をペラペラさせながら顔を突き出し、ラヴィニア姫の頬にキスをした。

銀色のさらさらヘアーは、メルの自慢だった。

だけど髪型とかは、さっぱり分からない。

毎朝のブラッシングを欠かさず、お風呂ではトリートメントとリンスを忘れない。

それがメルにできる精一杯であった。

ラヴィニア姫は、メルが不器用なことを知っていた。

シンプルなポニーテールにしても、メルにやらせると髪がほつれているし、先っぽで結んだリボンはクチャクチャ。

「メルちゃんて、お料理以外はからっきしね」

「わらし、料理だけちゃいます。マホォー、ばんばんヨ」

「そうじゃなくてぇー。女の子らしさの話です」

「あーっ。そっちね…」

ラヴィニア姫は、女子力について語っているようだった。

「残念、美少女…!」

「うむっ、ちぃーとも気にせんよ」

「そこは気にしようよ。ダヴィとばかり遊んでいるから、すっかり男の子みたいになっちゃって…」

「ええやん。わらし、男の子じゃけぇー」

平然と言い放つメルは、自室の床にぺったりと座り、おおきく股を広げていた。

もう、何処からテコ入れすればよいのやら…。

途方に暮れるラヴィニア姫であった。

◇◇◇◇

悪魔王子(デーモンプリンス) を伴ったメルが、エーベルヴァイン城の廊下を歩いて行く。

二人の姿に気づいた使用人たちは、逃げるようにして 何処(いずこ) かへと姿を 晦(くら) ませた。

皆から避けられているのは、メルだった。

妖精女王陛下は陰で小鬼と呼ばれ、闇と死の気配を漂わせる 悪魔王子(デーモンプリンス) より恐れられていた。

理由は単純であった。

メルが床に倒れたウィルヘルム皇帝陛下の腹に跨り、ゴツゴツと殴っている場面を衛士に目撃されたからである。

悪魔王子(デーモンプリンス) は、城内で揉め事を起こさない。

だが、メルは気に食わないことがあると、平気でぶん殴った。

暴力で支配する者には、遠慮なく暴力を振るうのがメルの作法だった。

ウィルヘルム皇帝陛下は、助けに入ろうとした衛士隊長に手出し無用であると伝えた。

傍に控えたアーロンも、気まずそうに見て見ぬふりをしていた。

メルの狼藉を止められる者は、エーベルヴァイン城に一人として存在しなかった。

屍呪之王(しじゅのおう) を屈服させた妖精女王陛下に、誰が逆らえると言うのか。

まさに暴君。

因みに、この殴打事件の原因は、ウィルヘルム皇帝陛下が内乱の戦場となる村落から村人たちを避難させなかったことに端を発する。

『村人の保護が、なぜ必要なのか理解できない!』と言い放ったウィルヘルム皇帝陛下に腹を立て、折檻するに至ったのだ。

言葉による説得が、コブシでの教育的指導に切り替わった。

メルにしてみれば、それだけの話であった。

だけど、やんごとない方々の醜態を目撃してしまうのは、使用人たちにとって非常に都合が悪かった。

封建社会における上下関係は、会社の上下関係と比べ物にならないくらい重い意味を持つ。

使用人たちの命は、とっても軽かった。

どちらかと言えば小心者で気にしいやのメルも、使用人たちの立場にまで頭が回らなかった。

メルにとって封建制度は、どうしようもなく厄介な壁だった。

出迎えに現れたアーロンに案内されて、メルと 悪魔王子(デーモンプリンス) は会議室の扉をくぐった。

「ようこそ、お出で下さった」

「挨拶はエエよ」

「将軍たちの紹介を…」

「それも要らんわ。はよ、問題を片付けよう」

「ははっ…」

ウィルヘルム皇帝陛下が、メルに畏まった。

会議室にはフーベルト宰相、ヴァイクス魔法庁長官、ルーキエ祭祀長などのメンバーに加えて、ウスベルク帝国の軍を差配する将軍たちも、顔を揃えていた。

「おまぁーの不安は、ミッティア魔法王国軍か…?」

上座の椅子に腰を下ろすなり、メルが口を開いた。

「仰せの通りでございます。ウスベルク帝国海軍には、ヴェルマン海峡を封鎖できませぬ。従って、ミッティア魔法王国本土からの増援も、阻止できぬ状態であります。このままでは、近いうちに均衡が破られてしまいます」

「この戦いは、既に内乱と呼べん。敵はバスティアン・モルゲンシュテルン侯爵を支援する、ミッティア魔法王国だ」

「何としても、侵略者を退けなければならぬ」

「うんにゃ…。まだまだ足りん。もっともっと、ミッティア魔法王国軍を派遣させなアカン」

メルは将軍たちの顔を眺めながら言った。

「………妖精女王陛下は、我がウスベルク帝国を滅ぼすおつもりか?」

メルに苛められ続けて、ウィルヘルム皇帝陛下も大分タフになったようだ。

目を血走らせて、詰め寄ってくる。

「ちか…。顔が近いわ。ちと控えんかい!」

「くっ。妖精女王陛下の考えをお聞かせ願いたい」

「聞かせたところで、おまぁーらには信じられんから意味ないわ」

「それでも、お聞かせください」

かなり追い詰められているのだろう、ウィルヘルム皇帝陛下のこめかみには青筋が浮かんでいた。

「あんなぁー。わらしって、妖精女王陛下じゃろ。だからぁー、邪精霊とか召喚できるねん」

「じゃ、邪精霊…?」

「ほぉーじゃ。たとえば、 屍呪之王(しじゅのおう) を召喚するとか…」

「しっ、 屍呪之王(しじゅのおう) …!」

ウィルヘルム皇帝陛下が、上半身をのけぞらせた。

メルから逃げるような動きだった。

「馬鹿な…」

「 屍呪之王(しじゅのおう) を召喚できるなど、大言壮語も程々にしてもらいたい!」

「ウィルヘルム皇帝陛下、我らには子供と茶番を演じる余裕などありませんぞ」

「呼ぼか…?」

メルが気楽な調子で言った。

だが、その目は笑っていなかった。

「どうなっても知らんけど、呼ぼか? 屍呪(しじゅ) …」

「まままっ、待て…!早まるな。落ち着いて話し合おう」

「陛下。そのようなもの、コケ脅しにすぎませぬぞ!」

「その通りだ。呼べるものなら、呼んでもらおうじゃないか!」

「あー言うとるが、どうすんじゃい!」

メルが会議室のテーブルをバンバン叩いた。

「おいっ、ちょっと黙れ。今すぐに黙らぬなら、 其方(そなた) たちを将軍職から解任するぞ!」

ウィルヘルム皇帝陛下は将軍たちを指さし、怒鳴りつけた。

「呼ぼか?」

「それは、ナシの方向でお願いしたい」

「ほぉーん。まぁ、エエでしょう。したら話を続けるぞ…。わらしの望みは、ミッティア魔法王国に限界まで軍を派遣させることじゃ!」

「このガキ、ふざけるな…」

「我が騎士隊は、既に限界だぞ。アンタは、何の話をしているのだ?」

「…… 屍呪(しじゅ) 、呼ぼか?」

再度、メルが呟いた。

「キサマら、黙れと言っただろうがぁー!」

かつての温厚さはどこへやら、切れまくりのウィルヘルム皇帝陛下である。

「騎士隊が持ちこたえられそうにないなら、わらしが助っ人を付けたるわ…。それと、ヴェルマン海峡だけどな…。安心せぇ。ウスベルク帝国海軍には、これっぱかしも期待しとらん」

「では、どうされるおつもりですか?」

「トキ至れば、海路はユグドラシル海軍が封鎖する」

「ユグドラシル海軍…?」

「海の支配者どもを復活させる…。兵站線を断ち切り、ミッティア魔法王国軍を兵糧攻めにしちゃるわ!」

メルは偉そうにそっくり返り、『グハハッ』と笑った。