軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

元婚約者の家族が謝罪しにきました

「頭を、上げてください」

目の前にあるのは二つのつむじ。

カタリナは内心冷や汗をかきながら促した。しかし、二人の頭は動かない。

救いを求めるように両親へと視線を向けたが、彼らも動こうとはしない。

仕方なく、オーギュストの弟であるフェリックスへアイコンタクトを送った。

双子だけあって彼の容姿はオーギュストに似ている。

幼少期には区別がつかなかった容姿も時が経ち、今では一目で見分けられるようになった。アッシュブラウンの髪と、アンバーの瞳の色は同じ。

しかし、『普通科』に通っているオーギュストは、体を動かす授業を多めに選択しているだけあって程よく筋肉がついている。

一方、次期当主であるフェリックスはカタリナと同じ『特別科』に所属しているため、体を動かす機会よりも圧倒的に頭を動かすことの方が多い。それゆえ、彼はひょろりとした体形だ。視力も悪いため、眼鏡をかけており、邪魔になるからか前髪もセンターで分けている。

ちなみに、『特別科』に入れるのは将来領地や国家の統治を担うことが決まっている人間だけだ。

(なぜだか、フェリックスとこうして顔を合わせるのは久しぶりな気がするわ)

学園で毎日のように会っているはずなのに、と首を傾げる。

しかも、好きに科目選択ができる『普通科』とは違い、『特別科』は学ぶ授業が決まっている。下手をしたら婚約者であったオーギュストよりも長い時間を共に過ごしていていたかもしれない。それなのに……と思案し、気づいた。

要は密度の違いだ。

フェリックスとは一緒の空間にはいるが、話すことは稀。

オーギュストとは学園外でしか一緒に過ごしたことはないが、その分密度のある時間を積み重ねていたように思う。将来のパートナーとして、情報の共有や価値観の擦り合わせにリソースを割いていた自負はあった。……彼が最終的に選んだ相手は別だとしても。

そのことに今更気づき、カタリナは少しだけ驚いた。

――二人とも幼馴染なのに、『婚約者』というだけで、ここまで変わるのかと。

それはつまり、これからオーギュストとの距離感も同じくらい遠くなるということ。

カタリナの胸に何かが生まれそうになったその時―――フェリックスの溜息が耳に入り、気が逸れた。

フェリックスは二つのつむじ……彼の両親に向かって話しかける。

「父上、母上、これ以上はカタリナ嬢の迷惑になりますよ」

『迷惑』という単語に二人の肩が揺れた。サウェル公爵夫妻の顔がようやく上がる。

公爵夫人がうるうるとした瞳でカタリナを見上げた。

「本当にごめんなさいね。カタリナちゃん」

カタリナは彼女の子犬のような瞳が苦手だった。

年は明らかに夫人の方が上なのに、身長差のせいか、どうしても保護対象のような気持ちが湧き上がってしまうのだ。

「あ、いえ、婚約がなくなったことは残念ですが、私自身は前を向いておりますので、どうかお気になさらないでください……」

慌てて首を横に振ると、なぜかさらに夫人の瞳が潤んでいく。

「そうよね! あんなおバカさん。カタリナちゃんにとってはもうどうでもいいわよねっ」

顔を両手で覆い、さめざめと泣く夫人。それを慰める公爵。

カタリナは眉尻を下げた。

(困ったわ。おば様はこうなってしまったらこちらの声が届かなくなるのよね……それだけ私とオーギュストの結婚を楽しみにしていた、ということなんでしょうけど……)

こういう時はいつも母がなんとかしてくれているのだが、全く動く気配はない。

サウェル公爵も今は夫人に集中していて話を聞いてくれそうもない。

それなら……と再び助けてくれそうな人物に視線を向けた。

「フェリックス様」

「なんでしょう」

冷徹な顔の上に微かに面倒そうな感情を滲ませている。

気持ちは分かるが今一番まともに会話ができそうなのは彼しかいない。フェリックスだってこの場にずっといるのは嫌だろう。

ぜひとも、協力して欲しい。と、念を送りながら告げる。公爵夫妻にもしっかり聞こえるくらいの声量で。

「私は本当にオーギュスト様に対して思うところはないのです。私の耳に噂が届く前に(噂が広がって面白おかしく騒がれる前に)動いたことを評価しているくらいで。一切の恨みがましさも持ち合わせておりません。むしろ、彼の初恋については幼馴染として応援したいと考えているくらいですわ」

「……なるほど?」

フェリックスの眼鏡越しの瞳が興味深げに細められる。

若干口角が上がっているのは気のせいだろうか。彼の細長い指が眼鏡のフレームを押し上げる。

「カタリナ嬢の気持ちはわかりました。ですが、愚兄の今後の処遇についてはこちらの判断に任せてもらっても?」

「それはもちろんです。口出しするつもりはありません」

にこやかに返したものの、言外に含まれたものを感じ取り、背中が薄らと寒くなる。

(オーギュスト。大丈夫かしら……いいえ。私の心配すらも彼にはもう余計なものよね)

ようやく公爵夫人が落ち着いたのか、改めてサウェル公爵の口から告げられる。

「カタリナ嬢の貴重な十年を浪費させた『責任』として、相応の賠償を払おう。そして……」

その続きを公爵夫人が繋ぐ。

「イザベラから、カタリナちゃんのお見合いについて聞きました。私は……いいえ、公爵家はそのお見合いを全面的に後押しします。今までカタリナちゃんの隣を我が物顔で陣取っておいて、自分は『真実の愛』なんてものに目移りするなんて……カタリナちゃんには、うちのおバカさんよりももっと素敵な男性との濃密な時間をお届けするわ!」

「は、はい?」

何を言われたのかよくわからなかった。いや、要約した結果については理解している。

つまり、カタリナの次のお相手探しのために、公爵家も一肌脱いでくれるというのだろう。でも、その理由がわからない。

(婚約相手が居なくなったことへの補填のようなもの……かしら?)

それにしては言い回しが何だか変な気がする。が、それ以外には思いつかない。

ちらりと母に視線を向ける。母は満足げだ。ならば、いいか。と、カタリナはこれ以上考えることを止めた。

正直、過分な謝礼な気がする上、嫌な予感もするが……辞退したところで受け付けてもらえない雰囲気が流れている。フェリックスも諦めろという視線を向けてくる。

四面楚歌な気分だ。

カタリナはとにかくこの話を終わりにしたいがために、「よろしくお願いいたします」と頭を下げたのだった。

カタリナの頭の上で交わされる視線は酷く楽しそうで、それでいて鋭く、雄弁だ。

常に冷静沈着なフェリックスでさえ顔を強張らせるようなやり取り。

彼らの議題に上がっているのは、もちろんカタリナとオーギュストについて。

ただし、本命はカタリナ……ではなく、ここにはいないオーギュスト。

きっと彼は己の選択を後悔するだろう。

そうなることを確信しているかのように、カタリナ以外の口角は上がった。