軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

38.

階段を上り、五階までたどりつくと、ちょうどエイヴリルの個室の隣の部屋の扉が開くところだった。偶然、そこから顔を覗かせたのはコリンナである。

「あ、エイヴリル。あのお金持ち、適当にあしらってくれた? ……って公爵様ぁ⁉︎」

今日の営業はエイヴリルに押し付け、ノーメイクで呑気に晩酌を楽しんでいたらしいコリンナは、エイヴリルの連れを見て声を張り上げた。

「コンスタン・シュクレール様のことですね。さっきいらっしゃって、なんとかお帰りいただきました。ですが、またすぐにいらっしゃいそうですね」

エイヴリルが答えると、今度はディランが驚きに声を上ずらせる。

「コンスタン・シュクレール?」

「はい」

「待ってくれ。その人物とどうして関わることになったのか聞きたいが、まずは」

ディランはクリスに目配せをして続けた。

「こっちも、なぜこんなことになっているのか聞き出しておいてくれ」

「承知いたしました」

クリスは笑顔で答えると、コリンナを後ろ手にしてがっしりと拘束する。つい先程まで、呑気に休日を楽しんでいたコリンナの顔が驚愕に歪む。

「はぁ⁉︎ 痛い痛い痛い! この私によくそんな触れ方ができるわね!」

「偽者の方はこちらで話を聞きましょうか」

「⁉︎ 待って? あなた、あの堅物女の手先なわけ⁉︎」

「黙りましょうか、偽者さん」

ここは色っぽいやりとりがあるはずの場所なのだが、二人にその空気は皆無だ。クリスはコリンナを完全に偽者扱いして、隣室へと引きずり込んでいく。

(だ、大丈夫でしょうか……!)

コリンナの「放しなさいよ!」という悲鳴が聞こえなくなったところで、エイヴリルもやっと部屋に入ることができたのだった。

無事部屋に入ると、ディランは後ろ手に扉を閉じ、息を吐いた。

ここは店の営業開始直前まで、コリンナが使っていた部屋だ。

散らかっていたドレスは使用人によって片付けられているものの、部屋中に宝飾品やドレスの類が飾られている。キラキラギラギラしすぎていて全く落ち着かない。

説明しなくてもわかるだろうが、一応説明はしておく。

「ここは普段はコリンナが使っております」

「悪趣味すぎる部屋だな……」

ディランが顔を引き攣らせるのも無理がないほどに、この部屋は混沌としていた。

白い大理石と赤いベルベットで作られたテーブルセットの向こうには、大きなベッドの天蓋が見える。そこからは赤地に紫と金で刺繍された布が垂れ下がっていた。

同じ配色で上品な雰囲気の布やベッドカバーはいくらでもあるのだろうが、ここにあるものは悪趣味の一言でしかない。他にも、似たような調度品がたくさん置かれているのが目も当てられない。

(どれもコリンナが揃えたものですね)

目がチカチカしそうにわかりやすく派手な部屋で、エイヴリルはおずおずと口を開いた。

「ここにいる間に、いろいろなことが起きまして」

「聞きたいことだらけだが、その前に」

「はい?」

返事をし終える前に、ディランの手がエイヴリルの頬に伸びる。その指先が優しく触れて、エイヴリルは夫の顔を見上げた。それを見たディランは目を閉じ、ゆっくりと息を吐く。

「……心配した」

さっき、サロンでは「無事でいてくれればそれでいい」と言っていたのに、もう一度安堵を伝えられる。それほどに、ディランの心配は大きなものだったのだろう。

「本当にごめんなさい」

「ここへ」

言葉のままに、小さく二歩、前へと進み出る。そこで夫との隙間はなくなった。

エイヴリルを腕の中に収めたディランは、つむじのあたりに口付ける。

躊躇のない様子にドキドキするばかりのエイヴリルだったが、どうも夫はそうではないようだった。余裕を持って、振る舞いとはかけ離れた問いを投げかけてくる。

「まずは今聞いたばかりのコンスタン・シュクレールの話を。彼には黒い噂もある。ここで会ったと? どういうことだ? なぜそんな事態に? 何もされなかったか」

「な、何もされていませんが!」

「どうだか。君は可愛い」

拗ねたような声音とともに、ディランはエイヴリルをぎゅっと抱きしめる。鼓動が速くなって、落ち着かない。

「あの、このままお話しするのでしょうか……?」

エイヴリルはディランの腕の中にいる。いくら誰も見ている人がいないとはいえ、これはいかがなものなのか。

目を泳がせ、夫に本気かと問えば、頭上から甘い声が落ちてくる。

「当然だろう」

(と、当然なのですね……!)

完全に挙動不審になったエイヴリルは、言葉選びを失敗した。

「いろいろあって、私はコンスタン様を煽るようなことをしてしまいました」

「煽る?」

ディランの眉間には盛大に皺が寄っている。けれど、その皺が続きの催促だと理解したエイヴリルは続ける。

「最初はコリンナの身代わりとして接客をすることになったのですが」

「は?」

「なぜかお気に召していただいたようで、所持金全部をくださり」

「え?」

「ありがたいことに、計算高い女として評価され続け」

「どうしてだ」

ずっと目を瞬きつつ話を聞いていたディランの顔に、わかりやすく疑問符が浮かんでいる。チャンスとばかりにエイヴリルは腕の中から抜け出し、赤と白のテーブルセットに座るのだった。

「ということで、これまでのことを余すことなくお話ししましょう」

「ある程度覚悟はしていたが、やはり普通の人間の想像の範囲では処理し難いことが起きているようだな……」

頭を抱えつつ、ディランは笑ってエイヴリルの話を聞いてくれるのだった。