軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

9 電気体験屋

電気。

そして、電力で動く機械。

科学の力で事を成すその存在は、エタノール王国では稀有なものだ。

そもそも、エタノール王国だけでなく、私の知る限り、ほとんどの国では、主たる動力源を担うのは魔力だ。

人が持つ魔力だけでなく、土地や木々などの自然界から採掘される魔石が、人々の生活を支えている。

魔石が取りづらい一部の国では、油を燃やした熱エネルギーを元にした動力を使っていることもあるけれども、それはほんの例外。

室内の灯り一つをとっても、普通は魔石を仕込んだランプか、ろうそくを使うものだ。

電気で灯りを起こすなど、人々は そ(・) ん(・) な(・) 面(・) 倒(・) な(・) こ(・) と(・) は考えもしない。

けれども、それに着手した数寄者が、このエタノール王国に現れたのだ。

その名もミゲル=マティーニ。

父親と違って旅行に全く興味がなく、母親と同じで生粋の研究気質であった彼は、父マーカス=マティーニが旅に行くたびに持ち帰る、皆が見向きもしない電気に関して書かれた古代語の書物を読み解き、それを実用できるほどの道具に昇華する研究に没頭しはじめてしまったのである。

「やあやあやあ。マリアじゃないか。電気体験をしたいのかい?」

電子音が鳴り響く中、わたしがようやく兄ミゲルに声をかけると、ミゲルは呑気な顔でへらりと笑った。

「兄さん、久しぶりね。今日はミゲル兄さんに会いにきたのよ」

「でもお前、列に並んでいるじゃあないか」

「並ばないと兄さんに声をかけられなかったのよ」

「ああ、それはそうかもしれないね。並ばずに私に声をかける輩は、順番抜かしもいいところだ」

「いつになったら落ち着くの?」

「うーん、そうだな」

受付を立ち上がったミゲルは、自身の屋台に並ぶ長蛇の列を見た。

ざっと見ても、二十人は並んでいる。これをどうするつもりなのか。

戸惑っているわたしを見た後、兄ミゲルはうん、と一つ頷く。

「今並んでる人を最後にして、今日は店じまいとしよう。イヴァン、キース」

「りょーかい!」

「ここが最後だよ。今日はこれで店じまいだ!」

兄ミゲルが声をかけると、よく似ている黒髪の男の子が二人、店じまいの看板を掲げて列の最後尾にかけて行った。歳の頃は十歳を超えたくらいだろうか。

新たに並ぼうと集まってきた人々からは不満の声も漏れているが、「まあ、自由気ままなミゲルの店だしな……」「次は長めにやってくれよ」と諦めた様子で去っていく。

「多分十五分はかかるから、しばらく屋台を見ておいで」

ミゲルはそう言った後、ようやくわたしの隣にいる美丈夫と、わたしのスカートの陰に隠れている幼いスナイパーに気がついたらしい。

ちなみに、スナイパーはその小さな右手に、食べかけの綿菓子を握りしめている。

「おやおや、もしかしてあなた様は」

「リカルド=リキュールと申します。お初にお目にかかります、ミゲル殿」

「これはこれは。こちらこそ初めまして、ミゲル=マティーニと申します。愚妹がお世話になりまして……こちらの可愛いお嬢さんは、噂のリキュール伯爵令嬢かな?」

「リーディア=リキュールです。ミゲルお兄ちゃん、よろしくなの」

「こちらこそ、よろしくお願いします。丁寧な挨拶をありがとう、素敵なお嬢さん」

丁寧に頭を下げて、ふわふわ笑っているミゲルに、リーディアはパッと顔を赤らめた後、えへへと嬉しそうに微笑んだ。

どうやらわたしの次兄は、銀色スナイパーのお眼鏡にかなったらしい。

兄ミゲルは奇天烈な格好をしているものの、妙に子どもウケがいいのである。

のんびりした話し方がいいのだろうか。

「リーディアさん。店じまいの後、特別に好きな機体で遊ばせてあげるからね。屋台でしっかり精をつけてくるんだよ」

「遊ぶ?」

「うん。ここは電子ゲームのお店だからね」

ミゲルが屋台の中に視線を移したので、わたし達も中を覗き込む。

それは、八人で競争しながらゴールを目指す、荷車操作の電子レースゲームだった。

屋台の中には八つの操縦席と、それぞれの座席を囲う三つ画面が用意されていて、座席に備え付けられたハンドルや、足元の踏み板を操作すると、画面の中を走る鉄の荷車を動かすことができるらしい。

広い屋台の一番奥には大画面が設置されていて、全体のレースの風景が見えるようになっていて、今も画面には、八台の荷車がコースを疾走する様子が写っていた。

操縦席についたプレイヤーは皆、真剣に画面と向き合っており、隣の屋台のカフェスペースから観戦している客もそれなりにいるようだ。

どうやら、隣の屋台とはいい関係を築くことができているらしい。

八台の荷車の戦いは熾烈を極めていた。

レースは一度前に躍り出ても安心することはできない。

なにしろ、ハンドルの先についたボタンを押すと、他の荷車に向かって物を投げることもできるのだ。

投げた物が他の荷車に命中すると、命中した荷車が数秒クラッシュして動けなくなり、それを見た観客は喜び、命中させたプレイヤーの名前が連呼される。

白熱した戦いの末、一台の荷車がゴールに辿り着き、大音量の電子音と共にワッと歓声が湧いた。

同時に、ランキングボードがにぎやかに点滅し、五位から一位の項目に、『しゃかりき戦士』という名前が繰り上がってくる。

「『しゃかりき戦士』マディソンが一着でゴールしたぞ!」

「久々のノルマ越えだ!」

「挑戦権! 挑戦権!」

「チャンピョン『黒鳥ヴィッキー』を追い落とせー!!」

「おやおや。またすごいタイミングだなぁ」

兄ミゲルが肩をすくめると、『しゃかりき戦士』と呼ばれたプレイヤーがミゲルに近づいてきた。

短い金髪に、鈍色の瞳が涼やかな、ガタイのいい男だ。

背丈こそリカルドのほうが高いけれども、清潔感のある身だしなみ、鍛えあげた体躯を見るに、おそらく国の兵士の一人ではないだろうか。

冒険者の場合、もう少し砕けた格好のような気がする。

「ミゲル。俺が週間一位だ。ノルマも超えて、挑戦権を手にしたぞ」

「おめでとうございます、『しゃかりき戦士』様」

「チャンピョン『黒鳥ヴィッキー』への挑戦権を使う。今日も控えているんだろう?」

「もちろんですよ」

ミゲルが頷くと、『しゃかりき戦士』が片腕を上げて、野太い声で「決闘レースだ!」と叫んだので、見ていた観客やプレイヤーからワッと歓声が上がった。

『しゃかりき戦士』に向かって、彼と同じようにガタイのいい若い男達が激励の声をかけているが、彼らは兵士仲間といったところだろうか。

幼い銀色スナイパーは、大きく上がった歓声と、『しゃかりき戦士』の野太い声にピャッと飛び上がって、慌ててパパの足にしがみついていた。リカルドに抱き上げられて、おそるおそる、『しゃかりき戦士』のほうを薄目を開けて見ている。

そんな震えるスナイパーの様子に、『しゃかりき戦士』は目を瞬いた後、ハハハと声をあげて笑った。

「やあ、可愛いお嬢ちゃん。ここに来るのは初めてかい?」

「!? リ、リーのこと、なの?」

「おうとも。見てな。俺がお嬢ちゃんの目の前で、チャンピョン『黒鳥ヴィッキー』を倒してくるから」

『しゃかりき戦士』の誓いに、周りから「キザな野郎だ、負けちまえー!」と笑顔で野次が飛ぶ。

彼は笑いながら、元々座っていた操縦席に戻っていった。

動揺する銀色姫に、わたしが「男の人はね、可愛い 女性(レディ) に勝利を約束することで、力をもらうことがあるのよ」と教えてあげると、幼いレディはふくふくのほっぺを桜色に染めて、はわわわ、とさらに動揺していた。どうやら彼女は、これまでにない体験にたいそう喜んでいるらしい。

その様子を微笑ましく見ていると、傍から冷気が漂ってきた。

「うちの娘に誓ったんだから、必ず勝ってもらわないとな」

「リカルド」

「必ずだ」

銀色姫を溺愛するパパの絶対零度の視線に、『しゃかりき戦士』は何かを感じたのか、ビクッと体を跳ねさせた後、青ざめた顔でキョロキョロと周りを見渡している。

わたしが苦笑いしていると、先ほどの二人の男の子がミゲルのところにやってきた。

名前は確か、イヴァンとキースだったかしら。

「ミゲル。ウォ――ゲホゲホ、ヴィッキーに連絡したよ!」

「準備オッケーだってさ」

「二人ともありがとう。じゃあ始めますか」

ミゲルがそう告げると、イヴァンとキースは、並んでいた人のうち、先頭の七人を操縦席に案内した。

「え? 兄さん、チャンピョンとしゃかりきさんの一対一じゃないの?」

「そんなことをしたら、後ろが詰まっちゃうじゃないか」

「で、でも……」

「おねーさん、大丈夫だよ」

「ヴィッキーは強いから」

慌てるわたしにそう告げたのは、イヴァンとキースだ。

彼らはわたしのほうを見てニカッと笑うと、画面の側にあるスイッチを押す。

すると、大画面横の拡声器らしきものが電子音の音楽を轟かせながら、ゲームの始まりを告げ始めた。

「サアサア、本日初めての チャンピョン戦(レイ・タヴァル) ダァ! いつものメンバーに、チャンピョン『黒鳥ヴィッキー』を加えての九人対戦ダヨ。準備はオッケーかい?」

(ん? レイ・タヴァル……草原の民の言葉?)

わたしはなんとなく聞き覚えのある言葉に、首をかしげた。

レイ・タヴァル。 レヴァル(女性争奪決闘) に響きが似ているけれども、決闘という意味なのだろうか。

そんな思案にふけっていると、アナウンスの直後、ワッと歓声が沸いていた観客達は、先ほどまでの喧騒が幻であるかのように静まりかえった。試合開始直前だからなのだろう。

プレイヤー達も、スタートの合図と同時に足元のエンジン板を踏み込むべく集中している。

挑戦者に勝利を約束された銀色姫も、パパの腕の中で小さな手を握りしめ、固唾を呑んでその様子を見ていた。

その手に握りしめられたふわふわの食べかけ綿菓子は、彼女のペットによってじわじわとその量を減らしているが、どうやら気が付いていないらしい。

「それでは位置について。三、二、一―― リジュート(スタート) !」

九人のプレイヤー達は、当然のように 草(・) 原(・) の(・) 言(・) 葉(・) で(・) スタートを切った。

荷車が、勢いよくスタートラインから出立する。

チャンピョン『黒鳥ヴィッキー』を含めての荷車レース。

挑戦者『しゃかりき戦士』だけでなく、他のプレイヤーもタッグを組んでチャンピョンを追い落とそうとする集団戦。

その勝敗は――。