軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

辺境酒場、開店!

極夜も近づこうとするような時期に、辺境酒場『紅蓮の鷲』亭は開店した。

初日は朝から開けることにした。

最初のお客さんは土産屋のご夫婦。

お祝いに異国から取り寄せたという岩塩をくれた。嬉しくて涙が出そうになる。

さっそく、ジークが注文を取りに行ってくれた。

「何になさいますか?」

「ここのオススメは?」

「肉団子のトマトソースパスタです」

ジークは商品の説明を丁寧にする。

母の描いた絵も、メニューを想像するのに役立ってくれた。

土産屋夫婦は、オススメ料理と本日のスープ、紅茶を注文した。

張り切って、調理に取りかかる。ジークも紅茶を入れる為の準備を始めた。

本日のスープは、豆と根菜の澄ましスープ。

乾物だが、野菜の出汁が効いていて美味しい。母が昨日の晩に作ってくれたものだ。

まずは前菜として、スープを出す。

「ああ、温かい」

「身に沁みます」

厨房と席が近いので、反応が聞こえてくる。

妙に緊張をしてしまった。

次に、肉団子のトマトパスタを持って行くように、ジークに頼んだ。

「これは美味しい!」

「パスタは初めて食べましたが、いいですね」

ジークは夫婦の反応を聞きながら、丁寧にお礼を言っている。

一生懸命考えて作った料理はご夫婦に好評だった。

食後のデザートに、練乳アイスを出してみる。

開店記念に、お客さん全員に出す予定だ。

これは練乳缶を固めただけのアイス。これだけだったら激しく甘いので、上に酸味の強いベリーソースを掛けている。

練乳を固めただけなので、食べる前に少しだけ溶かし、しっかり練って舌触りを良くするのもポイントだ。

「これは領主様が考えたもので?」

「はい。練乳を固めただけですが」

「ベリーの酸味と甘みがちょうどいいですね」

「良かったです」

基本的に、家族とアールトネン隊長しか試食をしていないので、こうして褒めてもらえると嬉しくなる。

土産屋夫婦が居なくなってからは、客は来なかった。

まあ、初日なのでこんなもんだと思っている。

村人達は窓の外からチラチラと覗いていたが、扉を開いて声を掛けると、走って逃げてしまうのだ。

「残念! 捕獲失敗だよ、ジークリンデ」

「村人達は、皆シャイだからな」

「そうなんだよね!」

客が来なくても、基本、保存食を使った料理ばかりなので、食べ物が残るということはない。

スープもそのまま夕食になる。

しばらく経てば、家事を終えた女性達が来てくれた。

彼女らはコーヒーとキャラメルリンゴパイを頼み、昼食時にはパスタを頼んでくれた。

家族にはお弁当を作って置いてくるという、用意周到さであった。

皆、ジークと楽しそうにお喋りをしている。

なんとも平和な光景であった。

食後のデザート、練乳アイス・ベリーソースかけも美味しいと言ってくれた。ホッと一安心。

だが、お昼からはまた店内は閑散とする。

暇なので、客の反応を見てから、どんな料理を作るかの話し合いをした。

「やっぱり、甘いものをもう少し増やしたいよねえ」

「極夜期間中はいろいろと厳しいものがあるがな」

「ですよね~~」

卵、バター、乳なしでケーキやクッキーなども作れなくもないが、モソモソしていそうだ。

「それこそ、鉄板クラッカーのような物が仕上がりそうだな」

「歯が欠けるのはちょっとねえ」

すぐに詰んでしまう。

お菓子の件については、帰宅後、母の意見を聞いてみることにした。

冬の期間、お昼過ぎには陽が落ちる。

外に置いてある机に蝋燭をいくつか点して置いてみた。風で火が消えないように、小さな穴を開けた筒状のガラスを被せる。

なかなか幻想的な光景となった。

村人達は角灯を持って土産屋に買い物に来る。

おかみさんが宣伝をしてくれたようで、こちらの店にもちょこちょこ顔を出してくれるようになった。

夕方になれば、城塞の軍人が二名、遊びに来てくれた。

軍人達がたくさん来る予想をしていたが、外れることになる。

話を聞けば、アールトネン隊長が開店初日に迷惑にならないように、手を回してくれていたとか。

さすがだと思った。

いや、来てくれても良かったんだけどね。

軍人達は意外と大人しく、パスタを食べて、酒を二、三杯飲んで帰っていった。

彼らが帰った後、急に客が増えてくる。

どうやら、ほろ酔いの軍人がうちの店の話をしながら、城塞までの帰り道を歩いてくれたらしい。ありがたいお話だ。

夕方から夜になるまで、忙しい時間を過ごす。

そして、夜の最期の鐘が、閉店の時間となった。

夕方から鍋を振り続けていたので、腕が悲鳴をあげている。

肉団子は途中で完売。スープの鍋も空になった。

「リツ、頑張ったな」

「ジークも、ありがとうね」

「いや、私は一日中居たわけではないから」

息子に乳をあげるために、ジークは何度も家に帰っていた。その往復だけでも大変だったろうに。

売り上げに関しては、まあ、多少の赤字ではあるけれど、大きな目的は商売をして利益を得ることではなく、村人に楽しんでもらうことである。

けれど、続けて行けば確実に苦しくなるので、極夜が終わったら利益率の大きな料理を作ろうとも考えていた。

まずは、極夜期間を少しでも明るい状態で乗り越えることを第一にした。

なかなか難しいことだけど、皆の笑顔を見ていたら、頑張ろうという気が湧いてきた。

「慣れてきたら、従業員を増やして、ゆくゆくは誰かにお店を任せたいなって思っているんだけど」

「そうだな。それもいいかもしれない」

いくら母が居るからと言って、長い時間お店に居るわけにもいかない。

誰かの手助けも必要になってくる。

どこかに料理上手は居ないものか。あと、そこそこ愛想の良い人も。

店を閉めた後も仕事は山のようにあった。

掃除から始まり、明日の仕込み、食品棚の整理、売り上げの記入など。

終わったのは、日付が変わる時間帯であった。

仕込みが終わった後、先に帰っていたジークは、寝ないで待ってくれた。

しかも、風呂を沸かしてくれる優しさ。

母の作ってくれた夕食を暖炉の火で温めてから食べて、風呂に入り、布団の中に体を滑り込ませる。

体温の高いジークで暖を取っていたら、いつの間にか深い眠りに就いていた。

このようにして、一日目の業務は終了する。

◇◇◇

翌日。

ジークが何度も家に帰るのは大変なので、アルノーも一緒に連れて行くことにした。

今日は母も手伝ってくれると言う。

噂が広がっていたからか、開店前から店の前に列が出来始めていた。

「ねえ、リッちゃん、お外は寒いから、お店にお客さんを入れてもいい?」

「うん、お願い」

まだ料理は出せそうにないが、温かいお茶やスープくらいなら出せる。

母は店の扉を開き、お客さんを招き入れていた。

アルノーは店の窓際にゆりかごを置いて寝かせている。

子供に気付いた村人が、そのまま誘われるかのように店の中に入って来るということも何回かあった。

さすがは我が息子!

素晴らしい集客能力があるなんて知らなかった。

お昼過ぎには鍋の中のスープは底を尽き、急遽ルルポロンに頼んで作って貰うことになった。

男性陣には缶詰料理とお酒の組み合わせが人気だ。

お年寄りは、なかなか来てくれない。

だが、おじいさんおばあさん達も、店が気になるようで何回か覗きに来ていた。

入って来ればいいのになあと思い、声を掛ければ用はないと言って去ってしまう。

そんなことを何回か繰り返していたが、ある日、いつもとは違うことが起きる。

毎日息子を覗きに来るお年寄りが、今日もやって来た。

にこにこと、笑顔を浮かべながらゆりかごの中を見ている。

すると、突然アルノーが泣き出した。

ジークは肉団子を練っていて、母はコーヒーの乗った盆を運んでいる途中。

自分があやしに行かねばと、厨房から飛び出す。

しかしながら、それよりも早く、息子に手を伸ばす者達が居た。

「まあまあ、どうしたのかしらねえ」

「お腹が空いたのかな?」

「大丈夫、泣くんじゃないよ」

外に居たお婆さん達が、アルノーを抱き、あやしてくれたのだ。

「あ、ありがとう、ございます」

お礼を言えば、子供の為にしたことだと、素直じゃない態度を見せてくれる。

せっかくなので、お茶とお菓子はどうですか? と誘ってみれば、渋々といった様子で席に着いてくれた。

以降、お年寄りもお店に寄ってくれるようになった。

アルノーが居ない日も、仕方がないと言いつつ来てくれる。

その変化が、とても嬉しいと思った。

今日はミルポロンを誘ってみた。

無表情でコーヒーを啜っている。

窓の外に、ちらりとルカが見えたので、強引に店内に引き入れようとする。

「な、何すんだよ!! この店は強引な客引きをすんのか!?」

「ごめんごめん」

ミルポロンも来ているから、一緒にお茶でもどうかな? と聞いてみる。

すると、ルカの顔はカッと真っ赤に染まった。

「ミルポロン、一人で寂しそうでしょう? お願い!」

「……ま、まあ、どうしてもと言うのなら」

「ありがとう、ルカ!」

ルカの姿に気付いたミルポロンは素敵な笑顔を見せてくれた。

その表情に見惚れるような顔をするルカ。

可愛らしいカップルだなあと、厨房の陰から眺める。

「リツ、覗きは良くない」

「……はい」

二人の様子が気になっていたが、真面目にキャラメルリンゴパイを二人分作ることにした。

◇◇◇

一日中、外が真っ暗だという極夜。

寒くて、何も出来なくて、退屈を持て余す期間であったが、店の中からは温かな光と、愉快な笑い声が響き渡っていた。

その様子を見ながら、いろいろ大変だったけど、挑戦して良かったなと、そんな風に思う。

辛く長い極夜を村の皆で過ごす、初めての冬の話であった。