軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

両親も婚約破棄に納得してくれました

帰宅後、カタリナはすぐに両親に報告した。オーギュストから婚約破棄の申し入れがあったこと。それに対し、自分が了承したことを簡潔に述べる。

両親の反応はカタリナの想定内だった。

「婚約破棄? 婚約破棄⁉ どうして?」

父は目玉が飛び出るのではないかという形相になっている。

「あらあら」

母は上品に口元を扇で隠しているが、その目は父と同じく驚愕の色に染まっている。

二人とも予期せぬ話に大層驚いているようだ。

カタリナもあの時は似たような心境だった。ただし、彼の説明を聞くまでの短い間だけだが。

(最近のオーギュストに変わった様子はなかったし、学園でも特別棟と通常棟とで離れているからか、そういう噂を耳にすることはなかった)

きっとその隙が『真実の愛』に繋がったのだろう。

(だとしたら、やはり私の自業自得ね。まあ、私がそのことに気づいて、動いていたとしても彼の気持ちが変わったかはわからないけれど……『真実の愛』というものは そ(・) う(・) い(・) う(・) も(・) の(・) らしいから)

恋愛小説発祥の『真実の愛』とやらは『理性ではどうにもならないもの』だと聞く。

ぶつぶつ何かを唱えていた父が不意に疑いの目をカタリナに向けてきた。

「まさか……私たちが知らなかっただけで、実は不仲だったのかい?」

「いいえ。特にそのようなことはなかったかと。お父様の目から見えていた通りの仲だったと思いますが」

「ではなぜ……」

カタリナは視線を泳がせた。なんだか例の単語を口にするのが気恥ずかしい。

しかし、これを言わないことには納得してもらえないだろう。

「えー……その……オーギュストは『真実の愛』に出会ったそうです」

「『真実の愛』⁉」

声を荒げたのは母。その目は輝いている。

「お、お母様?」

「あらやだ……。いえね、あのオーギュスト君が……と驚いただけよ。ふふ。そう、彼は『真実の愛』に目覚めたの」

クスクス笑う母が不気味だ。思わず父と顔を見合わせてしまった。父も同じ気持ちなのか口角を引きつらせている。

母はわざとらしいため息を吐いてカタリナを見た。

「それならば仕方ないわね。カタリナも納得しているのでしょう?」

「はい」と頷き返す。

「彼の気持ちがすでに固まっている以上、こちらが何を言っても無意味でしょう。説得するだけ時間の無駄です。それよりも、さっさと次の相手を探した方が有意義かと。……お父様には申し訳ありませんが」

「いや、それはかまわないよ。確かにオーギュスト君は理想的なお婿さんだったけれど、絶対に彼でないと……というわけではない。むしろ、婚姻前に申し出てくれて良かったよ。さすがに結婚後に離婚となると色々とややこしいことになるからね」

カタリナもその通りだと頷き返す。

「しかし、オーギュスト君が……そうか、私はてっきり……」

父からじっと見つめられ、カタリナは首を傾げた。

父が何かを言おうとしたが、それを遮るように母が話しかけてきた。

「それで、オーギュスト君の『真実の愛』のお相手がどんな人か、カタリナは知っているの?」

「はい。ベルモンド男爵家のミラ様だそうです」

「ああ、新興貴族の……」

父はすぐに思い至ったらしい。一方、母は……。

「まあ、男爵令嬢! しかも新興貴族! まあまあまあ! そう、そうなの……なるほどなるほど」

なぜか愉しそうな母。

「お母様。何か気になることでも?」

「いいえ。でも、そうね。となるとオーギュスト君は大変でしょうね」

その一言にカタリナは微かに瞼を伏せた。

少子化が問題となっている昨今。

本来なら、オーギュストは次期当主のスペアとして公爵家に残り、妻を迎えるのが定石だった。にもかかわらず、カタリナと婚約を結んだのは、単純に仲の良い両親同士が縁続きになることを望んだから。幸いなことにカタリナとオーギュストの相性も悪くはなかった。だから、まとまった婚約。

(きっと今頃あちらの家は大変な騒ぎになっていることでしょうね)

カタリナの両親も残念がってはいるが(母はむしろ喜んでいるようにも見えるが)、互いの子供を不幸にしてまで添い遂げさせようという気はないだろう。それはおそらくあちらも同じ。ただ……公爵家には別の問題がある。

――それは、オーギュストの『真実の愛』であるお相手、ミラだ。

(私もあの時は混乱していたのね。オーギュストが彼女の家に婿入りする前提で話を進めていたもの。落ち着いて考えてみたら、結婚を許してもらえるのかどうかも怪しいわ)

新興貴族の男爵家。爵位の維持さえ危うい今の世の中で、公爵家がオーギュストの婿入りを許すとは思えない。カタリナとの婚約が特例だっただけだ。

何より、ミラは彼らの長年の願いを手折った。感情面でも印象は最悪だ。

(結婚を許してもらえなかったとしたらオーギュストは……いいえこれ以上は私が気にすることではないわね)

「大変だとは思いますが、その点はオーギュストも覚悟の上だと言っていました」

「そうかあ……」と父は肩を落とし、何とも言えない表情で呟く。反対に母は「うふふ」と笑っている。

「そう。それなら、私たちが気にすることではないわね。それに、なんていったって『真実の愛』ですもの。きっと、どんな困難だって乗り越えてみせてくれるはずよ」

到底、娘が婚約破棄されたとは思えない笑みを浮かべる母に苦笑する。

カタリナは雰囲気を切り替えるように咳払いをした。

「お父様、お母様。そういうことですので、婚約破棄の手続きをどうぞよろしくお願いいたします」

「ええ、任せておいて。ねえ。あなた」

「あ、ああ」

父の目は「本当にいいのかい?」と言っているが、カタリナはそれに対し無言で頷き返した。母も止めはしない。

とにかく、これで話は終わりだと席を立とうとした時。母から呼び止められた。

「婚約破棄のことだけれど、頃合いを見て公表した方がいいと思うの」

「そうですね……異存はありません」

(……公爵家側の事情もあるし、こちらから勝手に動くのは得策ではないものね)

オーギュスト有責の婚約破棄ではあるが、気持ちは円満解消だ。遺恨が残るような形で進めたくはない。

「なら、私たちが良いというまでは秘密にしておいてくれる?」

「わかりました」

「次のお相手探しについては水面下で進めておきましょう。私たちの方でも何人か見繕っておくけれど、カタリナも心当たりがあれば教えてちょうだい。派手に動くことはできないから、表向きは『将来のための人脈作り』という名目でお見合いをセッティングするわね」

「お見合い……」

カタリナは七歳の頃にはすでにオーギュストとの婚約が決まっていたのでお見合いというものを今までしたことがない。初めての試みになんとなく胸がざわつく。それを隠して彼女は己の母に頷き返した。

カタリナが部屋を出て行った後、クロムウェル侯爵夫妻は視線を絡ませた。

公爵の眉は八の字に下がり、夫人の目は弓なりに曲がっている。

「本気かい? わざわざ試す必要はないと思うんだが……」

「本気よ。これは必要な 試練(こと) だわ。あの二人は今まで近すぎたのよ。離れてみてようやく気づくはず、自分たちが何を失ったのか。それに……意外な結果が生まれるかもしれないわよ?」

楽しそうな声はカタリナの耳には届かない。届いたところで……今の彼女には理解できないだろう。

理解する日が来るかどうかは……おそらく今後の彼ら次第。

つまりは、神のみぞ知る――というやつである。