作品タイトル不明
第5話「ロンドン留学生活、あるいは社畜は休み方を知らない」①
ロンドンに来て二週間。まず最初に直面した問題は学問じゃなかった。服だ。
ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン、通称UCLへの聴講手続きは商会の力と大学側の「極東から来た珍しい学生」への好奇心でなんとかなった。問題はその後に待っていた。
「この格好で大学に行くのか?」
井上が自分の袖を見ながら言った。擦り切れてる。船旅で着続けた一着しかない。しかも和装と洋装が中途半端に混ざった、なんとも形容しがたいスタイル。強いて言うなら「時代劇のエキストラが間違えて外国の撮影現場に来た」感じ。
「買いに行きます。服を」
というわけで仕立屋へ。ジャーディン・マセソンから支給された生活費を握りしめて。
仕立屋はロンドン東部の安物専門店。店の主人はガリガリに痩せた初老の男で、俺たちを見るなり「オウ, オリエンタル!」と叫んだ。オリエンタル。東洋人。めずらしいのか、それとも警戒されてるのか。たぶん両方。
『安いやつでいいです。学生用の。一番安いので』
『一番安い? ああ、学生か。なるほどな』
前世の大学生時代を思い出す。着たきりスズメのジーパン。ユニクロのパーカー。金がない学生は万国共通だ。万国共通で少し安心する。
井上が生地を触りながら言う。
「伊藤、もう少しマシな生地の——」
「予算があります。ここで使い切ったら来月食えません」
「しかしみすぼらしい——」
「学生がみすぼらしいのは万国共通です。堂々としてれば大丈夫です」
「……ふん」
井上が渋々引き下がる。この人、見栄っ張りだな。後の外務大臣だから身だしなみに気を遣うのはわかるけど、今は予算が全てだ。前世の経理部を思い出す。出張費の精算で毎回揉めた。あの地獄をこの時代でも繰り返したくない。
買ったもの、安物シャツ三枚、ズボン二本、上着一着、靴下、下着。以上。これで学生生活を乗り切る。前世の研修寮生活よりマシだ。あの時は布団すらなかった。
◇ ◇ ◇
次に直面したのは食だ。
下宿には簡素なキッチンがついてる。竈じゃない。石炭コンロだ。薪じゃなくて石炭で火をつける。現代のガスコンロよりはるかに面倒だけど、囲炉裏よりはマシ。問題は「何を作るか」だった。
五人の誰も料理ができない。いや、正確には俺が前世で自炊してたから多少はできる。でも十九世紀のロンドンで手に入る食材が日本と違いすぎる。
まず米がない。米が主食じゃない。主食はパンだ。パンとジャガイモと豆。肉は高い。魚はテムズ川で獲れるけど、川が汚すぎて食えたものじゃないらしい。「テムズ川の魚を食べたら三日で死ぬ」はロンドンの常識だそうだ。工業廃水と下水が混ざった川で泳いでる魚を食べる勇気はない。
結果、メニューは以下のローテーションに落ち着いた。
朝、パンとバター。紅茶。紅茶だけは安くてうまい。英国万歳。
昼、大学近くのパブでパイかスープ。一食数ペンス。安い。でも毎日パイ。
夜、ジャガイモの煮物、ソーセージ、パン。たまに市場で買った魚(テムズ川じゃないやつ)。
「米が食いたい」
「味噌汁が飲みたい」
「漬物……」
これが五人の口癖になった。特に野村は毎日言う。十九歳、初めての海外、恋しいのは祖国ではなく米と味噌汁。わかる。わかるぞ野村。俺も前世で海外出張した時、三日目で日本食レストランを探した。でも1863年のロンドンに日本食レストランはない。当然だ。まだ日本が鎖国してるんだから。
転機はライムハウスだった。ロンドン東部の中国人居住区。アヘン戦争後に流入した中国人が住むエリアで、中華食材を扱う店があるという噂を聞きつけた。
全員で行く。怪しい路地。異国の言葉が飛び交う。中国語。広東語。英語。
そして見つけた。米。長粒米。インディカ種。日本の短粒米とは違う。でも米は米だ。白くて、炊くとふくらんで、箸で食える。それだけで奇跡だ。
五等分して買う。帰宅。炊く。炊飯器はないので鍋で。水加減が難しい。柔らかくなりすぎた。粥に近い。でも……
全員、黙って食った。噛みしめるように。
井上の目が潤んでる。気づいてないと思ってるかもしれないが、バレバレだ。でも俺は何も言わない。言えるわけがない。俺だって鼻の奥がツンとしてる。
「……泣いてないぞ」
「誰も何も言ってませんが」
「泣いてない」
「はい」
男のプライドは米の前では無力である。これが真理だ。
◇ ◇ ◇
UCLでの講義が始まった。
最初の一週間。正直に言う。
三割も聞き取れなかった。
前世のTOEIC 820点。海外クライアントとの電話会議もこなした。なのにダメだ。十九世紀の学術英語は別物だ。語彙が違う。発音が違う。速度が違う。ていうか教授のアクセントがバラバラすぎる。スコットランド出身の化学教授の英語はほぼ別言語だった。あれを英語と分類していいのか。ケルト語じゃないのか。
そしてもう一つ問題がある。この時代の講義にはスライドがない。パワポがない。レジュメもない。教授が一方的に喋り、学生はそれをその場でノートに取る。俺は筆でメモを取るしかない。ペンがない。ボールペンを発明してない十九世紀に怒りを覚える。誰か発明してくれ。たぶんまだ誰も発明してない。
でも、人間の耳は慣れる。
一週間が二週間になり、二週間が一ヶ月になると、言葉の輪郭が見えてくる。単語の一つ一つを聞き取れなくても、文脈で補完できる。脳が勝手に穴を埋める。人間の適応力ってすごいな。たぶん、英語ができないまま異国の地に放り込まれたら誰でもこうなるんだろう。サバイバルだ。
俺が受講してるのは主に政治経済と法学。なぜか。
一つ。前世でビジネス書を読み漁ってたから、アダム・スミスとかベンサムとか名前だけ知ってる。名前を知ってるだけで講義の理解度が段違いに上がる。既視感のある講義ってすごく楽。二周目。
二つ。伊藤博文は将来、政治家になる。初代総理大臣。大日本帝国憲法を起草する。……ということは、政治学と法学を今のうちに勉強しといたほうがいい。生存戦略だ。どうせ後で必要になる。前もってやっておけば後で楽できる。これが社畜のタイムマネジメントだ。
他の四人はもっと具体的な分野に進んだ。
井上は化学と鉱山学。「日本には鉱山がある。金が出る。金が出れば国が富む。実利じゃ」。実利主義。ぶれない。この人、後の「鉱山王」だ。歴史通りすぎて笑う。
山尾は造船学と工学。「あの船を日本で作りたい」。航海中に船の構造に魅了されたらしい。技術者の目がキラキラしてる。後の日本の造船業の父。歴史通り。
遠藤は造幣学。「国の金を作る技術がなければ、いつまでも外国に依存する」。地味だけど本質を突いてる。後の造幣局のトップ。歴史通り。
野村は鉄道工学。ロンドンに着いた初日に蒸気機関車を見て、口を開けたまま三十秒固まった男だ。「あれを日本に持って帰る」。後の鉄道の父。歴史通り。
全員、後の肩書きがそのまま選考理由になってる。本人たちは知らないけど、俺だけ知ってる。歴史チートって便利だけど、たまに「お前ら、全部その通りになるからな」って言いたくなる。言わないけど。