作品タイトル不明
57 神獣対戦
『それより、夢魔が変なんだ!』
キースの言葉で、わたし達は夢魔のほうに顔を向ける。
そこには、黒い靄が渦巻くようにしてうごめき、複数の目が閉じたり開いたりしながら、何かを作り上げているような、おぞましい様子をみせていた。
周囲の風を巻き込み、何かを吸い込んでいるような気配もする。
「リカルド、あれ、何かわかる!?」
「いや……! どちらかというと、サーシャが詳しいんじゃないか」
「うちのサーシャは、王宮第二別館の子ども部屋で眠ってるわ!」
「なるほど、わかった。とにかく、ここを離れよう」
「夢魔ーッ! 私を助けろー!!!」
叫んだのは隣国王スルトだ。
黒の竜珠をただの石ころにされたかれは、ラジコン部隊に囲まれながら、夢魔の足元でわめき続けている。
「二十年近くだ! 充分魔力は吸ったろう! 私が吸わせてきたんだ! 私を助けろーッ!!」
『うーん、オッサン、諦めないねえ』
『あの夢魔、この状態で言うことを聞く相手にも思えないけど』
『王宮の周りは兵士だらけだしさ。オジサンの未来はないと思うぞ』
『こら、やめないか。あまり捕獲相手を追い詰めるのはよくないぞ。追い詰められたら、人間何をするかわからないもんだ』
『ふーん、そんなもん?』
『なるほど。しゃかりき戦士は立派なオジサンだから、オジサンに詳しいんだな』
『キース。後で説教だ』
『えっ!?』
『キースはそういうとこ、あるよな』
『うん。そういうとこ、ある』
周りのラジコン部隊に相当な言われようのスルトは、顔を真っ赤にして地団太を踏んでいる。
それを見た夢魔は、複数ある全ての目をスルトに向け、初めてその く(・) ち(・) ば(・) し(・) を広げた。
「え?」
バクン。
ツタのような、舌のような形状の黒い何かに掴まれたスルトは、そのまま夢魔のくちばしに吸い込まれてしまった。
わたしはあまりの光景に、慌ててリーディアの目を塞ぐ。
スルトを飲み込んだ黒い何かは、黒い光をにじませ、羽毛をまき散らし、空に向かって大きな黒い炎を吐いた。
王宮本館、最上階にある玉座の間の真上の天井が吹きとび、黒い空が渦巻く様子が見える。
そのまま、黒い炎に全身が包まれた夢魔は、甲高い鳥の声を上げながら、巨大な黒鳥へと姿を変えた。
王宮上空に舞う、巨大な黒い神獣だ。
その目は燃えるような赤い輝きを放ち、圧倒的な魔力は、周囲に風を巻き起こしている。
黒鳥が羽ばたくたびに、黒い炎が巻き起こり、王宮を破壊していく。
『セカイ ニ ノロイ ヲ』
その声と共に、黒鳥の周りに大量のコウモリが生みだされた。
それぞれが黒い炎を吐くそれに、わたし達が絶句したところで、リカルドの持っている通信機から声がかかる。
『リキュール伯爵! 聞こえているか、返事をしろリカルド!』
「タウンゼント侯爵!?」
『あれはなんだ! 聞いていないぞ、新手の魔物か!?』
「夢魔のなれはてです! スルトを飲み込んで、黒鳥に変化しました。竜珠は止まっていますが、夢魔のことは、どうしようも――」
リカルドがふと、リーディアの頭の上を見たので、わたしも思わず彼女の頭の上を見た。
というか、ラジコン部隊を含め、その場にいる意識ある全員が、リーディアの頭の上のもったりとした大きさの銀色綿毛を見た。
ついでに視線を浴びた彼女は、何かを勘違いしたのか、恥ずかしそうにえへへと笑った。
「みんな、なぁに?」
「……リーディア、あのね。その頭の上の子のことなんだけど」
「ぴ!」
「ミミのこと? そうだ。ミミも、鳥さんだもんね。でも、あんなふうにおっきくなるのはむりじゃないかなあ」
「ぴ!?」
「だってリーは、あんなに大きい鳥さん、ほかにみたことないもん。いくらミミでも、むりかなって思うの。ねえ、ミミ――」
「ぴよっぴ――」
もったりとした銀色綿毛は、その場から高く高く飛び上がると、大量の白い炎に包まれた。
そうして現れたのは、黒鳥と同じぐらいの大きさの、白銀に輝く白鳥である。
キラキラ光る紫色の瞳がチャーミングな、金色の頭の縁取りが凛々しい、神獣だ。
黒鳥は、突如として現れた白鳥に敵意を向け、蝙蝠を全て消し、黒い炎を白鳥に向かって自ら吐き出す。
迎え撃つ白い炎が黒い炎を打ち消し、二羽の巨大な鳥によって、その場に暴風が巻き起こり、王宮の屋根がどんどん吹き飛んでいく。
あまりの光景に、白鳥の主人は目も口もパッカーンと開いたまま、驚きを声に出していた。
「ママ! すっごいの! 大変なのー!!」
焦り気味に叫ぶ銀色主人に、わたし達大人勢も真っ青である。
なんの気なしにした行動が、事態をさらに悪化させてしまった上、それを一体どう収束させたらいいのかさっぱりわからない。
二羽の巨大鳥の戦いによってほぼ玉座の間の屋根を全て失った王宮を見て、リカルドが「とりあえず、この場から離れよう!」と叫んだところで、再度彼の通信機から声がした。
『リキュール伯爵!!!』
「は、はい!」
『これはどういうことだ! 問題が二匹に増えているじゃないか!』
「ええと、その、うちのペットが参戦しまして……」
『君の家では神獣を飼っているのか! 規格外もいいかげんにしなさい! とにかく、魔法が使えるようになったので、今はなんとか防御魔法で対応しているが、そのうち我々も力尽きる! 怪我人が出る前に、君の家のペットをなんとかしろ!』
リカルドが微妙な顔をした後、助けを求めるようにこちらを見てきたので、思わずわたしは首をブンブンと横に振る。
ええとええと、言われていることは尤もなのだけれども、これは人間の手に余る事態だと思うのだ。
これは一体、どうしたらいいのだ!
悩むわたし達の耳に、リカルドの通信機から、タウンゼント侯爵のいる王宮広場前の喧騒が聞こえてくる。
「世界の終わりだ」「黒髪の王族がいるせいだ」「不吉な国に天罰が」と言う声が上がっているようで、そろそろ事態は皆の精神に影響を与えつつあるようだ。
これは、早急になんとかしなければならない――。
「リーディア!」
声を上げたのは、イーゼル殿下だ。
小さな黒髪王子は、横たわる義父母の傍を離れると、友人の銀色スナイパーの元へとはせ参じる。
「イーゼル、わかってるの!」
「だろ!?」
「いまなの!」
「いまだな! さすがはリーディアだ!」
二人の子ども達は、ポケットから丸い石ころを取り出す。
それは、先ほどまで白と黒の竜珠だった石ころだ。
それを高く掲げた二人は、顔を見合わせて、大きく息を吸いこむ。
「あっ、だめよ。竜珠は、停止して――」
そう伝えようとしたところで、『大丈夫』と後ろから声がかかった。
振り返った先に居たのは、白と黒の淡い光だ。
わたしの視線を受け止めると、二つの光はふわりと消えてしまった。
もう会うことのできない、消えてしまったその光が、なんだかほほ笑んでいたような気がして、わたしは思わず胸元を抑える。
「「シルク、たすけてーーーーー!!!」」