作品タイトル不明
58 救世の銀色と黒色
「「シルク、たすけてーーーーー!!!」」
子どもたちの叫びで、地響きが起こる。
王都中から緋色の炎が舞い上がり、あまりの光景に悲鳴が上がる。
熱を持たないその炎は、王都の上空に集約され、緋色の渦となり、その中から大きな竜を生み出した。
大きな大きな、山のような大きさの、緋色の竜だ。
王宮を覆いつくすような巨体、王宮の上空に現れた鳥の十倍はあるその姿に、王都の人々だけでなく、黒鳥も白鳥も固まっている。
緋色の竜は、屋根の無くなった王宮玉座の間で、マリアとリカルドが唖然としたまま上空を見上げているのを見て、ふふっと失笑した。そして、その隣にいる小さな子ども二人を、魔力の手で包み込んで、自分の元まで引っ張り上げる。
「いやぁあああああママァアアアァアアアアアアアアアア」
「ウワァアアアアアお義母さまぁああああぁああああああ」
「リーディアーーーーーーーー!!?」
そのまま高く高く吹き飛ぶようにして浮かび上がった黒髪王子と銀色令嬢を、緋色の竜は優しく、頭の上に迎え入れる。
二人の子どもは、竜のそれぞれの角にしがみつきながら、ガクガク震えて泣いているので、おもわず緋色の竜はくつくつと笑ってしまった。
「シルク?」
「シルクの声だ! 竜だったのか!?」
「そうだよ。二人が呼んだから来てやったのに、何泣いてるんだよ」
「いや、わかるわけないだろ! こんなのすごすぎだ!」
「シルクちゃん、かっこいいのー!!」
なんだかんだ、涙を忘れてきゃあきゃあ喜んでいる二人に、まんざらでないシルクはふふんと笑った。
そして、悠然と飛ぶ自分の下のほうで固まっている神獣二匹を見て、眉を顰める。
「それで、あれを消し飛ばせばいいんだな?」
「だめ!」
飛び上がるようにして叫んだリーディアに、シルクはけげんな顔をし、イーゼルも首をかしげる。
みんなを困らせる面倒な鳥が二匹いるのだ。
適当に炎で焼いて、おいしく食べた方が世の中のためである。
しかし、シルクの最近できたばかりの新しいお友達は、「だめなの!」と言い張った。
「なんでだ?」
「わるいことをした後は、反省しなきゃいけないの! ママとパパが言ってたの! だから、やっつけていなくなったら、だめ!」
リーディアの発言に、シルクは目を丸くする。
『人間の偉いやつらは、祭司クロムをいじめた。あたしは奴らが、今でも憎い』
シルクは王国ホテルの中庭で、ミゲルにそう告げた。
全部がなくなったわけじゃない。
黒いのを嫌いな奴らも、沢山いる。
だけど。
『黒鳥ヴィッキーを採用すべきです』
ラジコン機の操縦手を決めるとき、あの侯爵とやらを説得したのは、金髪の男達だった。
『マディソン大佐』
『タウンゼント侯爵閣下。黒髪だの、年齢だの、そんなのは関係ないんです。今、この子達にしか、できないことがあります。それは俺達にとって必要なことで、だから俺達がするべきは、それを受け入れて、大人として責任をとってやることだと思うんです』
しゃかりき戦士ことマディソン大佐は、そうして黒鳥ヴィッキーと共に、リカルドを玉座の間まで護衛しきった。
他のラジコン機が全て敵に撃ち落される中、彼らは持てる技術の粋を投じて、結果を勝ち取った。リカルドに炎が当たったとき、怯む黒髪の子ども達を支えたのは、マディソン大佐だ。そうして助け合う様を、シルクはしっかりと見ていた。
それだけじゃない。
スザンヌに回復聖魔法で命を捧げたのは、銀色じゃなかった。
それは、彼女を大切に思う夫で、この国の王太子で、きっと千年前なら、あり得なかったことで。
人は、変わることができるのだ。
そのことを信じたいと、初めてシルクは思うことができた。
「あたしの炎は、あたしが信じたこと、そうしたいと心から願ったものを実現する魔法の炎だ」
「そうなの?」
「すごいな!」
「うん。だから、リーディアの願いを、かなえてやる!」
今ならきっと、心から願うことができる。
自分のやったことを理解して、反省できるように。
気に入らないやつをやっつけて、どこかにやってしまうより、きっとそのほうが、ずっとずっと、楽しい未来になるから。
シルクが吐いた炎は、まるで回復聖魔法のように、虹色の光に輝いた。
その炎に触れた二匹の神獣は、みるみる溶けて、緑色の夢魔二匹と、スルトに分離する。
気を失った二匹と一人を、魔力で包み込んで玉座の間の床にそっと置くと、頭の上から歓喜の声が上がった。
「すごいのー!」
「シルク、ありがとう!」
「ありがとうなのー!!」
そこから、緋色の竜と銀色と黒色は、楽しく空の散歩を開始した。
王都の上を緋色の竜が悠然と舞い、雲が晴れ、日が差して辺りが明るく照らされる。
すると、王都のほうから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「偉大なる竜の背に乗るは、黒髪のイーゼル王子! 銀髪のリキュール伯爵令嬢! 黒髪と銀髪が、世界を救ったぞー!」
ワッと歓声が上がり、シルクは(ミゲルのやつ、あたし達を上手く使ったな)と、少し憮然とした思いで口をとがらせる。
しかし、鳴りやまない歓声に、シルクの友達のリーディアとイーゼルは自慢げだ。
二人が嬉しそうならまあいいかと、シルクは王都やその周りをぼんやりと眺める。
そこでは、孤児達も、兵士達も、国民も外国人も、みんな仲良さげにハイタッチをしたり、こちらを見上げて手を振っていた。
金髪も茶髪も、黒髪も赤毛も沢山いて、みんな仲睦まじい様子で、笑顔を絶やさない。
脳裏に浮かぶのは、聖女リリアナの娘ルヴィが、最後に会ったときに言っていた言葉だ。
『みんなが、本当の意味で仲良しでいてくれるように、頑張るから。数千年先は、きっと。リリアナお母さまと、クロムお父様が生前、言ってたみたいに。きっとみんな、仲良くなれるように』
「イーゼル! みんな、仲良しなの!」
「うん! みんな、仲良しだ!」
王都の様子を見ながら、はしゃいでいるリーディアとイーゼルの言葉に、シルクは思わず、ハハッと笑った。
きっとシルクは今このとき、こういうふうに返すべきだろう。
「そうだね。みんな、仲良しだ!」
シルクの言葉に、二人の六歳児は、花のような笑顔を浮かべてくれた。
~✿~✿~✿~
壊れた王宮の玉座の間で、わたしはリカルドと共に、床に座り込みながら、空を舞う緋色の竜と娘達を眺めていた。
視界の端には、気絶したスルトと綿毛二匹、そして穏やかな顔で寝ている王太子夫婦が居る。
もうすぐ、スルトの捕縛のために兵士達がやってくるだろう。
なんだか力が抜けてしまったわたし達は、お互いに寄りかかったまま、その場で動けないでいるのだ。
「うちの娘、聖女になっちゃうわね……」
「そうだな……」
これから大変なことになりそうだなぁと思いながら、わたしはだんだんおかしくなってきて、くすくす笑ってしまう。それは夫も同じだったようで、二人で何故かくすくす笑いながら、ふと、呟いた。
「家族が一緒なら、きっと大丈夫ね」
「ああ。きっと、大丈夫だ」
寄り添うわたし達二人は、それからしばらく、笑顔で娘達と竜を見つめていた。