軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

11 ミゲルの研究室

ミゲルは一代伯爵の地位を持つ高収入な研究者だ。

多分、マティーニ男爵領全体の畑から得るのと同じぐらいの収益を、ミゲル一人で得ていると思う。

その甲斐あってか、彼の家は広かった。

実家のマティーニ男爵邸の二、三倍の広さがあるかもしれない。

その反面、景観は本当に素朴で、興味のないものの見た目に拘らないミゲルらしい家だとわたしは思う。

しかし、大事なのはそこではないのだ。

邸内の床が見える。

室内で、移動するのが苦ではない!

「なんて美しいの……!」

わたしがそう感動している横で、ミゲルは無情にも、家に着くなり、コートやら荷物やらをぽいぽいそこらに投げ散らかし始めた。

唖然とするわたし達リキュール伯爵家に構わず、彼は一人だけ身軽になっていく。

そんなミゲルの跡を、不憫な黒鳥ヴィッキー三人がついてまわり、物を回収していた。

わたしは、兄ミゲルの家の床が目視できる理由を知った。

「こら、兄さん! また床に物を投げ捨てて」

「捨ててはいないさ。自分の家の中にちゃんと投げ込んでるよ」

「家の中でも、置き場所ってものがあるでしょう。もう、少しは成長したのかと思ったのに!」

わたしが呆れた顔でミゲルの背後を見ると、黒鳥ヴィッキー三人組が「マリアねーさん、もっと言ってやって!」「ちっとも治らないんだ」「俺はもう諦めてる」と口々に心の声を吐き出している。

「俺達はさ、ミゲルの寝室までは入れなくて」

「あそこは腐海の森だよ」

「きっと意図しない何かが培養されてる」

「なるほど、いいね。それはそれで発明じゃないか」

「「「いいから反省しろ!」」」

専属小間使い三人に叱られて、ミゲルはやれやれと肩をすくめた。

この兄は、言っても響かないのだ。

喧嘩をすることもないけれども、周りの意見に左右されることもない。

ここで現れたのは、父リカルドに唆された銀色姪っ子令嬢だ。

「ミゲルお兄ちゃん。リーはね、ママからたくさん、お片付けの仕方を習ったのよ。ミゲルお兄ちゃんと一緒にお片付けのお勉強をするのも、リーはやぶしゃかじゃないの」

「可愛い姪っ子の優しさは、心に来るねぇ」

片付け下手な伯父さんを背中から撃ち抜く凄腕銀色スナイパーに、ミゲルも降参したようだ。

投げ捨てた鞄から飛びだした水筒を自分で拾い、「必要なときに拾って洗うのに」と呟いている。

いいから今すぐ洗って!?

そんなこんなで案内を受けたところ、どうやらミゲルの屋敷は棟が二つに分かれているらしい。片方は仕事用の研究邸として、もう片方は生活用の本邸として使っているようだった。

廊下は、三人の天才小間使いが必死に掃除をしているので、どちらの棟も常に清潔な状態が保たれている。

問題は、彼らの言うとおり、ミゲルの部屋だ。

なにやら、生活用の本邸の自室だけでなく、研究邸の自室も、惨憺たる状態らしい。

研究邸に行くと、ミゲルの研究所で働いている二十代、三十代の研究員達が迎えてくれた。

人数は十人ほどだろうか。わたし達への挨拶もそこそこに、ミゲルとイヴァン、キースをねぎらっている。

「ミゲルさん、おかえり。屋台は順調だったみたいだね」

「うん。今日も盛況で、いい感じに稼げたよ」

「イヴァンとキースもお疲れさん」

「今日のミゲルのお守りは問題なかったかい」

「レイ・タヴァルも一回しかなかったし、ミゲルも粗相をしなかったし、特に問題なかったよ」

「そうかそうか」

どうやらミゲルの研究室内の人間関係は良好のようだ。

問題児である兄の扱いも心得ているようで、妹としても一安心である。

研究員達は、イヴァン達と気の置けない様子で会話をした後、そそくさと自席に戻って、研究の続きを始めていた。ミゲルの研究室の研究員達は、なんだかんだミゲルと同様に研究オタクらしく、自席に戻って研究対象に向き直ると、顔色が三倍くらいツヤツヤしている。楽しそうでなによりである。

不思議なのは、十歳前後と思しき子ども達も出入りしていることだ。

彼らは奥の部屋に居る研究員に声をかけ、とある部屋に入り、時間が経つと出てきて、駄賃をもらって帰っていく。

一体なんなのだろうと首をかしげていると、研究員の一人が声をかけてくれた。

「あれは、最近ミゲルさんが開発しているゲームのテストプレイの仕事なんですよ」

その研究員曰く、不思議なことに、ゲームの操作となると、大人より子ども達のほうが巧みな技術を発揮するらしい。

結果、駄賃のいい仕事として、子ども達がミゲルの研究室に出入りするようになったのだとか。

「まあ、その中でも黒鳥ヴィッキーは別格ですけどね」

「そうなんですか?」

「あの三つ子は天才です。住み込みで働いてるし、ミゲルさんも目をかけてるんで、俺達も交代で勉強を教えてますけど……多分、俺達より頭が回ります……」

肩を落とす研究員に、わたし達が苦笑いしていると、兄ミゲルがいそいそと近くに寄ってきた。

研究室内は、研究員達の自席と、工具の置かれた広いスペースがあって、そのスペースの横には見たことのない機器が大量に置かれているのだが、ミゲルはその機器をわたし達に見せたいようだ。

「ほら、マリア。これを見ておくれよ」

「なぁに?」

「こっちはね、電気マッサージ機なんだ。座るとこんな感じで肩をもんでくれる」

「あら、素敵ね」

「こっちはラジコンって言うんだ。ほら、この操作盤に座って操作すると、ほら。そっちの機体が、宙に浮かんで動くことができるんだよ」

「えええ!? すごい、飛んでるわ!」

「ふふ。こっちは電球だ。手持ちランプと同じだね。こっちはね、拡声器だよ。ボタンを押しながらここに向かって話すと、声が大きくなってね」

「ここではやめてね」

「えー……」

「兄さん」

「仕方ないな。こっちはね、電気で動くうちわなんだ。夏はすごく便利でね」

「うんうん」

「こっちは、空気を冷やす装置なんだ。この電動うちわと組み合わせると、最高の結果をもたらしてくれる」

「うん……」

「それでねこっちは」

「に、兄さん。ちょっと落ち着いて」

「やばい、また始まったよ」

「瞳孔が開いてる」

「ミゲルは開発品の説明になると止まらないから」

だんだん早口になっていくミゲルに怯んでいると、黒鳥ヴィッキーが冷静なツッコミを入れてくれた。

確かに、彼らの言うとおり、眼鏡の奥で瞳孔が開いている。頬もつやつやしている。

しかしだ。

「兄さん。わたしね、今日は兄さんに、わたしの新しい家族を紹介に来たのよ?」

研究発表のために来たわけではないのだ。

多少ならまあ、隣に居る銀色愛娘が紫色の瞳をキラキラ輝かせているので、やぶさかではないのだが。

悲しそうな顔をしている兄ミゲルに、わたしは心を鬼にしながら、「ほら、ちょっとお茶をしましょう」と団欒を促した。

うなだれた伯父さんに救いの手を差し伸べたのはもちろん、心優しい銀色女神である。

「ミゲルお兄ちゃん、元気を出して。リーはお兄ちゃんの作ったもの、すごいと思うの」

「そうだね。私に優しいのは、リーディアさんくらいだよ」

「!! リー、くらい!」

「そうだ。そんな優しい聖女リーディアさんには、これをあげよう」

そう言いながら、ミゲルは廊下の右側にある部屋の棚から『ドラゴン饅頭』なる饅頭を取り出した。

しかし、黒鳥ヴィッキーに、「そんなまずいもん、客に出すな!」「ふざけんなよ、一人で食べろ」「リーディア、絶対食うなよ!」と止められ叫ばれ制止され、渋々饅頭を棚にしまい込んでいる。

ミゲル兄さん、可愛いうちの娘に一体何を……!?

「しかたない。じゃあこっちにしようかな」

悲しみに暮れたミゲルは、そう告げると、別の部屋の棚から三つの小さな腕時計を取り出してきた。

虹色のバンドに金ぴかの文字盤という大変目立つ意匠のもので、どこに着けていくべきか悩ましいけれども、時間も正確に刻んでいるので、時計として使うことはできそうだ。実際に使うかどうかは別として。

「ミゲルお兄ちゃん。これ、なぁに?」

「電気通信機だよ」

「つうしんき」

「このボタンを押しながらしゃべるとね。遠くに居ても、こっそりおしゃべりすることができるんだ」

「!?」

そんなわけで、居間にたどり着くまでの間、研究熱心な伯父さんと素直でかわいい姪っ子令嬢は、時計型通信機に向かって話しかけながらスパイごっこをしていた。

「アーアー。こちら、リーなの。聞こえていますか、なの」

「アーアーアー。こちら、素敵なお兄さんのミゲルです。リー閣下、しっかり可愛い声が届いております」

「!! と、当然なの。リー閣下は、閣下だから!」

「さようでございますかー」

うん。ええと、隣同士で歩いているというのに、必死に通信機に話しかける必要はあるのだろうか。

技術による世界の歪みを感じる瞬間である。

わたしが苦笑しながら二人を見ていると、リカルドが神妙な顔でミゲルに訪ねた。

「ミゲルさん。その通信機はどの範囲まで使えるのですか?」

「うん? 王都中ならどこでも大丈夫だよ」

「えっ……。それは、その……」

「ああ、そうか。リカルド君は高位治癒魔法の使い手だし、そのあたりも詳しいのだったね」

そう、わたしの夫リカルドは、聖女の血を引く高位治癒魔法の使い手なのだ。

彼とリーディアが持つ銀髪に紫色の瞳は、聖女の血を引き、強い治癒魔法の力を継いだ証なのだという。

聖女がかつて使ったという、全ての怪我や病気をなかったことにする 回(・) 復(・) 聖(・) 魔(・) 法(・) を使えるのかどうかはわからないが、生物の持つ回復力を最大値まで引き上げる 高(・) 位(・) 治(・) 癒(・) 魔(・) 法(・) に関しては、彼の右に出る者はなかなか居ないらしい。

「伯爵でなければ、おそらく高位治癒魔法師として過労死コースだった」と呟くリカルドに、わたしは戦で亡くなったリキュール一族や治癒魔法の功罪に思いを馳せるとともに、リーディアが将来、馬車馬コースに足を踏みいれないよう、彼女の行く末をしっかり整えなければと心したものだ。

しかし、 そ(・) の(・) あ(・) た(・) り(・) とはなんのことだろう。

首をかしげるわたしに、リカルドは言葉を選ぶようにして少し目を伏せた後、話し始めた。

「そうだな……魔法石を使った通信機を使う場合も、その距離は限られているんだ」

「そうなの?」

「高性能なものでも、リキュール伯爵邸の広さがあると途中で通信が途絶える」

「えっ」

「だから、戦場ではよく、通信を強める中継機器を設置しているんだ。この仕様は、電気通信機でも変わらないのでは」

それだけ言うと、リカルドはミゲルを見た。

リカルドの言いたいことはわかった。

短い距離しか使えないはずの通信機。

それを王都中で使えるとしたら、王都中に中継機器を設置しているということだ。

「兄さん?」

「……えーとその」

「なんてことをしてるのよ、もう!」

「マリア。これは大変なことだ」

「リカルド?」

「電気通信機が、王都中で使える。なのにそのことを、誰も知らない。伯爵である私に、国から注意喚起の通達が出た覚えがない。おそらく、軍部も、電気通信機の電波を掴む術を持っていないんだろう」

「……本当に、リキュール伯爵閣下は真面目で勉強家なんだね。父さん達が言っていたとおりだ」

母親譲りの海色の瞳が暗く光って、わたしは今までにない兄の様子に目を丸くする。

「この通信機さえ設置すれば、王都中の会話は、誰に気付かれることもなく、あなたに筒抜けだ……」

硬い表情のリカルドに、ようやく事態の大きさに気がついたわたしも青ざめ、ミゲルは本当に嬉しそうに、にっこりと笑う。

「魔法だけが普及していくこの世界で、電気や熱動力は疎かにされてきた。だから、こういうことが起こる。とても怖いことだね」

体に宿る魔力を使い、または魔石の力を頼って駆使する、魔法という力。

意思の力に強く反応するそれは、人間にとってとても便利だけれども、きっとそれだけではだめなのだ。

いつか、他の何かに足をすくわれるときが来てしまう。

ミゲルの示唆するものに、リカルドとわたしが固まっていると、それを見た呑気な次兄は、からからと笑い出した。

「まあ、それほど心配することはないさ。この通信機の件、父さんとエドワード王弟殿下だけは知っているから」

「え!?」

「今の国王と王太子は頼りないけれど、エドワード王弟殿下はやり手だよねぇ。いくつか通信機を進呈したけれど、いざというときまで明るみに出さずに、便利に使う予定のようだよ」

「もう、驚かせないでよ……」

くつくつと笑っているミゲルに、リカルドもわたしも肩の力を抜いた。

エドワード王弟殿下がご存じなら、まあ悪いことにはならないだろう。

ちなみに、リーディアは不思議そうな顔で「魔法使いさんと、エドでんかー?」と呟きながら、わたし達を見ている。

リーディアはエドワード王弟殿下と面識があるのだ。

そんなリーディアを見ながら、ミゲルは突然、ぽんと手を叩いた。

「ああそうだ。極秘情報なんだが、言わなきゃいけないことがあったんだった」

「ちょ、ちょっと兄さんそれ、絶対どこかでこっそり聞いた内容でしょ!? 聞きたくないんだけど!?」

「聞いておいたほうがいいと思うよ。リキュール伯爵家のことだから」

再度固まるわたしに、ミゲルは楽しそうにニコニコ微笑んでいる。

その毒気のない顔がもはや怖い。

「君達ね、今、国際的に大人気なんだよ。エタノール王国に追い詰められた、聖女の血を引く最後の二人。そんな二人を救ったとされる、新妻マリア」

「人気……!?」

「わ、わたしも?」

「リーも?」

「うん。実は、エタノール王国は、リカルド君とリーディアさんを追い詰めたことで、国際的に相当責められている。 う(・) ち(・) の(・) 国(・) で(・) 是(・) 非(・) 保(・) 護(・) し(・) た(・) い(・) と、手が上がり続けている状態だ。……ついでに、リカルド君と新妻の関係性次第では、リカルド君に新しい妻を当てがうという話も多いんだなぁ」

契約結婚の可能性まで読まれているらしいね、とミゲルはなんの気なしに呟いた。

怖い。

他国の上層部、本当に怖い!

話の内容が理解できない様子なのは、銀色スナイパーだ。

不穏な内容だということはわかるのか、可愛いほっぺをふくらませながら、不安と不満を示している。

「つまをあてがう?」

「リーディアさんのママを変えようって話だね」

「!? だめ!」

「だよねぇ」

「リーのママは、ママだけ! ママはリーが守るの!」

呆然とするわたし達夫婦と、何かと戦う気満々で小さなお手手を握りしめる銀色スナイパーに、ミゲルは「要は体のいい引き抜き合戦だ」と楽しげに笑った。

「だからさ、今回の国際会議期間の夜会は大変だと思うよ。 明(・) 後(・) 日(・) の(・) 国(・) 王(・) 謁(・) 見(・) でも言われると思うけど、主役は君達だ。相当な熱愛夫婦で、エタノール王国好きであることをアピールしないと、他国に攫われてしまうかもね」

「……明後日、リキュール伯爵家の国王謁見の日だって、ミゲル兄さんには話してないんだけど」

「おや、そうだったかな」

くつくつ笑うミゲルに、わたしはいい文句が出てこなかったので、とりあえず「父さんに言いつけるんだから!」と捨て台詞を吐いておいた。

しかし、ミゲル兄さんは爆笑していた。

本当に腹立たしいことである。

そして、ミゲルに腹を立てるので忙しかったわたしは、このとき、気が付いていなかったのだ。

自分の横に居るリカルドが、至極真面目な様子で――実はろくでもないことを言い出すときの企み顔で――何かを思案する様子であったことに……。