軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

幕間 競え、その筋肉! 出張追放料理人、炎のボディビルディング! 後編

手前に見える半壊状態の王城が、もはやすっかり都のシンボルとなりつつある王城前広場。

そこに設営された大掛かりなステージの目の前は、王都の内外から集まったたくさんの国民で溢れかえっていた。彼らの目的はもちろん、第一回王国ボディビルディング大会『オランピア』を観戦するためであり……

これから壇上に上がろうとする、国民からの圧倒的な支持を集める小さな真王の姿を一目見るためでもあった。

「おおー!」

「エステル真王ー!」

「エステル様ーっ! こっち見てー!」

近衛兵と王国騎士団の幹部を引き連れたエステルが姿を現すと、国民は黄色い歓声で沸き立つ。戴冠式からしばらくが経った現在でも、エステルの君主としての人気は衰えることを知らなかった。

やれ「世界最強の国王」だの、やれ「偽の王権を打倒した幼い追放姫」だの……ポワゾンに言わせるならば……とにかく国民というのは、そういった華やかなサクセスストーリーが何よりも好きだということだろう。

初代王を除き、歴史上で初めて「本物の王剣」を発動させた国王として、エステルのことを「第二代国王」と呼ぶ向きもあるほどだ。

エステルは地響きのように響く声援を一身に受けながら、口を開く。

「我が王国臣民たちよ。我が臣たる者たちよ。これだけの人々たちが集まってくれて、余はとても嬉しい」

傍の従者が、エステルの声を風の魔法で拡声する。

それに対して、国民たちも返すように声を張り上げた。

「こちらこそー!」

「可愛いー!」

「皿洗い姫ー!」

「結婚してくれー!」

そんな国民の声を聞いたエステルは、額に青筋を立てて微笑むと、

腰に差した剣に手をかけ、ほんの少しだけ『 虚実重なる王の逸話(エクスカリバー) 』を発動させて最前列付近を吹き飛ばす。

「うおわあああっ!」

「いい加減にせんかぁ! 余はアイドルか何かではないわぁ!」

「陛下! 落ち着いて!」

「結婚野郎は前からおったな!? どこのどいつであるか!? 戴冠式以来ずっと、必ずおるなあ!? もう大体声でわかるのだ!」

「陛下、落ち着いて! 結婚所望の男については、王国騎士団が捜査中ですので!」

「やったあ! 王のスキル喰らっちゃった!」

「すげえー! いいなあー!」

そんな混乱はあったものの、エステルはごほんと咳ばらいをすると、開会の演説を続ける。

「ええと……本大会の目的は、王国民の健康意識の向上と、各階級間の交流を促すものであり……」

「お話が長いよー!」

「むしろずっと話してていいよー!」

「そ、その……まあとにかく! 第一回『オランピア』大会! 開催である! 初代チャンピオンの栄光を掴むのは誰か! 王者には褒賞と名声、そして余が直々に叙勲する名誉に預かるであろう!」

「マジか!」

「俺も筋トレしないと!」

「叙勲してくれー!」

「そして結婚してくれー!」

◆◆◆◆◆◆

筋肉自慢たちが次々に壇上へと上がり、その隆々な筋肉を強調するポーズを取って審査員たちにアピールしていく。

観客席の右翼前方に陣取っていた町民たちは、デニスの登場を今か今かと待ちわびていた。

「いやー! 早めに王都入りしてて良かったですね!」

広げたシートの上でデニスお手製のお弁当を突きながら、ビビアはそんな声を上げた。

「マジねー!」

「もう少し遅かったら場所取れなかったねー!」

同じく炒飯おにぎりや揚げ物を頬張っているツインテールとポニーテールが、ほくほく顔でそれに答えた。

「デニスの出番は?」

そう聞いたのは馬車屋の親父。

彼は所有している馬車を全て使って、観戦に出向いた町民たちを王都まで送っていた。

「もうすぐ」

「たしか、そろそろですよ……あ、来ました来ました!」

アトリエとビビアがそう答えた時、ちょうど壇上へとデニスが上がって来るのが見えた。

上裸で青い短パンを履いたデニスが現れると、ひと際盛り上がった歓声が響いた。

風の拡声魔法で届けられる解説席の声が、その歓声に負けじと響き渡って来る。

『本大会の広告塔! 噂のデニス・ブラックス選手の登場だあ!』

『彼はブラックス・レストランの元副料理長、元『銀翼の大隊』所属、現在は飲食店経営の傍ら、エステル真王の即位を助けたという異色の経歴の持ち主です!』

『異色ってレベルじゃないですねえ!』

『王座奪還は片手間にやる仕事じゃないですねー!』

『ついでに! デニス選手は以前に王都でベストセラーになった、ロストチャイル家の暴露本にも登場しています!』

観客に向かって手を振りながら壇上に上がったデニスは、まずは正面を向いてリラックスし、身体全体を見せるようにして立つ。

極限まで皮下脂肪を絞った薄皮が、隆々と付いた筋肉に刻まれた陰影を強調する。

それを見て、観客の黄色い歓声が上がった。

『デニス選手、良い仕上がりですねえ!』

『無駄なく絞られた細いウェストと、大きく発達した上体の筋肉! 理想的な逆三角形だ!』

『美しい! これはポイントが高いぞ!』

解説席の興奮した声が響き渡る。

そんな中、ステージ前方の左翼でシートを広げていた一団が、ひときわ興奮した声を上げていた。

「デニスー! やったれー!」

「わあ! うちの子が出て来たわ! ねえねえ! あの子、私が育てたのよ!」

「料理長、落ち着いて! そういうキャラじゃないでしょ!」

「ははは。やたら大きいとは思ってたけど、やっぱりすごい筋肉だなあ」

町民たちとは反対側にシートを広げていたのは、ケイティにジーン料理長にヘズモッチ、それにセスタピッチといった一団だ。

デニスは一通りのポーズを取ると、今度は後ろを向き、背中の筋肉を凝縮させるように腕を広げた。

僧帽筋と広背筋の筋が浮き上がり、背面筋肉が山脈のように凹凸を成す。

その迫力に、またもや大きな歓声が沸き起こった。

『バック・ダブル・バイセップスだ! 圧倒的な背中ァ! 圧倒的なヒットマッスル!』

『注目のデニス選手、背中で他の選手を大きく引き離してきた! これは優勝が決まったかもしれないですねえ!』

『今にも羽ばたきそうな広背筋! 圧倒的な立体感! 素晴らしい!』

ポーズを全て終えたデニスはやや疲れた様子で、はち切れんばかりの声援を受けながらステージを降りていく。

『いやあ素晴らしい肉体でした! 解説席は、これから消化試合になってしまうのではないかと不安です』

『いや待ってくださいよ! 次の選手は……王国騎士団所属! 防衛騎士部隊のコールドマン副隊長だ!』

解説席の声が響いた直後、

壇上に姿を現した大男に、観客は息を呑んだ。

大きな筋肉の塊に、足が生えたのではないかと見紛うほどの巨漢。全身に搭載した異常な量の筋肉量が、皮膚の下に大量の鉄球を埋め込んでいるのではないかと錯覚させる。

デニスの時とは対照的な一瞬の静寂は、逆にその男の異常さを物語っていた。

その筋肉の巨人……コールドマン防騎副長は、雄たけびを上げながら両腕を曲げて、全身の筋肉を隆起させる。

観客の悲鳴にも似た声が轟き、解説席の興奮したような声が響く。

『こ、コールドマン選手! これは凄いぞ! これぞ筋肉ダルマ! 筋肉の要塞! 圧倒的な筋肉量!』

『デニス選手とは違うタイプのマッスルだ! これは分からなくなってきたぁ!』

◆◆◆◆◆◆

すべての選手が登場した後で、観客たちは優勝者の発表を今か今かと待っていた。

「やっぱりデニスだよ! かっけえ身体だったなあ! 男はああじゃなきゃ!」

「いやいや、コールドマンの方が凄かっただろ! 歩く筋肉だぞアレ!」

「デニスの方がかっこよかったよ!」

「コールドマンの方が凄かったね!」

そんな声が聞こえてくる中で、ビビアを始めとする町民たちも話し込んでいる。

「ど、どうですかね……一人、凄い人がいましたけど……」

「これはもう、審査基準がどこにあるかの問題だよねー……」

「店長ー! 頑張ってー!」

「……デニス様の優勝」

アトリエがぽつりと呟いたところで、優勝者が決まったことが解説席から伝えられ、壇上に再びエステルが姿を見せる。

最初の登場とは異なり、今度は逆に息を呑む静寂が広場を満たした。

この場にいる誰もが、彼女の口からどちらの名前が上がるかに集中しているのだ。

「えーと……王国ボディビルディング第一回大会『オランピア』! 栄えある、初代チャンピオンは……」

みなが固唾を飲んで、次に挙がる名前を待つ。

エステルは少しもったいぶってから、声を張り上げた。

「『王国騎士団』、コールドマン防騎副長! 加えて『追放者食堂』、デニス・ブラックス店長! 両名を共に、初代王者とする!」

一瞬の静寂の後、

観衆たちの爆発するような声が鳴り響いた。

「ダブル優勝ー!?」

「そうなるのー!?」

「ええと! 今回はその、審査員でも意見が割れたのでな! 今後は両名それぞれを模範とし、大会も部門毎に分けることにするぞ!」

「なんだそれー!」

「最初からそうしろー!」

「うるさいわ! やってみないとわからないことってあるじゃろ!」

そんな声が響き渡る中で、解説席からのフォローが入る。

『今回は二人が優勝ということになりましたねー。結果について、解説のゴオさん。どう思われますか?』

『審査基準自体が割れた形でしょうね。今後はコールドマン選手のような筋肉の『迫力』を競う部門と、デニス選手のような全体の『美しさ』を競う部門に分かれることでしょう』

『ありがとうございました。それでは実況は私、ジャン・カビルと』

『解説のゴオでお送りしました』

◆◆◆◆◆◆

デニスとコールドマンの両名が壇上に上がり、エステルによって直々の叙勲を受ける。

王剣の刃をそっと肩にあてられてから、二人は揃って名誉騎士階級と健康功労賞という新設の勲章を授けられた。

二人で並んで立って観客の声援に応えながら、大柄なコールドマンがデニスのことを見下ろす。

「デニスと言ったか?」

「そういうあんたはコールドマンだな」

デニスがそう返すと、コールドマンはデニスの身体をじろじろと眺めた。

「素晴らしい筋肉だ。料理人にしておくにはもったいないな」

「あんたも迫力抜群だぜ。ものすごい大腿四頭筋だ。ふくらはぎの形も良い」

「そこに気づくとは流石だな。お前の三角筋も美しい。どうだ、私と一緒に都市防衛に勤めないか。特別待遇で防衛騎士部隊に入ってくれ」

コールドマンがそう言うと、デニスは首を横に振った。

「悪いが食堂を経営してるもんでね」

「それなら、筋肉フレンズになろう」

「いいね。筋肉文通をしよう」

そんな若干意味不明な会話が交わされているとは知らない観衆は、デニスとコールドマンが熱い握手を交わしたのを見て、さらに大きな歓声を送った。

◆◆◆◆◆◆

そこから少し遠い場所。

静かな森の中で。

寝入っていた一人の……いや一匹の大柄な体躯の狼のような獣が、その目を覚ました。

『“……なんだか、人里が、騒がしい……。”』

豊かな銀色の毛並みをした 神狼(フェンリル) のポチは、王都の方から聞こえてくる騒々しい声色に、眠い目を瞬かせる。

『“昔のような、やかましさだ。懐かしい。”』

ポチはそんなことを頭の中で呟きながら、また寝入ろうとしていた。

彼はうたた寝をしながら、大昔に、一人の幻獣使いの少女と一緒に歩いていた時のことを思い出す。

彼女の隣を歩いていた頃は、こんな喧騒にもよく遭遇したものだった。

それからずっと先に出会った、どこか彼女に似た、無口な銀髪の女の子は元気だろうか。

たぶん元気だろう。

彼はそんな気がして、また深い眠りに沈んでいった。

◆◆◆◆◆◆

そしてまた、別の場所。

ランプの頼りない灯りが周囲を照らす、薄暗い部屋の中。

「さてさて」

新品の礼服に袖を通したヒースは、手探りで眼鏡を探して手に取ると、それを顔にかけた。

鏡で自分の顔を見てみると、左右対称に走る刺青のような幾何学模様が浮かんでいるのがわかる。それは顔だけではなく、彼の全身に走っていた。

視力を失った左目は濁ったままだが、顔色は良い。エステル姫から奪った『 全ての鎮(バタフライ・) 魂の記憶(エフェクト) 』が、体内でやっと安定したのだ。代わりにスキルの容量はゼロ……むしろマイナスになり、保存しておいた 強奪済(スナッチド) スキルがほとんど全て消し飛んでしまったが。

ヒースが鏡で自分の顔色を確認していると、フィオレンツァが部屋を訪れ、彼のための昼食を置いて行こうとした。

部屋を後にしようとする彼女に、ヒースが声をかける。

「なあ、あっちの方はどうなってる?」

「あっちの方とは?」

「ああー……最近外に出てないんで色々あるが……僕の弟は? 何か変わったことはあったか?」

「ええと、デニス・ブラックスなら……」

フィオレンツァは困ったような表情を浮かべた。

「なんというか、そのー……私には、よくわかりません」

「わからない? 『子供たち』を使って情報収集はしてるんだろ?」

「はい。情報は把握しているのですが、その……なんというか……」

「なんだ?」

「現状は優勝といいますか、初代チャンピオンというか……そういう感じです」

「優勝? 何がだ?」

「……私にもよくわかりません」

「ふむ。まあいいさ、とにかく優勝したんだな。おめでたいことだ」

ヒースはそう呟くと、壁にかけてあった絵画をふと眺めた。

昔に高名な画家に描かせたもので、とても良い仕事ぶりだった。

もっとも、彼の絵画スキルはその後に 強奪(スナッチ) してしまい、今は子供たちの一人が保有しているのだが。

絵画には、騎士団の制服を着た五人の男女が描かれている。

くすんだ赤髪の、鍔の広いテンガロンハットを被った奇妙な風体の青年。

ほのかに紫がかった髪色の、背中に大盾を担いだ少女。

今よりも少し幼く見える、数年前のフィオレンツァ。

そして青色の髪をした、目の下にひどいクマをつくっている丸眼鏡の美少年。

彼らに囲まれて中央に座るのは、まだ髪を上げずに下ろしていたときの、騎士団の白色幹部礼服に身を包んだヒース。彼はまだ青年と少年の中間といったところで、今よりも目つきが穏やかに見える。

絵画の隅には白文字で画家のサインと、『追放者小隊の面々』という題名が書かれていた。

「おめでたいのは良いことだ。そんな日々がずっと続けばな」

ヒースはそう呟いた。