軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

37.

目を泳がせ居心地の悪さを感じていると、ディランがジャケットを脱いでエイヴリルの肩にかけてくれた。

「これを」

「も、申し訳なく……」

そうしているうちに、周囲の娼婦たちから「ねえ待ってこれどういうこと?」「流れが全然読めないんだけど」という困惑の声が上がり始めた。皆、エイヴリルをただの買われてきた少女だと思っているのだから当然である。

けれど、その中でも困惑することない者が一人。

ベル・アムールの主であり、エイヴリルの正体を知った上でここで働かせているロラだ。ディランが乗り込んできた時からずっと成り行きを見守っていた彼女は、やっと口を開く。

「先にお代をもらおうかね」

「お前は昨日のサロンにもいたな」

ねっとりとした意地の悪い声に、ディランがロラを見下ろす。しかし彼女は少しも怯むことなく続けた。

「ここは十一区で最高級の娼館、ベル・アムールだ。ショーウィンドーに並べてある花はどれも可憐で極上。だが、遊んでいくお客にはここのルールを守ってもらうことになっている。商品に勝手に触れられちゃあ困るんだよ」

目の前の男が迎えにきた『妻』でさえ商品だと言い放つロラに、ディランは不機嫌そうな視線を向ける。

「その商品の仕入れ方法に問題は?」

「あんたもわかってるだろう。ここに法律は存在しない。いくら公爵夫人でも、うちが買ったんだ。しっかり相応の働きはしてもらうし、彼女と遊びたいんならお代を払っとくれ」

歪な笑みを浮かべたロラは、手のひらを上にして見せる。けれど、ディランも引かなかった。

「彼女は外の世界では違法な方法で攫われ、ここに連れてこられた。いくらここに法律が関係なく、かつ実行犯が裏社会の人間だったとしても、外の社会で攫われ、しかも我が家が関わっている以上、罪が有耶無耶になることはない」

「そうかい。でもうちには関係ないことだよ。裁かれるのは間に入っている人間だ。……それでどうするんだい? 彼女を買うには……そうだね。一億ヴールは払ってもらわないと」

「い、一億でしょうか⁉︎」

ディランは表情を変えないが、エイヴリルはわかりやすく目を剥いた。

(私はとんでもない高額商品だったようです⁉︎)

長くここで働いている女性の借金が嵩んでそれぐらい高価になるのはまだわかる。

けれど、エイヴリルはまだここにきて六日目なのだ。ほぼ買ったままリリースされることになるはずなのに、どうしたらそんな金額になるのか。

(ロラさんが私を買ったとき、手をパーにしていらっしゃいました。あらかじめ準備されていた小切手の入った封筒を渡していましたので、パーが五のことだったとしても……買値は百分の一以下という可能性もあるのでは? ロラさんはどれだけの利益を上げようとしているのでしょう⁉︎)

かといって、そこには絶対に売ってやらないという意思を感じるわけでもない。守銭奴のロラは今にも支払用の台紙を持って来させそうだ。けれど、こちらにも問題がある。

(ディラン様が裏社会と繋がっているこの店に一億もの大金を支払うわけがありません。確かに、他のお客様と同様に一個人として遊ぶだけなら問題ないでしょう。ですが、ランチェスター公爵家からまとまった資金をこの店に渡すとなれば、話は別です)

エイヴリルをこんな目に遭わせたキトリー・ボードレールの生家は侯爵家にもかかわらず裏社会との密接な繋がりがあったようだが、ランチェスター公爵、少なくともディランにはない。むしろローレンスの指示でそれを取り締まる側にいる。

ランチェスター公爵家にとって、エイヴリルを連れ帰るために払う一億は端金だ。それどころか、エイヴリルの私財でも払うことができる。

けれど、それほどの大金がランチェスター公爵家から裏社会に流れることは、間違いなく醜聞になるだろう。決して許されることではない。

しかしディランはクリスに合図をして振り出しの小切手を準備させた。

「わかった。ここのルールに従おう」

「ディラン様⁉︎ ここの仕組みはわかっています。今日、私が家に帰るのが難しいこともわかりますから、早まらずに」

「大丈夫だ」

ディランはペンを持ち、さらさらと署名をしていく。慌てて止めようとするエイヴリルを横目にディランが書いた数字は、意外なことに一億ヴールではなかった。

(これは?)

下級貴族の三ヶ月分の給金ほどの金額に、エイヴリルは首を傾げた。ディランは不敵に笑う。

「彼女を十日間買う。それまでに手筈が整わず迎えに来られなかったら、手配がつくまで延長しよう。代わりにその間、彼女を私のものとして扱ってもらいたい。代金は払っているのだから、いいだろう?」

ついさっきまで高額を提示して満足げだったロラは、目を白黒させている。あまりにも予想外の要求だったのだろう。

「それは……」

困惑しもごもごと話し始めたロラに、ディランは考える猶予を与えない。

「いいだろう? しっかりここのルールに従っているし、この店から連れ出すわけでもない。一晩ここで遊ぶのは誰でもしていることだ。まさか、貴殿はそれでも醜聞として扱うというのか? そんなことをしたら、この店から大物の客は消え失せると思うが」

「……!」

貴族や富豪全員を人質に取った言い方に、ロラの顔色がはっきりと変わった。そして彼女は自分自身を納得させるように応じる。

「た、確かにそうだねえ。こっちにも金が入るし、何も悪いことはないねえ、そうだ」

「なら、決まりだ」

ディランは小切手にサインをするとロラに押し付けるように渡した。そして、僅かな時間ですら惜しいというふうに、エイヴリルの手を引く。

「部屋は? 今夜いろいろと聞いておかなければいけないことがある」

「こちらがお部屋の鍵です。五階です」

慌てて鍵を取り出せば、ディランはエイヴリルの背中を押して歩き出す。

「行こう」