軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

泳げなくても大丈夫

小川で遊ぶと言っても、高地や農村に住む人々は泳ぎ方を知らない。

だから胸の辺りまでしか水深がない、流れの穏やかな淵を遊び場所に選ぶ。

ところが水の妖精に守られた幼児ーズは、激流に呑まれても溺れたりしない。

泳ぎ方なんて教わらなくても、お魚になれるのだ。

水中に沈んだままで、何も問題がない。

「そう。わらしは考えた」

メルが胸を張って言い放った。

「うんうん…。先ずはメルを水に浸けて、大丈夫かどうか確認しよう」

「ひどいよタリサ。メルちゃんが溺れたらどうするの?」

「縄を結んでおくから、心配ないよ」

服を脱ぎ捨て全裸になったメルに、タリサが縄を結んだ。

「メルが平気だったら、つぎはダヴィで試そう」

「おまえ、そんなに自分を大事にするヤツだっけ?」

「タリサは、けっこう臆病なんです。そうは見えませんけれど…」

「ティナ…。あたしを臆病とか言うな!」

憤慨するタリサを見て、ティナがクスクスと笑った。

メルが幼児ーズのために見つけた水場は、高い木の枝から飛び込めるほど底が深い淵だった。

近くには乾いた岩場があり、濡れた身体を乾かすのに丁度よい。

タリサやティナが揉めてしまった年長組と顔を合わせずに済むのも、都合がよかった。

せっかく涼みに来たのに、暑苦しい罵りあいなどしたくはない。

どうせ顔を合わせたら縄張りがどうのとか、水遊びの正しい作法がこうのとか、引率もしてくれなかった癖に絡んでくるはずだ。

タリサとティナの生意気な態度には問題があると思うけれど、年長さんだってよろしくない。

幼児ーズは鼻息が荒いけれど、馬鹿にされたりしなければケンカ腰にはならない。

年下だと侮って、からかったりするから揉めるのだ。

八歳になった幼児ーズは、もう幼児体形をしていなかった。

手足がすらりと伸びて、少年少女の身体つきである。

「メルー、下っ腹ぽっこり」

「うっさいわ!」

未だイカ腹のメルであるが、それでも幼児とは言えなかった。

ここまで幼児ーズを引率してきた斎王ドルレアックは、そそくさと服を脱ぎ捨てた子供たちに驚き、気まずそうに視線を逸らした。

「さいおーさま、これ持ってて…」

服を脱いだタリサが、斎王ドルレアックのまえに立って言った。

「えっ?」

「メルちゃんが溺れたら、その縄を引っ張って下さい」

ラヴィニア姫が、タリサの代わりに説明した。

ちょっとだけモジモジする。

服を着た斎王ドルレアックに、全裸で話しかけるのは恥ずかしい。

そこそこ村の暮らしに慣れたラヴィニア姫だけれど、裸を見られるのを恥ずかしく感じるのは仕方がない。

ラヴィニア姫は根っからの 淑女(レディー) なので、タリサほど平然としてはいられなかった。

「ああっ、これは命綱ですね。分かりました」

斎王ドルレアックは、タリサの手から縄を受け取り、しっかりと右手首に巻き付けた。

余った縄の束を左手に持つ。

縄の先を目で辿れば、メルのお腹に結んであった。

何やらペットを繋いで散歩させているような気分になった。

斎王ドルレアックはプルプルと首を振って、今しがたのイケナイ妄想を消去した。

妖精女王陛下に対し、不敬デアル。

高地の夏は涼しい。

グラナックの城塞で暮らすエルフたちは、暑さに負けて肌を晒すと言った習慣を持っていない。

それ故に、自分の肌を見られるコトも、他人の肌を見るコトも、滅多になかった。

ドミニク老師は耳を赤く染めて、幼児ーズに背中を向けていた。

「しょうのないジジイ…」

侍女役のラシェルは小声で呟き、呆れたように鼻を鳴らした。

「しっ、失礼な小娘が…。ワシはだなぁー。紳士らしく、お嬢ちゃん方を見ないようにしとるのだ!」

「あらっ、聞いていらしたんですか?」

「ほんなもん、聞こえるわい!」

エルフの耳は地獄耳。

歳をとっても、ドミニク老師の耳が遠くなる兆候は見られなかった。

「ふぅーん。わたしは、ドミニク老師が耳を赤くしていらっしゃるので…。『このジジイ、何を見て興奮してやがるのだ…?』と、思った次第でございます…。何にしたところで、お子さまたちの引率役は務まりませんねェー」

ユグドラシル聖樹教会の長老たちと若い 斎女(いつきめ) たちは、互いに反りが合わなかった。

なので少しでもチャンスがあれば、ちまちまと攻撃を加え、足を引っ張る。

メルに御馳走を振舞ってもらったラシェルとしては、これまで粗食に耐えさせられてきた恨みもあって、ドミニク老師に投げつける言葉が尖っていた。

グラナック城塞の食事を決めているのは長老たちなので、ラシェルの怒りが爆発したのだ。

「グヌヌヌヌッ…」

ドミニク老師は、何も言い返せなかった。

情けないことに、メジエール村に到着してから敗北続きのドミニク老師であった。

飛び込むのに都合の良い岩が、淵の端っこに迫りだしていた。

メルが飛び込みたがったので、幼児ーズの一行は大岩の上に移動した。

斎王ドルレアックは、メルの腰縄をつかんで後ろからついて歩く。

「どうして縄を結んだままなんですか?」

「ほどいたら、また結ぶのがめんどいデショ」

「はぁー」

メルは斎王ドルレアックの窮状を察しようとしなかった。

幾ら想像してはならぬと思っても、これではペットの散歩である。

妖精女王陛下に紐をつけて散歩させるとか、そう解釈されたら首が飛びそうな絵面だった。

「結構、高くない…?あたしは、ちょっと怖いなぁー」

岩場の端から下を覗き込んで、タリサが言った。

「メルちゃんは、男の子みたいだから…。こういうの好きだよねぇー」

「ラビーさん。わたくしたちは、下の岩場から水に入りましょう」

女の子組は、メルに付き合おうとしない。

メルの冒険を見ているだけだ。

「メルさん、気を付けてくださいね…」

斎王ドルレアックは、心配そうな様子でメルを見つめた。

妖精女王陛下のヌードはとても気になるけれど、今は安全に注意を払うべき場面であった。

「分かっとぉーヨ」

「ケガとかされないように…。くれぐれも、お願いしますよ」

「心配いらんことは、すぐに証明されるデショウ」

メルが腰に手を当て、自信ありげに言い切った。

「泳ぐまえには、準備運動デス…。ウイッ、ウイッ!」

左右に身体をひねって、筋を伸ばす。

足を大きく開いて、前屈する。

アキレスけんを伸ばして。

限界までエビぞり。

「………ッ!」

色々と丸出しで、やばい。

「さてと…。ほんじゃ、うちらの小川デビューです。取り敢えず、おまぁーが最初じゃ」

「ハッハッハッハッ…」

ハンテンは息を荒げて、激しく尻尾を振った。

「逝っとけや!」

メルは足元に座っていたハンテンをつかむと、淵へ向かって放り投げた。

「ワォーン♪」

ハンテンが、気持ちよさそうに飛んで行った。

『ドボン!』と着水音がして、小さな水しぶきが上がった。

「おつぎは、おまぁーじゃ!」

「プギィー♪」

メルに腰を叩かれて、トンキーが嬉しそうに飛び込んだ。

『ザバン!』と、大きな水しぶきが上がった。

「わらし、行きます!」

メルがクルクルと回転しながら、水面へ飛び込んだ。

偉そうにするだけあって、着水姿勢は美しかった。

『ちゃぽん!』と静かに、水中へ滑り込む。

「ウォーッ!メル姉、カッケェー。オレもやる」

安全も確認せず、ダヴィ坊やがメルに続いた。

『バシャン!』と、派手な着水音がした。

回転しすぎて、お尻で水面を叩いてしまったのだ。

「メル姉みたく、上手く行かねェー。やり直すどぉー!」

「うははっ。七才児には、ちと難しかったかのぉー」

「オレよりちっこいクセして、トシの話をすんな!」

「ムキィーッ。ちっこい言うなやぁー!」

水面に浮かんだメルとダヴィ坊やが、楽しそうに罵りあう。

メルとダヴィ坊やは、メジエール村の悪童だった。

村人たちが肝を冷やすような危ない場所に居るのは、いつだってメルとダヴィ坊やの二人である。

幾ら叱られても反省しない。

より高みを目指す、デンジャラス・ボーイズなのだ。

もちろん、危ない場所を見つけてくるのは、ブブちゃんたちである。

幼児ーズの小川デビューに参加した妖精たちが、キラキラと輝きながら水面を滑空している。

安全確認が終わって水遊びを始めた女の子組は、ときに水面を滑るように移動し、水中から空へと跳ね上がった。

水の妖精たちは虹を描き、メルをビーチボールのように空高く飛ばした。

「ひゃっほぉーい」

「うはぁー。オレも飛ばして…!」

「水が透明で、すっごいキレイ」

「めっちゃ楽しい」

「お魚がたくさん」

はしゃぐ幼児ーズを見守りながら、斎王ドルレアックたちは愕然としていた。

「あの子らは、エルフ族の精霊使いたちより凄くないか…!」

「当たり前のように、精霊魔法を使っていますね」

「そのようなレベルの話では、ありませんよ。あの子たちが従えている妖精の数は、桁違いです」

「そんなにですか…?」

「ユグドラシル聖樹教会の精霊使いが束になっても、あの男の子ひとりに勝てませんね」

斎王ドルレアックの言葉に、ドミニク老師と侍女役のラシェルが目を丸くした。

「あのチビひとりで…?」

「それでしたら、精霊の子はどのくらいなのでしょうか?」

「メルさまに関しては、上手く説明が出来ません」

「精霊の子は、他の子らより優れておるのでしょう…?それはもう、従えている妖精たちの数も比較にはなりますまい」

「いやっ。確かに数は多いですね…。でも、注目すべき点はそこじゃありません」

斎王ドルレアックは、水遊びに興じるメルの姿をじっと眺めた。

「では、何が違うのでしょうか?」

「メルさまが従えているのは、凶悪な邪妖精なのです」

「なっ、そのように危険なモノたちが…」

「信じられないでしょうが…。何も問題なく、妖精女王陛下は邪妖精たちを従えていらっしゃいます。それこそ、子供のような無邪気さで…」

邪妖精は、エルフ族と人族から恐れられる戦闘妖精だった。

経験を積んだ精霊使いであれば、邪妖精の気配を感じただけで逃げ出す。

暗黒時代に大量殺戮魔法具の素材として利用した負い目もあり、エルフ族と人族は邪妖精を呪われた存在だと考えていた。

邪妖精に復讐されるのが、怖かったのだ。

「妖精女王陛下は、邪妖精たちにとって特別なのでしょう。そうとしか言えません」

斎王ドルレアックも、エルフ族が妖精たちに犯した罪は心得ている。

何百年経とうと、その苦い思いは薄れていない。