軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

36.

コンスタンがベル・アムールの扉から出ていった後のこと。

彼がサロンでのお遊びだけで帰ってしまったことに、焦った顔をしたロラがエイヴリルの元へと飛んできた。

「あんた、どうしてあの男を追い返しちまったんだい。いつもなら高額を巻き上げて上階にご案内するはずだろう?」

「お財布の中身が空になったそうで、お帰りになってしまいました。でもきっと、また来ていただけるはずですわ」

「財布が空……小切手も切らずに帰った?」

ロラは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。数秒考えた後、怪訝そうにエイヴリルの顔を覗き込んでくる。

「……あんた。そんな格好と厚化粧をしているから気づかなかったが、コリンナじゃないね?」

(元々隠すつもりはありませんでした)

特に不都合はないので、エイヴリルは正直に明かす。

「コリンナは体調不良でお休みです。その代わりに、コリンナ宛のお客様を一階のサロンで接客するように頼まれました」

「そういうことかね……確かにそれならこの対応で正解か。コリンナの客を下手に扱って幻滅されても困るからね。先の金蔓がなくなっちまう」

ロラは頭を抱えつつも納得したようだった。

エイヴリルが中途半端に相手をするよりは、一杯飲んで帰らせて後日改めさせた方がましという判断なのだろう。ロラは判断に間違いのない守銭奴である。

「わかったよ。今日はもう目立たないように……いや目立つかもしれないが、とにかく階段の踊り場に……」

ロラから女王様なコリンナの真似を命じられそうになったところで、また来客を知らせる鐘の音が鳴った。

ベル・アムールの扉が開き、外の暗闇に紛れて、二人の男性が入ってくるのが見える。

この店に馴染まない洗練された雰囲気の二人は、楽園と謳われることもある『ベル・アムール』にそぐわない、険しい眼差しを浮かべていた。

男のうちの一人は、一際目立つ銀色の髪に他の客とは明らかに違う佇まいで、店の中を見回している。一呼吸おいて、エイヴリルはそれが誰なのか理解し、思わず声を上げた。

「ディラン様……!」

その声に、二人は弾かれたようにしてこちらを見る。

眉間に皺が寄っていた顔に、驚きと安堵が浮かんだ。

「エイヴリル」

ディランがこちらに駆け寄ってくるのを、マナーをわきまえない客として誤解したらしい黒服の従業員が止めようとした。

けれどそれはディランに同行しているクリスによってがっしりと押さえられ、夫はエイヴリルの元へたどり着く。粗暴な、彼らしくない足音がした。

言葉を交わす余裕もなく、そのまましっかりと抱きしめられる。

「無事でよかった」

予想外に早過ぎる迎えに、エイヴリルは驚くばかりだ。目を瞬きながら、遠慮がちに声を絞り出す。

「ご心配をおかけして……申し訳ありませんでした」

「無事でいてくれればそれでいい」

心底安堵したような声が耳元で響く。同時に、ずっと張り詰めていた気持ちが緩んだ気がした。

どれだけ心配をかけてしまったのだろう。ディランの胸の中で顔をあげる。夫の顔はひどく疲れていて顔色も悪かった。ずっと探し続けていたのが、何も言わなくてもわかった。

「まさかこんなに早く来てくださるとは思いませんでした」

「根回しと調査にはまだ時間がかかりそうだったが、いてもたってもいられなくて」

彼の銀色の髪がはらりと落ちる。

昨夜の薄暗い貴族サロンで見たとき以上のやつれ感に、自分がとんでもない心配と迷惑をかけてしまったことを改めて感じる。「ごめんなさい」を繰り返した後で、エイヴリルは呟いた。

「いくら警備が厳重で不審者の入り込みようがない王宮でのお茶会で、しかも子どもに誘われたとはいえ……軽率でした……」

「子ども?」

「はい。ボードレール侯爵家のお嬢様です。キトリー様の妹君ですね」

「なるほど……そういうことか」

ディランはことの顛末を把握したらしい。安堵ばかりが先行していたように見える表情に、わかりやすい怒りが混ざっていく。

一方で、クリスが教えてくれる。

「実は、ここに今朝と昼にも来たんですよ」

「えっ?」

「門番に交渉したんだが、名前を書き留めてもらうこともなく追い返されてしまった」

「ああいう客、多いんでしょうねえ」

こんなに心配をかけていたのに、自分は暢気に迎えを待っていたのが申し訳なさすぎる。

そんなことを思っていると、ついさっきまで怒りが浮かんでいたはずのディランの顔に、違う種類の怒りが混ざった。どうしたのか、と問いかける前に、夫は表情を歪めた。

「待ってくれ。その格好はなんだ……?」

「あっ? ……これは、紆余曲折ございまして」

すっかり忘れていたが、今のエイヴリルはコリンナのドレスを着ている。体に沿うラインの青いドレスは、全体的に露出が多い。

皆が似たような格好をしているため、なんだか景色の一部になった気分でいたのだが、我に返ると、この景色はなかなかすごかった。

(あまりにも似合わなくて引いていらっしゃる……⁉︎)