作品タイトル不明
10 黒鳥ヴィッキー
「さあ、終わった終わった。撤収しよう」
白熱した試合が終わり、並んでいた他の客もレースを楽しんだ後、兄ミゲルは屋台の引き上げを宣言した。
ぱらぱらと選手達への拍手が聞こえる中、銀色スナイパーはパパの腕の中でぷくーと頬をふくらませている。
『しゃかりき戦士』の挑戦した チャンピョン戦(レイ・タヴァル) は、チャンピョン『黒鳥ヴィッキー』の圧勝であった。
八人のプレイヤーから集中砲火を浴びたにも関わらず、『黒鳥ヴィッキー』はすべての攻撃をいなし、トップを独走し続け、恐るべき速度でゴールしてしまったのである。
「『黒鳥ヴィッキー』……一体何者なの……!」
神妙な顔つき――傍目にはふくふくほっぺの愛らしいむくれ顔――で呟いた銀色スナイパーに、『しゃかりき戦士』は爆笑していた。
試合を見たのも初めてのはずの彼女が、したり顔で『黒鳥ヴィッキー』の恐ろしさについて呟いているのだから、そうもなるだろう。
「応援してくれたのに悪かったな、嬢ちゃん」
「戦士さま」
「その『戦士さま』ってのはなかなかくるな……あ、いえ、お父様、なんでもありません」
「私は君の父ではない」
「そうでしたね!? じゃあな、嬢ちゃん。次は勝つから、楽しみにしててくれ」
銀色姫の父の冷たい笑顔に、『しゃかりき戦士』は冷や汗をかきながら早々と退散していった。
モテモテ銀色姫は、戦士さまに向かって「戦士さま、頑張ってねー!」と手を振っていて、それがまた彼女のパパの笑顔を鋭くしている。罪作りな姫君である。
そうして、ようやく始まったのが、屋台の撤収である。
屋台の引き上げは手慣れたものだった。
大量の機材があり、それを雨風をしのげる場所に運ばなければならないというので、わたし達リキュール一家は壮大な時間がかかることを覚悟したのだけれども、ミゲルの声かけと共にイヴァンとキースが呼び出した孤児の子供達がわらわら集まり、あっという間に屋台近くの貸倉庫に機材をほとんど収納し終わってしまったのである。
そして、わたしは気が付いていた。
自分より少し年上なだけの子ども達が、手際よく機材を片付けていく。
そんな様子を見て、黙っている我が家の銀色姫ではない。
「リーもやる!!!!」
(やっぱり〜!)
頭を抱えるわたしの横で、パパの腕から降り立ち、屋台の中心でそう叫んだ銀色スナイパー。
紫色の瞳を爛々と輝かせ、ほっぺを艶々させながら仁王立ちしている六歳児に、子ども達は温かかった。
「可愛い〜。なになに、どこからきたの?」
「髪の毛サラサラじゃん!」
「すげーでっかい目だなぁ。お嬢様って感じ」
「ミゲル〜、このちっこいのがやりたいって言ってるけど〜」
「機材、重たいよ? このちっちゃい手じゃ、荷台は動かないよ?」
「俺達は仕事でやってるんだ。ガキは引っ込んでな……」
「あーっ、キースがちっちゃい子泣かしたー!」
「えっ!? ま、まだ泣いてねーし」
「お目目がうるうるしてるじゃん!」
「ごめんね〜、おにーちゃんが酷いこと言ったよね〜」
「泣かないで泣かないで」
わらわらと集まってきた十歳前後の子ども達に、わたしと共にその中心にいる銀色スナイパーは即座に精神的にキャパオーバーしたようだ。
少し年上のお兄さんお姉さんに囲まれるという初めての体験による混乱の極み、そして『ガキ』と言われたショックで、目が潤み、わたしのスカートを握りしめながらプルプル震えている。
銀色幼児を泣かせた犯人扱いされた黒髪のキース少年が青ざめる横で、声を発したのは兄ミゲルだ。
「ほらほら、早く片付けを済ませておくれ。駄賃を渡すから」
駄賃と聞いた子ども達の動きは早い。
残りの機材を瞬く間に片付け、仲良く順番に並んで駄賃を受け取り、「他の仕事があるから」と去っていく。
「あの子達は普段、他の屋台の手伝いをしているんだよ」
ミゲル曰く、電気体験屋の設営と撤収のときだけ、子ども達を他の屋台から借りているらしい。一代伯爵ミゲルは金払いがいいので、子ども達は手が空き次第集まってくるのだとか。
周りの屋台の主も、ミゲルの電気体験屋の恩恵に預かることが多く、たまにミゲルも差し入れをするので、手伝いの子ども達が一時的に不在にすることについて、特段口うるさくはしないのだという。
「イヴァン君とキース君も、他の屋台の手伝いをしているの?」
「俺達はミゲルに雇われてるんだ」
「専属小間使いだよ」
「俺たちみたいなのをちゃんと雇ってくれるところって少ないから、助かってる」
伯爵家の馬車の中で、黒髪少年イヴァンとキースは笑いながらそう教えてくれた。
彼らの向かいには、我が家の銀色姫withふわふわが座っていて、屋台で購入したみかん飴と幸せそうに格闘しているところだ。
わたしが、イヴァンとキースの話を聞いて、それとなくミゲルを見ると、ミゲルは眉尻を下げて肩をすくめている。
「エタノール王国ではまだ、黒髪は避けられているの?」
そう尋ねると、イヴァンとキースは困ったような顔をした。
リカルドもわたし達を見て、神妙な顔をしている。
「以前に比べたら大分マシになったんだよ」
「それは、わかるけど。……さっき集まった子ども達も、濃い髪の色の子が多かったわ」
「だからまあ、そういうことだ」
「ミゲル兄さん」
「もしかして、『不吉の象徴』……ですか?」
リカルドの言葉に、わたしは眉をハの字にし、ミゲル達もも浮かない顔になった。
『黒髪は不吉の象徴』。
実はこれは、エタノール王国で何百年間も言い伝えられてきた、悪しき言い伝えなのだ。
黒髪が多く存在する北の草原地帯と長い間、国交断絶していた理由の一つでもある。
この言い伝え自体は、今ではなんの根拠もないものだと人々に認識されつつある。
実際に、その言い伝えが存在するのは、エタノール王国周辺の近隣諸国だけで、遠く南方の海辺の国や東方の島国にはないものなのだ。
例えば北方の草原地帯の民はそのほとんどが黒髪だし、それを理由に不吉なことが起こったなんてことは当然ながらない。
しかし、伝統というのは恐ろしいもので、エタノール王国においては、王都に近づけば近づくほど、黒髪が忌避される傾向にある。
そのせいで、現代の生粋のエタノール王国人は、金髪と明るめの茶髪の人間が多い。
黒髪や焦げ茶色の髪の持ち主も、もちろん存在はしているが、彼らの数は少ないし、貧困層であることが多いのだ。
「黒髪は、不吉。その噂のせいで、この国では黒髪の者は、仕事をするにも、住む場所を決めるにも、困難が立ちはだかることが多かった」
「父の先代リキュール伯爵からは、迷信だと教えられてきました。王都でも、そのように情勢が変わってきたと」
「それは一面、正しいね。田舎に行けば行くほど、黒髪についての認識は薄まっていく。王弟エドワード殿下も頑張っている。その甲斐あって、王都もだいぶ状況が変わって来たよ。ただ、それでもほんのちょっとしたところで、まだ壁があるものなのさ」
黒髪問題についてはここ近年、ルビエール辺境伯及び王弟エドワード殿下主導の下、大幅に改善されつつあるのだ。
大きな要因は、リーディアの曽祖父である前ルビエール辺境伯ルイスと、祖父である現辺境伯ライアンが、黒髪の者が多い北方草原地帯との友好を深めるため、根回しを始めたことにある。
しかし、今まで何代にも渡って財を成してきた家と、今からようやく着手する家とでは、そもそもの財力に差が出てしまうものなのだ。
小さな頃から学校に通うことができる者と、小さな頃から働かなければならない者。
そこには隔絶した差があり、そうして受けた教育により、さらに格差は広がっていく。
優秀な者は、給料のいい仕事に就くこともできるし、一代貴族の地位を得ることもできるのだから。
「きっと、あと少しだ。一押し、何かがあるといいんだろうね」
ミゲルの言葉に肩を落とすわたしに、当の本人である黒髪少年イヴァンとキースは、あっけらかんとした表情で「マリアねーさん」と声をかけてきた。
「でもさ。最近はさ、髪の色うんぬんで何か言われることは少なくなったよ」
「ガキだからどっか行けって言われることはあるけどさ」
「そうなの?」
「うん。本当に、この二年くらいの話かなぁ」
「お前、二年前の記憶なんてあるのかよ。そんなに遡ったらかーちゃんの腹ん中だろ」
「一緒に腹の中から出てきた奴がよく言うよ」
「うん? 一緒に?」
わたしが首をかしげると、イヴァンとキースは目を瞬く。
そして、ああそうかと頷いたあと、イヴァンはオレンジ色の毛糸の帽子を脱いで、キースは掻き上げていた前髪を下ろした。
そうしてみると、二人は似ている……というより、同じ顔をしている。
「二人は双子なの?」
「へへっ。そう思うだろ?」
「双子じゃなくてさ」
「!? キースお兄ちゃんが二人いるの」
どうやら、わたしの横に居る、みかん飴と格闘中の銀色姫も、目の前の光景に衝撃を受けたようだ。
ポカンとしている彼女に、キースは「そんなに似てねーし」そっぽを向き、イヴァンは「キースお兄ちゃんが二人、ねぇ」とニヤニヤしている。
しかし、二人は本当にそっくりだ。
大きな目にすっと通った鼻筋はそっくり、同じ短い黒髪に、緑色の瞳をしている。
いや、よく見ると目の色が少し違うような……?
「二人は本当にそっくりだな」
「リカルド」
「君達はその、失礼かもしれないが、どうやって見分けたらいいんだろうか」
「パパ。キースお兄ちゃんは、お目目がきゅうりのお色だよ」
「!?」
「そ、そうか……」
「イヴァンお兄ちゃんはキュウイのお色なの。甘くてとっても美味しそうなの」
「お、おう……ありがとう?」
「えへへ〜」
イヴァンのお礼に、リーディアは嬉しそうにニコニコ微笑んでいた。隣に居るきゅうり……じゃなかった、キースはなにやら衝撃を受けた様子で固まっている。
うちの銀色スナイパーは、わたしの影響でお野菜と果物が大好きなので、ここで野菜と果物が出てくるということは、二人にかなり好印象を抱いているということなのだろう。
しかし、おそらくそれは二人に伝わっていないので、あとで耳打ちしておくことにする。
「さて着いたようだよ」
ミゲルの言葉に窓の外を見ると、そこには一人で住むには大きめな屋敷が建っていた。
馬車が近づいていくと、屋敷の中から子どもが一人駆け寄ってきて、門を開けてくれる。
「ミゲル、おかえり!」
馬車が屋敷の扉の前につき、わたし達が敷地に降り立つと、門を開けてくれた子どもがミゲルに駆け寄ってきた。
黒髪の少年だ。十歳前後で、大きな目にすっと通った鼻筋、短い髪に、……緑色の瞳?
「ヴォルフ、ただいま」
「ミゲル! 今日のレイ・タヴァル、どうだった?」
「最高のレースだったよ。流石は黒鳥ヴィッキーだ」
「へへっ、当然だろ」
「ほら、それもだが、お客様だ。挨拶しておくれよ」
「! 俺なんかがいいの?」
「うん。私の妹一家だから」
パッとこちらを振り返るその顔は、やはりイヴァンとキースにそっくりである。
「キースお兄ちゃんが三人」と呟く銀色姫に、キースはむずむずしたような顔でそっぽを向き、イヴァンはけらけら笑っていた。
「マリアねーさん。俺達、三つ子なんだ」
「えっ」
「ミゲルの妹さん、初めまして。ヴォルフです」
「それでね、こいつがさっきの『黒鳥ヴィッキー』だよ」
「え!?」
「……俺とイヴァンもそうだけどな」
「ええっ!?」
「三人で『黒鳥ヴィッキー』をやってるんだ。それが俺達のメインの仕事だよ」
『黒鳥ヴィッキー』の名を聞いて、銀色姫も仰天した表情で――傍目には、まんまるお目目が可愛いアイドル顔で――彼らを見ている。
黒髪の、ヴォルフと、イヴァンと、キース。
……黒鳥ヴィッキー?
「ああ、この子達、天才ゲーマーなんだよね。だからとりあえず、雇ってみたんだけど……多分、私より賢くなるよ」
なんでもないことのようにそう告げるミゲルに、わたしは唖然とし、リカルドもまた目を丸くしている。
そして、誰よりも観察眼のある銀色スナイパーは、「ヴォルフお兄ちゃんのお目目は雪中キャベツのお色!」と声を上げたのだった。